英国の社会保障政策の評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100024A
報告書区分
総括
研究課題名
英国の社会保障政策の評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
児玉 博昭(白鴎大学)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木賢志(ストックホルム経済大学)
  • 山岡由加子(富士総合研究所)
  • 中尾友紀(日本女子大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国でも政策評価への取り組みが着実に広まりを見せているが、最も先進的な国の1つとされる英国では、1998年にブレア政権が新しい政策評価の枠組みとして始めた包括的支出審査及び公共サービス合意が2000年には早くも改訂されており、その取り組みのスピードには目を見張るものがある。今後、政策評価を本格的に導入するわが国にとっても、目標設定や業績測定の方法、予算編成への活用など、英国の経験から学ぶべき点は少なくない。本研究は、この英国政府における新しい政策評価システムについて、社会保障分野を中心に、その構造と運用を明らかにすることを目的とする。
研究方法
まず、英国の社会保障政策の仕組みについて、稲継教授他の論文、財務総合政策研究所等の報告書をもとに新公共経営論及び英国の政策評価制度について整理。武川・塩野谷等の概説書をもとに英国の医療・福祉・年金制度等について整理した。次に、社会保障政策の動向について、各省庁のホームページから保健省及び社会保障省の旧包括的支出審査、サービス提供合意、技術覚書、省庁別投資戦略をそれぞれ入手、訳出した。さらに、社会保障政策の運用実態について、現地の英国財務省、保健省等の政策評価担当者から、政策評価の体制や進め方、予算編成や政策立案との関係、政策評価の効果、評価システムに対する評価、今後の課題等に関してヒアリングを行った。まとめに、英国の政策評価制度の特徴及びわが国への示唆を研究会等で検討した。また、現地調査の際に、インペリアル大学・フーリエ教授及びロンドン経済大学・バーズレイ博士と意見交換を行った。
結果と考察
英国の政策評価システムを支える理論的な背景としてよくあげられるのが、「新公共管理(NPM)」である。NPMとは、民間企業の経営手法などをできる限り行政現場に取り入れ、行政部門の効率化・活性化を図ろうとする考え方であり、諸外国の行政運営の中で培われてきた理論である。成果志向、競争原理、顧客志向などを重視する点において、法適合性、手続を重視する伝統的な官僚システムとは対比される。具体的な制度手法は国ごとに異なるが、基本的な考え方、すなわち目標を設定しその業績を検証する業績評価システムを骨格として、手続主義から結果主義的な行財政運営への転換を図るという点は各国に共通している。
英国政府における政策評価システムは、「2000年支出審査」をはじめとする一連の政府文書によって構成されている。このうち、目標を設定しその業績を測定するという政策評価システムの中核を担うのは、「公共サービス合意」および「サービス提供合意」である。しかし、その結果を支出計画や投資戦略に反映させるという意味では、支出審査や「省庁別投資戦略」との関連も強い。
「2000年支出審査(2000SR)」は、1998年の包括的支出審査(CSR)を引き継いで実施された2度目の包括的な支出の見直しであり、3会計年度を対象とする公共支出計画である。政府全体の主要目的、省庁別の目標、省庁横断的な課題に対する目標と、それぞれに関する支出計画などが記述されている。
「省庁別投資戦略(DIS)」は、1999年の旧DISを改訂したものであり、2000SRと併行して作成されることにより、両者の整合性を図っている。概ね戦略政策、現有財産、新規投資、進め方と仕組みの4部から構成されており、各省庁の目標や長期戦略を達成する上で投資がどのような役割を果たすのかを整理している。
「公共サービス合意(PSA)」は、2000SRの一環として1998年の旧PSAを改訂したものであり、公共サービス合意を政府が国民にどのようなサービスを提供し、誰が責任を負うのかを明らかにする。公共サービス合意が省庁別、省庁横断的に記述されている。概ねねらい、目的と業績達成目標、提供責任者という3節から構成されている。
「サービス提供合意(SDA)」は、各省庁が向こう3年間で効率性と業績を改善させる青写真を提供するものであり、1999年の「産出業績分析(OPA)」を発展させた成果の実現に関する部分と、旧PSAの一部から移行した業務運営の生産性の向上に関する部分から構成されている。基本的には、説明責任、主要結果の達成、業務の改善、消費者の重視、人事管理、電子政府、政策と戦略といった7項目から構成されている。
具体的に、保健省、社会保障省のPSA、また、両省と関連の深い省庁横断的PSAとして「確かな出立」と「福祉から就労」を紹介する。
