老化とヒトアミロイドーシス:加齢依存性発症の分子機構解明(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
200100187A
報告書区分
総括
研究課題名
老化とヒトアミロイドーシス:加齢依存性発症の分子機構解明(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
柳澤 勝彦(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 下条文武(新潟大学)
  • 内木宏延(福井医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老年人口の増加に伴い高齢者特有の疾患に対する予防法ならびに治療法の確立が求められている。本研究は老化関連疾患の中からアミロイドーシス(アルツハイマー病、透析アミロイドーシスおよび全身性ALアミロイドーシス)に焦点を当て、これらの異なる3種のアミロイドーシスに共通する発症分子機構の探索を通じて、新たな治療薬開発に結びつく病態解明を行うことを目的とした。
研究方法
(1) アルツハイマー病脳アミロイドの構成成分であるアミロイドβ蛋白(Aβ)の凝集によるアミロイド線維化を定量的ならびに定性的に評価するにあたり、アミロイド構造を特異的に認識し、蛍光を発する薬剤であるthioflavin T(ThT)を用いた。同時に、インキュベート液を遠心して得られた沈澱物の電子顕微鏡学的観察を行い、形態学的にAβ線維の構造を観察した。また、GM1-Aβおよび人工的nucleusとしての細断Aβアミロイド線維(fAβ)によるAβ凝集反応の反応速度解析(kinetics)を行った。さらに、GM1-Aβのseed作用の分子機構を明らかにする為、抗GM1-Aβ抗体のseed作用に対する抑制効果を定量的に検討した。(2) (a) ヒトリコンビナントβ2-mからのAβ2M線維形成反応: 50μMヒトリコンビナントβ2-m (r-β 2-m)、50 mM citrate-100 mM NaCl (pH 2.5)を含み、アグレカン、バイグリカン、デコリン、あるいはヘパリンを添加した。37℃でインキュベート後のAβ 2M線維形成を、チオフラビンT(ThT)蛍光値、及び電顕観察により評価した。150μg/ml Aβ 2M線維、50 mM phosphate-100 mM NaCl (pH 7.5)を含み、apoE、7種のGAG(コンドロイチン硫酸A, B, C、ヘパラン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸、ヘパリン)、あるいは6種のPG(アグレカン、バイグリカン、デコリン、ヘパラン硫酸PG、デルマタン硫酸PG、ケラタン硫酸PG)を添加した。37℃、24時間インキュベート後のAβ 2M線維の残存率を、ThT蛍光値、及び電顕観察により評価した。(b) 中性pHにおける線維伸長反応:Aβ 2M線維伸長反応液(20μg/ml Aβ 2M線維、50μM r-β 2-m、50 mM phosphate-100 mM NaCl, pH 7.5)に2,2,2-trifluoroethanol (TFE)を終濃度10-25%になるように添加し、37℃でインキュベートした。線維伸長はThT蛍光値、及び電顕観察により評価した。また、各TFE濃度におけるr-β 2-mの遠紫外域CDスペクトルを測定した。さらに、上記反応溶液にヘパリンを添加し、線維伸長に及ぼす影響を解析した。(3) (a) ビアコアを用いたAβ凝集開放反応系の構築および種々の有機化合物のfAβ分解作用:表面プラズモン共鳴法(SPR, BIACORE 1000, 3000)を用い, 最初にAβ (1-40)よりpH 7.5でfAβ (1-40)を形成させ、これを重合核としてセンサーチップ上に固定化した。次いで、リン酸緩衝液(pH 7.5)に溶解した各種濃度(0-30μM)のAβ (1-40)溶液を連続的に添加し、37℃におけるfAβの伸長及び脱重合過程をリアルタイムで測定した。またAβ重合への作用をNDGA、RIF、テトラサイクリン(TC)等について評価した。(b) ALアミロイドーシス解析:ALアミロイド線維(fAL)伸長については、全身性ALアミロイドーシスの病理解剖4症例(いずれもλ型)ならびに生体肝移植1症例(κ型)より得られた諸臓器からAL蛋白を精製し、6M尿素で可溶化し、ゲルろ過クロマトグラフィー(Sephacryl S200)で分子量別に分画後、凝集実験に供した。(倫理面への配慮)患者より採取した試料の使用にあたっては事前にインフォームドコンセントを得た。
結果と考察
(1)Aβアミロイド線維形成に関する細胞生物学的研究(柳澤):Aβアミロイド線維形成開始機序を検討した結果、GM1含有liposomeの添加により、可溶性Aβ
