科学的根拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine)に基づいた腰痛症診療のガイドラインの策定に関する研究

文献情報

文献番号
200001151A
報告書区分
総括
研究課題名
科学的根拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine)に基づいた腰痛症診療のガイドラインの策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
白井 康正(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山本博司(高知医科大学)
  • 原田征行(青森県立中央病院)
  • 岩谷力(東北大学)
  • 武藤芳照(東京大学)
  • 中村耕三(東京大学)
  • 木村哲彦(日本医科大学)
  • 米延策雄(大阪大学)
  • 中山義人(日本医科大学)
  • 宮本雅史(日本医科大学)
  • 元文芳和(日本医科大学)
  • 菊地臣一(福島県立医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人類の60-90%のものは、その一生の間に複数回は腰痛を経験していると言われている。とくに高齢化社会を迎えては“腰痛"は激増している現今では、腰痛のみではなくてすべての疾患や苦痛に対して適格かつ迅速な治療が要求される。この要求に対して、効率的、良質かつ適確な診断と治療を行うためには“科学的根拠に基づいた医療(Evidence based Medicine; EBM )"を実践することは必須である。そのためには簡便かつ効果的に治療方針を決定しうるデータベースや診療ガイドラインを作成し、インターネットなどのメディアを利用して広く腰痛診療の実践を普及することである。腰痛の患者年齢層は、青壮年から高齢者が圧倒的に多いが、近年では若年層にもみられ、日常生活動作にも不自由をきたす疾患であるから、効果的かつ迅速なる治療が望まれる。現今の医学文献は腰痛の手術治療が主流を占めているが、理学療法や運動療法などの保存的治療法で十分な症例も手術治療に流れがちである。これらの過剰医療を避けるためにも、腰痛治療の基本をなすデータベーが求められている。
研究方法
腰痛のガイドラインの作成にあたっては、まず診療エビデンス集作成を行う。この方法はまず論文を選ぶためのデータベースを決めるが、ここでは日本語論文については医学中央雑誌、英語論文についてはMedlineとした。論文の検索対象期間は1990~1999年の10年間とし、テーマごとにキーワードを決めて論文の検索式を作る。テーマは1)腰痛の診断・画像診断、2)腰痛の物理療法、3)椎間板性腰痛、4)介護者の腰痛、5)腰痛の手術療法、6)職業性腰痛、7)心因性腰痛、8)若年者の腰痛、9)腰痛の体操療法などである。コンピューター検索により抜き出された論文の中で研究テーマと内容が合致しないものや学会抄録など医学論文の形態をなさないものを除き、1次の対象論文とする。次にエビデンスの質(研究のデザイン)を以下の分類により分ける。すなわちI:ランダム化比較試験、II-1:非ランダム化比較試験、II-2:コホート研究または症例対照研究、II-3:時系列研究、非対照実験研究、III:権威者の意見、記述疫学の分類によりエビデンスの質(研究のデザイン)がIまたはII の研究で、かつ以下に述べる推奨の強さの基準によりAまたはBであるものをエビデンス集に掲載する対象論文とする。推奨の強さの評価についてはA:行うことを強く勧めるだけの根拠がある、B:行うことを中等度に支持する根拠がある、C:あまり根拠がないが、その他の理由に基づく、D:行わないことを中等度に支持する根拠がある、E:行わないことを強く勧めるだけの根拠がある、の5段階で評価する。以上のエビデンス集に掲載される論文の中からエビデンスの高い研究結果を用いて、腰痛に関するガイドラインを作成する。
結果と考察
腰痛の診断については190編の論文のうちエビデンスの質はIが 7編(4%)、II-1が25編(13%)、II-2が12編(6%)、II-3が40編(21%)であり、IIIが106編(56%)と多かった。価値の高いエビデンスであるランダム化比較試験の内容は、1.腰痛の分布パターンと主観的痛みの程度と不自由度の関係、2.仙腸関節炎における骨シンチ、CT、MRIの診断価値、3. MRI出現後のディスコグラフィーの役割、4.腰痛に対するトリガーポイント注射の価値についてであった。また腰痛の画像診断について150編の論文のうちエビデンスの質はIが5編(3%)、II-1が25編(17%)、II-2
が17編(11%)、II-3が44編(29%)で、IIIは59編(39%)であった。価値の高いエビデンスの論文内容は、1.若年者の腰痛とMRI上の椎間板変性、2.持続性腰痛とヘルニア摘出術後のMRIの硬膜周囲瘢痕、3.腰痛と患者活動性、脊柱可動性、筋力、変性画像との関連、5. LCSの臨床像と画像の関係であった。