保健省のねらいは、「保健福祉システムを変革して、より良好な健康を提供し、健康面での不平等に取り組む、より迅速かつ公正なサービスを生み出すこと」である。同省では、5つの目的と10の業績達成目標が置かれている。目的は、国民すべての健康状態を向上させること、国民保健サービス(NHS)と社会サービスの患者と介護者の処遇を改善すること、適切なケアを効果的に提供すること、公正な利用機会である。
社会保障省のねらいでは、「社会保障省が貧困への取り組み、機会の促進、政府近代化という政府の全体的な目的に活発に貢献する」と述べている。同省では、4つの目的と10の業績達成目標が置かれている。目的は、全ての児童に最高の門出を保証し、そして20年内に児童の貧困を終わらせること、ニーズの最も強い人々の立場を守りつつ、働き盛りの人に対する最も良い福祉のあり方として就労を促進すること、貧困と闘い、今日と明日の年金受給者のために引退における保障と自立を促進すること、サービスを利用しやすく正確なものとするように福祉の提供を近代化することである。
「確かな出立」のねらいは、「親になる人やすでに親の人、子どもと力を合わせて、乳幼児、特に恵まれない乳幼児の身体的、知的、社会的発達を促し、彼らが元気に振る舞い、就学に備え、それにより今の世代の幼い子ども達に繰り返される不遇を打ち破るよう努めること」である。確かな出立では、4つの目的と業績達成目標が置かれている。目的は、社会的、情緒的発達を向上させること、健康を増進すること、子どもの学習能力を向上させること、家族と地域社会を強化することである。このPSAに責任のある大臣は、公衆衛生担当大臣、教育雇用大臣となっている。
「福祉から就労」のねらいは、「すべての人に雇用の機会を与え、それにより生活の機会を改善し、貧困を減らし、技能を不足させずに経済が成長できるようにすること」である。福祉から就労では、2つの目的と4つの業績達成目標が置かれている。目的は、できるだけ多くの追加失業者と就労不能な生活保護受給者を仕事と求職活動にふり向けることで、有効な労働供給を増やし、それにより構造的な失業と就労年齢者の休業率を減らすこと、最も厳しい不遇に直面する生活保護受給者が、効率的に職を探し、経済の変化により迅速に適応し、所得と生活の機会を引き上げることができるよう支援することで、貧困と社会的排除に対抗することである。この目標は、2000SRの省庁横断的審査から出たものであり、教育雇用省、財務省、社会保障省により共同で提供される。
英国の政策評価システムを運営する中心的な組織としては、閣僚協議の場である「公共サービス・公共支出閣僚会議(PSX)」と、事務局となる「公共サービス局(PSD)」がある。
2000SRは、PSAの体系を整えるとともに、議会と一般国民に戦略課題を説明するPSAと、職員も対象に管理に係る合意事項を内容とするSDAに分かれている。また、政策の階層性にとどまらず、関係者との連携性や過去との連続性を含めて、すぐれて体系的である。関係者との連携性という点では、横断的な見直しの拡充、共同目標の設定、関係機関の積極的な関与があげられる。過去との連続性という点では、CSRにおける未達成目標の引継ぎ、OPAなどの取込みがあげられる。さらに、目標の設定にあたり、目標間の統合、目標数の削減、目標の改良に格別の注意が払われている。
各省庁は、合意内容を実現するのにふさわしい事業計画及び業績管理システムを備えているか、PSXによって確認を受ける。公共サービス生産性パネルは、チェックリストを作成し、品質の担保を図っている。
結論
英国政府の政策評価システムに対して、マスメディアの反応は様々である。肯定的な論調は、いったん支出の優先順位が設定されてしまえば、各省庁の裁量に委ねられるという点に重要な意義を見出している。一方、否定的な論調は、財務省への権限集中と各省庁に対する過剰な干渉を招いている点を問題視する。いずれにせよ、導入してまだ日も浅いことから、現段階での評価は尚早かもしれない。
しかし、前回の1998年包括的支出審査(CSR)に比べ、今回の改訂には、政策評価システムを機能させる工夫が随所に見られる。①従来のPSAを議会や国民向けの新PSAと職員向けのSDAに分けるなど、説明責任と意思決定を両立させている。②2000SRでは省庁横断的な目標を大幅に増やすなど、横断的に対応している。③2000SRには政府近代化及び公務員制度改革、会計制度改革が反映されるなど、支出管理、資産管理、目標・業績管理が機能的に連動している。④2000SRでは目標の数を大幅に絞り込み、優先順位をより明確にしている。⑤PSAでは業績達成目標等を設定し、この目標には具体性・測定性・達成性・関連性・計時性や成果志向が求められるなど、的確に業績を測定する工夫が見られる。これらを参考にすれば、わが国の政策評価システムも、より実効性をもたせることができよう。

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