医療の総合的質管理に関する実証的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200001155A
報告書区分
総括
研究課題名
医療の総合的質管理に関する実証的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
飯塚 悦功(東京大学大学院工学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 上原鳴夫(東北大学大学院医学系研究科)
  • 棟近雅彦(早稲田大学理工学部)
  • 武澤 純(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 大藤 正(玉川大学工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
欧米の医療界が積極的に導入推進している「総合的質管理(TQM)」を日本の病院医療と病院の質経営に試験的に適用してその有効性を検証し,同時に,日本の病院への導入普及の方法を検討し,医療の特性にあわせて方法論の改善をはかることを目的とする.
欧米の病院医療が日本の産業界で成功を収めた品質管理手法を導入して成果をあげるようになった契機は,1988年米国で企業や大学の品質管理専門家の協力を得て21の病院で実施された全米検証プロジェクト(NDP)である.わが国では病院QCサークルを通じて「改善」が病院サービスや業務の質の向上に有用であることが確認されているが,医療の質の改善には組織的なシステム・アプローチが不可欠で,またわが国の医療提供体制に適した導入・普及の方法が必要である.
日本の産業界においてはTQM(総合的質管理)に関する膨大な研究成果が蓄積されており,日本の経済発展を支えたことで知られ,その有効性は検証済みである.TQMは日本で形成・確立されてきたもので,わが国には実地経験から学んだノウハウが諸外国のどこよりも蓄積されているという利点があるほか,方針管理や品質展開など欧米医療ではまだ十分活用できていない効果的な手法を検証できる点でも有利である.
本研究により,従来考慮されてこなかった「質経営」の病院モデル立案への契機にし,経済効率と質の確保の両立が課題であるわが国の病院医療経営の向上に貢献し,ひいては国民の健康と福祉の向上に寄与することを目的とする.
研究方法
5つの病院(武蔵野赤十字病院,名古屋大学付属病院,麻生飯塚病院,宝生会PL病院,医真会八尾総合病院)と5人の研究者,6人の実地専門家(TQMの推進において実績のある企業の品質管理担当者)が参加し,研究者・実地専門家チ-ムと病院のペアを形成して約8ヶ月間の組織的な改善プロジェクト(検証プロジェクト)を試験的に実施し,その効果と有用性,および手法の適合性と改善点について検証し評価を行った.
実証研究は次のように進めた.
①医療ミス防止,医療プロセスの標準化,病院管理運営システムの構築など,各病院が最も関心がありかつ現状打破を必要とするテーマを病院ごとに選定する.
②本研究の目的,総合的質管理の基本的な考え方と方法論,方針管理/方針展開,質保証の考え方と改善手法などについて5病院に対する合同セミナーを実施する.
③各病院で6ヶ月の改善プロジェクトを実施し,実施にあたっては各病院のテーマ(解決課題)に則した手法を病院ごとに選んで研究者・専門家チ-ムが個別に指導する.
④研究者と支援チームによる企画調整委員会を設けて定期的に会合を持ち,導入・運用にあたっての問題点や手法の改善点を検討し検証プロジェクトにフィードバックする.
⑤改善プロジェクトに関して,その効果を評価する.また,医療分野におけるTQMの有効性に関して評価する.
⑥検証プロジェクトを通じて,医療における質管理に重要となる,病院医療の目標設定,経営上の意義,医療および病院サービスの質の要素分析,医療の質指標,医療に適した改善手法の選定や考案について検討する.
結果と考察
本研究の中核は,参加した5病院が設定した具体的改善テーマを,TQMの方法論により解決・改善することにある.このために,計画通り研究者と産業界のTQM専門家とがチームを構成し,各病院において適宜検討会等を持ちながら,設定したテーマに取り組んだ.こうした改善活動を円滑に進めるためには,参加病院側がTQMの概念・方法論・手法に関する知識や適用法についてそれなりのレベルになければならないが,それを支援するために6月初旬に2日間のセミナを実施した.また,本研究プロジェクトに参加の病院,TQM専門家,研究者の間の意見交換や進捗把握のために,さらには病院関係者向けのセミナ提供のために,節目において全体会議を開催した.こうした実証研究とあわせて,各分担研究者はそれぞれの研究課題について,各病院で進行する改善プロジェクトでの知見を踏まえながら考察を深めた.
5つの病院が取り上げたテーマは以下の通りである.
武蔵野赤十字病院
・クリティカルパスの整備
・病院に相応しい人材育成に視点を置いた人事考課制度の導入
名古屋大学付属病院
・品質機能展開(QFD)を用いた集中治療部のインシデントリポート分析
麻生飯塚病院
・投薬事故の防止
・褥瘡発生の予防
医療法人宝生会PL病院
・MRM活動における予防処置の推進~ヒヤリハットの低減~
医真会八尾総合病院
・円滑に外来診療業務を行う~日常管理プロセスの整備と事故防止~
これらの病院において取り上げたテーマに対する成果は一様ではない.テーマそのものが本格的で,今後に期待せざるを得ないものもある.解析はできたが具体的な改善策を講じてその効果が現れるには時間がかかるものもある.だが各病院側は,おしなべてこれまでとは違った“手応え"を感じている.この手の改善の取り組みはこれまでにも何度か経験しているのだが,患者の側からみた“質",“管理"の深い意味,システム的アプローチの意味,“解析・分析"の視点など,TQMに内在する概念や方法論の有効性を実感したからである.
各分担研究者は,各病院における実証を踏まえて,TQMの医療への適用を意識したTQMの方法論の検討を行った.とくに医療事故分析と医療プロセス改善への,TQMにおける問題分析・システム改善の考え方の適用方法,および医療の質要素と展開に関するQFD(品質機能展開)の適用には大きな進展があった.さらに,基盤となる“技術",技術を生かす“管理システム",そして最重要経営リソースとしての“ひと"を統合したマネジメントシステムとしてどのように統合・運営すべきかという観点から,あらためてTQM適用の意義が確認された.
結論
5つの病院で実施したTQM適用のプロジェクトは,すべてが完了したというわけでなく早計な評価はできないが,現在も各病院で継続しているプロジェクトが将来達成するであろうレベルを予測すれば,全体として成功と評価してよい.医療分野における様々な改善・改革の方法論のなかで,最も本質をついていて,最も本格的なもの,それゆえに最も地道で即効性がないように見え,最も多くの関係者の参加を求めるもの,しかしながら最も幅広く多様な問題・課題に適用可能な方法,それがTQMであると言える.間口も広く奥行きも深いTQMを医療へ効果的に適用するための指針をうるために,同様の実証プロジェクトが今後も引き続き企画されることを期待する.

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-