地域の医療供給と患者の受診行動に関する実証的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100010A
報告書区分
総括
研究課題名
地域の医療供給と患者の受診行動に関する実証的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
鴇田 忠彦(一橋大学経済学部)
研究分担者(所属機関)
  • 泉田信行(国立社会保障・人口問題研究所)
  • 大日康史(大阪大学社会経済研究所)
  • 近藤康之(富山大学経済学部)
  • 山田武(千葉商科大学商経学部)
  • 山本克也(国立社会保障・人口問題研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
16,057,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国保中央会の多大なご尽力と、北海道・千葉・長野・福岡の4道県の国保連合会のご協力によって、平成9年度1年間のレセプトほぼ5000万枚を入手可能となり、それを中心に研究してきた。また、平成13年度については、3健康保険組合のご協力により組合健保のレセプトほぼ1000万枚を入手することが可能となり、研究することが可能になった。レセプト・データは元来保険請求を目的とするものであるが、患者の治療にかかった医療費を請求するものであり、医療費の経済的な側面を研究するには最適な資料である。従来日本の医療経済学は基本的なデータの不足のために、実証研究の分野で他の先進国と比較して、遅れを取っていたことは否めない。このため、今回利用可能となったデータを用いて、レセプト・データに記載されている医療費をめぐる多くの政策的な課題に必要な、基礎的な知見を提供することを研究目的とする。
研究方法
本研究班の研究者が行った各研究はレセプト・データを素材として、多様な視点から日本の公的保険制度のなかの国民健康保険と組合健康保険について、研究したものである。全てが実証研究であり、高齢者医療費、重複受診、2種類の医療保険加入者の疾病リスク、終末医療費、老人保健制度、社会的入院、患者の医療機関選択、医師誘発需要、保険事業等など、共通して公的保険制度下における被保険者である患者の受診行動を、多面的かつ統計的に明らかにしようとするものである。
1.『高齢化の医療費への影響、及び入院期間の分析』では、個人の終末期の医療費が生涯の医療費に占めるシェアが大きく、しかもそれが年齢とともに低下することに着眼して、その効果に注目すべきことを主張している。ところで、国保データを使用しているために、患者が死亡したのか当該の国保から離脱したのか、そのままでは識別できない。そのために両者を識別する推計モデル(Finite Mixture Model)を利用している。その結果、膨大な数量の国保データをこのような分析に使用可能になり、推定結果の信頼性を高めている。
2.『重複受診の現状と要因』は重複受診を計量的に分析している。「どのような被保険者が重複受診をしているのか」および「どのような地域で重複受診が行われているのか」について、詳細な研究を試みている。重複受診を5つの類型に分類して、一般にモラル・ハザードとみなされがちなものを、注意深く処理している。
3.『医療保険と患者の受診行動』では国保と組合健保の双方のデータを利用して、3つの問題の解明を試みている。国保と組合間の被保険者の疾病リスク比較、死亡前2年間の医療費の計測、健老人保健法適用の個人の医療費への効果の考察、である。
4.『医療貯蓄制度の実行可能性について』では医療貯蓄制度の日本における実行可能性を、千葉県の国保データを用いたシュミュレーションによって、考察した。データによって生涯医療費を計算し、医療費のリスクの指標をその分散として分析を行った。
5.『病院属性で見た患者の診療機関選択』では、低医療県と高医療県の間で、患者の医療機関の選択にどのような差異があるのかを計量経済学的な分析により分析している。
6.『社会的入院に影響する社会経済的要因についての統計的分析』では社会的入院を定義するのに、従来の先行研究を考慮して、独自にAからDまでの4タイプに分類する。これらは入院医療費の相対的な低さと、入院期間の相対的な長さで分類したものである。これらの定義による入院患者を被説明変数とし、説明変数としては人口あたりの一般病床数、1人あたり平均課税対象所得、65歳以上の親族のいる世帯の全世帯に占める割合、人口密度、豪雪地帯ダミー、特別豪雪地帯ダミー、特別養護老人施設定員数、老人保健施設定員数、ヘルパー利用回数、ショートステイ利用回数、デイサービス利用回数として計量経済学手金分析を行っている。
