色覚の個人差と適切な表示色に関する研究(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
200100065A
報告書区分
総括
研究課題名
色覚の個人差と適切な表示色に関する研究(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
北原 健二(東京慈恵会医科大学眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 西尾佳晃(東京慈恵会医科大学眼科)
  • 林 孝彰(東京慈恵会医科大学眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々は正に多彩な色を情報源として活用している。信号灯や道路標識をはじめ、病院や駅などの公共施設から日用品に至るまで、状況を迅速に把握するために、また機器類を正しく使用するため色の違いが利用されている。医療の場でも、注射針、カテーテルなどの医療機器や薬剤においてサイズや内容を表す指標として色表示が採用されている。これらの表示には、視認性、識別性、誘目性、快適性などの視覚特性が考慮され工夫がなされている。しかし、全ての色表示が分かりやすく、判別しやすいとは言えない。特に、色覚異常者に対する配慮に欠けた表示の存在が指摘されている。先天色覚異常者の頻度は、わが国においては男性の5%、女性の0.2%とされている。さらに、色の見え方には個人差があることが指摘されてきたが、近年、色覚の遺伝子が解明され、先天色覚異常者はもとより正常色覚者でも色覚に個人差があることが分子生物学的にも証明された。医療機器や薬剤の色はもとより、交通標識や信号灯など、誤認された場合には事故につながる可能性が懸念される。そこで、実際に使用されている種々の色表示について、特に色覚異常者にとって識別しにくい配色などについて検討し、問題点を明らかにする必要性がある。そこで本研究では、先天色覚異常を含む色覚の個人差に関する基礎的研究を踏まえて、先天色覚異常を含み色覚の個人差を考慮し、全ての人に分かりやすい色表示について検討することを目的とし、さらには、薬剤投与、医療器具や医療機器の操作などにおける安全性の確保に、また、共生・共存の社会を目指した生活しやすい心の安まる色彩環境を考える指針としても寄与するものである。
研究方法
本年度は、先天色覚異常者における、表示色の大きさによる色識別能向上効果について、4種類の大きさの色視票を用いて検討した。さらに、先天色覚異常者における、発光ダイオード(以下LED)による電光掲示板の見え方の調査と解析、および道路交通信号灯色光の見え方の調査と解析を行った。また、分子生物学的研究では、先天色覚異常(赤緑異常)の客観的診断法として分子生物学的手法を用い、赤・緑視物質遺伝子の配列順序を明らかにし、遺伝子診断および女性保因者診断の可能性について検討を行った。
まず、表示色の大きさによる色識別能向上の効果については、Farnsworth dichotomous test(以下パネルD-15)と、視角2度、8度および10度のパネルD-15テストと同じ色票の視標を用いて、パネルD-15がfailの先天色覚異常者16名に対し色相配列検査を施行し、色覚異常のタイプおよび色票の大きさによる色識別能向上効果について検討した。
先天色覚異常者における発光ダイオード(以下LED)による電光掲示板の見え方については、3色表示LEDドットマトリクスディスプレイを用いて、色覚正常者5名と先天色覚異常者51名に対し、LEDディスプレイ文字色の色弁別能検査を施行した。得られた結果をパネルD-15の結果と比較した。先天色覚異常者における道路交通信号灯色光の見え方については、LED式および電球式信号灯のシミュレーション装置を試作し、色覚正常者5名、先天色覚異常者18名に対し検査を施行し、LED式道路交通信号灯色の見え方について検討した。
さらに、夜間点滅信号および工事用一灯式LED信号についてもシミュレーション装置を試作し、色覚正常者5名、先天色覚異常者51名に対し検査を施行し、信号灯色の見え方について検討した。
分子生物学的研究では、遺伝子型として赤視物質遺伝子、緑視物質遺伝子および緑赤融合遺伝子をそれぞれ1つもち、検査の内容を十分に説明し協力の得られた男性17名に対して、long range PCRを用いて最遠位端の視物質遺伝子を決定した。得られた結果を心理物理学的検査の結果と比較検討した。
結果と考察
視角2度、8度および10度の色視標の色相配列検査機器を用いた、表示色の大きさによる色識別能向上の効果についての検討では、パネルD-15がfailの先天色覚異常者16名のうち、視角2度の視標を用いた色相配列検査がpassは1名で、視角8度の視標を用いた色相配列検査でpassは6名、視角10度の視標を用いた色相配列検査でpassは9名であった。視角が大きくなるほど色相配列検査の結果が向上する傾向が示された。
先天色覚異常者におけるLEDによる電光掲示板の見え方については、色覚正常者では全被験者ともに誤答はみられなかった。先天色覚異常者では51名中46名(90.2%)に誤答がみられ、パネルD-15pass群と比較してfail群で誤答が多かった。先天色覚異常者では3色表示LEDディスプレイの文字色の色弁別が困難な場合があることが示されたことから、LEDディスプレイにおいて、文字の表示色に情報を付加する際には、色以外の情報を付加する等、先天色覚異常者にとって認知しやすい工夫をすることが肝要と思われた。
先天色覚異常者における道路交通信号灯色光の見え方については、色覚正常者では誤答はみられなかった。先天色覚異常者では、LED式、電球式共に18名中11名(61.1%)に誤答がみられた。誤答率は、赤および黄で、電球式に比べてLED式において高い傾向がみられた。さらに、夜間点滅信号および工事用一灯式LED信号についても、先天色覚異常者では、それぞれ 51名中34名(66.7%)および45名(88.2%)で誤答がみられた。したがって、道路交通信号灯においては、先天色覚異常者においても容易に見分けられるような色以外の情報を要するものと思われた。
分子生物学的研究の結果では、対象の17名のうち、心理物理学的検査により、5名が色覚正常者、12名が第2色覚異常者であり、これらの視物質遺伝子配列は、例外無く、正常色覚の5名で赤、緑、緑赤の順序で、第2色覚異常お12名で、赤、緑赤、緑の順であった。
従来は、赤視物質遺伝子に加え緑視物質遺伝子が複数存在する場合は、緑視物質遺伝子の配列を決定することは不可能であったが、今回の結果より、long range PCR法から単バンドが得られ、最遠位端の視物質遺伝子検出が可能となった。今後、さらに症例を増やし、long range PCR法をもちいて保因者女性の遺伝子分析も行いたい。
結論
近年、多用されているLED電光表示や、道路交通信号灯には、先天色覚異常者にとって色表示の判別が困難な場合があることが確認された。また、色覚異常者において色表示の大きさを変えることにより色識別能が向上する場合があることも示唆された。これらの結果をもとにして、色表示を先天色覚異常者にとっても判別しやすい表示に改善し、誤色に伴う事故を防ぐことが可能と考えられる。また、同時に、先天色覚異常者にも配慮した、容易に見分けられるような色以外の情報の付加も必要と思われた。
先天赤緑異常の保因者と考えられる例については、従来、遺伝子型と心理物理学的検査の結果との乖離がみられた例も存在し、正確な臨床診断を行うことは困難であったが、今回の結果より、末端に位置する視物質遺伝子の同定法により、第2色覚異常の迅速遺伝子診断とともに、保因者と考えられる女性の診断法としても有用と考えられる。保因者の中には、心理物理学的検査において正常とは若干異なる結果を示す場合があることは、色覚と適切な表示色を検討するうえで重要と考えられるため、今後は、保因者女性の遺伝子分析を行い、先天色覚異常保因者における色覚の個人差についても検討したい。                               

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