泌尿器科領域の治療標準化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200001104A
報告書区分
総括
研究課題名
泌尿器科領域の治療標準化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大島 伸一(名古屋大学大学院医学研究科病態外科学講座泌尿器科学)
研究分担者(所属機関)
  • 村井 勝(慶應義塾大学医学部泌尿器科学)
  • 平尾佳彦(奈良県立医科大学泌尿器科学)
  • 西澤 理(信州大学医学部泌尿器科学)
  • 長谷川友紀(東邦大学医学部公衆衛生学)
  • 小野佳成(名古屋大学大学院医学研究科病態外科学講座泌尿器科学)
  • 後藤百万(名古屋大学大学院医学研究科病態外科学講座泌尿器科学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、医療サービスの質を保証し、かつ、その効率を高める目的でいろいろな疾患で診療クリニカル・ガイドラインが作成されつつある。泌尿器科領域においても厚生科学研究助成金「泌尿器科領域に治療標準化に関する研究」班で泌尿器科領域の疾患に対するEBMに基づくクリニカル・ガイドライン作成を開始し、平成12年3月に前立腺肥大症に対するクリニカル・ガイドラインを完成した。それに続き平成12年度は女性の尿失禁に対するクリニカル・ガイドラインを作成した。また、平成11年度に作成した前立腺肥大症に対する診療クリニカル・ガイドラインの有用性を検討する目的で①泌尿器科専門医施設における前立腺肥大症患者に対する本診療クリニカル・ガイドラインが実際にどの程度使われたのかを調査し、その適応の可能性を検討した。また、②過去に治療した前立腺肥大症患者を対象として、重症度別に施行した治療法を調査し、本診療ガイドラインに示された重症度別治療法の選択を検討し、治療法別にみた前立腺肥大症に対する経済的効率をみる指標について検討した。
研究方法
研究と結果=1. 女性の性尿失禁に対する診療クリニカル・ガイドラインの作成
平成8年から平成12年までの5年間にCochrane Libraryに登録されたデータベースから「尿失禁」をキーワードとして327編の論文を検索した。これらの論文を、全国19施設の泌尿器科医と非泌尿器科医40人からなるパネルにより批判的査読を行い、評価表を用いて評価した。この評価にもとづき、研究班員と研究協力者11名の十分な討議により、診断のための検査についての論文6編と治療についての論文33編の計39編の論文を採用し、診断・治療のアルゴリズムを作成した。その骨子は、診断では、初期評価として病歴聴取、排尿日記、理学的検査、ストレステスト、検尿、残尿の有無の6項目を評価し、腹圧性尿失禁、切迫性尿失禁、混合型尿失禁の診断を行うもので、治療では、尿失禁タイプと患者の希望に沿って、日常生活指導、骨盤底筋訓練、膀胱訓練、薬物療法を行う。さらに、治療効果が不十分な例については尿流動態検査や画像検査などのより専門的な検査を行い理学的訓練、薬物治療や外科治療等の専門的治療を勧めるというものである。
2..前立腺肥大症に対する診療クリニカル・ガイドラインの有用性の検討(アウトカム研究)
平成12年3月に完成した前立腺肥大症に対する診療クリニカル・ガイドラインの使用に同意の得られた泌尿器科医が勤務する8施設を平成12年4月より平成12年12月までに受診した前立腺肥大症患者354例を対象として実際に患者におこなわれた診断・治療と診療クリニカル・ガイドラインのそれらと比較し、ガイドラインの適合度を検討した。また、平成7年から平成11年までに泌尿器科医が勤務する施設で前立腺肥大症と診断され、重症度分類なされた642例を対象として実際に行われていた治療と今回作成したクリニカル・ガイドラインの勧告する治療と比較し、ガイドラインとの適合度(一致率)を検討した。また、診療報酬請求から前立腺肥大症の治療に関わる医療費が算出が可能であり、かつ治療の経過観察が可能であった156例を対象に医療費及び効果-経済的効果を検討した。前立腺肥大症と新たに診断された354例における本ガイドラインとの適合率は診断部分で59%、治療部分で49%であり、軽症群では97%、中等症群で88%、重症群で32%であった。また、642例における治療部分の本ガイドラインとの適合率は87%であり、同様に軽症群で100%、中等症群で93%、重症群で61%であった。ガイドラインでの重症例での治療勧告は手術であり良性疾患である前立腺肥大症で手術を行うことの難しさが示されると考えられる。また、156例の医療費と治療期間の検討から手術例では6ヶ月までに医療費が高額になるものの、その後ほとんど増加しない。一方、薬物治療例では医療費は治療期間に比較して増加し、α-ブロッカー単独で78ヶ月、α-ブロッカーとアンチアンドロゲン併用で29ヶ月で手術例を上廻ることが明らかになった。長期にわたる効果対経済効率では手術療法のTUR-Pと薬物療法のα-ブロッカー治療が同等であり、手術療法のうち低侵襲手術が両者比べ劣ることが明らかになった。
結果と考察
考察=泌尿器科領域の診療標準化に関する研究において、前に述べたように疾患自体の普遍性と診療ガイドライン策定の要求度の高い前立腺肥大症と女性の腹圧性・切迫性尿失禁を対象として、診療ガイドラインを作成した。今回の女性の尿失禁に対するガイドラインも作成にあたっては前回の前立腺肥大症と同様にCochrane Libraryのデーター・ベースより関係する論文を収集し、それらの論文を批判的査読を行い、再評価して更に選択し、非泌尿器科医の参加を得て、それぞれの診断、治療の骨子となるアルゴリスムを策定した。また、アメリカ泌尿器科学会、国際尿失禁学会等のガイドラインとの共通性も考慮した。女性腹圧性尿失禁および切迫性尿失禁については、潜在患者数が極めて多いにもかかわらず、従来本邦では診断・治療に関する指針は示されておらず、医療機関受診者が少ないことや医療側・患者側両者の認識不足により、この分野での診療が欧米に比べ立ち後れていたことは否めない。今回のガイドライン作成により、本邦でのこの分野についての関心の増大、診療レベルの向上につながることが期待される。前立腺肥大症に対する診療クリニカルガイドラインの有用性についてのアウトカム研究では、今回作成したガイドラインが実際の前立腺肥大症患者の日常診療で半数以上の患者に使用可能でした。今後前立腺肥大症の診療において今回のガイドラインを適応することにより、検査法の統一や不必要な検査の除外による診断の標準化、診断費用の軽減、また治療においては特に重症例での治療効果対経済効率の改善が得られることが示唆された。女性腹圧性尿失禁および切迫性尿失禁の診療ガイドラインについても前立腺肥大症の診療ガイドラインと同様に、今後ガイドラインの有用性に関するアウトカム研究を進める必要がある。
結論
EBMに基づく女性の尿失禁に対する診療クリニカルガイドラインを作成した。また、前立腺肥大症ガイドラインを使ったアウトカム研究を開始し、約半数以上の前立腺肥大症患者の日常診療に利用できることが判明した。今後、医療費や効果-経済的効果等の研究が必要である。女性の尿失禁に対しても同様のアウトカム研究が必要である。

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