の重合を示唆するThT値上昇がlag timeを経ることなく生じ、反応曲線はpeakに達した後、plateauを形成した。一方、fAβ添加の反応系におけるThT値上昇は、GM1含有liposome添加の場合よりも急峻であったが、peakに達した後、徐々に低下した。両インキュベーション反応溶液の電子顕微鏡観察により、典型的な形態学的特徴を示すアミロイド線維が確認された。GM1含有liposomeの添加によるThT反応曲線の上昇は一次反応速度論モデルに従った。また、本反応は抗GM1-Aβ抗体の投与で用量依存的に抑制した。本研究により、GM1-Aβのseed作用は、本Aβ分子のもつ構造特異性に基づくことが強く示唆された。また、GM1-Aβの形成に関して、GM1ガングリオシドが存在する膜内コレステロールが重要な働きをしていることが明らかにされ、コレステロールのAD発症における役割を議論する上で本研究成果は重要であると考えられる。(2)β2mアミロイド線維伸長に対するプロテオグリカンの役割の検討(下条):関節軟骨を形成する代表的PGであるアグレカン、バイグリカン、及びデコリンは、酸性pH反応液中で、r-β 2-mからのAβ2M線維形成を惹起した。この事実は、関節組織マトリクス分子がβ2-mの立体構造を変化させ、Aβ2M線維の形成・沈着を開始させ得ることを示唆している。次に、apoE、及び種々のGAG、PGは、中性pH域におけるAβ 2M線維脱重合反応を抑制した。これは、上記アミロイド共存分子が線維表面に結合し、線維構造を安定化させることにより脱重合を抑制していると考えられ、アミロイド共存分子の線維沈着における役割の一端を示唆している。さらに、ヘパリンはTFE存在下の中性pH域におけるAβ2M線維伸長を促進した。以上の事実を総合すると、種々のアミロイド共存分子、及び関節軟骨マトリクス分子は、重合核形成促進作用および線維安定化作用を及ぼすことにより、透析アミロイドーシスの発症、進展に促進的に作用していると考えられる。上記生体分子の血中濃度、あるいは間質における濃度が、加齢、及び腎不全の進展により変化していることが多くの研究者により示唆されており、そのような変化の集積が透析アミロイドーシスの発症を惹起していると考えられる。最後に、ヘパリンは透析医療において血液凝固阻止を目的に頻用されているが、上記データより透析アミロイドーシスの発症を促進している可能性が考えられ、これを検証する臨床研究が早急に望まれる。(3) AβアミロイドおよびALアミロイド線維伸長の解析(内木):fAβが試験管内でゆっくりと脱重合を起こし、及び線維伸長過程と共に脱重合過程も一次反応速度論モデルで説明できることが確認された。 fAβに及ぼす分解作用の強さは、50μMの濃度NDGA>>RIF≒TC>PVS≒1,3-PDS>iAβ5の順であることが確認された。ALアミロイド線維の伸長における至適pHが症例間で異なることが確認された。また、apoE、α1-ミクログロブリン、フィブロネクチン、及びNDGAが濃度依存性に線維伸長を阻害しうることが示唆された。NDGAをはじめとするこれら分子の線維形成抑制、あるいは分解機構の詳細は不明だが、アミロイド原性蛋白の立体構造や安定性に影響を与えていると考えられ、これら一群の抗酸化剤は、アルツハイマー病、ALアミロイドーシスをはじめとする種々のヒトアミロイドーシスの治療薬開発に向け、有力な基本分子となる可能性がある。fALの試験管内伸長が、一次反応速度論モデル、すなわち既に存在する線維断端に前駆蛋白であるAL蛋白が立体構造を変化させながら次々に重合することにより起こる事を証明した。これまでわれわれは、マウス老化アミロイド線維、fAβ、及び透析アミロイド線維伸長も同じモデルで説明出来ることを証明しており、このモデルがアミロイド線維形成の普遍的機構であることを示唆している。また、fALの試験管内伸長過程が種々の生体分子により影響を受けることは、生体におけるALアミロイドの沈着が、前駆蛋白からの線維形成・沈着の各段階における様々な生体分子の阻害・促進効果の総和として起こることを示唆している。さらに上記生体分子の血中濃度、あるいは間質における濃度が、加齢によ
り変化していることが多くの研究者により示唆されており、そのような変化の集積がヒトアミロイドーシスの発症を惹起していると考えられる。
結論
本研究において対象とした3種のアミロイドーシスには、アミロイド蛋白の凝集核形成と線維伸長過程において共通した分子機構が存在することが強く示唆された。またその発症にはアミロイド蛋白以外の分子が、蛋白凝集促進ないしは抑制因子として作用することも示唆され、このことは治療薬開発に有用な知見であると考えられた。

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