中毒情報の自動収集、自動提供システムの構築とそのパイロットスタディ

文献情報

文献番号
200001079A
報告書区分
総括
研究課題名
中毒情報の自動収集、自動提供システムの構築とそのパイロットスタディ
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 敏治(財団法人日本中毒情報センター常務理事)
研究分担者(所属機関)
  • 白川洋一(愛媛大学医学部救急医学教授)
  • 黒川 顕(日医大多摩永山病院救急医学教授)
  • 島津岳士(大阪大学医学部救急医学助教授)
  • 安部嘉男(大阪府立病院救急診療科医長)
  • 遠藤容子(財団法人日本中毒情報センター課長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この研究の目的は、中毒情報センターの新しい情報提供・情報収集手段(とくにインターネットを用いた情報提供の自動化と情報収集の自動化、ネットワークによる関連諸機関との情報の共有等)の開発を進め、さらに未開発分野である診断補助システムの構築や集団化学災害時に必要な医療支援策なども含めて、わが国における今後の中毒情報センターのあり方を具体的に検討することである。
研究方法
上述の目的にそって、平成11年度に引きつづき、以下の5課題の研究を行った。
1.インターネットを介した中毒情報の自動提供・自動収集システムの構築:これまでに構築した各種システムの検証を行うとともに、海外の中毒センターのWebサイトを調査する。とくに2000年から運用が始まった英国のTOXBASEの特別アクセス権を得て専門家向け毒性情報のあり方を検討する。
2.臨床例の自動収集システムに関するパイロットスタディ:昨年試作したこの症例追跡用の共通フォーマットに、20種類、192症例の過去に収集したデータを入力し、共通フォーマットの検証を行う。
3.診断補助データベースの開発:同じ中毒起因物質による実在症例を用いて、構築した逆引き辞典の起因物質の絞り込みの程度を検証するとともに、基本データとしたオリジナルファイルにどのような症状がどの程度の起因物質に共通しているかを検討する。
4.集団化学災害時の提供情報の整備とその提供方法について:災害発生時に一般公開する簡略情報と、現場の救急隊員用情報の2種類のフォーマットを作成し、過去の事例等から集団化学災害を引き起こす可能性のある薬毒物を選別して、データベースを作成する。
5.薬毒物分析ネットワークの構築と今後のあり方について:今年度は全国の救命救急センター、救急部を有する大学付属病院、法医学・衛生学等の分析機関、地方衛生研究所を対象にアンケート調査を実施して、5年前に実施した同様の調査と比較し、わが国の分析の実態を把握する。併せて、化学集団災害時の中毒センターの役割に言及した文献を収集し、分析に関する日本中毒情報センターのあり方を検討する。
結果と考察
1.インターネットを介した中毒情報の自動提供・自動収集システムの構築:準備中であった英・米の専門家向けデータベース、TOXBASEとPoisindexの公開が本年から始まり、仏・独と合わせて、欧米の主要4か国で本格的な毒性情報のデータベースが完成した。TOXBASEの構造は共通化やグループ化が可能な情報ごとに複数のデータベースを作成してリンクさせる方法で、内容は簡潔・明解で実用的である。わが国でも本研究班で開発した化合物辞書データベースを用い、日本中毒情報センターのnational projectとして、専門家向けデータベースを開発・公開すべきであろう。これが実現し、現在構築中である4つのシステムが実現すれば世界でも最も充実した中毒情報センターのホームページとなる。なお、この研究グループで整備する予定であった基本治療データベースは、「中毒に関する基本治療のあり方検討委員会」結成したが、サンプルデータを作成するに止まった。
2.臨床例の自動収集システムに関するパイロットスタディ:これまでのデータを転記して不都合な部分を改訂するという作業を繰り返して、共通フォーマットを完成した。いつ、どこで、なぜ、何をして、そしてどうなったために医療機関を受診したという一連のデータが得られるように工夫し、主訴、来院時症状、バイタルサイン等もほぼ満足できる調査様式となった。しかし、主治医のコメントや中毒に造詣の深い第3者の臨床医の示唆を記入するための自由記載欄を設けざるを得なかった。インターネットを介して臨床例の疫学情報を収集する自動収集システムも完成しているが、いずれの運用にも医療機関の積極的な支援が課題である。
