化学物質による事故等に迅速対応可能な検査体制の確立に関する研究

文献情報

文献番号
200100078A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質による事故等に迅速対応可能な検査体制の確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
屋敷 幹雄(広島大学医学部法医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 奈女良 昭(広島大学医学部法医学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
2001年9月、アメリカにおいて民間機を使用した自爆テロが発生し、数千人が犠牲となった。一部には、化学兵器を搭載していたとの噂もあり、化学兵器を念頭においたテロ事件を想定する必要がある。化学兵器などの化学物質は、目に見えないために化学剤が広範囲に拡散し、甚大な被害をもたらす。可及的速やかに原因物質を特定すれば、被害を最小限に留めることができるとともに治療に役立てることが可能である。すでに、高度救命救急センターなど国内の主要な医療施設には分析装置が配備され、各施設独自で中毒原因物質の特定が一部可能となっている。しかし、施設内には薬毒物分析の実務経験者が少なく、薬剤師や臨床検査技師が通常業務との兼任で分析を行っている場合が大半である。ましてや治療方針に対して大きな影響を与える分析の精度管理についての対策もなされていない。急性中毒患者が搬送される医療機関の技術レベルや検査精度の格差により、平等な治療を受けることができないとすれば、厚生労働行政上、重大な問題であり、早急に解決すべき課題と考える。
本研究では、国内の薬毒物分析技術を国際レベルに引き上げ、医療の質の向上や医療費削減など厚生労働行政の向上に資することを目的に、以下の項目について検討を行った。
1)インターネットを利用した分析評価システムの構築(薬毒物検査トライアル)
2)化学物質分析体制の構築ならびに教育(簡易検査・機器分析の講習会)
3)薬毒物分析の実態把握と分析精度(精度管理)
本研究の成果によって、全国の主要となる高度救命救急センターなどにおける薬毒物分析レベルを維持し、向上が期待される。
研究方法
1)薬毒物検査トライアル:ベンゾジアゼピン系薬物は、ヒト体内で速やかに代謝されて尿中に排泄される。尿中のベンゾジアゼピン系薬物は、イムノアッセイキットによって容易に検出可能であるが、機器分析で代謝物を検出するにはノウハウを必要とする。最初から代謝物を検出することは困難であるため、市販のヒト血清に薬毒物(ベンゾジアゼピン系薬物)を添加した検査試料を配布し、原因不明の中毒が発生したと仮定して、実際に配備された分析機器を使用し、模擬的な薬毒物中毒症例の検査(薬毒物検査トライアル)を実施した。また、検査過程や結果をもとにして、人的に分析環境の整わない中で如何にして分析担当者の技術レベルの向上を図り、配備された機器を有効利用して、如何にすれば中毒原因物質の同定に貢献できるかの検討を行った。分析試料(尿、ヒト血清)は、凍結した状態で各分析者に配送し、約1ヶ月後に分析結果の返送を依頼した。分析途中での意見交換は、広島大学医学部法医学講座のサーバーを利用して、メーリングリスト形式で送受信した。1)分析結果の提出期限前(一方向性):管理者と参加者の送受信は可能であるが、参加者同志の連絡はできないように設定した。2)分析結果の提出後(双方向性):通常のメーリングリストと同様に、参加者間の連絡ができるように設定した。期間中の事務連絡や分析結果の返送については、E-mail および FAXを使用した。
2-1)簡易検査講習会:簡易検査講習会では、6種類(濫用薬物検出キットMonitect-3、Triage、有機リン系農薬検査キット、アセトアミノフェン検査法、有毒ガス検知器、ほう酸検査法)の検査法を実施した。いずれも迅速に目的の薬毒物を検出でき、臨床の現場では有用である。実習に用いる検査試料は、実際の中毒例患者の検査試料を分析することに意義があるが、倫理面に問題があることから、薬毒物を添加した標準血清や尿を使用した。
2-2)機器分析講習会:簡易検査法にて検査した際の結果の判断基準や解釈と、機器による確認分析の必要性について講義した。また、参加者全員で分析試料の前処理から機器分析に至るまでを体験させた。分析法は2種類(ガスクロマトグラフ/質量分析法、高速液体クロマトグラフ法)を実施し、生体試料中のメタンフェタミンとアンフェタミンを同定、定量した。
3)精度管理:本研究の参加依頼は、毒劇物分析装置が配備された全国の高度救命救急センター(8カ所)と救命救急センター(65カ所)の合計73カ所の施設長宛に行い、協力を依頼した。協力の得られた施設には、分析試料(ヒト血清、尿、水溶液の3種類の試料)を凍結した状態で配送し、約1ヶ月後に分析結果の返送を依頼した。
