アウトカムによるリハビリテーション病院の機能評価に関する研究開発(統括研究報告書)

文献情報

文献番号
200001123A
報告書区分
総括
研究課題名
アウトカムによるリハビリテーション病院の機能評価に関する研究開発(統括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
木村 哲彦(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 伊藤高司(日本医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療の質を構成する3要素といわれる『構造』・『過程』・『アウトカム』の内でこれまでの評価は『構造』と『過程』に偏重したものであったことは否めない。
このような状況は何もわが国だけの問題ではなく、米国のJCAHOにおいても同様であった。
『構造』と『過程』に偏重した評価から、『アウトカム』を重視した評価を加えるために、performance measurementのための特別のプログラムであるORYX initiativeが稼動したのが、米国においても1997年になってからである。
わが国においては、病院の治療成績や死亡率といったアウトカムによる病院の評価は未だ行なわれてこなかった。このような現状を打破するべく、医療の質の評価に関して実践的な研究開発を行なってきた『医療の質に関する研究会』では、私どもが中心となって研究班を組織し、厚生科学研究『アウトカムによるリハビリテーション病院の機能評価に関する研究開発』が開始された。
アウトカム評価の対象として、リハビリテーション病院(病棟)を取り上げたのは、次のような理由による。リハビリテーション医療においては、治療成果の評価が日常的に行なわれている。日常生活動作レベルはBarthel Index (BI)やFunctional Independence Measure (FIM)によって測定され、脳卒中の回復段階はBrunnstrom stageによって表される。このような計測が各患者において行なわれているリハビリテーション医療は、アウトカムの評価に適したものと考えられる。
なお、今回の研究では、アウトカム評価だけでなく従来の病院評価に用いる評価スタンダードも同時に開発することとなった。
研究方法
【Ⅰ.アウトカム評価】
初年度の研究をパイロット・スタディーと位置付け、今回の研究に参加する病院を募ったところ、急性期リハビリテーションを行なっている一般病院3病院と亜急性期から回復期のリハビリテーションを提供しているいわゆるリハビリテーション病院2病院が初年度参加した。
アウトカムによる病院のperformance measurementに関しては、疾患の治療成績や死亡率といったアウトカムに影響を及ぼすリスク要因を考慮して、これらのリスク要因を統計学的に処理するrisk adjustmentが必要である。このようなrisk adjustmentを経ることで正しい病院のperformanceが測られることになる。このようなrisk adjustmentに用いられる情報としては、discharge summaryに登録されるような収集管理が容易なadministrative dataが用いられるが、循環器疾患の死亡率のrisk adjustmentでは、退院時合併症に関するdiagnostic codesとdemographic dataが用いられることが多い。今回の私どものデータベースには、demographic dataとclinical dataに合併症に関する若干のdiagnostic dataを取り入れた。
(倫理面への配慮)
今回収集した患者の個人情報は、全例がすでに病院を退院した患者の個人情報であったため、事前に説明と同意を得た上で情報を取得することが困難であった。『個人情報保護基本法制化に関する大綱』に盛られている「利用目的を明示しなければならない」とする規定は、本研究の遂行そのものが困難になる可能が高かったため、各個人に明示することは実施できなかった。しかし、個人情報取得後、情報の公開に対しては、適正に対処してゆきたい。また、これらの個人情報の取得に当たっては、事前に当該病院の管理者の了承を得ている。
【Ⅱ.評価スタンダード開発】
リハビリテーション病院評価スタンダードの開発は、アウトカム評価の研究班に『リハビリテーション病院・施設協会』からの3委員が加わった専門家委員会を設けて検討を進めた。
議論の叩き台として、『医療の質に関する研究会版 病院機能評価スタンダード』、『(財)日本医療機能評価機構 平成11年度版 評価判定指針』、『日本リハビリテーション病院・施設協会版 リハビリテーション機能評価表 第2版』、『CARF Medical Rehabilitation Standards Manual 1998』が検討された。
専門家委員会の検討の結果、今回開発するプロトタイプのスタンダードは『(財)日本医療機能評価機構 平成11年度版 評価判定指針』を基本形に据え、その上に、リハビリテーション病院を評価するために必要な評価項目を追加することとなった。その際、『日本リハビリテーション病院・施設協会版 リハビリテーション機能評価表 第2版』で取り上げられている評価項目を積極的に盛り込むこととなった。
