多発テロに対するドクターカー運用と救命率向上に関する研究

文献情報

文献番号
200100079A
報告書区分
総括
研究課題名
多発テロに対するドクターカー運用と救命率向上に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
二宮 宣文(日本医科大学救急医学)
研究分担者(所属機関)
  • 山本保博(日本医科大学救急医学)
  • 川井真(日本医科大学救急医学)
  • 小井土雄一(日本医科大学救急医学)
  • 原田尚重(日本医科大学救急医学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
多発テロに対する災害医療において救急医療システムをより効率的に活用するためである。ドクターカーシステムを導入することにより現場における救急医の活動がテロ発生時早期から開始し被災者の救命率を改善することを目的とする。
研究方法
平成13年度に日本医科大学付属病院に配備したコンパクトなドクターカーを使用して研究した。このドクターカーは、緊急自動車としての救急車のなかでは最小のものであり、ストレッチャー、酸素等が装備されている上に、救急医が使用する救命医療セットを装備し現場で医師による救急医療活動を行う。多発テロ対応として、化学、バイオテロ対応の資機材を積載し、医療スタッフが使いこなせるようにバイオテロと、化学テロ対応訓練を施行した。さらに、通常救急事例に緊急発進し現場での救急処置の習熟を行った。諸外国のドクターカーの現状とテロ対策の状況をイタリアのフィレンチェとフランスのパリの状況について調査した。
結果と考察
1)多発テロに有効なドクタ―カーシステムを構築した。運用システムは東京消防庁と日本医科大学付属病院との間で取り決めた。ドクターカー(Doctor Ambulance)を日本医科大学付属病院高度救命救急センターに配置して医師が同乗して出動した。ドクターアンビュランスシステムを開始した平成13年12月3日から平成14年3月31日までの4ヶ月間に出動依頼が94件ありその内77件に対しドクターアンビュランス(以下DA)を出動させた。その内の心肺停止は17症例であった。同期間に日本医科大学高度救命救急センターに搬入された患者のうち救急隊だけの関与で搬送された心肺停止患者52症例(以下EMT)と比較すると、救急要請覚知から医師の二次救命処置開始までの時間は、EMTが32分40秒であるのに対してDAでは13分28秒で明らかにDAのほうが半分以下の時間に短縮できていた。心拍再開率をみるとEMTが27%であるのに対して、DAは41%と明らかに現場から医師が関与したほうが再開率が高かった。
2)ドクターカーシステムが進んでいる欧州の救急システムを調査した。調査対象はイタリアのフィレンチェとフランスのパリを対象とした。フィレンチェにおいての救急の組織はMisericordia di Firenzeが動かしている。この組織は教会が母体である。医療の病院前の総合的なサービスをおこなっており病院前救急医療も行っている。現場に出動する救急車には医師、看護婦が乗っていくのが原則で、救急隊員という概念は存在しない。テロ等に関しても、医療面は全面的に担うかたちになる。警察や軍隊や消防も出動するがそれぞれに役割分担がある。パリの消防組織は軍の消防部門である。パリ市の消防署のうち6署に医師が常駐するドクターカーがある。各署に12時間で交代(オンコール=電話相談、指導医)する医師が3名勤務している。救急事故発生は2000年は45万件で、65%が救急事故。35%が火災。30万件がファーストレスポンダー(救急要請)でその内7%が医師によりカバーされていた。1万2000件がSAMUをコールしている。8875件が6ヶ所の医師の乗車した消防救急車が出場した。指令室にて要請内容からファーストレスポンダー(消防隊員がポンプ車兼救急車で出場する)か、セカンドレスポンダー(医師が乗車している救急車または医師なしの救急車)に出場指令をする。救急事故に関しては、消防の救急車が出場し、必要であればSAMUを要請することとなる。SAMUは病院間搬送や救急事故にも出場している。消防救急車の出場から現着までの時間は約10分、SAMUは20分である。大災害の対応は、パリ郊外に2つの軍事ユニットがあり、消防隊員各800名が配属されている。1ユニットに医師が3から5名が配属されている。災害発生時は60名のチームを編成し出動する。バイオ、化学の防護服をもった隊が出場している。大災害時のメインは消防組織が活動する。SAMUも出場し現場で共同して活動する。研究者は1週間ネッカー病院のSAMU本部に詰めSAMUスタッフと一緒にドクターカーに乗り込み実際の救急現場での活動を体験した。パリでは病院の専門化がすすんでおり、医師、看護婦付きの病院間搬送も多い。SAMUの一日の出動件数は30件位である。出動車両の種類は、1.MICU(集中治療)2.小型救急車(ドクターカー)3、災害用ボックスカー4、災害用指揮車などがある。
