医療における政策評価の国際比較に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100048A
報告書区分
総括
研究課題名
医療における政策評価の国際比較に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
野口 正人(株式会社三和総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田極春美(株式会社三和総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
4,140,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療政策の評価に関して、アメリカ合衆国、カナダ、イギリス、オーストラリアの4カ国を調査の対象とした実態の把握を行うことに併せて、各国の医療分野での政策評価を実施するための実務的な問題、政策評価の実例(評価報告)をもとにして、手法や考え方等基礎的な資料を広く収集する。その上で、各国の政策評価を比較するための分析の枠組みを提起し、以って我が国の医療政策を評価していくために有効な視点を提起することを本調査研究の目的とする。
例えば、アメリカ合衆国における政策評価では、政府業績結果法(GPRA)の成立により、新しい枠組みが確立しつつある。GPRAにより、1998年から各省庁における戦略計画の作成、年次業績計画の作成が義務づけられることとなった。合衆国保健福祉省(HHS: U.S.Department of Health and Human Services)も例外ではなく、医療政策における戦略計画、年次業績計画が策定され、同法下での最初の正式な文書として、1998年9月に連邦議会に提出された。そして、1999年度以降は年次業績報告の提出が義務付けられている。これらの実状については、既に厚生科学研究(例:「米国の社会保障施策の評価に関する調査研究」H11-政策-014)でも取り扱われている。アメリカ合衆国での政策評価活動は、一定の成果を生み出しつつあるという評価がなされている一方において、具体的な施策(プログラム)レベルでの評価の内容そのものについては、不十分なものが多いといわれているのが実状である。特に本調査研究事業でも明らかになったとおり、保健福祉省でのGPRA下での評価活動(戦略計画策定及び年次業績計画・年次業績報告)では、文書として連邦議会に提出しているものの、記述の内容についての不十分さは、担当官(保健福祉省政策評価部局(ASPE: Office of the Assistant Secretary for Planning and Evaluation)におけるGPRA担当局長(Director) Mike Herrell氏)も、未だ問題が山積していることや、連邦議会との関連からもプログラム評価結果に基づいた本来の目的を十全には達成できていないことが明らかになるなど、医療分野における政策評価の実態には多くの問題が存在している。こうした実状は、プログラム評価報告で把握できるものではなく、各国の担当官による実際の評価活動についての問題意識を把握することが必要とされる。
本調査研究では、実際の政策評価についての報告書を取り扱いつつも、担当省庁や会計検査院での業績評価事例を踏まえつつ、評価対象分野としての医療分野を取り上げ、国際的な比較分析を行うものである。なお、本事業は3ヵ年研究事業の1年目であり、調査対象はアメリカ合衆国(保健福祉省、OMB、会計検査院、シンクタンク)とカナダ(保健省、会計検査院、シンクタンク)の2カ国である。
研究方法
本調査研究では、基本的な文書の入手については、インターネットを通じた所在情報検索や基礎的文献収集を行った。なお、政策評価に関する一般的情報収集については、国内の文献(「会計検査研究」、参議院行政監視委員会調査室「政策評価の手法に関する調査」報告書、衆議院調査局「事務・事業の評価・監視システム導入に関する予備的調査」、通商産業省「政策評価の現状と課題」等を含む一般書籍)や政策分析分野における一般的学術文献('Analyzing Public Policy'、'The Global Public Management Revolution'、' Health Performance Measurement in the Public Sector'etc.)及び公開資料(GAO/GGD-96-118、GAO/GGD-10.1.16、GAO/T-GGD-98-66、GAO/GGD/AIMD-10.1.18、GAO/GGD-10.1.20、OMB/Circular No.A-11等)を参照としつつ、E-mailによって担当部局に照会しつつ、現地インタビュー調査が必要かつ有効な場合はインタビュー調査を実施した。
特にインターネットによって入手できる文献の中から、医療分野の政策評価として有効と思われるものを選別し、各政策評価主体(医療担当省庁、会計検査院、政府全体の管理部局、シンクタンク)が、政策評価を実施する上での基本的考え方や実際の評価報告を取り上げ、翻訳を進めつつ、政策評価上の手法・問題点などを広く収集した。
また、現地インタビュー調査を実施する前に、E-mailでの意見交換を進め、担当部局の問題意識については、踏まえるべき文献や情報収集に当たっての留意点などについても情報収集を進めたものである。
一方、現地インタビュー調査を通じて、実際の政策評価プロセスや時代の変化による考え方、利用方法の変化等についても意見を得るといったものが主な調査活動であった。
結果と考察
