HIVインテグラーゼおよび複製を制御する蛋白質を標的とする抗ウイルス剤の開発

文献情報

文献番号
200001037A
報告書区分
総括
研究課題名
HIVインテグラーゼおよび複製を制御する蛋白質を標的とする抗ウイルス剤の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
藤原 民雄(塩野義製薬株式会社 創薬研究所 抗ウイルス研究部門長)
研究分担者(所属機関)
  • 服部 征雄(富山医科薬科大学 和漢薬研究所 教授)
  • 酒井博幸(京都大学ウイルス研究所 がんウイルス研究部門 助教授)
  • 小柳義夫(東北大学 医学系研究科 微生物学 教授)
  • 足立昭夫(徳島大学 医学部 ウイルス学 教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
新規作用機作を有する抗HIV剤の開発を目標とし、HIVのインテグラーゼ阻害剤アッセイ系に関する研究と阻害剤の探索及び、HIVの複製を制御する蛋白質の機能解析とそれに基づく抗ウイルス剤アッセイ系の確立および阻害剤の探索を行なう。
研究方法
遺伝子組換え技法を用いて蛋白質の発現精製や、変異蛋白質、変異ウイルス作製を行なった。生化学的手法で阻害剤アッセイ系を確立し、スクリーニングを行なった。ウイルス増殖能は細胞学的、ウイルス学的技法を用い、制御蛋白質の機能解析にはレポーター遺伝子を組み込んだウイルス、および細胞を用いた。DNA合成過程、核内移行量の測定には、特異的なプライマーを用いたリアルタイムPCR法を用いた。
結果と考察
(1)タイ薬用植物中のインテグラーゼ阻害物質の同定: 昨年度に、タイ民間薬50種を入手し、脂溶性画分を多く含むアルコールエキス、水溶性成分を多く含む水エキス、計100エキスを調製し、HIVインテグラーゼ阻害プレートアッセイ法で検索した。その結果、17種の植物に活性が見出された。そのうちColeus parvifolius地上部を取りあげ、そのアルコールエキスを脂溶性画分、水溶性画分に分け、活性のあった脂溶性画分は さらに ヘキサン可溶部、酢酸エーテル可溶部、ブタノール可溶部とに分け、ローズマリン酸を活性成分として単離した。また、含まれるフラボノイドにも活性が見出された。ローズマリン酸に活性が見出されたことから、カフェイン酸、ローズマリン酸、リトスペルミン酸、リトスペルミン酸Bと重合度の差による阻害活性を比較したところ、重合度の上昇と共に活性は強くなり、四量体のMg2+、あるいはCa2+塩が最も強い阻害活性を示した。また、181種のフラボノイドの阻害活性を検索した結果、6-hydroxyluteolin, scutellarein, pedalitin, scutellarin, baicalein dimer, baicaleinに強い阻害活性が見出された。
(2)インテグラーゼ阻害物質測定系の開発:昨年度までにHIVインテグラーゼ阻害薬探索に適した多検体の定量的アッセイ法を確立したが、このアッセイ法を用いて化合物ライブラリーのスクリーニングを行うと複数の系統の化合物に阻害活性が認められた。これらの中には非特異的なものも多く含まれており、種々の二次アッセイによって構造活性相関の研究を行うためのシード化合物を選別する必要が生じてくる。そこで本年度は2段階のインテグレーション反応のうち、ストランドトランスファーのみをアッセイできる基質DNA(プレカット型)を合成してアッセイ系を構築した。この方法により、各阻害剤の作用機構が①複合体形成の段階、②3'プロセッシング反応の段階、③ストランドトランスファー反応の段階かを区別することができるようになり、より正確な薬剤選択が可能になった。
(3)インテラーゼの感染細胞内における機能メカニズムの解明: HIVの複製はウイルス自身の酵素により、決定的に制御されている。その中で、インテグラーゼは詳細な分子メカニズムが不明な点が多いため、これに対する阻害剤の開発がもっとも遅れている。このインテグラーゼの感染細胞内における機能メカニズムを解明するために、HIV粒子の侵入後からはじまる、ウイルスの逆転写、DNAの核内移行、そして、染色体へのインテグレーションを一度に把握する定量法の開発を試み、それに成功した。この方法により、感染細胞内の逆転写過程の中間体ウイルスDNA量、さらに、インテグレーション前後のDNA量を把握できた。