腰痛に対する物理療法については物理療法に関連した論文は12編で電流療法が4論文、理学療法が3編、牽引療法が2編、レーザー治療、温泉療法、電磁波による椎間関節除神経術がそれぞれ1編であった。治療効果判定には痛み尺度(VASなど)または障害度(Oswestry障害度尺度など)が8編で、主観的改善度または身体所見(SLR、柔軟性)が5編で、服用薬剤量が4編で、QOL尺度または休業日数・復職率が3編で、その他(医療費、筋電図所見)が4編であった。結果は効果ありと結論された論文は7編であった。5論文ではコントロール群と差が認められなかったとの結論であった。
椎間板性腰痛については190論文がエビデンス集の掲載候補論文として評価された。診断に関するものは25論文、保存的治療27論文、open surgeryによる前方・後方手術の長期成績15論文、最小侵襲手術の中長期成績31論文、治療に伴う合併症や成績不良に関する33論文、外側ヘルニア・上位腰椎ヘルニア21論文、小児・高齢者ヘルニア21論文、治療や病態生理に関する基礎研究13論文であった。英文96論文ではエビデンスの質がI に該当するものは8論文(8.3%)、IIは15論文(15.6%)、IIIは73論文(76.1%)であった。和文92論文ではI に該当するものは0論文、IIは8論文(8.5%)、IIIは86論文(91.5%)であった。
介護職と腰痛については両者の関係がすでに指摘されており、入浴・移乗・体位変換・整容等の介護動作の反復が腰痛の原因とされている(小瀬ら、1999)。我々の調査・健診でも、介護職員48名(男性8名、女性40名;19~57歳、平均32.7歳;介護経験:4ヶ月~14年3ヶ月、平均4年5ヶ月)の内35名(72.9%)が腰痛を有しており、24名(50%)が介護職に就いてから腰痛が強くなったと回答している。また、腰痛の病態については、筋・筋膜性腰痛症が最も多く(35.4%)、次いで腰椎椎間板障害(20.8%)と両者で過半数を占め、身体所見上、大臀骨の筋力及び柔軟性の低下という特徴がみられ、適切な運動・生活指導と教育的介入により自己管理能力を高めることが必要と考えられた。
腰痛の手術療法については腰痛の原因疾患は10文献とも腰椎椎間板症であった。対象選択基準が明瞭であったものは8文献、不明瞭であったものは2文献であった。治療法は脊椎固定術が9文献、椎間板熱温熱療法が1文献であった。臨床成績を独自の評価法用いたものが3文献、他の文献から流用したものが7文献であった。文献の質を評価分類するとコホート研究1文献、非対照実験研究9文献であった。このうちEvidenceに基づいた推奨の強さはBが1文献、Cが3文献であり、いずれも椎間板性腰痛に対する脊椎固定術の治療成績に関するものであった。
職業性腰痛については採用した110論の内容についてみると、職種を特定しない職業性腰痛の発症や予後に影響を及ぼす因子の検討に関するものが61論文であった。特定な職業に関するものは47論文であり、介護労働者・看護婦を対象としたものが13と最も多かった。治療に関するものは16論文あり、理学療法の効果を検討したものが6件、back schoolが5件、腰痛ベルトが3件、TENSが2件であった。その他としては慢性腰痛の予後と補償との関連について検討したものが9論文、社会心理的要因との関連について検討したものが7論文であった。
心因性腰痛については論文の内容は主に心因性腰痛についてのものが27件、心理テストが主なものが12件、精神疾患から腰痛を見たものが8件、職業性腰痛との関連のものが35件、社会心理学が11件、更年期関連のものが3件、その他20件に分類された。報告者の国は、USA 40件、Japan27件、U.K.10件、Sweden 8件、Finland 7件、その他24件であった。
若年者の腰痛についてはMedlineからはランダム化比較試験のものが1件、コホート研究や症例対照研究など分類・に 属するものが34件見つかった。また、日本中央雑誌からはランダム化比較試験のものはなかったが、分類・に属するものが14件見つかった。
体操療法・運動療法については腰痛×運動療法・体操療法10年間の文献306件 EVIDENCEの質によってよってI、II、III、に分類IIについては細分せず一括してIIとした。I類のAランクは30%、II類のAランクは11%、III類のAランクは9%ある。Aランクのものは順位としてやはり、I類が1位、II類が2位、III類が3位であったが、思ったほど大きな差ではなかった。
結論
今回の報告は元来2年計画の研究事業の1年目の中間報告にあたり、現段階では診療エビデンス集作成の段階であり、ガイドラインの形態をなしていない。従って腰痛のガイドラインとしての結論はまだ得られていない。今後に抽出した論文の中からエビデンスの高い論文の内容を引用して、その結論を比較して腰痛の基本的概念をまとめることにより、腰痛のガイドラインの作成が可能になると考えている。

公開日・更新日

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