大規模感染症発生の早期把握のための症候群別サーベイランスシステムの構築に関する予備的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100089A
報告書区分
総括
研究課題名
大規模感染症発生の早期把握のための症候群別サーベイランスシステムの構築に関する予備的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
木村 幹男(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所)
  • 大山卓昭(国立感染症研究所)
  • 島崎修次(杏林大学)
  • 相川直樹(慶應義塾大学)
  • 山本保博(日本医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現代は感染症の自然発生のみならず、人為的な発生もありうる時代である。米国で平成13年9月下旬より発生した一連の炭疽菌による生物テロはまだ記憶に新しい。そして、我が国でもそのような問題から逃れられる保証はない。とくに平成14年5月31日ー6月30日に日韓共同で開催されるFIFAワールドカップサッカーにおいては、諸外国から多数の外国人が来日すると予想され、自然発生する輸入感染症などのみならず、人為的な生物テロの発生にも注意する必要がある。仮にそのような事態が発生した場合には、発生を迅速かつ適切に把握して、有効な対策につなげることが求められる。
通常の感染症のサーベイランスとしては、1999年4月施行の「感染症法」のもとで感染症発生動向調査(感染症サーベイランス)が常時行われている。ここでの報告は原則的に診断に基づいたものであり、平常時の感染症対策にとって必須のものである。しかし、上記のような緊急事態としての感染症の発生を予想した場合、現行の感染症サーベイランスでは早期の検出、対応は困難であると考えざるを得ない。この場合に必要なのは、診断は確定しなくても、問題となる症例を直ちに報告してもらい、それを迅速かつ適切に解析し、情報還元することである。したがって、診断名でなく、症候群別に分類した段階で報告することが望ましい。
2000年のG8九州沖縄サミットにおいては当感染症情報センターが中心となり、福岡市、宮崎市の計19医療機関の参加を得て、感染症を対象とする症候群別サーベイランスを行った。しかしそれはファックスによる報告であるので、解析する側ではかなりの部分を手動で行わなければならない問題があった。その点、IT分野での進歩が目覚ましい現代においてはデータの入力、集計、解析、情報還元などがインターネットを介してウエッブ上で行われるシステムが適当と思われる。
我々はこのような考えのもとに、ウエッブを用いた症候群別サーベイランスシステムを構築し、しかもその予備的試行を行うことで、ワールドカップサッカーなどの大規模イベント時に本格的運用が可能であるかどうかの検討を行った。
研究方法
初めに、本サーベイランスシステムを設置するウエッブサイトの検討を行ったが、これを新規に作成するのは時間的にも金銭的にも不可能と判断されたので、既存の「広域災害救急医療システム」の中に作成することとした。
救急医学の専門家を含む分担研究者との度重なる会合にて、症候群分類の方法や、報告対象とする範囲の討議を行った。データの入力、集計、解析、コメント配信を行うウエッブ上の画面の作成については、NTTデータと具体的な検討を行った。
討議の結果、報告症例の定義としては感染症が疑われ、緊急入院となった症例のみを対象とすることに決定した。理由は、症候群に合致する受診患者を全て報告対象とすると、真に問題のある症例が多数のバックグランドに埋もれてしまう可能性があること、あまりに煩雑になって医療機関の協力が得られないと予想されることなどである。また、症候群の分類については、2000年の九州沖縄G8サミットで使われた分類、すなわち皮膚粘膜/出血症候群、呼吸器症候群、胃腸症候群、神経系症候群、非特異的症候群の5種類を用いることとした。画面上では1例ごとに年齢、性別を記載する欄と、該当する症候群をチェックする欄を設けたが、さらに備考欄を設け、診断が得られている場合にはその診断名、あるいはその他のコメントなどを記載できるようにした。
