病院医療の質保証システムに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200001106A
報告書区分
総括
研究課題名
病院医療の質保証システムに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
上原 鳴夫(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 飯塚悦功(東京大学大学院工学系研究科)
  • 中野夕香里(日本看護協会)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,594,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病院医療は複雑なシステムを通じて提供されており,医療ミスもシステムの不良として対処する必要がある。本研究は,病院医療において失敗事例に学び事故を防止するための対策と質保証システムのありかたを明らかにすることを目的として実施した。
研究方法
本研究は、医療の質について研究する保健・医療の専門家と産業分野で安全工学や品質保証について研究する品質管理専門家が、次の3つのテーマについて研究会議を重ね、互いの視点と知見を統合・補完する形で進めた。(1)質保証システムの国際比較; 米国・英国の主要病院の訪問視察調査、英米における質保証の取り組み事例に関する文献調査、米国の質・安全研究者と実地担当者を招いてのワークショップの開催等を通じて、医療ミスの発生状況、リスクマネジメントと質保証の考え方の変遷および具体的な取組みの現状について調査し、日本の参考となる教訓や取り組み事例について考察した。(2)事故防止工学モデルの応用; 安全工学および航空機と原子力分野の事故防止研究の知見を中心に、作業ミスと事故の発生するメカニズムに関する系統的なレビュー研究を行った。また、問題解決につながる事例報告と事例分析の方法を考案して、協力病院に提供していただいた投薬ミスおよび転倒事故に関する実際事例に適用し、その有用性を検証した。(3)質保証システムの評価; 産業界において品質保証システムにかかる審査の国際標準となっているISO9001の概念と意義について考察した後、実際にISO審査を担当する専門家や認証を受けた病院の関係者の協力を得て、9001要求事項(審査基準)を医療の質保証という文脈で読み解き、同要求事項を病院医療の質保証システム構築に役立てるための読替え指針を作成した。(4)これらの研究成果を踏まえ、医療の質保証の基本的考え方と取り組みの指針およびISO9000をガイドとする質保証システムの構築について提言した。
結果と考察
<医療における安全と質保証の考え方の国際的な動向> 医療の質保証のアプローチは、評価に始まって、標準化へ、改善(CQI)へ、質管理(TQM)へと発展し、1990年代半ばから、米国、欧州諸国に加えアジアやラテンアメリカ諸国でも「患者本位」「プロセス改善」を重視する日本的品質管理の理念とノウハウが医療にも普及しつつあったが、1999年の「米国医療の質プロジェクト」 委員会による「過ちは人の常―より安全な医療システムの構築」の公刊を契機に医療の安全性が社会から疑問視されるに至って、安全を中心に据えた質保証システムの構築が急務の課題となった。患者のリスク防止を主眼とする系統的な取り組みは「Patient Safety」という概念で1980年代に麻酔科領域で始められたが、一般的には医療事故は訴訟対策(リスクマネジメント)として扱われていた。上記の勧告を受けて主要な病院の中に医療の安全を確保するためのプログラムが新たに作られるようになった。当初はすでに普及している質改善(CQI)の取り組みと Safetyは別のものと認識され、安全確保が質改善やシステム改革の課題であると理解されるようになったのはごく最近である。現在の質保証の取り組みは、(1)典型的な質不良としての医療事故(AE)の実態把握;米国では医療ミスによる死亡は死因順位の8位で毎年290億ドルの過剰なコストがかかり、豪国では医療による傷害発生率は10%に上り患者には交通事故の40倍の事故リスクがあると報告した、(2)クリアリングハウス機能の強化;事故やニアミスの事例情報を集約し速やかにかつ広く改善の方法を勧告することで同種事故の再発を防止する-JCAHOのSentinel Eventの報告勧告制度など、(3)医療者や管理者