(4)HIVの複製を制御する蛋白質の作用機作の解明: HIV-1のEnv・TM蛋白質には長い細胞質内ドメインが含まれており、この特徴はレンチウイルスに共通に認められる。この領域がウイルス粒子へのEnv蛋白質の取り込みに重要であると同時に、取り込み時のEnv蛋白質の選別に関わっていることが示された。この過程に細胞選択性があることから細胞質内ドメインと細胞性因子の相互作用がEnvの選択的取り込みに関与していると考えられた。次に、gp120/gp41の開裂部位の変異体がdominant negative mutantとして機能することを明らかにした。この研究で作成した新しいpackaging cell line(RIPH)はHIV-1の感染性に対して同様の働きを持つ蛋白質の検索に有効であることを同時に報告した。また、NefによるHIV-1感染性増強作用の解明のため、HIV-1の近縁の株であるNL432とLAIを比較して、その感染性へのNef変異効果の違いに着目し、Gag蛋白質の一部がNefの活性を規定していることを示した。この結果は、Nefの作用発現に細胞のkinaseを介したGagのリン酸化が関わっている可能性を示すものである。Vpuについては、Vpuがウイルスの感染性制御にも関わることを示し、その作用機序がNefの作用と相関を持つことを明らかにした。
(5)HIVアクセサリー蛋白質の機能解明: HIV-1のアクセサリー蛋白質であるVifはPBLやマクロファージでのウイルス複製、Vprはマクロファージでのウイルス複製に必須であるが、Nefは全ての細胞におけるウイルス複製に必須でない。Vif、Vpr、およびNefにつき変異体を用いて分子生物学的な解析を行ない、Vifの標的細胞特異性、NefのMHC-I down-regulation能、Vprのアポトーシス誘導能を実験的に証明した。Vifの標的細胞特異性はまだ報告がなく、NefのMHC-I down-regulation能が培養細胞でのウイルス感染性と無関係であることも初めての報告である。Vprには、抗アポトーシス活性も報告されているが、我々の用いたHIV-1/VSVシュードウイルスのシステムではアポトーシス活性のみが認められた。これらの成績から、Vifの作用機構は今まで報告されている程単純ではないこと、また、NefやVprは、感染個体がエイズ発症に至るまでの重要な役割を荷っており、特に免疫担当細胞と相互に作用することが示唆された。
結論
HIV感染症に対する治療法として、プロテアーゼ阻害剤を含む多剤併用療法が行われるようになって、AIDS患者の死亡率、AIDS発症率の大幅な減少が見られ、抗ウイルス療法の有効性と重要性が認識されるようになった。しかし、このような治療を行なっても治癒は望めず、継続するうちに薬剤耐性株の出現による治療失敗例が数多く発生し、治療薬剤を変更しなければならない例は多い。その際には交差耐性を示さない薬剤を選択する必要がある。そのために作用機作の新しい新規抗HIV薬の開発が非常に要望されている。インテグラーゼや複製を制御するウイルス蛋白質はいずれもこのような観点から抗HIV薬のターゲットとして重要である。昨年度に、インテグラーゼ阻害薬アッセイ系を用いて、タイ植物抽出液の中から、抗インテグラーゼ阻害活性のあるものが見つかった。本年度に、さらに分画、精製を進めた結果、阻害物質の構造を決定した。フラボノイドとHIVインテグラーゼ阻害活性の構造と活性相関に関して考察した結果、隣接した2つ、または3つの水酸基が存在する場合、特に強い阻害活性が見られた。これら官能基は、酵素分子中のアミドや他のアミノ酸側鎖と水素結合を形成し易いため、フラボノイドが非特異的に酵素の核酸に結合してインテグラーゼ活性を阻害するものと思われる。また、逆転写酵素の阻害様式で示されたように、基質の核酸と結合して酵素反応を阻害することも考えられる。また、ウイルス感染初期の各段階を詳細に解析できる測定系、インテグラーゼの各段階を詳細に区別できる測定系も確立できた。さらに、ウイルス複製を制御する蛋白質についてはその機能やウイルス増殖サイクルのどの時期に作用するかが解明でき、これらの蛋白質はエイズ発症抑制のための新しい標的となりうることが示唆できた。

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