報告の対象とする時間帯に関しては、本来であれば全ての時間帯を対象とするのが望ましいが、昼間は各診療科での緊急入院症例を一ヶ所で把握するのは困難であると予想されるので、平日夜間と休日、すなわち時間外診療の時間帯を対象にすることとした。診療科に関しては、内科、外科、小児科以外に、生物テロ該当の疾患で皮膚病変があることから、皮膚科での緊急入院も報告対象とした。データの入力を行う時間帯に関しては、対象とする時間帯の該当症例につき、明けた日の午前9ー12時に行ってもらうこととした。
予備的試行に参加する医療機関が選定されてからは、1月31日ー2月2日の3日間の夕方6:00ー9:00の時間帯を利用し、各医療機関の本サーベイランス責任者各1名を個別に感染研に招集し、症候群サーベイランスの概念、本システムの概要、実際の入力までの作業などについて30ー60分間の説明と質疑応答を行った。その後2月4日必着で、機関コード、パスワード、予備的試行に必要な資料など一式をまとめて発送した(別添)。さらに、システムの稼働性を確認するために、2月6日正午ー7日正午には、研究班で作成したデモデータの内容を送信するよう依頼した。
本システムの予備的試行は2月12ー18日の7日間行い、入力された症例の集計、解析、コメントの配信を毎日行った。その期間中に、患者追跡調査が可能かどうかの調査を行ったが、今回は簡略化した形とし、特定症例の主治医名を連絡してもらうこととした。
さらに、予備的試行終了後の2月22日には、事前に作成・配布しておいた用紙記入担当者、データ入力担当者、医療機関責任者それぞれへのアンケート用紙を回収し、本サーベイランスシステムを全国規模で実施することの可能性を評価した。
結果と考察
参加医療機関については、救急部門を擁する1都2県(神奈川、埼玉)の12医療機関を選定し、協力を求めた。1月31日ー2月2日の説明会では、各医療機関の本サーベイランス責任者を個別に招集し、説明と質疑応答を行ったが、症候群サーベイランスの概念、本システムの概要、実際の入力までの作業に対する理解は十分なされたと判断された。さらに、臨床現場からの貴重な意見も出され、その後本システムの改善につながった。
予備的試行に備えて2月6日正午ー7日正午には、事前に配付してあったデモデータの入力を依頼したが、12の医療機関全てがこれに参加した。その中で指定の時間内にデモデータを正確に送信したのは4ヶ所 (33.3%)、時間内に送信はしたがデータが正確でなかったのが3ヶ所 (25.0%)、催促を必要とした、または訂正が必要であったのは4ヶ所 (33.3%)、送信不可能であったが1ヶ所 (8.3%) であった。最後の1ヶ所に関しては、その後問題の解決をみた。
2月12ー18日の予備的試行においては80%以上の機関が毎日報告を行い、合計78症例の報告が得られた。症候群別の分類では皮膚粘膜/出血症候群が4例 (5.1%)、呼吸器症候群が43例 (55.1%)、胃腸症候群が15例 (19.2%)、神経系症候群が7例 (9.0%)、非特異的症候群が9例 (11.5%)であり、頻度では呼吸器症候群が半数以上を占めた。備考欄に記載があったものではインフルエンザが8例と最も多かったが、そのうち6例は呼吸器症候群に分類されていたものの、非特異症候群と神経系症候群(インフルエンザ脳症)に分類されていたものがそれぞれ1例みられた。また、扁桃周囲膿瘍/扁桃周囲炎/扁桃炎が合計5例みられた。
予備的試行の期間中に計21症例について、それらの入院主治医の氏名を問いあわせる形の調査を行った。その結果、通信上のトラブルで回答できなかった2例以外の全て、すなわち19例の回答が得られた。回答までの時間としては、6時間以内になされたのが11例 (57.9%) であった。
外来での用紙記入医師ヘのアンケート調査の集計では、1) 全体的に許容できるとするのが43/53 (81.1%)、2) 24時間可能であるとするのが32/53 (60.4%)、3) 症候群分類に問題がなかったとするのが41/51 (80.4%)であった。