7.『国民健康保険縦覧点検データを利用した医師誘発需要仮説の検討』では、前半部分でレセプト・データから患者の疾病ごとのエピソード・データを作成することの手法を解説し、後半部分で作成したエピソード・データを用いて、医師誘発需要仮説の検証を行っている。後者については、人口あたりの医師および医療機関の数を所与として、患者が受診するか否かを決定する第一段階と、医師が治療費または受診日数を決定する第二段階に分離して、医師誘発需要仮説を検証する。
8.『国民健康保険者の保険運営と財政状況』と題して、自治体を保険者とする国保の保険者機能の1側面に焦点を当てている。千葉県に絞ってそこでの老人保健制度の加入者の個別データによって、受診者1人あたり平均医療費、同受診日数、レセプト件数などを明らかにする。ついでそれらの被説明変数を、保険者ごとに加入者1人あたり保険事業費を主とする説明変数で回帰させている。
結果と考察
1.個人の終末期の医療費が生涯の医療費に占めるシェアが大きく、しかもそれが年齢とともに低下することから、厚生労働省をはじめ多くの予測機関の国民医療費の単純な外挿法による将来推計は是正されるべきであり、この効果を考慮しない厚生労働省の高齢者医療費の予測については、およそ15%から30%近く過大になっていることが指摘される。
2.重複受診が多い患者は、入院では短期間だが高医療費のかかった患者、外来では突然の発症で救急医療を受けた後に、かかりつけ医で受診すると想定される患者であることが浮き彫りにされる。これらの事実は従来の重複受診、すなわちモラル・ハザードとの評価を改変すべきことを示唆するように思われる。
3.終末医療費は、年齢が相対的に若く、男性でかつ標準報酬が高く、さらに自己負担の低い患者ほど高くなる。老人保健法適用によって、一般に患者の医療費は有意に増加すること、それによって医療サービスの需要の価格弾力性はおよそ0.2であることがわかった。
4.医療貯蓄制度の実行可能性に関しては、累積医療費の変動係数が年齢とともに低下するので、リスクはそれほど大きくない可能性があり、一定の貯蓄率の下で、この制度の現実性すなわち医療貯蓄の破産率は低いと、判断できる。その結果、この制度の実行可能性は高いと考えられる。
5.低医療県では、1)入院する病院の規模が大きくなると、在院日数は減ること、2)医療圏外の病院に行く場合は急性期で、大病院への入院となっている可能性がある。ところが高医療県では、そのような傾向は観察されず、病院の規模や患者の症状に合わせて、病院の選択がなされていない可能性を示唆される。これらはきわめて興味深く、とくに低医療県と高医療県の間で、患者の医療機関の選択にこのような差異のある事実を計量的に見出したことは、政策的にもきわめて重要である。
6.社会的入院に影響する社会経済的要因として、病床数、家族介護力、特別豪雪地帯ダミーなどが有意に影響していることが明らかにされた。さらにこの包括的な研究でも、先行研究と同様に特養と老健の定員数変数の符号は負ではなく、すなわちこの時点では病院とこれら施設が代替的な関係にないことを物語る。
7.エピソード・データを用いて、医師誘発需要仮説の検証を行なった。、人口あたりの医師および医療機関の数を所与として、患者が受診するか否かを決定する第一段階と、医師が治療費または受診日数を決定する第二段階に分離して、医師誘発需要仮説を検証した。すると2つの段階ともに、受診率、治療費および受診日数は、所与とした人口あたり医師および医療機関の数と同じ動きをすることが明らかとなった。
8.、自治体を保険者とする国保の保険者機能の1側面である保健事業について検討している。回帰分析の結果、保健事業の費用対効果は、圧倒的に効果が大であると主張している。この論文でも、保険事業がどのような経路を通じて高齢者の医療費の抑制に効果を与えるのかなど、細部について問題点は指摘されるだろうが、興味深い結果が得られている。
結論
本研究では非常に多岐にわたる研究内容について豊富なレセプト・データを用いて分析を行った。これらの研究は全て政策的含意に優れた研究であると考えられる。今後とも、本研究班で利用したような磁気レセプト・データを用いた研究を継続して実施することにより、医療費の使用状況に関する継続的な分析が行われる必要がある。その場合に検討されなければならない点として、レセプトデータが持つ短所である、1)主傷病の確定、2)エピソードの開始から終了までをひとつのレコードとする方法の確立、3)診療行為名の記載と傷病名とのリンケージの構築、4)患者属性情報とのリンケージ、等を改善する必要がある。これらのうち今回の研究によって改善する方法について示唆されたものもあるが、大半は診療報酬請求の段階での改善が必要なものである。それゆえ、研究ベースでこれらの短所を改善することは難しいかも知れないが、改善していくことが、医療の経済学的な分析とそれによるEvidence based Policyのために不可欠であると考えられる。

公開日・更新日

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