救急医療に関する教育の質の向上に関する研究

文献情報

文献番号
200001085A
報告書区分
総括
研究課題名
救急医療に関する教育の質の向上に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
市来嵜 潔(国立病院東京医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 有賀徹(昭和大学医学部救急医学科)
  • 相馬一亥(北里大学医学部救急医学科)
  • 坂本哲也(東京大学大学院医科学研究科外科学専攻生体管理医学講座専攻分野救急医学)
  • 菊野隆明(国立病院東京医療センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国の救命救急センターは人口100万人に1カ所という当初の目標は達せられたが、その活動に関しては様々な問題点があることが指摘されている。その多くの要因はマンパワーの不足ことに専属医の不足によると思われる。多くの大学医学部に救急医学講座が設置され、診療及び教育の面でも様々な工夫がなされてきている。しかし、最もマンパワーの多い大学病院の救命救急センターを見ても、救命救急センターの専属医が診療の主体をなしているところは少なく、市中病院においては研修医・レジデントを含めた若手医師が救急医療を担っているのが実情である。従って、若手の医師にとって魅力のある教育・訓練の場を提供できるか否かが救命救急センターのactivityを高めるための必須条件となってくる。しかし、救急の現場は日常診療に追われ,医療スタッフの教育に十分な時間が使われているとは言えない。近年 evidence based medicine の概念が導入されより理論的な医療の実践が求められているが、救急領域でrandamized studiesを行うことは極めて難しく、依然として経験に基づいた診療がなされているのが実情である。救急領域で evidence based madicine を実践していくためには、個々の症例のデータをより多く・正確に集積しデータベース化し分析することで、理論的な医療を行う姿勢を若い医師に植え付けていくことが第一歩であると考える。と同時に作成されたデータベースを基に新しい観点から救急疾患を検討していく習慣を若い医師に付けることが、救急現場にのける教育の質の向上に結びついていくものであると考えている。
研究方法
まず、救急医療の現場で使用することの出来るデータベースとはどの様なものであるか、どの様にすればその様なデータベースを作成することが出来るかを検討した。その結果、診療に必要なデータは、入院前の状況,既往歴,初療室における各種検査結果、画像情報など多岐にわたることが分かった。 現在病院前の情報は救急隊員に対する調査用紙により収集し、同時にインタビューするという方法が採られていた。これらをデータベースとして取り込むためには、各疾患毎に診療のフローチャートを作成し、そのフローチャートに従い収集すべき項目のチェックリストを作成して、取りこぼしの無いようにデータを取り込む必要がある。これらの検討のために、救命救急センターにおいて頻繁に遭遇する病態、すなわち意識障害(外傷性,非外傷性),呼吸困難,ショックを取り上げ、診療のフローチャートとチェックリストの作成を行った。そのチェックリストを基にデータの収集を行い、コンピュータ入力を行った。それらのデータを研修医・レジデントに一定のテーマを与えて分析を行い、収集したデータから何を引き出すことを習慣付けることを行った。
結果と考察
意識障害(外傷性,非外傷性),呼吸困難,ショックに関する診療のフローチャートを,救命救急センターの救急外来のレベルで行える検査を含めて作成した。各フローチャートを検討しその結果を踏まえて,必要な症状・検査などの項目を網羅するようにチェックリストを作成した。 チェックリストを用いて実際にデータの収集を行ってみた。その結果,チェックリスト作成前と比較してデータ収集量は明らかに増加していた。しかし,救急の初療時に多岐にわたる項目を収集することがかなり困難であり、各項目ことに症状の収集は症例によりかなりのばらつきがあった。所見のない時には記載しないと言う習慣があるのか、必要な項目の有
