逆転写酵素阻害剤の併用療法に関する研究

文献情報

文献番号
200001041A
報告書区分
総括
研究課題名
逆転写酵素阻害剤の併用療法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
湯浅 聡(三菱東京製薬)
研究分担者(所属機関)
  • 馬場 昌範(鹿児島大学)
  • 森川 茂(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
MKC-442が臨床使用可能になる際には、耐性ウイルスの出現を抑えて充分な抗ウイルス効果を得ることが目標となり、他の抗HIV剤との併用療法が必須である。したがって、併用療法に用いる優れた薬剤の組み合わせを基礎研究で探索する必要がある。これまでの研究では、MKC-442+d4T+3TCおよびMKC-442+d4T+ddIの3剤併用が強い相乗作用を示すことを明らかにした。そこで今年度はMKC-442, d4T, ddIおよび3TCを用いて、これらの2剤もしくは3剤併用による感染細胞の長期培養を行うとともに、breakthrough virusの出現の有無やその時期などについて観察した。更に、得られたbreakthrough virusについては、各薬剤に対する感受性試験を実施すると共に、逆転写酵素領域のアミノ酸変異を調べた。これまでの臨床試験ではMKC-442に対する耐性変異として103位の変異(K→N)が主な変異として認知されている。しかしMKC-442+d4T+3TCの臨床試験では、184位の3TC耐性変異と同時に103位ではなく138位の変異(E→K)が出現する症例が見出された。これらの耐性変異の共存性について詳細に検討するために、今年度はこれらの変異を組み合わせたHIV-1由来の逆転写酵素を作成し、活性測定と薬剤感受性について検討した。また多種の核酸系阻害剤に耐性となるV75I/F77L/F116Y/Q151Mの四重変異が臨床上知られているので、この変異およびPMEA耐性を示す70位の変異(K→E)とMKC-442耐性変異を併せた多重変異に対するMKC-442と各核酸系阻害剤の耐性度を調べた。薬物併用療法における別の問題点として薬物相互作用があげられる。AIDS治療における第一選択薬でありMKC-442とも併用が予想されるAZTは、主としてグルクロン酸抱合により代謝される。そこで、本研究ではMKC-442とAZTとのグルクロン酸抱合を介する薬物相互作用の可能性を検討した。また一昨年度から開始したPMEA誘導体の合成と評価について、今年度は経口吸収性を高めたエステル体を選定してその安全性について初歩的検討を行った。
研究方法
MT-4細胞にHIV-1(IIIB株)を感染させ、昨年度の本研究で用いた薬剤の組み合わせにおけるEC50値の10もしくは5倍の濃度で培養した。培養4日目毎に細胞数を調整し、同じ濃度の薬剤存在下で培養を続けた。細胞はHIV-1による細胞変性が出現して継代が不可能になる時点まで培養を続けた。Breakthrough virusが認められたときは、新たなMT-4細胞に感染させて薬剤非存在下にて4日間培養し、その上清を薬剤感受性試験に供した。逆転写酵素領域のアミノ酸変異の解析時には、培養上清よりvirusのRNAを抽出し、RT-PCR法を用いて逆転写酵素領域を増幅してからdirect sequencingを行った。HIV-1(pNL43:感染性HIV-1クローン)の逆転写酵素遺伝子領域をpGEM-7Zf(-)ベクター(Promega)にクローニングした pGEM-NL(S/R)を作製し、これをテンプレ-トにPCRを行い、151位のアミノ酸がQからMへ変異する逆転写酵素遺伝子を導入したpGEM-NL(S/R)-Q151Mを作製した。次に昨年作製したK70E変異を含む領域をpGEM-NL(S/R)-Q151Mの相同領域と入れ替えることにより、pGEM-NL(S/R)-Q151M/K70Eを作製した。この方式で核酸系阻害剤の多剤耐性V75I/ F77L/F116Y/Q151Mを持つ四重変異体やPMEA、3TC、MKC-442耐性変異を含む二重~六重変異体を作成した。これらのプラスミドを大腸菌で発現させ、精製した逆転写酵素を用いて薬剤感受性を調べた。薬物相互作用の検討には14C-AZTを用い、UDP-GA存在下でヒト肝ミクロソームと37℃で反応させて生成したAZT-グルクロン酸抱合体を定量し、MKC-442およびその代謝物3種の影響を調べた。その測定結果からLineweaver-Burk Plotにより阻害形式を推定し、Dixon Plotによ
り阻害定数を推定した。またPMEA誘導体としてトリフルオロエチルジエステル体を必要量合成し、水系溶媒に懸濁してマウスあるいはラットに経口投与し、社内の定法に従ってin vivo小核試験および急性毒性試験を実施した。
