歯科疾患の予防技術・治療評価に関するフッ化物応用の総合的研究

文献情報

文献番号
200001115A
報告書区分
総括
研究課題名
歯科疾患の予防技術・治療評価に関するフッ化物応用の総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高江洲 義矩(東京歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 田中 栄(東京大学医学部整形外科)
  • 西牟田 守(国立健康・栄養研究所)
  • 中垣晴男(愛知学院大学歯学部)
  • 渡邊達夫(岡山大学歯学部)
  • 川口陽子(東京医科歯科大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、日本歯科医学会の「フッ化物応用についての総合的な見解」の報告を受けて、わが国における口腔保健の向上にかかわる生涯を通した齲蝕予防としてのフッ化物応用について、フッ化物の適正摂取量(AI)、予防技術・治療評価、さらに国際情報比較と医療経済的評価を検討する。乳児から成人・老人に至るまで生涯を通したフッ化物の一日摂取量の検討はライフステージに応じた齲蝕予防のための適正摂取量(AI)と水道水や食塩フッ化物添加による全身応用の有効性と安全性を評価する上で基礎的データを提供する。フッ化物応用の予防技術評価としては、とくに局所応用では臨床での効果的な応用方法の研究、従来の応用方法の改良と新規の開発が望まれる。したがってこれまでの小児期における応用だけでなく、成人期および老年期の歯根面齲蝕と再発齲蝕に対する具体的な予防対策とライフステージに応じた適切なフッ化物製剤の選択と応用プログラムを作成する。また全身応用と局所応用の併用や局所応用の重複によるフッ化物過剰摂取の有無について詳細な検討を行う。以上の研究によって、わが国におけるフッ化物応用による齲蝕予防ならびに口腔病予防の効果を確認し、さらに有効性、安全性、技術性、経済性、地域性に配慮したフッ化物応用について国民への適切な情報提供と自由選択(インフォームド・チョイス)を支援するための総合的なガイドラインを早急に提供することを目的とした。
研究方法
本研究は①フッ化物の適正摂取量の推定と水道水フッ化物添加の技術安全性の検討、②フッ化物の予防技術の検討と開発に関する研究、③フッ化物応用の医療経済的評価と国際情報比較の3つの分野からなり、基礎と臨床にかかわるそれぞれの分野の研究を比較・調整しながら3年の期間で実施するものである。①フッ化物の適正摂取量(AI)の推定と水道水フッ化物添加の技術安全性の検討:1.日常食品からの一日フッ化物摂取量の推定:食品摂取は,1)マーケットバスケット方式、2)陰膳方式の両法にて評価し、乳児から成人までの一日フッ化物摂取量を推定する。齲蝕予防に対するフッ化物摂取量の有効性と安全性を検討し、適正量(AI)を推定する。フッ化物の適正摂取量(AI)について栄養学的,歯科医学的,医学的評価を文献的に検討する。3.水道水フッ化物添加の技術的安全性の検討:青森県・北津軽などわが国における天然フッ化物地区の疫学的資料を基にわが国における適正フッ化物イオン濃度の設定を検討する。②フッ化物の予防技術・開発に関する研究:1.局所応用フッ化物の予防技術と効果小児期のフッ化物応用による齲蝕予防のみでなく、成人期の歯根面齲蝕や再発齲蝕の予防などを含むライフステージに応じたフッ化物応用の技術提供とプログラムの作成が望まれる。また初期齲蝕の判定と再石灰化の可能性など齲蝕予防効果に対する臨床疫学に基づいた評価を実施する。2.フッ化物徐放性修復材の予防効果:フッ化物徐放性コンポジットレジン、齲蝕予防填塞材およびグラスアイオノマーセメントなどフッ化物製剤予防効果を判定し、新しい製品開発の基礎情報を提供する。以上の全体計画の中で本年度は,予防技術に関する研究に重点を置き,予防効果と治療評価の検討は次年度以降のテーマとする。③フッ化物応用の医療経済的評価と国際情報比較:1.各種フッ化物応用の医療経済的評価を行うに当たっては、フッ化物応用実施にかかわる<費用と結果>を測定する必要がある。フッ化物の全身および局所応用法に健康教育プログラムを組み合わせた場合の
医療経済的評価も実施する。2.フッ化物応用の国際情報比較:海外の先進諸国のフッ化物応用に関する情報収集を実施し、とくに政府や歯科保健組織や他の保健専門家団体の取り組みに焦点をあて、わが国の現状とを比較検討する。またわが国の歯科大学におけるフッ化物応用の教育内容について分析する。3.フッ化物応用に関する認識調査:フッ化物応用を推進していく上で、国民および保健医療関係者の認識レベルとヘルスプロモーションへの参画実態さらには地方自治体レベルのコンセンサスの成立を把握することは、極めて重要な課題である。本研究では、海外のフッ化物応用に対する認識調査の資料を収集するとともに、全国的規模での質問紙調査を実施して、その実態を明らかにすると共に、それに関わる因子群を解析してモデル化を検討する。これらの全体計画のうち,本年度はフッ化物にかかわる内外の保健医療情報を収集するとともに,医療経済的評価の指標と認識調査の項目を検討し,予備的調査を実施する。その実態と各種因子群の解析ならびにモデル化は次年度以降に検討する。
結果と考察
