高血圧の予防診療法の医療技術評価研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200001114A
報告書区分
総括
研究課題名
高血圧の予防診療法の医療技術評価研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 敏彦(国立医療・病院管理研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 猿田享男(慶應義塾大学医学部長)
  • 斎藤郁夫(慶應義塾大学保健管理センター教授)
  • 今井潤(東北大学医学部教授)
  • 田中繁道(手稲渓仁会病院副院長)
  • 鈴木一夫(秋田県立脳血管研究センター疫学研究部長)
  • 上島弘嗣(滋賀医科大学福祉保健医学講座教授)
  • 馬場俊六(国立循環器病センター集団検診部医長)
  • 坂巻弘之(慶應義塾大学助手)
  • 大野ゆう子(大阪大学教授)
  • 松本邦愛(国立医療・病院管理研究所医療政策研究部協力研究員)
  • 武藤正樹(国立長野病院)
  • 川村治子(杏林大学)
  • 長谷川友紀(東邦大学)
  • 藤田尚(板橋中央総合病院)
  • 松本邦愛(国立医療・病院管理研究所)
  • 平尾智広(香川医科大学)
  • 真野俊樹(国立医療・病院管理研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高血圧の合併症である脳卒中や虚血性心疾患、さらには腎不全等の疾病管理を、それに関連する糖尿病、高脂血症、肥満、ストレスや種々のライフスタイル関連で捉え、最も効果が高く効率の良い予防及び診療の技術を同定するための医療技術評価を行うことを目的とする。今日、循環器疾患は金銭面においても障害面においても最も日本国民の大きい疾患であり、高血圧はその中でもこれら関連疾患の核となる疾患である。高血圧の診療のみでも多量の医療費が費やされている一方、これまでの研究で脳卒中患者の30-50%は高血圧治療中から発生している。この研究により高血圧並びに高血圧関連疾患の最適な予防診療法が判明し、全体としての医療費の削減と診療効果の向上がもたらされることを目指したい。
研究方法
1.数学モデルの確立システムダイナミクスモデルを用いて、高血圧への介入や介入成果を予測できる高血圧疾病管理モデルを開発した。1990年の脳卒中登録の血圧分類・降圧剤服用有無別脳卒中罹患率、早期死亡率を用いた。さらに、1992年~1996年の国民栄養調査を用いて性・年齢階級、誕生コホート、血圧階層を勘案した。このモデルを使って高血圧の一次予防介入(高血圧罹患率の変化)および三次予防介入(降圧剤の服用率の変化)による効果(脳卒中発症数、死亡数の変化)についてのシュミレーションを行った。2.疾病及び合併症の把握1)官庁統計のメタ分析 1995年の国民生活基礎調査と国民栄養調査の個票データをリンクしてメタ分析を行い、高血圧症の治療行為の実態を把握した。2)誕生コホート分析 1977年から1996年の国民栄養調査を用いて、1890年代生まれから1980年代生まれまでを10年ごとに世代をまとめ、誕生コホート分析を行った。3.学際的アプローチによる技術評価1)非薬物療法の文献レビュー JNCⅥや日本高血圧治療ガイドラインには「生活習慣の修正」として食塩制限、適正体重の維持、アルコール制限、コレステロールや飽和脂肪酸の摂取をの制限、運動療法、禁煙の6項目が記載されている。これらの項目について文献レビューをし、非薬物療法のシステム作成への提案をした。2)高血圧患者の血圧コントロール状況 我が国の血圧コントロール状況を明らかにすることを目的とし、職域(3311人)および外来通院患者(226人)を対象に検討した。職域は、30-65歳までの教育機関の職員を対象とし、1996年と1999年の定期健康診断データ並びに生活習慣病健診データを用いて検討した。外来通院患者は、1998年2月~2000年2月までの期間、K病院内科外来及び保健管理センターに通院していた高血圧患者を対象とし、カルテから血圧や降圧剤などの情報を入手した。3)高血圧治療に対する検討 日本高血圧学会員2200人と開業医4800人を対象に高血圧治療に関するアンケート調査を2回にわたって実施した。第1回目の調査結果は、平成11年度報告書で報告した。本年度は第2回目の調査であり、さらに日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2000年版」(ガイドライン)発行後の調査であ
る。このため、ガイドラインの周知度や家庭血圧に対する考え方についての質問を追加した。4)食事療法と運動療法による降圧薬の中止あるいは減量 軽症高血圧で薬剤治療中の患者のうち7名を非薬物療法に切り替えるプレリミナリーな試みを行い血圧の追跡を行った。5)血圧の現状と非薬物療法の適用1994年から1996年までの「国民栄養調査」をプールし30歳以上の女性の治療状況の調査のため4グループに分けてその分布を計算した。6)高血圧医療費の検討 国民医療費ならびに1996年の社会診療  別調査から投薬や検査、画像診断その他の診療行為別にその割合を求め、国民医療費がどのように使われたかの推計を行った。また、標準的診療モデルを想定し、高血圧が1700万人いるとの前提で、シュミレーションを行った。4.システムについて1)大企業の高血圧対策 大企業における高血圧対策として、集団全体へのアプローチと高リスク者へのアローチの2つの方法を検討し、その問題点をあげた。2)HOMED-BP研究とmanaged care HOMED-BP研究のプログラムをそのまま高血圧診療支援システムとして稼働しうるものと考え、最も効率の良い高血圧managed careの確立を計った。
結果と考察
