カリニ肺炎のゲノム創薬研究

文献情報

文献番号
200001040A
報告書区分
総括
研究課題名
カリニ肺炎のゲノム創薬研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
西村 暹(萬有製薬株式会社つくば研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中村義一(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
カリニ肺炎はエイズ患者の2/3に発症し重篤化する。本研究の目的は、1)ニューモシスチス・カリニ(P. carinii、日和見性真菌)ゲノム解析を基盤としたゲノム創薬の基礎研究を実施すると同時に、2)病原性の中心をなす主要表面(MSG)糖蛋白質の抗原変換の遺伝子レベルの仕組を解明し創薬研究へ応用することである。その必要性・成果については、1)HIV制御が根本的に達成されない限りは、日和見感染の制御研究の必要性・重要性がなくなることはない、2)ニューモシスチス・カリニのように培養が困難な病原微生物に対してはゲノム創薬が有効な戦略であり、3)微生物ゲノム研究推進の国策に合致し厚生科学行政として独自なプロジェクトになりうる、4)カリニ抗原変換が病原性のかなめとなりうるため創薬の有効な標的となる。
研究方法
P. cariniiの研究におけるゲノムプロジェクトの重要性の共通認識に基づき国際共同研究によるP. cariniiゲノムプロジェクト(5ヵ年計画)をシンシナチ大学(米国)のM. Cushion博士らと開始した。1)P. cariniiの16本の染色体個別のゲノムライブラリーの作成、2)染色体の塩基配列解析の決定を分業し、平成14年までに、16本の染色体(合計8メガ)の塩基配列の決定を完了する。計画の前半で、ESTプロジェクトを早期に完成させる。主要表面抗原とその関連遺伝子については、分子生物学的方法により、これまで進めてきた研究を応用を視野に入れ展開していく。
結果と考察
(1)ESTプロジェクト:感染ラット肺から高純度に精製したP. cariniiを材料として、λZAPIIベクターを使用してcDNAのライブラリーを作成した。合計、4800のESTクローンの末端配列を決定した結果、平均584鎖長の配列解読により、1758種類の独立したESTクローンが同定された。これは全長8メガの約12%である。そのうち、1557クローンは既知遺伝子のホモログとして帰属され、その75%は分裂酵母に近縁で、19%は出芽酵母に近縁である。782クローンは新規な遺伝子である。表面抗原MSG遺伝子は全ESTの約2%を占める。今後、これらのESTクローンは染色体への帰属とコンティグの作成に有用である。
(2)ゲノムプロジェクト:P. carinii は16本の染色体から構成されている。染色体DNAをパルスフィールド電気泳動によって分離し、サイズの小さな染色体DNAから順次ラムダZAPIIライブラリーを作製した。同時に、全ゲノムのショットガン・ライブラリーをサイズ・フラクショネーションしたDNAサンプルを用いて作成した。これらを用いて塩基配列決定を進め、全長(8メガ)の1/4にあたる2メガ鎖長の配列情報を入手した。
(3)表面抗原変換とサチライシン様プロテアーゼ:細胞表面上に局在している分子は宿主との相互作用など病原性に大きな役割を持っているものが多く、P. cariniiにおいては、MSGという主要表面抗原分子の病原性における役割が研究されてきたほか、SSPと呼ぶサチライシン様プロテアーゼが細胞表面に存在するものと推定されており、これらの分子は創薬のターゲットとして重要と考えられる。MSGとSSPは、高度に多型多重な遺伝子によってコードされており、分子多型を示すものと考えられるが、その意義は未だ解明されていない。SSPは高度に多型な遺伝子によってコードされており、一部のSSP遺伝子のみが発現しプロテアーゼ活性を持つ可能性も少なくないことから、新たに全長のSSPcDNAを含め、新たなSSSP分子種のクローニングを行い、異なるSSP分子種について活性の検討を行った。クローニングしたSSPcDNAはこれまでに報告されたSSPと塩基配列上類似の特性を持つが異なる塩基配列をもち、塩基配列の類似性は70%以上であった。
(4)ペプチド鎖解離因子:タンパク質合成の終結ステップの異常が疾患に関連することが最近指摘されているため、ゲノムプロジェクトによるEST解析の結果をもとに、P. cainiiのペプチド鎖解離因子のクローニングを行った。真核生物のペプチド鎖解離因子であるeRF1, eRF3をESTのBLAST解析結果から検索したところ、eRF1の配列と考えられる約600bpの配列がtranslateion release factor 1のホモログとして得られた。また、eRF3の配列と考えられる約600bpの配列がelogation factor-1aのホモログの中に認められた。これらの配列を元にRACE法によりPc-eRF1, Pc-eRF3クローニングし塩基配列を決定した。
(5)P. carinii は培養の困難さが研究の障害となっているために、ゲノム全塩基配列を決定し、ゲノム研究を基盤とした薬学、医学的な展開をはかることが有効な方針である。 P. carinii 国際標準株は、16本の染色体から構成され、これまで50種類の遺伝子がマップされている。とくに、中村らが発見したMSG抗原変換に必要な発現部位(UCS)は第9染色体にコードされ、その発現変換の仕組は重要な基礎研究のテーマであると同時に、創薬のターゲットとしても重要な問題を含んでいる。これまでにin vitro培養法及び株化の技術が確立されていないため、実験動物の感染モデル(ラット)を利用してP. carinii を培養し、ゲノムDNAライブラリーの作成に用いる方法を採用してきたが、ラットDNAの混入があっても、ショットガン・ライブラリーを用いて大規模配列決定することが可能で実質的であると結論することができた。また、MSG抗原はP. cariniiの病原性の中心分子であるため、抗原変換の分子機構の解明は、カリニ肺炎の医学的、臨床的な問題の解決につながることが期待できる。とくに、AIDS発症時になぜカリニが優先的に増殖するようになるかは大きな問題であり、抗原変換と免疫回避や日和見感染との関係を解明することが重要である。カリニ肺炎はAIDSの流行や臓器移植にともなって今後さらに急激な増加が予想されており、効果的な診断・治療・予防法の開発に基礎研究は欠くことが出来ない。
結論
カリニESTライブラリーの作成とデータベース化が進展し、必要なショットガン・ライブラリーも整い、大規模配列決定の実務的な作業へと進むことができた。本研究の目標であるゲノム全塩基配列決定とそれに基づくゲノム創薬のためには相応の経費と時間が見込まれるが、必要経費(1億円)が工面できれば、国内に整備されてきた配列決定ファクトリーも動員して、今後1年で全ゲノムの配列を完了できる見通しがある。さらに、多型多重遺伝子ファミリー及びテロメアクローンの解析は、表面抗原遺伝子の制御機構の一端を明らかにしたと同時に、ゲノムプロジェクトの情報解析にあたって情報を提供するものとなる。これらの進展をふまえ、本プロジェクトは微生物ゲノム研究推進の国策にも合致し厚生科学行政として独自なプロジェクトになりうる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-