公衆衛生活動・調査研究における個人情報保護と利活用に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100046A
報告書区分
総括
研究課題名
公衆衛生活動・調査研究における個人情報保護と利活用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
玉腰 暁子(名古屋大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 石川 鎮清(自治医科大学)
  • 尾島 俊之(自治医科大学)
  • 掛江直子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 小橋 元(北海道大学大学院医学研究科)
  • 斎藤有紀子(北里大学医学部)
  • 佐藤 恵子(国立がんセンター中央病院)
  • 杉森裕樹(聖マリアンナ医科大学)
  • 中山 健夫(京都大学大学院医学研究科)
  • 丸山 英二(神戸大学大学院法学研究科)
  • 山縣然太朗(山梨医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
5,950,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
根拠に基づいた公衆衛生活動、社会保障政策形成のためには、その根拠を提供する疫学研究が不可欠である。疫学研究は人間集団を対象とし、その健康事象を観察、あるいは健康事象に介入する。したがって、疫学研究には、個人情報保護対策を十分に確立した上で、集団を構成する一人ひとりの理解と協力が重要である。
現在、厚生労働省と文部科学省が合同で疫学研究の倫理指針を策定中であるが、これは理念を示す指針で、具体的な運用については各学会等に任される見込みである。したがって、研究現場で使えるマニュアル、倫理審査委員会で使えるハンドブックの意義は大きい。
我々が2000年に提案したガイドラインでも、昨年度厚生科学特別研究事業「疫学的手法を用いた研究等における生命倫理問題及び個人情報保護の在り方に関する調査研究」班(主任研究者丸山英二)が提案した指針でもさらに今回案が示されている二省合同指針でも個人情報保護は当然のことされているが、その具体的方策は明らかでない。また、倫理審査委員会が重視されているが、現在各所に設置されている倫理審査委員会の審査体制は統一されておらず、地方自治体などで実施される調査研究に対しては倫理審査を行う体制そのものが不十分である。一方、研究の概要についての一般市民の理解を求めるにはまず、疫学研究そのものの周知が必要であるが、今のところ疫学研究の周知努力は十分ではない。
そこで、以下の調査研究を進めることを通じて、健康情報を含む個人情報を保護しつつ、その利活用を図る疫学研究を実施するための政策的提言をし、科学的な公衆衛生、社会保障政策の形成に寄与する調査研究を実施するのに必要不可欠な基盤形成を目指すこととした。
1.疫学研究における個人情報保護のあり方の検討
①情報漏洩防止システムの具体的構築
②構築したシステムの実施と普及
2.疫学研究の倫理性を担保するための方策の検討
①倫理審査委員会の実態調査
②倫理審査委員会の問題点の整理
③模擬倫理審査委員会の実施
④疫学研究を審査する倫理審査委員会の在り方の提言
⑤倫理審査委員の教育プログラムの開発
3.疫学研究の理解と周知方法の検討
①疫学研究の社会への還元についての調査
②疫学研究の周知方法の検討
③周知の実践
研究方法
1.疫学研究における個人情報保護のあり方の検討
疫学研究では、氏名、性、生年月日といった個人情報、健康情報、医療情報など非常にセンシティブな情報を取り扱う。そこで、情報管理の専門家の協力を得て、ソフト、ハード両面から情報保護の在り方を検討する。
①情報漏洩防止システムの具体的構築
対象者の理解を得て疫学研究を遂行するため情報漏洩防止システムを構築する。
②構築したシステムの実施と普及
大学、研究所における疫学研究者のみならず、保健所、自治体が中心となって行う調査研究に対しても構築したシステムを普及することを目指す。
2.疫学研究の倫理性を担保するための方策の検討
様々な研究手法、地域、対象者などの特性応じたすべての疫学研究パターンについて倫理指針でそのあり方を定めることは困難であることから、倫理審査委員会の役割は今後ますます増大すると考えられる。したがって、その倫理審査委員会が適切に機能することは、疫学研究が倫理的に遂行されるための必要条件である。そこで、倫理審査委員会の在り方に関する調査と提言を行う。
①倫理審査委員会の実態調査
②倫理審査委員会の問題点の整理
委員会メンバーに対する詳細なインタビューならびに医学部、研究所、病院に設置された倫理審査委員会に対するアンケートを実施し、疫学研究に対する倫理審査委員会の姿勢や審査の過程で生じる具体的問題を把握する。
③模擬倫理審査委員会の実施
