医療計画の評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200001108A
報告書区分
総括
研究課題名
医療計画の評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 敏彦(国立医療・病院管理研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 武藤正樹(国立長野病院)
  • 川村治子(杏林大学)
  • 長谷川友紀(東邦大学)
  • 藤田尚(板橋中央総合病院)
  • 松本邦愛(国立医療・病院管理研究所)
  • 平尾智広(香川医科大学)
  • 真野俊樹(国立医療・病院管理研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
19,848,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
各県で地域医療計画が策定され始めてから10余年を越し、後数年で第3回の改定の時期を迎えようとしている。医療計画が目標とした病床数の適正化は一定の成果を収め、かつ、その他の医療資源も充実した。しかし、介護保険制度の成立や健康日本21計画の開始とともに日本の医療供給体制の現状と背景は大きく様変わりしてきている。医療計画当初の政策課題からは大きく変わっているといえよう。このような状況下で、確保された医療資源を有効的効率的に使って行くためにも、医療の機能は一旦分化し、そしてもう一度連携することが強く求められている。日本の医療供給体制は、外来と入院、一次と二次・三次機能、長期と急性期、医療機能と福祉機能、薬局と医療機関の機能が未分化である。これらの背景や現状を踏まえて、医療計画の諸側面を総合的且つ系統的に評価することにより都道府県の医療計画策定を支援するとともに、今後の医療計画の在り方の検討を行うことを目的とした。
研究方法
1.社会学的評価1)国際比較研究前年度に引き続き国際比較として、日本が当初医療制度の参考とした地方分権色が濃く社会保険発祥の地であるドイツと、対照的に中央集権的機構を持つフランスの地域医療計画を行政学的ならびに戦略的計画法の観点、現実におけるインパクトやその役割などに関して、現地の識者に対してアンケート調査を行い調査、分析した。2)参加型計画の実例評価計画手法の開発の一つの試みとして、PCM(Project Cycle Management)手法に基づいた計画策定を行い、それと併せて住民の意見を計画過程に表出し反映させるため実験的に「ウォンツ・エイブル」手法を採用した。ここでは実際の計画過程へ導入した例として、インドネシア、タンザニア、青森などを挙げ、住民参加の手法開発の試み、参加に伴う問題点、それをとまとめる専門家の姿勢のあり方等について検討した。2.必要病床数の算定1)一般病床患者調査1979年から1996年まで3年ごとのデータを用い、年齢階級を5歳階級ごともしくは10歳階級ごとに10階級に分類し、性年齢階級の人口10万人あたりの入院回数と平均在院日数を別途に算出し、対数近似から2010年の予想を年間入院回数ならびに平均在院日数を算出して人口に掛け合わせ入院患者数を推定した。2)長期療養病床 患者調査入院票1996年より老人及び療養病床さらに3ヶ月以上入院者を、老人保健施設、特養入所者を社会福祉施設調査1996年から、在宅分は国民生活基礎調査1995年から県別に算出した。3.医療の質評価1)交通事故 Disease Managementの視点より、交通事故の発生から改善、障害、死亡へのフローの現状について分析し、予防治療改善の可能性について分析した。患者調査、人口動態統計、警視庁発表のデータ、消防白書などより交通事故の件数、死傷者数、入院回数、死者数、障害者数などのデータを集め、時系列および疾病自然史フロー分析を行った。2)泌尿器 1996年の厚生省患者調査退院票個票を用い1996年9月に前立腺肥大の診断で入院した症例と前立腺肥大の診断で内視鏡的手術を受けた症例を抽出。県毎に年齢階級別に症例数の補正を行った。1996年の厚生省三師調査を用い県毎の泌尿器科医師数を算出した。年齢階級別人口の補正及び各県の人口は1995年の国勢調査のデータを用いた。これらを用いて前立腺肥大の入院、前立腺肥大の内視鏡的手術の施行率、及び男性人口十万人当りの泌尿器科医師数に関して県毎の分析を行った。3)心筋梗塞 平成8年度の退院患