本調査研究事業では、医療分野を取り上げ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス(いわゆるNPM(New Public Management:新公的経営管理)の考え方に基づいたアングロサクソン諸国)において、医療分野を所管する行政機関(我が国では厚生労働省)、政府全体における政策評価の実施機関(我が国では総務省)、そして最高検査機関(Supreme Audit Institutions(SAI):我が国では会計検査院)等での政策評価の取り組み状況等を調査対象として、各国における政策評価の実態を把握し、その概念枠組み、評価手法、評価結果の活用の仕組み等を国際的比較分析を行うものであり、本年度はアメリカとカナダについての実態調査を終えた段階である。
本調査研究は、3年計画の1年目であり、アメリカ合衆国における保健・福祉省での政策評価の現状、連邦政府全体の視点、会計検査院(GAO)における医療分野についての政策評価の現状を把握した。また、カナダについても、保健省、会計検査院(OAG)及びシンクタンクについても情報収集を行ったところである。当事業における今後の課題として、まず調査対象国の拡大(イギリス・オーストラリア)における医療政策分野での政策評価の実態を把握することが必要とされる。特に、アメリカ合衆国やカナダにおける調査を経て、中央政府において実施される政策評価の内容には大きく差異が見出せたため、その多様な政策評価(プログラム評価)の実態に関して、調査対象を拡大することが必要である。また、政策評価の実施主体に関しては、医療政策の担当省庁である保健・福祉省をはじめとして、会計検査院のプログラム評価活動・業績評価活動を調査することは、アメリカ合衆国・カナダ共に積極的な取組み実績があることが明確であった。今後イギリス・オーストラリアと対象国を拡大するに当たり、SAIの機能を明らかにすることは必要である。
外部シンクタンクの役割については、政策評価活動自体に積極的に取組み、政策に大きく関与しているかどうか、今後の調査によって明らかにすることが必要である。アメリカ合衆国では、メディケアの実施において、重点政策を企画立案する時点でもRand研究所の分析・提言が大きく取り上げられ、また政策評価課活動自体に関しても、強い関係があることが示されている。これらの事情は、今後調査対象国毎に明らかにすることが必要である。
今後、我が国においても政策評価を実施していくこと自体は、法的にも必要とされているところであり、政策評価の実施は中央政府・自治体を含めて実行されていくこととなっている。しかしながら、政策評価を実際に行っていくためには、特に定められた手順・手法があるわけではなく、今後さまざまな手法開発が必要といわれている。中でも医療政策分野に関しては、評価活動を行っていくために必要とされるデータの収集や評価の手法の難しさや、制度自体の複雑さ・多様さに起因するところによって、多くの課題を残していると指摘されている。したがって、医療分野の政策評価を安定的に実施していくためには、関連する多くの情報収集を行い、各国で実施されている医療分野の政策評価の実態把握を行うことの意義は大きい。また、当調査研究事業を通じて整備される、多くの関連文書を整備・蓄積することも、意義あるものである。その一方で、政策評価を実施していく上で必要とされる理論的背景やこれまでの評価を実施するためのパイロットスタディ等についての研究の蓄積を図っていくことの必要性は高いと考えられる。
今後我が国の政策評価の方向性等について議論を進めていくための基礎資料として、本調査研究を通じて得られた情報等については、広く活用・提供できるようために、3年間の計画の中で整備していくことが必要とされている。
ただし、本研究事業では3年間の調査研究における各国の比較を実施するにあたって、政策評価の前提となる、公共政策分析における国際的な先駆的研究を理論的側面における理解を深めるため、学術的な文献調査を対象とした分析を行った。この主な目的は、各国の政策評価では、ややもすると実践的な側面に焦点が当てられるものの、いずれの国家における政策評価活動においても、常にバックボーンとなる理論的支柱に支えられているため、背景となる基本的な知見を明らかにするとともに、政策評価を実施するためのいわば準備である。既に我が国でもいくつかの政策評価(特に自治体における政策評価)に関する文献の整備は整いつつあるものの、理論的な文献整備がきわめて遅れていることが顕著であるためである。
結論
1.アメリカ合衆国での政策評価:アメリカ合衆国における政策評価の実態に関しては、既に調査が一部なされている。しかしながら、比較的先進的な取組みがなされているアメリカにおいても、医療分野での政策評価は、未だ議論の多い領域として検討されているものである。アメリカにおいても連邦政府の政策評価を体系的に取組むため1993年にGPRAを発効させているが、保健・医療分野における政策を評価するために必要とされるデータの整備等の課題を含めて、多くの問題を残していると報告されていることがわかる。(米国の社会保障施策の評価に関する調査研究(H11-政策-014))アメリカ合衆国における政策評価の取組みは、医療政策の担当である保健・福祉省にとどまることなく、連邦政府全体を統括する意味から大統領府(Executive office of the President)内のOMB(Office of Management and Budget連邦予算管理局)による連邦政府の政策評価指針が提起され、回報(Circular) No.A-11 Part2(Preparation and Submission of Strategic Plans, Annual Performance plans, and annual program performance reports)を通じて、連邦政府各省庁でGPRAを実施していくために必要とされる基本的なスキームを提起している。特に他の関連文書や予算管理等との関連から政策評価を整合的に実施するための配慮について詳しい。