結果と考察
【Ⅰ.アウトカム評価】
今回の報告では、一般急性期病院であるA病院とB病院の症例だけを対象として分析を行なった。この2病院の症例から更に入院1週目の時点でのBarthel indexが評価されていなかった症例を除いた85例を対象にして分析を行なった。なお、85例の内訳はA病院37例、B病院48例となった。
データベースに集められたデータのうち、Table 1 の項目を分析対象の変数として採用した。85例全症例の平均年齢は70.4(±10.5)歳、性別では男性が51.8%を占めた。既婚者が94.1%、配偶者のいる者が69.4%であった。全入院日数は平均46.0日、他の医療機関からの紹介で入院した者が22.4%を占めていた。他の医療機関で入院治療を受けずに、当該2病院に初めて入院治療を受けた者が94.1%を占めた。入院の原因疾患は、脳梗塞が75.3%であった。残りはすべて脳出血で、今回の対象にくも膜下出血は含まれなかった。
入院時の身体所見としては、最高血圧は157.4(±25.8)mmHg、最低血圧は88.5(±17.1)mmHg、脈拍は77.0(±13.0)bpm、体温36.3(±0.7)℃であった。入院時の神経学的所見では、意識障害を認めなかったものが80.0%であった。入院時の意識障害としては、Japan Coma ScaleでⅠ-2以上のものを「意識障害有り」とした。診療記録上意識障害の記載がないものは、「意識障害なし」と判断した。眼球運動に異常を認めなかったものは74.1%であった。なお、昏睡などのために評価が出来ない場合は、「評価不能」とした。視野欠損がなかったものは74.1%であった。この場合も、昏睡や失語などのために評価が出来ない場合は、「評価不能」としている。患側上肢に麻痺を認めたものは85.9%であった。この場合の麻痺は、おおむねBrunnstrom stageⅤ以下のものを「麻痺有り」とした。健側上肢に麻痺を認めたものは7.1%存在した。患側下肢に麻痺を認めたものは84.7%認めた。下肢の麻痺も上肢同様におおむねBrunnstrom stageⅤ以下のものを「麻痺有り」とした。健側下肢に麻痺を認めたものは8.2%であった。これらの健側の麻痺は、既往症としての脳卒中ですでに片麻痺が存在していたものが大部分であった。四肢失調のないものが80.0%であった。感覚障害のないものは48.2%であった。高次脳機能障害の内、痴呆と失語を除いた失認や失行を呈しなかったものが71.8%であった。構語障害・嚥下障害を認めたものが50.6%であった。
既往症および現病歴の内、脳卒中の既往のあるものは24.7%であった。糖尿病を合併し
ていたものが29.4%あった。高血圧を有していたものは50.6%であった。この場合の高血圧は治療の有無に関係なく、検診などで指摘されたものも含んでいる。心房細動を指摘されていたものは15.3%であった。狭心症・心筋梗塞を指摘されていたものは9.4%であった。痴呆の評価は、作業療法士による評価でHDS-Rが20点未満のものは痴呆としたが、この基準で痴呆と評価されたものは16.5%であった。入院からリハビリテーション開始までの期間は平均3.5(±4.4)日であった。入院後1週間目のBarthel indexは平均39.2(±34.6)であった。Barthel indexでは、日常生活動作が完全に自立している場合、100点になる。全例が入院後正確に1週間目にBarthel indexを評価しているわけではなく、前後2日ほどのばらつきはあった。これはretrospective studyの場合、止むを得ないものと考えた。退院時のBarthel indexは平均67.1(±31.6)であった。退院時のBarthel indexは退院日に測定したという意味ではなく、ADLレベルが変化しなくなった時点で診療記録に記載されたものを退院時のBarthel indexとした。以上の神経学的所見の項目はNIH Stroke Scaleに取り上げられたものである。NIH Stroke Scaleでは、3ないし4段階で正常から障害の段階を評価しているが、今回のパイロットスタディーではデータ分析の簡便のため、神経学的所見はすべて「正常」或いは「障害有り」の2段階で表した。
1.Barthel indexで表された予後と説明変数との単変量による分析
Table 1に示した38の変数の内、退院時のBarthel indexを70点で区切り、70点以上で退院したものと70点未満で退院したもので2群に分けた場合、即ち日常生活をある程度自立できる程度に改善した患者と改善が不十分に留まった患者に2群化した場合に「退院時のBarthel index」以外の変数がこの2群化した予後良好群不良群と有意な関連があるかどうかを検討した。カテゴリ変数についてはχ2検定を行い、連続変数についてはStudent t検定を行なった。危険率5%未満を有意とした場合、有意になった変数をTable 1の右欄に記した。
