年金制度が我が国マクロ経済に与える影響に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100021A
報告書区分
総括
研究課題名
年金制度が我が国マクロ経済に与える影響に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
香西 泰(日本経済研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木秀幸(厚生年金基金連合会)
  • 小倉誠(年金総合研究センター)
  • 神代和俊(放送大学)
  • 幸田篤(年金総合研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,320,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の実施にあたり、今年度は2つの研究会を組成し、次の2つのアプローチを採用した。
1.「年金制度がわが国マクロ経済に与える影響に関する実証研究」
日本経済は、1990年代初頭のいわゆるバブル経済崩壊後、期待成長率の低下がみられる一方、今後は少子高齢化がますます進行することが予想される。年金制度の変更等を議論する際には、それら諸条件の変化を加味したうえで、年金制度がマクロ経済に与える影響を考慮することが必要である。本研究は、年金制度を明示的に取り入れたマクロ計量モデルを開発し、年金制度の変更に関する検討を行うことを最終目標とする。
2.「雇用と年金に関する調査研究」
経済・社会環境の変化の中で、就業形態の多様化等の進展等雇用をめぐる環境は大きく変化しており、このことは、被用者年金制度としての厚生年金保険制度のあり方にも大きな影響を及ぼすことが見込まれる。他方、パートタイム労働者の就業調整問題にみられるように、年金制度のあり方が働き方に影響を与えている面もあり、働き方の選択により中立的な仕組みが求められている。
これらを踏まえ、平成16年に予定される次期年金制度改正に係る各般の検討に資するべく、年金制度の支え手を増やすという観点に立って、雇用中立的(ないし促進的)な年金制度のあり方について検討を行うことを目的とする。
研究方法
1.「年金制度がわが国マクロ経済に与える影響に関する実証研究」
年金制度がマクロ経済に与える影響としては、主に以下の3つの経路が考えられる。
① 年金給付・保険料が消費や貯蓄に与える影響:
保険料の徴収は家計にとっては予備的貯蓄という側面を持ち、家計の現在の消費と将来に行う消費、すなわち消費と貯蓄との配分に影響を与えると思われる。
② 年金給付が労働供給に与える影響:
年金は給付開始時期の変更により、高齢者男性や女性の労働供給に影響を与えると考えられる。
③ 年金積立金の運用がマクロ経済に与える影響:
家計から徴収された保険料は積立金を形成し、長期運用される。年金資金の運用は金利等を通じてマクロ経済に影響を及ぼすことが考えられる。
今年度の研究は、主に「③」に掲げた経路を念頭に置きつつ、年金制度を明示的に取り入れたマクロ計量モデルを開発し、年金制度の変更に関する検討を行うことを最終目標に、その準備段階として、文献サーベイやデータの収集等の基礎作業を行う。
2.「雇用と年金に関する調査研究」
平成16年に予定される次期年金制度改正に係る各般の検討に資するべく、「雇用と年金に関する研究会」を開催し、雇用の現状と課題、年金制度との関わり等についての基礎的な資料の収集と論点の整理を行った。
結果と考察
1.「年金制度がわが国マクロ経済に与える影響に関する実証研究」
年金財政とマクロ経済との接点として、公的年金が異時点間の予算制約に対して影響を及ぼすことによって、現時点での貯蓄のうち、将来(老後)の消費に回す分の一部を現在の消費に回すことができるために、貯蓄率が低下するという経路が最初にあげられる。これはマクロ計量モデルでは消費関数の特定化によって表現できる。次に、この貯蓄が金融セクターを通じて投資行動を刺激し、資本蓄積となり、経済に対して長期的な影響を及ぼすという経路があげられる。さらに、労働供給に対する経路も見逃せない。以上のように、先行研究における年金財政とマクロ経済との接点は主に、新古典派的な考え方に基づく供給サイドへのつながりが強いものになっている。