結果と考察
1)薬毒物検査トライアル:薬毒物検査トライアル参加者は43名であり、40名より何らかの検査結果が返送された。予めヒト血清に添加した薬毒物(ジアゼパム)が定量できた参加者は25名(62.5%)であり、尿中のジアゼパム代謝物を検出した参加者は8名のみであった。以前のアンケート調査で、多くの参加者がベンゾジアゼピン系薬物の分析を希望していたが、予想以上に苦慮していた。標準品が入手できないために定量を断念した参加者も多いことが示唆された。本検討により、ジアゼパムの代謝物に限らず、標準品の供給体制整備を切望していることが判った。今回の大きな目的は、薬毒物の代謝経路を把握し、代謝物を如何に(前処理を含めて)すれば生体成分から単離し、機器分析できる状態になるかを会得することであり、各自が操作マニュアルを作成し、一層薬毒物分析のノウハウが蓄積されるものと期待する。参加者の大半もこのようなトライアルの継続実施を切望しており、重要性が再認識された。また、実施するのみではなく、実際に中毒事例に直面した場合、即座に相談、質問できる体制を整えることも今後の課題である。
2-1)簡易検査講習会:簡易検査講習会の参加者は38名であり、参加者の興味は、実務に必要であるが簡易検査法のなかった有機リン系農薬検査やアセトアミノフェン検査に集中した。簡易検査で分析対象薬物を絞り、機器分析へと展開する手順を講習会を通して紹介したが、参加者へどの程度浸透しているかは疑問である。今後、薬毒物検査トライアルなどを通して調査したい。また、本講習会に参加することで日常業務に支障が出ると答えていたことからも裏付けられるように、医療における薬毒物分析の役割の重要性を広く認知させる必要がある。
2-2)機器分析講習会:ガスクロマトグラフ/質量分析計と高速液体クロマトグラフを使用した2種類の分析法を実施した。国内において覚せい剤の濫用は後を絶たず、覚せい剤の検査依頼件数は急増している。国内において流通している覚せい剤はメタンフェタミンが主であるが、摂取の証明には、メタンフェタミンとアンフェタミン(代謝物)の両化合物の検出が必要とされる。しかし、イムノアッセイキットなどの迅速検査法では、これらを推定することはできても同定(確認)することは不可能であり、機器分析が必要となる。また、メタンフェタミンとアンフェタミンを同定するには、標準品(純品)が必要であるが、「覚せい剤取締法」による制限で鑑定機関や研究施設においても入手困難であり、早急な解決策を関係機関に提示する必要がある。
3)精度管理:毒劇物分析装置が配備された全国の高度救命救急センター(8カ所)と救命救急センター(65カ所)の合計73カ所の施設長宛に協力を依頼した結果、58施設(79.5%)から協力の了解が得られ、7施設からは諸般の事情によって協力できないとの返答があった。また、8施設からは何の回答も得られなかった。了解の得られた58施設と無回答であった8施設の合計66施設のうち57施設から回答が得られた。検査試料に対する臨床情報を添付しなかったにも関わらず、50施設(分析試料を送付した施設の75.8%)において、血清中のアセトアミノフェンが同定できた。前回の調査結果では、定性・定量の行われている施設が2割程度、定量は行っていないが定性を行っている施設が2割程度と報告されているが、今回の調査の結果、血清中のアセトアミノフェンや尿中のフェニトロチオンの定量分析が可能な施設は5割以上となり、分析装置配備施設における分析への積極的な取り組みが見受けられる。しかし、定量値の有効数字、前処理や分析の精度まで吟味して分析している施設は少なく、分析値の扱い方や分析の精度についての知識を共有することによって、より高い分析能力を得ることが可能であると考え、それに見合った教育活動の場の提供が急務である。
結論
本研究結果により、すでに高度救命救急センターなど国内の主要な医療施設に配備されている毒劇物分析装置を使用して、5割近くの施設で中毒原因物質の特定が可能であることが明らかとなった。しかし、国内の薬毒物分析技術を国際レベルに引き上げ、医療の質の向上や医療費削減など厚生労働行政の向上に資するためには、分析の精度管理についての対策を構築する必要がある。この精度管理を分析者各人が独自で行うことは非常に困難であり、また、薬毒物分析の精度管理を実施している外部機関も皆無である。今後も継続してこのような精度管理やトライアルを実施し、薬毒物分析技術の向上を図ることが不可欠である。参加者の大半も継続してこのような精度管理やトライアルの実施を切望しており、重要性が認識された。また、本研究で企画した講習会に参加することで日常業務に支障が出るといったことがないように、人員の確保や医療における薬毒物分析の役割の重要性を広く認知させる必要がある。また、病院検査業務の中での協力体制を確かなものとする努力も必要であると感じた。

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