年齢と予後の関係は、Barthel index 70点以上の群は平均年齢68.22(±10.4)歳、70点未満群は平均年齢73.6(±10.1)歳で、予後良好群で有意に年齢が若かった(p < 0.02)。配偶者の有無と予後の関係は「図 配偶者有無」に示しているように、配偶者のあるもので予後がよかった(p=0.04)。大脳病変の有無と予後との関係は「図 大脳病変の有無で2群分け」に示したように、大脳病変のないもので予後がよかった(p=0.04)。入院時の脈拍数と予後の関係では、予後良好群で平均74.5(±11.8)bpm、予後不良群で80.5(±14.0)bpmで予後良好群で脈拍が少なかった(p=0.04)。初診時の意識障害と予後の関係は「図 初診時意識障害」に示したように、意識障害のない群で、予後がよかった。視野欠損と予後の関係では「図 初診時視野欠損」に示したように、視野欠損のないもので予後が良好であった。この図で評価不能となったものは意識障害のため評価が出来なったり、失語のため検査が不可能のものが該当している。初診時の患側上肢運動障害と予後の関係は「図 患側上肢運動障害」に示したように、障害のないもので予後がよかった(p=0.013)。初診時健側上肢運動障害と予後の関係は「図 非患側上肢運動障害」に示したように、障害のないもので予後が良好であった(p=0.03)。患側下肢運動障害と予後の関係では「図 患側下肢運動障害」に示されているように、運動障害のないもので予後が良好であった(p=0.008)。健側下肢運動障害と予後に関しては有意な関係はみられなかった。四肢失調と予後の関係は「図 四肢失調症」に示したように、失調がないもので予後がよかった(p=0.013)。感覚障害と予後の関係では「図 感覚障害」に示したように、障害のないもので予後がよかった(p<0.01)。「無視」はNIH Stroke Scaleで失語を除く高次脳機能障害に当たるものであるが、無視がないものは予後がよかった(p=0.047)。構音障害と予後の関係は「図 構音障害」に示したが、意識障害等で評価が出来なかったものによる予後不良の影響が大きかったためと思われるが、3者間での比較で、評価不能者で予後が悪かった(p=0.02)。痴呆の有無と予後に関しては「図 痴呆合併」に示したように、痴呆のないもので予後がよかった(p=0.02)。失語と予後の間に有意な関係はなかった。入院1週間目のBarthel index評価点数と予後の関係では、予後良好群の入院1週間目のBarthel index評価点数の平均値が54.9(±33.8)、予後不良群の平均値は16.7(±20.5)であり、入院1週間目のBarthel index評価点数が高いもので退院時のADLがよいことが分かった(p<0.01)。
2.Barthel indexで表された予後と説明変数との多変量による分析
単変量分析と同様に、退院時のBarthel indexを70点以上と70点未満で2群化し、残りの38の変数のと関係をロジスティック回帰分析によって、多変量解析を試みた。変数の投入はステップワイズ変数増加法で行い、有意な変数を求めた。
カテゴリ変数をダミー変数にする際に、視野欠損、眼球運動障害、四肢失調、感覚障害、無視、構音障害、失語、痴呆に関しては、意識障害があると評価不能になるため、障害の有無だけでなく「評価不能」を加えた。しかし、これらの変数は当然のことながら、意識障害との間に密接な関係があり、意識障害との相関係数を調べてみると、r = 0.5 - 0.6になる場合が少なくなかった。ロジスティク回帰分析において説明変数間の強い相関は分析結果の歪みをもたらすため、カテゴリ変数を全部投入した場合と相関の強い変数を除外したものを比較してみたが、分析結果にほとんど差がなかったため、以後はカテゴリ変数を全部分析に投入したもので、結果を示す。
ステップワイズ変数増加法の結果をTable 2に示す。Table 3に示すように、ステップ4まで計算した段階では、この段階で選択された変数は結果を有意に説明しているが、ステップ4になって加わった変数である『感覚障害(評価不能)』はTable 2で示されているように有意確率0.792で有意でない。このため今回の85例の脳卒中患者の退院時ADLを説明する変数として、入院時の患者の年齢、入院1週目のBarthel indexスコアと視野欠損の有無が有意な変数と考えられた。入院時の患者の年齢はβ= -0.91で年齢が上がるほどADLが低くなることが示された。入院1週目のBarthel indexスコアはβ= 0.06で、入院1週目のBarthel indexスコアがよいほど、退院時のBarthel indexがよいことが分かった。今回の分析で解釈が困難であったのは、視野欠損のある場合のβ= 4.37である。この結果からは、入院時に視野欠損がある方が退院時のBarthel indexがよくなることが示された。
多変量解析のカテゴリ変数に「病院」を入れて分析したが、変数としての有意確率が0.523であり、結果として「病院」は有意な差をもたらす変数ではなかった。
【Ⅱ.評価スタンダード開発】
評価スタンダードは4桁からなる階層構造をとっている。