無のチェックがなされていないものがあった。必要な項目をもれなく収集するために、各項目をポップアップリストからピックアップする方式を採用した。例えば、瞳孔不同ありと言う所見だけではなく、「右>左」,「右=左」,「右<左」の中から選ばせることにより、脳ヘルニアによる神経症状の検討をretrospectiveに行う際に重要な情報を提供することになる。共同偏視に関する情報の提供も重要で、右への共同偏視,左への共同偏視をハッキリとするためにポップアップリストからの選択をさせることは重要であった。一昨年の検討では,意識障害を伴う患者で共同偏視を示した17例のうち眼球偏位の方向が不明であったのは、4例であった。このうちの3例は、入院時の意識レベルが20/JCS以上の意識障害を呈しており、意識障害の原因と思われる病変の存在は見られなかった。フォローアップCTでも異常所見の出現はなく共同偏視の原因を推定することは出来なかった。入院時、共同偏視の方向と同側の片麻痺が見られた症例は3例で、入院時のCTでは古い梗塞巣が見られるのみで新しい病変の出現はその後も見られなかった。古い梗塞巣による痙攣発作による意識障害,片麻痺であったと考えられた。残りの10例はすべて出血性の病変で、共同偏視と反対側の麻痺が見られた。 data mining と言う意味からこのデータベースを検討してみる。表に今回の検討した患者のリストを示す。
診断 PH PCO2 PO2 HCO3 BE Na K Glu
心肺停止 6.97 77.8 73.9 16.8 -16.7 140 6.6 227
CONVULSION 7.18 54.0 141.5 19.8 -9.1 143 3.9 177
HEART FAILURE  7.27 47.8 76.6 21.1 -5.5 140 4.2 231
SAH 7.39 38.5 167.0 23.0 -1.0 140 3.5 191
ICH 7.39 38.2 155.3 23.3 -0.2 140 3.7 192
INTOXICATION 7.38 48.0 147.9 24.9 0.0 141 3.9 115
TRAUMA 7.40 39.9 128.6 24.8 0.7 140 3.5 163
院時の意識レベルがJCSで2桁以上であった症例をピックアップして、入院時の血液検査所見を検討した。意識障害の原因として、くも膜下出血,脳内血腫,薬物中毒,心不全,ケイレン発作,外傷,心肺停止を取り上げた。これらの疾患別に血液ガス分析結果、血清化学検査の結果を比較検討した。2桁以上の意識障害を伴った患者のうち、PHが最も低値を示したのは、心肺停止 6.97で、それに次いでケイレン重積発作 7.18,心不全 7.27,薬物中毒 7.38,くも膜下出血 7.39,高血圧性脳出血 7.39,外傷 7.40 となっていた。BE を見ると心肺停止 -16.7,ケイレン重積発作 -9.1 ,心不全 -5.5,薬物中毒 0.0,くも膜下出血 -1.0,高血圧性脳出血 -0.2,外傷 0.7であった。血清K値を見ると心肺停止 6.6,ケイレン重積発作 3.9,心不全 4.2,薬物中毒 3.9,くも膜下出血 3.5,高血圧性脳出血 3.7,外傷 3.5であった。心肺停止の症例は、アシドーシスが 6.97 と最も強く、BEも-16.7 と代謝性アシドーシスを示していた。血清K値も 6.6と高値を示していた。心肺停止という非常に大きなエピソードがあることから当然と言えば当然であるといえる。これに対して、心肺停止を起こしていないグループでは、ケイレン重積発作はPH 7.18 ,BE -9.1,血清K値 3.9と最も変化が大きく、薬物中毒が、PH7.38,BE 0.0,血清K値 3.9と変化が最も小さなものであった。来院時の意識レベルがJCSで2桁以上の症例をまとめてみた場合に,疾患群によって異なった病態を呈していることが明らかになっていた。これらを考えると、初療時に行う血液検査のみで何らかの疾患を推定できる可能性を示している。症例数を重ねて、これらの検討を続けていくことで、各疾患の特徴がよりハッキリとしてくるのではないかと思われた。救命救急センターにおける教育とは、診療に伴う実技の習得に重きが置かれがちであったが、今後はデータ収集しそのデータをどのように分析する習慣を身につけることが重要になっていくと思われた。そのためにも、基礎となるデータの収集方法をキチンと指導する目的で、上級医が常に一緒に診療できるような体制を作り上げる必要があることを痛感した。
結論
救急医療の現場で使用可能なデータベースの作成のために必要な、病態別の診療フローシートとチェックリストを用いてデータの収集を行いその分析を行った。 収集されるデータの精度を高めるためには、必要な項目について必要なデータが得られるように予め設定したリストの中からピックアップする方式を採ることが必要であった。 データを確定する前に、必ず複数の医師によりデータに間違いがないかをチェックし合うこと、すなわち指導医と共にデータの収集をすることを習慣づけることが必須であった。 指導医と共にデータをピックアップし,収集されたデータを色々な角度から検討すること( data mining )は、救急医療の現場で研修する若い医師の診療に対するモチベーションを高める効果を持っていることが分かった。データの後利用は、データの無名化がなされない限り非常に患者個人情報の散逸に繋がる重大な問題点をはらんでおり、各施設内での規範作りあるいはデータ後利用のためのシステム作りが必要になると思われた。

公開日・更新日

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