フッ化物の医学的評価:歯科領域におけるフッ化物応用は齲触予防法として実績が評価されている。今後わが国でフッ化物をさらに適正に応用していくためにはその全身的な影響を安全性という点から検討することが重要であると考えられる。
フッ化物の適正摂取量(AI)と水道水フッ化物添加の技術安全性の検討項目についてまず、本研究においてはフッ化物の骨への影響にターゲットをしぼって文献的な検討を行った結果、水道水に添加されるような量(1 ppm前後)のフッ化物については、骨密度に影響を与える可能性はあるものの、骨折率をも変化させるという明らかなエビデンスには乏しいと考えられた。さらにフッ化物の栄養学的評価では、飲料水中のフッ化物イオン濃度、飲水量、主要食品中のフッ化物濃度、母乳および人工乳のフッ化物濃度を調査し、国民栄養調査の性年齢別食品群別摂取量を利用して、摂取基準値(平均摂取量)を算定できる可能性を示した。フッ化物の一日摂取量評価:乳幼児の一日フッ化物摂取量を評価したところ市販調製乳と離乳食に基づく平均摂取量の推定値は3カ月乳児から8カ月乳児までは0.166-0.266mg、さらに飲食物と歯磨剤をあわせた1日当たりの総フッ化物摂取量の推定値は3歳児0.352mg、4歳児0.326mg、5歳児0.386mgで、米国学術会議による歯のフッ素症防止のための基準値UL(1-3歳:1.3mg/day, 4-8歳:2.2mg/day)以下であった。また、平均摂取量は適正摂取量AIより低いが、AIに達する者もいると推測できるので、日本のフッ化物局所応用プログラムの推進には、歯のフッ素症などのリスクはほぼ無いといえる。しかし上水道へのフッ化物の添加や補助剤などの全身応用の展開には、飲食物からの摂取量が欧米諸国より高いことを考慮する必要があるといえる。
フッ化物の局所応用:本研究では近年の齲蝕学・再石灰化の科学的根拠に立脚した上でのフッ化物応用法の検討と、具体的応用法マニュアル(ガイドライン)作成を課題とした。本年度の研究結果は、①CO,C1のフッ化物の応用を伴う積極的予防管理が必要であること、②齲蝕学分野で簡便に用いることのできる画像定量法の開発、③低濃度フッ化物による脱灰抑制と再石灰化促進が齲蝕予防機序であること、④フッ化物洗口、⑤フッ化物配合歯磨剤、⑥フッ化物塗布、の各有用性、⑦成人・老年期における歯根面齲蝕の予防にフッ化物は有用であることが明らかになった。以上からフッ化物の今日的意義と近年の科学的根拠に基づいたマニュアル作成が必要であると結論された。フッ化物応用の国際情報比較ならびに医療経済学的評価については、海外ではフッ化物の全身応用の推奨が齲蝕予防ガイドラインに示されており,フッ化物の全身応用,局所応用ともに広く普及し,健康教育教材の中でも一般の人々に対してフッ化物に対する適切な情報提供が行われていた。一方,日本では齲蝕予防法としてフッ化物応用の位置づけは低く,実施されているのは局所応用法のみであった。日本においては一般の人々ばかりでなく,保健担当者,歯科学生に対してもフッ化物応用に関する適切な情報提供が十分行われているとはいえないことが示唆され,国民への適切な情報提供と自由選択(インフォームド・チョイス)を支援するために,今後,さまざまな媒体を利用した情報提供が必要であると結論された。さらに,日本におけるフッ化物応用の受容および普及過程に関する研究や経済的効果に関する研究の数は少なく,今後,社会学的な側面からの分析や評価を行い,その結果を社会に還元していくことがフッ化物応用を推進していく上で重要であると思われた。以上本年度は、研究班ごとの研究課題について主に文献レビューを中心に知見を集約し、一部の研究項目について実験ならびに調査分析成績が得られた。フッ化物応用に関する検討すべき課題が明瞭になったので、次年度以降は、各課題ごとの実験、調査、解析、マニュアル作成などの研究の展開がはかられることが期待される。
結論
乳幼児のフッ化物摂取量の推定値が求められ、この年齢群における水道水や食塩へのフッ化物添加による全身応用のためのAI評価と栄養所要量への掲載検討に有用な基礎データが得られた。水道水フッ化物添加濃度域では骨折の発生率を増加させる明白な証拠はなく、わが国における天然または水道水フッ化物添加経験地区の疫学文献を基に暫定的に適正濃度域を提示したが、さらに栄養学、歯科医学、水道行政の側面からも継続して検討していく必要性を認めた。各種フッ化物局所応用の評価について齲蝕予防メカニズムと再石灰化の科学的根拠に基づいた先端的なフッ化物応用法の技術的検討がなされたので、生涯を通したフッ化物局所応用の具体的マニュアル作りが必要とされた。海外先進諸国と比較して日本ではフッ化物の全身応用の位置付けはみられず、局所応用のみが地域保健で実施されているだけであり、一般国民のみならず保健専門家や歯科学生に対してもフッ化物応用の情報提供が不十分であることが認められた。したがってフッ化物応用のインフォームド・チョイスの必要要件を満たすためにも国民への情報提供を様々な媒体を利用して早急に実施することが望まれる。フッ化物応用に関する社会・経済的分析は少なく、次年度以降の課題とした。このような社会・経済分析は地域に対応したフッ化物応用の実施によって寄与する要因を明らかにすることであり、それによって地域住民の健康推進に寄与することが期待された。

公開日・更新日

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