一方、こうした行政府における政策評価の実施に対して、連邦議会側から行政府に対する管理機能の向上を目的とした政策評価の取組みも積極的である。中でも、連邦政府の付属機関として合衆国会計検査院は、省庁が提供するプログラム(政策-施策-事業)について、適正な予算執行という側面ばかりでなく、効果的な予算執行がなされているかどうか、効率的なプログラム運営がなされているかどうかという観点に基づいた、いわゆる「プログラム評価」に対して積極的取組みを行っている。中でも、GPRA下において保健・福祉省が公的医療制度(メディケア等)を提供している場合に、保険請求財政の観点から、改善の必要性を勧告するなどの報告も積極的に行っていることが分かる。その他メディケアの財政管理・給付対象の範囲、医療の質的な改善に関しても多くの報告が提起されている。連邦政府内におけるこうした政策評価の仕組み以外の観点についてみると、Rand研究所をはじめ、多くのシンクタンクが医療政策に関する政策提言がなされているのがアメリカ合衆国の特色である。現在、アメリカにおける医療政策の重点的な課題として、成果指標を定めることによって、プログラム改善を実行している。特に、①急性心不全、②心筋梗塞、③外来、④乳がん検診、⑤肺炎の免疫・インフルエンザ、⑥糖尿病などの疾病に関しては、改善目標を具体的な数値目標等として設置し、これらの指標について、診療内容をどうやって改善するのかという点について、地域各州でのPROが改善に取り組んでいる。
以上のように、アメリカ合衆国での医療分野についてみた場合、政策評価(プログラム評価)に対する取組みは、担当省庁・連邦議会(付属機関)・民間シンクタンクと多様な主体による、積極的な関与と実行が機能していることが明らかとなった。本研究事業では、アメリカ合衆国の保健福祉省政策評価部局(ASPE: Office of the Assistant Secretary for Planning and Evaluation)におけるGPRA担当の局長(Director) Mike Herrell氏へのインタビュー調査及びアメリカ合衆国の会計検査院(GAO: The United States General Accounting Office)での保健福祉担当局長Janet Heinrich氏へのインタビュー調査を実施し、GPRAの実施状況及びその課題を中心とした問題意識と今後の展開について明らかにした。
2.カナダでの政策評価:医療政策に関して、大幅な地方分権を実現しているカナダにおいては、中央政府における省庁としての政策評価の機能は、アメリカ合衆国程には強力に実行されているわけではない。しかしながら、カナダ・ヘルス法をはじめとした国としての取組みに関しては、州への現金の分担を、権利の与えられた州の健康保険案の下で与えられる保険付きの健康保険もしくは、個人病院や成人在宅ケアなどといった拡充されたヘルス・ケアサービスに関する、連邦と州の会計取決めに従って政策が実行されている。こうした意味から、カナダ保健省や会計検査院(OAG)における医療分野での政策評価活動が実施されている。特に会計検査院では、保健省の本部、活動、制度、機能が経済的、効率的、効果的な方法で、省の事業の実施を助けていることを確実にするため、それらを独立に検査を実施することとされている。内部の会計検査の適用範囲、目的、領域は、省の会計検査と評価委員会によって監督される。この委員会はすべての会計検査報告書を承認し、会計検査勧告に応じて適切な矯正的行動を実施しているかについて監視する。価値観と倫理については、この局は、日々の意思決定の意識的で目に見える部分として、健全な倫理と価値観を促進し維持することに責任を負い、倫理的な運営のための責任とリーダーシップを強化することに責任を負う。
カナダの保健医療政策は、州によって具体的な内容に違いがあり、例えば高齢者の薬剤費用等補完的な保険給付も実施されている。しかしながら、プログラムに違いはあるものの、国が医療サービスを支払う際には、十分に安価な調達がなされているかどうか、また経済効果が優位であるかどうか等についても検討されている。こうした観点から医療制度に関する改善を検討することは政策評価を実施する上で重要な点であるといえる。例えば、1999年の研究によると、カナダは、ヨーロッパ、日本、アメリカ合衆国に比べてビジネス・コストが最も低いとされている。この好条件の一部は、雇用者支出の給付の結果、人件費が安いことに基因している。同様に、国民医療保険制度が、労働職の可動性を高めており、そのことは急速に変化するビジネス環境において、企業にとって重要な考慮すべき事柄であるといった分析である。現在までのところ、カナダにおけるシンクタンクが積極的にプログラム評価を実施し、また政策提言について重大な影響を及ぼしているという事実は明確なものとはなっていない。
本研究事業では、カナダの会計検査院(OAG: Office of the Auditor General of Canada)の保健医療関連局長Glenn Wheelerへのインタビュー調査を実施し、カナダにおける政策評価の実態と将来的計画についての知見を得た。また、カナダ保健省における政策評価・分析担当の長官補佐Vijaya Vinita ChannahSorah氏(Ph.D. Senior Strategic and Evaluation Planner, HHS Assistant Secretary for Planning and Evaluation Department of Health and Human Services)との議論、あるいはトロント大学の教授Dr. Peter C. (Professor of Health Economics and CHSRF/CIHR Health Services Chair, Department of Health Policy, Management and Evaluation,University of Toronto)との意見交換を通じて、カナダの保健医療分野における政策評価、政策分析上の問題点及び今後の展開についての議論を行った。

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