者個票から急性心筋梗塞症例を抽出し、各医療機関ごとの治療成績を同期間内の死亡率で比較した。さらに施設ごとの症例数の多寡が治療成績に影響を及ぼすか調べるため、1ヵ月の症例を4例ずつに階層化して同期間内の死亡率で比較した。4)アレルギー1993年、1996年、1999年の患者調査と1996年の国民生活基礎調査を用いて、喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、蕁麻疹についてその推移を、性・年齢階級別に患者数を考察した。5)脳卒中、大腿頸部骨折 1996年の患者調査退院票から脳卒中とその小分類、くも膜下出血、脳出血、その他の脳卒中と大腿頸部骨折を主病名とする症例を抽出し、ロジスティック回帰分析を行った。非説明変数に両疾患とも90日以内死亡、移動の介護の要・不要、在院日数90日以上を用いた。非説明変数に性を、カテゴリカルな変数として年齢と当該施設における手術件数を説明変数として尤度比変数増加法を用い、0.05で有意検定を行った。さらに脳卒中においては全脳卒中の件数に対して、くも膜下出血、出血その他脳卒中の3グループ術後死亡、移動能力在院日数を用いて検定した。さらにくも膜下出血はくも膜下出血の取扱件数のみを抽出して、そのボリュームエフェクトを検定した。
結果と考察
1.医療計画の社会学的評価に関する研究1)地域医療計画の役割と行政戦略計画ドイツ・フランスの医療計画の国際比較 ドイツにおいては、州レベルの事務、財源の権限が非常に強いため、地域での医療計画はない。また、それも総合的な計画ではなく、その効果についても未知数である。計画としては開業医を対象とした計画はなく、病院に関する病院計画があるが、昨今、その策定において州政府の関与を弱めようとする議論がみられる。その代わりに、支払い機関である疾病金庫がより強く関わった計画策定が志向されている。病院計画の対象は病床数、病院数、高額医療機器といった供給側の規制が中心であるため、住民参加についてもドイツにおいては、計画の対象としても計画の策定過程においても念頭におかれていない。また評価も行われていない。フランスでは、計画手法の歴史は比較的古く二次大戦後に遡り、医療セクターにおける地域計画の歴史は地域間格差を是正するため医療圏を設定した「医療地図(carte sanitaire)」が導入された1960年代の中頃を端緒とする。その後、1990年代の改革を通じて、SORS(Regional Scheme of Health Organisation)が新たに導入された。計画の目的としては、医療費の抑制、最適な医療資源の配置、一次・二次・三次医療の統合などが挙げられ、医療計画の影響は大きいと考えられている。しかし、その成果も公的セクターに限定され民間セクターや開業医セクターでは効果がほとんどみられない。一般的には中央主権国家と考えられているが、医療計画に関しては直接的な政府の関与はない。ただし制度的に非政府とされるARHを通じて影響を及ぼす。住民参加に関しては、1998年に保健フォーラムが開かれるなどの試みがみられるが、歴史的に中央集権的、トップダウン式の意思決定が一般化しているため、まだまだ課題が多い。4)参加型計画の実例評価 紹介したケースでは、住民の意見を表出するために「ウォンツ/エイブル」手法が採用され、住民が欲していること、できることを書かせることで、問題に対する認識を深めること、つまり教育的効果が認められた。しかし、依然として「ウォンツ/エイブル」手法自体が本当に住民の意見を十分に汲み取ることができているのかという手法の問題、またここで出た要求が果たして本当に計画中で取り上げられ実現されるのかという政策過程との結合の問題が残っているように思われる。2.必要病床数に関する分析1)一般病床の将来必要推計 2010年における入院患者数は入院を1カ月以内に入院患者に限ると、30.03万人、3カ月以内になると70.71万人で、今日の必要病床数を大きく下回っている。入院回数は人口の老齢化と共に増加している一方、平均在院日数は近年の減少傾向を対数で普遍すると短くなっており、高齢化による回数の増加を上回って減少しているので、大きく減少した推計となっている。2)