の意識改革(非難する文化から改善する文化へ)、(4)事例分析から改善への流れ作り、(5)設計レベルでのシステム変革とITの活用;VAH(退役軍人病院)ほかでパームコンピューターやバーコードを含むITを活用したシステムの導入が進んでいる。また、ハザードを排除するほうが作業者の注意を喚起するよりも確実とし病棟から高濃度カリウム製剤を排除することで誤投与による死亡事故を完全に防止した、(6)他の産業界の知見経験の学習と医療安全に関する研究の推進、(7)質・安全の教育、(8)質・安全に関わる制度や法律の見直し、(9)質・安全に対する病院の組織的なコミットメントと政府のリーダーシップ、(10)医療消費者・市民の医療参加の促進、に要約できるが、技術的なことよりもむしろ取り組みの組織性や社会性に学ぶ点が多い。<ヒューマンエラーの構造と防止対策> 産業品質管理と安全工学の知見から、安全管理の基本的な考え方と医療プロセスに応用可能な手法について広く検討を行い、危険予知トレーニングやエラープルーフ、エラー低減アイデア生成思考手順(H2-GUIDE)などの提案を行った。 また、実際に事例を分析して投薬ミスにおいてもエラーは複数の危険因子の連鎖重複の結果であることを確認したので、多くの事例に共通して現れる根源的な危険因子をルート危険因子と名づけ、協力病院の1年間の事例からこれに相当する因子を抽出した。その結果6つのルート危険因子が同定できたので、投薬ミス事例をルート危険因子で分類し、これを中心とする危険因子の階層連関図を作成してそれぞれに対する事故防止策を検討した。 <インシデント事例の報告と分析> インシデントレポートなど自主的報告制度では実際の1割以下しか把握できないという報告もあり、カルテ調査やコンピューターシステムでADE(投薬治療による傷害)を早めに把握しようという方向にある。また、報告事項に関する免責措置が課題とされているがこの点でスエーデンの報告審査制度と患者保険制度が参考になる。同国では、医療行為によって予期せぬ傷害や死亡が発生した場合には、医療者の責任の有無・程度とは切り離して患者や家族に対して患者保険基金から補償が行われる。また、予想した範囲の傷害か医療事故かを審査する機関が設けられており、刑事責任ではなく、プロフェッションとしての責任として専門的な立場から審査される。 日本でもヒヤリハット報告制度が急速に普及したが、今回の研究で、報告書の大半は事象を集計することに主眼が置かれていて再発防止に必要なシステム要因の分析につながる情報を欠いており、そのために再発防止に不可欠なシステム要因の改善ができないでいることが明らかになった。 このため、問題解決に導く事例分析を可能にする方法として事象関連図やプロセス図とmSHELモデルの活用を提案し、これを活用した事例報告書式および分析手法を考案、投薬ミスと転倒事故の事例に実際に適用してその有用性を実証した。 <質保証システムの評価> ISOの病院審査事例の検討から(1)規格条文(要求事項)の難解さと(2)医療ではISOが意図する「システム規格」の概念になじみがないことが、医療への活用を困難にしていると分析した。 逆に、適切な適用ガイドができれば医療界であまり意識されていない「マネジメント技術」や「質保証のための仕組みの体系」の重要性が理解され、ISO9000シリーズ(ISO9001や9004)とくに2000年改訂版は質保証システムを構築しようと考える病院にとってよい指針になると考察した。(ただしISOの審査は質の良否や質保証システムの適否を評価するものではないので認証取得は目的ではなく手段(契機)として利用すべきものと考えられた。)読替えに困難をきたす最大の要因は、医療にとって「製品」に相当するものが何かについてコンセンサスが得られていないことである。研究班は、(1)治療における「製品」を、顧客の要求を満たすために何がなされるべきかを専門的な知識を駆使して判断し、設計し、種々のプロセスを通じて意図的に実現しようとする「アウトプット」の集合、と定義した。(アウトカムと違ってアウトプットは設計できプロセスでコン
トロールできる。そのアウトプットによって期待通りのアウトカムが現出したかどうかは、「製品」ではなく製品の「質」に関わることであり、患者の要求(品質仕様)に合致したアウトカムをもたらすにはどんなアウトプットを作り出す必要があるかという判断こそが専門家に求められている。)(2)病院は多彩な製品を扱う百貨店であり、製品(と製品の質)は、設計(診療指針)で括られる疾患群ごとに考えるべきもので、また区分可能な場合は診断と治療は二つの異なる製品と理解するのが適当と考察した。これに基づいて各規格の読替えを行った。明らかに医療に適合しない規格は適用除外とした。
結論
病院医療の質と安全を確保するためには、患者本位でヒューマンエラーの可能性を前提としたプロセス改善とシステムの再構築が不可欠であり、これは日本の医療に固有の問題ではなく現代医療が共通して直面する課題となっている。プロセス改善とシステム設計にあたっては、安全工学と産業品質管理の知見・経験に学ぶべきことが多く、投薬ミスと転倒事故事例の分析にこれらを応用してその有用性を実証したほか、ISO9001を医療の質保証体系づくりの参考とするための読替え指針を作成した。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)