実際の評価を行なうための評価項目は4桁項目になる。この4桁評価項目の評点を3桁、2桁、1桁の評点へと順次積み上げて評価する。
1. 病院の理念と組織的基盤
1.1 病院の理念・基本方針
1.2 病院組織と管理体制
1.3 各種法令の遵守
1.4 リハビリテーション医療を進めるための病院職員の教育・研修の充実と活動意欲
1.5 病院の将来像  
2. 地域医療・地域リハビリテーション医療サービスの展開
2.1 地域における病院の役割が明確である
2.2 病院が地域に開かれている
2.3救急医療体制
3. 院内外の協業が組織的に展開されている
3.1 病院内の職員の協業が適切に展開されている
3.2院外との協業が適切に展開されている
4. 診療の質の確保
4.1 入院が適切に行なわれている
4.2 外来診療・訪問診療(往診も含む)・訪問看護・訪問リハビリテーションが提供されている
4.3 医師の診療責任体制
4.4リハビリテーション医のリーダーシップ
4.5 患者のQOLに関する評価・検討
4.6 退院計画の適切性
4.7 終末期リハビリテーション
4.8 理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、義肢装具士、MSW、臨床心理士、視能訓練士の活動が適切に行なわれている
4.9 診療録の記録と管理
4.10 臨床検査部門
4.11 画像診断部門
4.12 薬剤部門
4.13 輸血用血液製剤
4.14 手術室部門
4.15 感染防止対策
4.16 緊急時の対応
5. 看護(介護)ケアの適切な提供
5.1 看護(介護)部門の組織的運営
5.2 看護(介護)ケアの提供
5.3 看護(介護)ケアの質の向上
5.4 具体的な看護ケアの評価
6 患者の満足と安心
6.1 患者の立場と意見の尊重
6.2 食事への配慮
6.3 患者サービスへの配慮
6.4 院内環境の整備
6.5 生活施設的な配慮
7 病院運営管理の合理性
7.1 人員・施設・設備が適切である
7.2 安全の確保
7.3 災害発生時の対応体制が整っている
7.4 人事・労務管理
7.5 財務管理
7.6 施設・設備管理
7.7 物品管理
7.8 医事業務
7.9 業務委託
考察:【Ⅰ.アウトカム評価】
病院のperformance measurementとして一般的に行なわれている方法は、一人一人の患者のdemographic dataとdischarge diagnostic codeに、更に場合によってはICD-9-CMを用いてコード化した治療方法などのデータや臨床データなどを用いてリスク調整が行なわれる。多施設のperformance measurementを比較するには、これらのデータから死亡率などのアウトカムを予測する回帰式を求めて、回帰式から得られたexpected dataと実際のobserved dataの差を病院単位で数値化してz-scoreとして比較することが行なわれている。今回の私どもの初年度パイロットスタディーでは、このz-scoreを求めるのではなく、病院そのものをカテゴリ変数として投入し病院間の差をodds ratioとして求める方法を採用した。この方法は、病院間の差を求めるにはz-scoreとして求める方法よりも理論的に正しい方法である上に、比較する病院数があまり多くない場合には、処理上も容易な方法である。今回の2病院比較では、病院間に有意な差は存在しなかった。但し、病院間performanceの差については、今回のパイロットスタディーでは、検討の対象にした症例数が少なかったため、更なる症例の蓄積による分析の精度向上が必要である。
リハビリテーション病院のperformance measurementに関しては、平成13年度の検討が待たれる。
【Ⅱ.評価スタンダード開発】
病院機能評価において、『構造』と『過程』の評価には、評価スタンダードが欠かせない。わが国でこれまで存在していた複数の評価スタンダードは、リハビリテーション病院の評価に取って必ずしも十分なものとは言えなかった。私どもの専門家委員会が開発した評価スタンダードは、既存の評価スタンダードの問題点をある程度克服できたものになっている。スコアリングガイドラインの完成を待って実地運用を行い、評価項目の更なる改善を行なってゆく。
結論
医療の質の評価に必要な3つの次元『構造』・『過程』・『アウトカム』の内、これまでわが国において顧みられることがなかった『アウトカム』の評価のための脳卒中で入院治療を行なった患者のdemographic dataとclinical dataによるデータベース一般急性期病院3病院とリハビリテーション病院2病院の参加により構築され始めた。今回収集できたデータは限られたものであったが、その範囲での分析では、一般急性期2病院間でのアウトカムには差は認められなかった。
『構造』と『過程』の評価に必要な評価スタンダードの開発が進み、評価項目がまとまった。スコアリングガイドラインの完成と共にスタンダードが完成する。平成13年度中に実地運用を目指す。

公開日・更新日

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