具体的な研究事例に対する模擬倫理審査委員会を開催し、討論過程を記録するとともに審査における問題点を整理する。特に倫理審査委員会のない施設に所属する研究者による研究、地域を対象とする研究、多施設共同研究、多施設からの情報収集に基づく研究を中心に事例を蓄積する。本課題においては、他の疫学研究者、社会学者、倫理学者、一般市民の代表者などの協力を得て進める。
④疫学研究を審査する倫理審査委員会の在り方の提言
上記①~③の成果をもとに倫理審査委員会ハンドブックまたはマニュアルの作成を目指す。
⑤倫理審査委員の教育プログラムの開発
上記①~④ならびに諸外国を参考に、倫理審査委員会が適切に疫学研究を審査するために必要な教育プログラムを開発し、提供する。
3.疫学研究の理解と周知方法の検討
①疫学研究の社会への還元についての調査
2000年に疫学関係国際5誌に発表された論文の著者約400名を対象に、研究成果の社会への還元について、その方法、頻度などを問う調査を行う。調査依頼にe-mailを用い、回答はWEB上で求める。
②疫学研究の周知方法の検討
現在検討している方法は、広報リーフレット作成(漫画形式など親しみやすいものを含む)、プロモーションビデオ作成、ホームページ作成、講演、参加型シンポジウム(寸劇形式)開催ならびにマスコミ(テレビ、新聞など)の利用である。また、啓発の対象として、地域のみならず、職域、学校(特に中高生)を考えている。特に高齢者や若年者といった情報から取り残されがちな人々、健康に関心を持ちにくい人々に対してもアクセスが容易で、理解のしやすい方法を検討する。
③周知の実践
②で述べた方法を実施可能なものから順に具体化し、その結果を評価、社会に普及していく。
本班の研究は、健康情報を含む個人情報を保護しつつ、その利活用を図る疫学研究を実施するのに必要な具体的な政策提言を行い、それを通じて科学的な公衆衛生、社会保障政策の形成に寄与する調査研究が行われるための基盤を形成するものである。
結果と考察
以下の研究調査を実施した。
1.疫学研究における個人情報保護のあり方の検討
国内外の他分野を参考にしたほか、IT関連企業のシステムエンジニア等から専門的知識の提供をうけ、疫学研究を遂行する上で必要となる情報漏洩防止システムを検討した。その結果、情報漏洩防止システムは、技術的なしくみ(①128ビット暗号化によるSSL,②VPN(Virtual Private Network),③バイオメトリクス認証等)と情報倫理的なしくみの両面からの検討することが必要であることが明らかとなった。
2.疫学研究の倫理性を担保するための方策の検討
○倫理審査委員会
全国の倫理審査委員会から数カ所を選定しインタビュー調査を行った結果、現状での課題として審査件数の増加、設置根拠、委員の構成・選定方法、倫理審査委員会間/倫理審査委員会と学会間での判断のずれ、情報公開、委員の教育と質の確保、運営経費、委員の負担等が挙げられた。また、倫理審査委員会の答申立場が多様であったことから、倫理審査委員会のスーパービジョンを行うシステムの構築が必要であると考えられた。
○ガイドライン
疫学研究を実施する上で、また今後新たなガイドラインが作成される場合に参考とすべきガイドラインについて整理を行った。
3.疫学研究の理解と周知方法の検討
○疫学研究を紹介する印刷物の作成
「社会における疫学(β版)」を作成し(A4版8ページ)、疫学研究者や、疫学研究者以外の立場からのコメントを得た。現在は得られたコメントを参考にして、修正版を作成している。
○疫学の認知および倫理問題に関する意識調査
一般大学生、看護大学生、市中病院の現役看護職を対象として、疫学の認知および疫学研究における倫理的問題についての意識を調査し比較を行った。その結果、疫学についての認知度は、看護大学生、看護職の順であり、一般大学生は知らないとの回答が7割以上を占めた。倫理的問題についての意識は看護大学生と看護職は概ね同様の回答であるのに対し、一般大学生は、特に断らなくて良いなどの回答が多い結果であった。
○疫学研究成果の社会への還元についての調査
2000年に疫学関係国際5誌に発表された論文の著者を対象に、研究成果の社会への還元について、その方法、頻度などを問う調査を行っている。
これらの研究をさらに進め、健康情報を含む個人情報を保護しつつ、その利活用を図る疫学研究を実施するための政策的提言をし、科学的な公衆衛生、社会保障政策の形成に寄与する調査研究を実施するのに必要不可欠な基盤形成を目指す。
結論
適切な個人情報保護の方策を確立し、疫学研究の周知と理解を通じて倫理的な研究の実施を可能とするため、疫学研究における個人情報保護のあり方の検討、疫学研究の倫理性を担保するための方策の検討(倫理審査委員会インタビュー調査)、疫学研究の理解と周知方法の検討(印刷物の作成、社会への還元に関する調査)を実施した。来年度以降、研究をさらに進め、個人情報保護方法、倫理審査委員会委員の教育ツール、疫学研究の周知方法を具体的に提案していく予定である。

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