医事法上の重要問題に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100071A
報告書区分
総括
研究課題名
医事法上の重要問題に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
前田 雅英(東京都立大学法学部教授)
研究分担者(所属機関)
  • 木村光江(東京都立大学法学部教授)
  • 藤原静雄(國學院大學法学部教授)
  • 斉藤誠(東京大学教養学部教授)
  • 我妻学(東京都立大学法学部助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療技術の高度化、国民の医療に対する意識の変化を背景として、個々の医療行為の相当性や、それに関連して、医師等の医療従事者に求められる私法・公法上の義務につき疑義が生じる面が増えている。このような医療行為等を規制する法規(以下「医療行為法規」という)については、明文化されたものが少ないだけでなく、明文規定があるものであっても、医療行為の性質を反映して、個々の条文の具体的内容について、あらかじめ確定することが困難で、具体的に生じる問題事例に則して、時々の社会通念に照らして判断することによってしか、明らかにできない場合が多い。ただ、法学の専門的見地に基づいて客観的検討することにより、行政独自に行う場合に較べて、客観性・安定性が確保できるものと考えられる。そこで、本研究では、医療行為法規のうち、その解釈・運用の在り方について疑義が生じており又は生じるおそれが高い緊急性のある問題について、法学の専門的見地から、研究を行うとともに、あり得べき政策についても提言を行うことを目的とした。
研究方法
1.医療事故発生時における対応については、1)異状死の届出義務(医師法21条)と憲法の問題に関しては、広尾病院事件など具体的な事案の詳細な検討の他、比較法的研究を行った。2)個人情報保護(又は本人開示)・情報公開の流れの中における医療事故情報の取扱いのあり方については、先進的な法制度を有するイギリス、ドイツの現場を視察し、情報を収集した上で、その分析・研究を行った。
2.無資格者による医療行為については、介護の法構造を確認した上で、その現状を把握し、さらに「行政として採りうる政策」という視点も加味して、検討を行った。この他、歯科医師が行いうる救急医療の限界、救命救急士の行いうる医療の限界についても、具体的資料を基礎に検討した。
3.医業類似行為については、マッサージ行為などについて、その実態を解明した上で、その許容性の範囲を、いわゆる「人の健康に害を及ぼすおそれのある業務行為」の解釈を中心に提示した。その際には、昭和35年最高裁判決判決以来の多数の判例分析を行った。
4.IT技術を用いた医療については、1)人工知能、ロボテックスを用いた医療の法的責任に関し、イギリスの実状を視察した。2)インターネット経由による医療の国際的管轄権についての文献研究を行った。
5.遺伝子技術を用いた医療については先行研究を批判的に検討した上で、立法論についても研究を行った。
6. 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療の問題点について、イギリスをも出るに比較法的な研究を行った。
結果と考察
医療技術の高度化、国民の医療に対する意識の変化を背景として、個々の医療行為の相当性や、それに関連して、医師等の医療従事者に求められる私法・公法上の義務につき疑義が生じる場面が増えているが、本研究では、現場での最も喫緊の課題について具体的に結論を提示した。
まず1.医療事故発生時における対応については、1)「異状死の届出義務(医師法21条)は憲法には矛盾しないことを法理論的に明らかにし、2)個人情報保護(又は本人開示)・情報公開の流れの中における医療事故情報の取扱いのあり方(届出制度のあり方も含む)について、イギリス、ドイツを中心に行政法、憲法上の観点から研究を行った検討を加えた。
2.無資格者による医療行為については、介護の場などにおいて本人、家族又は第三者が行える医療行為の範囲を明らかにし、その法理論的基礎を提示した。
3.医業類似行為については、最近の増加したマッサージ行為などについて、その許容性の範囲を、いわゆる「人の健康に害を及ぼすおそれのある業務行為」の解釈を中心に提示した。その際には、昭和35年最高裁判決判決以来の多数の判例分析を行った。
4.IT技術を用いた医療については、1)人工知能、ロボテックスを用いた医療の法的責任などについて、欧米の文献を基礎に、問題の所在を明示した。そして、2)インターネット経由による医療の国際的管轄権の現状を明らかにした。
5.遺伝子技術を用いた医療についてについては、ヒト胚及び遺伝子技術を用いた医療に対する規制のあり方について現行法の不十分な部分を示した。
6. 「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」の問題点については、現在法案が国会に上程されているいるが、その意義を明らかにした。
その他、本研究では、医療行為法規のうち、その解釈・運用の在り方について疑義が生じており又は生じるおそれが高い緊急性のある問題について、法学の専門的見地から、研究を行うとともに、 あり得べき政策についても提言を行ったものである。
医療行為法規に関する調査研究は民間レベルでしばしば行われ、特に民法、刑法といった私法分野においてはこれまでも研究が進められてきたところであるが、医療従事者に求められる公法上の義務如何について研究が行われたことはほとんどない。また、医療行為法規を含め、医事法領域における法律専門家も多いとは言えない。本研究は、民法、刑法、行政法各分野の専門家が連携しながら、これまで医事法領域において隙間となっていた分野に焦点をあてた研究を行った。
結論
本研究は、医療に携わる者に求められる私法・公法上の義務の具体的内容をはじめ、医療行為法規の解釈・運用の在り方について、いくつかの点を明らかにすることができたので、それを活かした医療の健全な発展、安全の確保、更には医療に対する国民の信頼確保のために、厚生労働省の法運用の際に有用な情報を提供し得たものと思われる。平成12年に発生した都立広尾病院における医療事故では、都・病院が組織的に事故を隠蔽し、大きな問題となったが、以降、相次ぐ医療事故の報道を背景として国民の医療に対する不信が増大しつつある。そこで、比較法を踏まえた法的な基礎を持つ議論の必要性は大きい。
さらに、少子高齢化が進み、介護制度が発展する中で、無資格者でも行える医療行為の範囲に関する疑義が数多く生じているが、医療行為を受ける者の生命・身体に直接関わる問題だけに緊急性は高い。医業類似行為の限界についての指摘も、現実の対応に迫られている行政にとっては有用な指針となろう。マッサージ等医業類似行為への規制等問題は枚挙に堪えないからである。
また、個人情報保護の法状況の解明は、医療現場でのカルテの開示の問題等に指針を与えるものと思われる。
急速に進展しつつあるIT技術、遺伝子技術を用いた医療に関しては、深刻な問題の発生はこれからであろうが、予防的にも、これらの問題を検討した意義は大きい。
触法精神障害者問題が意識され、立法作業が進む中で「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」の問題点について検討を行ったことも、今後、法律が成立するか否かにかかわらず、法と精神医療の関係の基本問題について、理論的な寄与をなしえたものと考えられる。

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