① 年金と消費・貯蓄:消費関数の特定化については、可処分所得や家計純資産、政府の貯蓄投資差額、失業率等を入れたモデルを推定、資産代替効果が働いている、との結論を導き出している。また、公的年金が貯蓄に与える影響については、公的年金変数に「公的年金に対する信頼性を示す変数」「減収不安変数」等をダミー変数として出し入れして推定、その結果から、公的年金に対する信頼性が大きく低下、公的年金の持続可能性に不安を抱き、貯蓄率を引き上げ、消費を抑制している、とのインプリケーションを導き出している。
② 資本蓄積と年金:資本蓄積との関係では、賦課方式の年金は、マクロレベルの貯蓄率を引き下げ、資本蓄積のスピードを遅らせると同時に、資本ストックの量を低下させる効果があり、長期的には経済成長を阻害することになる。
③ 労働供給と年金:先行研究によると、公的年金受給者が在職老齢年金受給者の労働時間に負の影響(高齢者の労働供給を抑制)を与えることが明らかになった。また、パートタイム労働者の就業行動に関する実証研究では、配偶者(特別)控除制度、給与所得控除、配偶者手当、社会保障制度等が、パートタイム労働者の就業調整の原因となっていることを明らかにしている。
④ マクロ計量モデル:伝統的なマクロ計量モデルでは、年金財政のような社会保障関連の要素は財政の枠組みの中に埋没し、明示的に取り扱うモデルはほとんどなかった。しかし近年、社会保障に対する関心の高まりから、こうした要素を明示的に組み込んだモデルが出てきている。年金制度とマクロ経済との相互関連を明示的に捉えた数少ないモデル構築の試みを見ると、公的セクターと労働供給セクターとの相互依存関係に力点を置いたモデルになっているのが特徴である。
2.「雇用と年金に関する調査研究」
研究会においては、その際、年金制度の支え手を増やすという観点を踏まえ、雇用促進的ないし雇用中立的な年金制度のあり方についての今後の検討に資するものとなるよう、雇用との関わりにおける年金制度の現状や各種提言について整理するとともに、高齢者雇用との関わりについて論点の整理を行った。
高齢者雇用との関係では、在職老齢年金制度の現状と課題、高年齢層における社会保障の「支え手」の拡大のあり方についての検討が課題となる。そこで、研究会では、企業における賃金や労働時間に係る決定に在職老齢年金制度が及ぼす影響、特別支給の老齢厚生年金の年金額と就労の関係について検討するとともに、平成6年の年金法改正による在職老齢年金の改善についての検証を試みた。60歳前半層の高齢者に占める厚生年金被保険者の割合は、現在19%程度にとどまっているが、その質量両面にわたる拡大は、今後、年金制度の支え手を増やす観点からも重要な課題であり、今後、在職老齢年金制度の見直しについてより具体的に検討していくことが望まれる。
結論
1.「年金制度がわが国マクロ経済に与える影響に関する実証研究」
今回開発するマクロ計量モデルは、年金制度の変更に関する検討を目的としている。このため、同モデルは年金財政の政策シミュレーションを念頭に置いた構造にする必要がある。また、2004年度までには基礎年金部分の拠出金相当額の国庫負担率が、現行の3分の1から2分の1に引き上げられる。この国庫負担率の変更は、一般会計にも影響を及ぼすことから、財政ブロックについても相互依存関係を明示しておく必要がある。さらに、モデルの中核を形成するマクロ経済ブロックについては、労働供給、消費(貯蓄)、金融等との相互依存関係を明示的に捉える必要がある。全体としては、財政再計算を意識しつつ、「年金財政を中心とした社会保障ブロック」、「財政ブロック」、「マクロ経済ブロック」の相互依存関係を明示的に捉えたモデルを構築することにより、GDPや貯蓄投資差額等の政策目標となりうる指標(ベンチマーク)を計測する。これらの指標が恐らく年金制度改革の政策評価指標となってゆこう。
2.「雇用と年金に関する調査研究」
これらの雇用と年金に関わる諸課題については、この報告書における基礎的な作業も参考としつつ、近く厚生労働省において開催予定の専門的な検討の場において引き続き議論が深められることを期待する。

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