データ入力担当者ヘのアンケート調査で1回のデータ入力に要した時間の調査をしたが、13件の回答が得られた(1医療機関より2名の担当者が回答したため)。その結果、5分以内が6ヶ所 (46.2%)、10分以内が4ヶ所 (30.8%)、15分以内が2ヶ所 (15.4%)、30分以内が1ヶ所 (7.7%)との結果であった。予想よりも時間がかかった医療機関での要因としては、外来医師記録用紙の回収に手間取ったこと、患者の追加登録が必要であったこと、病院内で種々の部門が関係するが、それらの組織化が十分でないことなどの問題点が挙げられた。病院内で絶えず該当症例の把握を行う専属スタッフの確保が望ましいが、それが容易でないこと、休日の入力担当者の確保が容易でないことなども指摘された。
ウエッブを利用した本サーベイランスシステムは全国的にも実施が可能であると考えられた。医療機関の入力担当者の意見でも、日常業務に支障が出るほどの時間を使う必要がなく、受け入れられる範囲内であった。ただし、24時間実施することに関しては不可能との意見が4割程度にみられた。とくに小児科の参加は容易でないことが判明した。これは一般的に小児科での時間外救急診療が多忙になっていることの反映と考えられた。
具体的な問題点として出されたことは、医師記録用紙から入力する際に、医療機関によってはその連携がうまくいかなかったことが挙げられる。これに関しては、個々の医療機関の特殊性も考慮した方法を中央から提示する必要がある。さらに、同一夜間帯のデータを入力する際に前日分、当日分と2回に分けて別の画面で送信しなければならないことに関して、改善の要望が出された。症候群の分類に関しては特別な問題の指摘はなく、今後もこの分類方法が実施できる可能性が示された。患者追跡調査の可能性については、今回は簡略化した形で行ったが、十分可能であると考えられた。
備考欄の記載があったものについては、予備的試行の時期がインフルエンザの流行期であったため、インフルエンザの症例が多くみられた。予想外であったが、扁桃周囲膿瘍/扁桃周囲炎/扁桃炎が5例みられた。このように、備考欄の記載を積極的に行うようになれば、感染症の異常発生をより的確に把握できるものと考えられる。
問題は、全国規模で本サーベイランスを実施する場合、症候群サーベイランスの概念、本システムの概要、実際の入力までの作業の説明が十分徹底されるかどうかである。適切にデータの入力が行われるためには、配付文書のみならず、今回の予備的試行のように口頭での説明を行うことが必須と思われる。今回は少数の医療機関のみであったので、個別に説明を行い、疑問点に対して答えることが可能であった。しかし、今後本システムを全国規模で運用し、しかも医療機関と感染症情報センターとの間に都道府県が介在する場合には、効率のよい、しかも正確な情報伝達の方法につき検討が必要と思われる。
本サーベイランスシステムの応用として、来るべき日韓共催のワールドカップサッカーが挙げられる。多数の人が世界各国から集合するので生物テロの発生に対する備えをする必要があり、本サーベイランスシステムを応用するのは有意義と考える。医療機関にとっては、本システムに参加するために人的負担を必要とするが、生物テロの発生には神経質にもなっているので、他の医療機関のデータを入手して診療に活かせることなどは、本システムに参加するためのモチベーションとして十分であると判断される。
また、ワールドカップサッカー終了後においても、感染症の発生の迅速な把握を目的に本システムを応用し、通常の感染症サーベイランスを補完して有効かつ適切な感染症対策につなげることができるものと期待される。
結論
感染症が疑われる症例につき、診断名でなく症候群別に分類した段階でウエッブ上にて報告を行い、それを集計・解析してから情報還元するシステムを構築し、その予備的施行を行った。いくつかの改善すべき点は明らかになったが、全国規模でも運用可能なシステムであると思われた。
今後より多数の医療機関の参加を求めて本システムを運用する場合には、現場での実務担当者が十分理解し協力するような情報伝達方法の検討が必要と思われる。

公開日・更新日

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