1.数学モデルの確立 単年度モデルでのシュミレーションでは、人口動態統計における脳卒中死亡数との一致が認められた。一次予防、三次予防それぞれの介入による効果は、一次予防の方が大きかった。しかし、リスクファクターについての疫学情報を組み込んだより精緻なモデル作成が必要であった。疾病管理モデルの開発により、行政官や基礎研究者、疫学者、公衆衛生活動家、臨床家が高血圧の予防診療法をめぐって、共通の土台で議論ができるツールとなりうるであろう。2.疾病及び合併症の把握1)官庁統計のメタ分析 リンクによるメタ分析の結果、日本の160/95mmHg以上の高血圧患者数は約2000万人と推計され、そのうち未治療が約500万人であった。治療中で血圧コントロールされているものは約1000万人、されていないものは600万人であった。非治療者で血圧コントロールされていないものは約60%であった。各官庁統計の信憑性の検証には、さらにメタ分析をする必要がある。2)誕生コホート分析 男女いずれのコホートも、若年期は高血圧者割合が低く、年齢の進行とともに増加した。コホート間で高血圧者割合を比較すると、男性の場合、コホート間でほとんど差がなかったのに対し、女性はコホートが若くなるにつれて同じ年齢での高血圧者割合は減少した。男女差の原因の一つとして、女性の社会的地位の変化が生活習慣に影響を及ぼしたと推察する。男女の社会・生活史の点から新たな検討が必要であろう。3.学際的アプローチによる技術評価1)非薬物療法の文献レビュー非薬物療法について、短期間の効果は報告されているが、長期間の効果は報告されていない。また、指導を受けても実行をする人は少ない、生活習慣の修正によりQOLが低下したなどの報告もあり、問題点も多い。非薬物療法を継続させるには、患者のライフスタイルを把握する必要があり、集団アプローチに加え、個別的なアプローチも必要であると思われる。2)高血圧患者の血圧コントロール状況 職域:1999年の定期健診受診率は、男性67.8%、女性82.1%であり、男性の方が受診率は低かった。降圧剤服用率は、男性8.6%、女性1.9%であった。血圧値が140/90mmHg以上で降圧剤を服用していないものを未治療と定義すると、未治療率は男性13.7%、女性4.2%であり、男性の未治療率の方が高かった。男性の方が女性に比べて健康に対する意識が低いように思われる。職域での定期健診を利用することで、高血圧、正常高値を発見し、適切な介入を図ることが可能と思われる。外来通院患者:1998年から2000年にかけて、降圧剤の非投薬は減少傾向を示した。3)高血圧治療に対する検討ガイドラインについて「知らない」と回答した者は、1回目調査では28%であったが、2回目調査では12.3%に減少した。家庭血圧測定については、「大変重要」と回答した者が80%を占め、「積極的に活用する」あるいは「患者によって活用する」と回答した者は91.0%をしめた。ガイドライ
ンや家庭血圧に対する関心の高まりが伺われた。4)食事療法と運動療法による降圧薬の中止あるいは減量3例で降圧剤のうち1剤を中止することが可能であった。さらに3例で投与量を半量に減量できた。1例については血圧が再上昇したために降圧剤の再投与を余儀なくされた。観察期間は1~3ヶ月であったが、これらの経験より、かなりの患者が薬物療法を停止し、食事療法や運動療法でフォローすることの可能性が示唆された。5)血圧の現状と非薬物療法の適用それぞれの曲線がほぼ正規分布を示していた。血圧正常であったのは30歳以上で、3000万人、残りは血圧が境界上であった。   そのうち薬物を服用しているのは1100万人、服用していないのは1600万人で1100万人の境界人のうちリスクがあるのは120万人で、残りはなかった。したがって、薬物適用となるのは1600万人くらいが想定される。
6)高血圧医療費の検討 1996年の高血圧の国民医療費は1兆4600億円であったが、そのうち投薬が46%、検査が13%、画像診断が2%、残りはその他であった。それに対して、Ca拮抗剤を使った診療ガイドラインに基づく診療モデルでシュミレーションの結果は1兆3000億円となり、投薬が61%、検査が11%、画像診断が4%、その他が22%で、その中には軽症高血圧に対する運動療法に対する診療費が含まれている。これらから未治療群を治療した場合に医療費がかなり増加することが推計された。4.システム1)大企業の高血圧対策
集団アプローチと高リスク者へのアプローチに共通する問題点として、定期健診受診率の低さがあげられた。今後、イントラネットなどのITを利用しての啓蒙活動システムの構築が期待される。集団アプローチの問題点として、データ入力、解析のための人員不足、個別アプローチのための人員不足等があがった。高リスク者へのアプローチでは診療所との連携がうまく図れないという問題点が指摘され、連携システムの構築の必要性が示唆された。2)HOMED-BP研究とmanaged care 家庭自己測定血圧を用い、電子血圧計に蓄積された血圧情報をインターネットによりホストコンピューターに転送し、WHO-ISH1999、JNCⅥ、日本高血圧学会2000ガイドラインによる標準的な治療法を治療アルゴリズムに導入し、降圧薬の選択、降圧レベルの設定を行い、その指令を医療機関末端に指令として転送することで高血圧治療の効率化、均質化を計った。
結論
高血圧の合併症である疾病の管理を行うために最も効果的な予防法・診療技術を確定するため、医療技術評価を行う目的で研究を行った。まず数学モデルを確立し脳卒中の一次予防、三次予防効果のシュミレーション手法を開発した。これにより、介入効果の計測が可能となった。次に統計のメタ分析、誕生コホートの分析により、高血圧患者数の推計やその年齢との関係を明らかにした。これらの結果を結合して非薬物療法、薬物療法について技術評価を行うとともに、医療費との関係も分析した結果、非薬物療法との併用は医療費が増加する結果となった。また、介入システムについても問題点が指摘され、家庭や企業と医療機関を結ぶ連携システム構築の必要性が示唆された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)