長期病床 長期病床は15.54万人が在宅で、21.88万人が特別養護老人ホームで、13.40万人が老人保健施設、残りの39.92万人が病院に収容されている。各県の病院における長期病床ばらつきを分析すると、相対的には特養や老健の収容率の多い施設ほど少ない傾向が認められた。これらの知見は老人病院ホーム代替説を示唆するものである。3.医療の質評価1)交通事故 不慮の事故による死亡は、若年層の死亡の大きな原因であること、特に男性の死亡が多いこと、また若年層ほど交通事故の影響が大きいこと、老年層ではその他の不慮の事故が多いことがわかる。次の交通事故の年次推移をみると事故件数、死傷者数は、80年代前半までは横ばい、その後増加に転じていることがわかる。また、死亡数は、70年代には低下していたが、80年以降増加している。しかし90年代には下降していることがわかる。また、47都道府県別の、交通事故のCase fatality Rateを経年的に分析した。交通事故によるCase Fatality Rateは1975年以来低下傾向にある。特に1990年から1995年にかけて大きく低下している。これは従来死亡率の高かった都道府県の改善によることが示唆される。2)泌尿器1、男性人口十万人当りの前立腺肥大の入院に県別格差が存在した。2、男性人口十万人当りの前立腺肥大の内視鏡的手術の施行率に県別格差が存在した。3、男性人口十万人当りの泌尿器科医師数に県別格差が存在した。4、男性人口十万人当りの泌尿器科医師数と男性人口十万人当りの前立腺肥大の入院に相関は無かった。5、男性人口十万人当りの泌尿器科医師数と男性人口十万人当りの前立腺肥大の内視鏡的手術の施行率に相関は無かった。以上から、前立腺肥大に関する診断,入院基準、経内視鏡的手術の施行に県格差が存在した。現在前立腺肥大に関する治療のガイドラインの作製が進行中であるが、それに先立つrisk-adjustが可能な形式でのレジストリーシステムの構築、さらにガイドライン施行後の評価が急務であろう。3)心筋梗塞 調査期間中、急性心筋梗塞の退院患者は3138例、747施設であり、死亡症例はこのうち572例で18.2%であった。週間症例2例以下の施設の死亡率は平均死亡率を上回っていた。これにより、月間症例数が少ない施設の成績が悪いことが判明した。技術集積性を高めるためには、症例の分散を避け症例数の少ない施設は整理統合すべきであると考えられる。4)アレルギー アレルギー疾患、特にアレルギー性鼻炎、喘息では患者数の増加が認められた。食物アレルギーのアナフィラキシーショックは稀なイベントであるため、患者調査ではほとんど認められなかった。
喘息は、文献レビューによる一般の地域サーベイの約半分しか患者調査では認められず、調査方法による誤差か、もしくは治療のコンプライアンスに問題があると考えられた。5)脳卒中、大腿頸部骨折 脳卒中の手術症例の退院死亡率は15.8%、そのうち90日以内の死亡は13.7%であった。二項ロジスティック回帰分析の結果では全脳卒中で年齢に有意に相関が認められ、年齢を調節した手術件数も負の相関が認められ、β=-0.064、オッズ比は0.938でWald検定のp-値が0.002と統計的に有意だった。くも膜下出血のみを独立で同様の分析を行った結果、手術件数と術後90日死亡の間に高い負の相関が認められた。β=-0.117、オッズ比は0.889、Wald検定のp-値が0.001と統計的に有意だった。大腿頸部骨折の手術症例の退院死亡率は2.5%、そのうち90日以内の死亡は1.7%であった。二項ロジスティック回帰分析の結果では全脳卒中で年齢に有意に相関が認められ、年齢を調節した手術件数も負の相関が認められ、β=-0.124、オッズ比は0.883でWald検定のp-値が0.05と統計的に有意だった。
結論
医療計画は今後の医療政策で重要な役割を果たす。だが、そのためには参加と科学性の二つをふまえた上での計画策定が望まれる。平山によって紹介された事例をはじめ、今後も具体的な実証分析を行わなくてはならない。参加の点については、住民をどのように策定過程に取り入れていくかを検討していかなければならない。そのためには、PCM手法を基盤とした策定手法の確立の模索が続けられる必要がある。また、科学性については医療の質評価に関して得られた知見を活用するべきである。これらを統合するためには評価による絶え間ない過程の監視がなくてはならない。洗練された評価技術の研究も並行して進められなければならない。

公開日・更新日

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