3)多発テロに対しては、テロ発生を想定した訓練を行うことによって対応した。訓練は、生物剤と化学剤に対して2回行った。バイオテロ対応訓練2001年10月30日に日本医科大学付属病院高度救命救急センター前広場で行われた。上野公園にて数人が不審な白い粉を振りかけられた。との想定でおこなわれた。救急医を乗せたドクターカーを上野公園の現場に出動させ現場で一次除染を行った。高度救命救急センター前に、事務、高度救命救急センタースタッフにより除染テントを設営し、除染体制をとり除染スタッフは防護服を着用し待機し搬送されてきた汚染患者の除染を行い除染後の患者は病院内で治療をおこなった。高度救命救急センターは平常時から重症者の急患を受け入れる体制ができており、訓練はスムーズに行われた。このなかで、ドクターカーが現場に出動するときに、バイオテロを想定したために、バイオ対応防護服を派遣スタッフが着用した、しかし実際は化学なのか、バイオなのかは初期においては不明であるため、バイオ、化学両方に対応できる防護体制をとる方がよいだろう。バイオにおいては、サンプリングが重要であるが、手技を普段から習熟しておく必要がある。現場除染を行い、病院での2次除染を行ったがどこまで行うのかも考慮する必要がある。今回は少人数の傷者であったが、多数傷病者に対する対応についても考慮しておく必要がある。化学テロ災害訓練は、平成14年2月4日に文京区庁横の文京シビックセンターで行われた。シナリオは、文京シビックホールにおいてテロによりシアン化水素(青酸ガス)が撒かれ、ホール内にいた観客が毒ガスを吸い多数の傷者(30名)が発生したとの想定で行った。訓練要領は、消防所轄指揮隊は指揮本部を設置、災害活動全般の統括指揮任務を行う。消防資材輸送小隊は、正面出入口前の場所に膨張テントを展開する。現場救護所(膨張テント)において、医師会および救急隊が連携して要救助者の救護活動を行う。先発救助隊はドクターカーの医師の協力を得て、汚染に十分気をつけてトリアージを行う。消防隊及び消防団により担架班10班を編成し、担架で傷者を現場救護所まで搬送する。重症者(訓練用人形5体)は、心肺蘇生を実施し救急車で仮設病院まで搬送する。中等症(生体5人)については、救急車で仮設病院へ搬送する。軽症者(20人)は、人員輸送車で仮設病院へ搬送する。この中でのドクターカーの役割は、現場への医師のファーストレスポンダーとしての役割で、現場から救出されてきた傷者をCタイプのブチル加工された防護服を着用してトリアージを行うことであった。化学テロは、地下鉄サリン事件以降大きなテロは起きていない。今回の訓練は米国多発テロを踏まえて行われた。その主体は消防が担った。これは災害現場での初動は、現場にいる一般市民のつぎに消防が担いついで警察等が対応してくる。特に傷者がいる場合には消防救急車が最初に対応するのが現行のシステムである。このなかでドクターカーで現場に医師が緊急に駆けつけ化学剤が同定できていないなかで防護服を着用して活動することはおのずと活動に制限がることがわかった。まず汚染地域がどこまでなのか、どこでトリアージを行うべきか、汚染地域のなかで傷者の診断評価、治療を行うべきか。さらに防護服を着用していると細かい作業はできないこと、現場での患者や活動が終了してからのスタッフの除染はどうするかなど多くの問題点が露見した。早急にこれらの問題点の解決策を考えさらにドクターカーの有効利用について検討する必要がある。
結論
多発テロに対するドクターカー運用と救命率向上に関する研究を行った。このなかで平常時における救命率の向上についての運用は実績が上がっている。多発テロに対してのドクターカー運用に対しては現場に医師が駆けつけ活動するためには、2次災害を防ぐための十分な防護機材等を積載し現場でバイオ、化学テロに対して活動できる医師の教育訓練を行っておきテロに備えることが重要であることがわかった。欧州調査においては、欧州では医師が救急現場に緊急出動することが通常救急システムに組み込まれ運用されてお
り効果を上げている。災害時においてもドクターカーが現場に緊急出動し活動することはすでに組織化されている。欧州では過去の大きなテロ、パリの地下鉄爆破テロ等においてもドクターカーは現場で活躍し実績を残している。我が国においても多発テロ等の災害に対して即応できるドクターカーシステムを構築する必要がある。

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