結果と考察
薬剤単剤使用では、MKC-442, 3TCおよびddIに数回の継代培養でHIV-1の増殖が認められ、その結果として細胞が死滅した。MKC-442単独および3TC単独で出現したbreakthrough virusでは、逆転写酵素上それぞれK103NとM184Iの変異を生じていた。2剤併用時においては、d4T+ddIの組み合わせ以外は、継代培養と共にp24抗原の速やかな消失が見られた。EC50値の10倍の濃度を用いて3剤を併用し、継代培養を行うと、MKC-442+d4T+3TCおよびMKC-442+d4T+ddIの何れの組み合わせにおいても、明らかなbreakthrough virusの出現は観察されなかった。そこで薬剤濃度をEC50値の5倍濃度に低下させたところ、d4T+3TCを除く3種類の組み合わせにおいてHIV-1の明らかな増殖が見られた。しかしこのbreakthrough virusには逆転写酵素領域の変異は認められなかった。これらの結果から、MKC-442と核酸系阻害剤との3剤併用は薬剤耐性ウイルスの出現を抑制することが証明された。逆転写酵素への変異導入試験においては、Q151単独ではAZT, d4T, 3TCに若干耐性度が高くなる傾向が見られ、Q151M/K70Eの変異ではAZT, d4Tに対する耐性度がQ151単独より更に数倍高くなった。また75I/77L/116Y/151Mの変異では、AZT, d4T, 3TCに対して、それぞれ24倍, 12倍, 3倍程度耐性度が高くなった。K103Nの変異がこれらの変異に加わると、核酸系阻害剤に関しては耐性度に変化はないがMKC-442に対してはどの場合でも耐性を獲得した。すなわち多剤耐性変異とMKC-442耐性は両立すると考えられた。治験で新たに同定されたE138K変異は、K103NやY181Cの様な高度の薬剤耐性を与えないが、10倍程度の耐性を与えることが明らかになった。また、E138K変異は3TC耐性変異のM184Vと共存すると、3TCに対する耐性は変化しないが、MKC-442に対する耐性度が約半分になった。同様な現象はE138KとK103Nの二重変異についても観察された。今回の長期培養での基礎検討でも、今までの臨床試験結果からも、MKC-442に対する耐性変異としてはK103Nが最初に出現する場合が多いことが分かっている。そこで、上記の3剤併用での臨床試験においては3TC耐性変異のM184Vが初めに出現し、その後でMKC-442に対する耐性変異としてE138Kが加わった可能性が考えられる。一方、健常人における薬物相互作用試験においては、AZTの血漿中濃度がMKC-442との併用により約2倍に上昇することが報告されている。AZTの主代謝経路がグルクロン酸抱合であることからMKC-442がAZTのグルクロン酸抱合を阻害する可能性が想定されたので、その阻害形式および阻害定数について検討した結果、阻害形式は混合型を示すことが分かったが、MKC-442自体のグルクロン酸抱合体を見いだすことは出来なかった。このことは、MKC-442が自らは基質とならずにUDP-グルクロニルトランスフェラーゼの阻害剤として作用していることを示唆している。急性毒性試験での毒性発現に関しては、一般的な核酸系薬剤と比較して重度であるという印象は受けなかった。しかし変異原性試験の一種である小核試験では陽性の結果が得られ、発ガンのリスクがある化合物であることが示された。したがって、今後は変異原性を陰性化する化合物展開を行うべきであると思われた。
結論
MKC-442+d4T+3TCおよびMKC-442+d4T+ddIという3剤併用療法について、ウイルスの長期培養試験を行った結果、MKC-442や3TCの単剤使用時には薬剤耐性ウイルスの出現が認められたが、2剤ないし3剤併用時にはウイルス増殖は完全に抑制された。多種の核酸系阻害剤に耐性となるとされているV75I/F77L/F116Y/Q151Mの変異は、MKC-442に対しては野生型と同じ感受性があり、K103Nの変異と両立できることが分かった。またMKC-442+d4T+3TCの治験で新たに出現したE138K変異は、約10倍の耐性度を有し、K103Nと同様に核酸系阻害剤の耐性変異と両立できた。一連のin vitro薬物代謝実験の結果から、MKC-442がAZTのグルクロ
ン酸抱合を阻害することにより、薬物相互作用を生じさせる可能性が示された。また新規な核酸系阻害剤の候補としてPMEAのジエステル体を合成して動物での安全性評価を開始した結果、変異原性が陽性である可能性が示唆され、更なる化学構造の改善が必要なことが判明した。

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