3.診断補助データベースの開発:実際症例を用いた検証では、同一起因物質でも共通して出現する症状の多い物質と、ほとんど共通症状のない物質があった。すなわち、多数の症状を入力すれば物質は絞りこまれるが、必ずしも正しいとは限らない。一方、オリジナルファイルの50%以上の物質に共通して記載されている症状は、嘔吐、下痢、痙攣、頻脈であり、これらのみによる検索では、オリジナルファイル数にして100種類以上の物質が列挙される。検討の結果、精神神経症状、呼吸器症状、循環器症状、消化器症状など、分野ごとの臨床症状を偏りなく入力すること、縮瞳や散瞳、反射亢進、過呼吸(頻呼吸)、低血圧、肝機能障害と言った共通する中毒物質が比較的少ない症状(選別力の高い症状)を入力することで、物質数は一挙に絞り込むことができる。医薬品、農薬、工業用品自然毒など、分類コードを入力することができれば、これでも候補物質は半減する。すなわち、質問すべき各領域の代表症状、共通する物質が比較的少ない症状をあらかじめ列挙しておき、双方向の情報交換で入力情報をパターン化しておくことで物質を絞り込むことは可能となった。ただし、物質が限定されても推定確率がそれほど高くない可能性がある。
なお、この逆引き辞典は、別の特別研究で対象毒物を75品目に限定し、全ての中毒症状や異常臨床検査値を手作業で分類・重み付けをした毒物絞り込みシステムとは全く異なり、入力した症状や検査項目に対して、総当たり接近法による標本照合は採用できない。
4.集団化学災害時の情報提供内容とその提供方法のあり方について:本年は17品目を追加し、集団化学災害を起こす可能性の高い合計100品目について、災害発生時に一般に公開する簡略情報と、救急隊員用情報の2種類を作成した。救急隊員用資料は当初、現場対応を主目的としたため、物質の用途や法的規制事項などは収載しなかった。そこで、これらを一部市民用資料から統合し、PDFファイル化して(財)日本中毒情報センターのホームページへの収載準備を整えた。
5.薬毒物中毒分析ネットワークの構築と今後のあり方について:全国の救命救急センター、救急部を有する大学付属病院、法医学・衛生学等の分析機関、地方衛生研究所を対象に実施したアンケート調査の結果、一部の救急医療施設、特に分析機器が配備された救命救急センターでは、分析技術の向上や分析可能な品目の増加が認められた。多くの施設は分析担当人員の配置と簡易分析キットや消耗品等のランニングコストの財源確保を望んでいる。 大学の法医学教室や地方衛生研究所には、分析機器はおおむね整備されており、これら施設の他施設から受諾可能な分析品目も今回の調査で把握できた。このことは分析ネットワークが実現すれば有効な情報となる。 わが国の中毒医療に分析が導入されるには、分析費用の保険適応は当然として、分析ネットワークの運営や技術研修、精度管理を行う分析センターの設立が必要である。
結論
インターネットによる中毒情報の自動提供、自動収集の可能性につき、ウエブサイトの作成からオンラインデータベースの構築まで、種々の試みを行ってきたが、その一部は日本中毒情報センターの事業として実用段階に達し、有用性が確認された。準備中であった英・米の専門家向けデータベースの公開が本年から始まったが、わが国でも本研究班で開発した化合物辞書データベースを用い、日本中毒情報センターの国家的プロジェクトとして、専門家向けデータベースを開発・公開すべきである。 一方、製品情報の自動登録システムや臨床例の自動収集システムは、システムが完成しても、自己の情報を自ら入力して公開するという意識が企業、医療関係者ともにみられず、組織だった自動収集は現時点では悲観的である。 診断補助システムの開発によって、今まで全く業務対象外としてきた起因物質の可能性に関する問い合わせにも、ある程度対応できる目処がついた。また、集団化学災害を惹起する危険性の高い物質、100品目の一般市民用資料と救急隊員用資料は中毒情報センターのホームページを通じて、いつでも公開可能な状態となった。
薬毒物分析に関しては、医療機関に芽生えつつある分析能力を活かすための分析ネットワークの形成が最も効果的であると思われた。そのためには分析費用の保険適応は当然として、このネットワークの運営や救命救急センターの分析技術研修、精度管理を行う分析センターの設立が課題である。この研究班は本年が最終年度であるが、いずれの研究成果も、(財)日本中毒情報センターに引き継がれ、データ・ベースの充実、情報ネットワークの構築に生かされる。

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