RNAヘリカーゼを標的とする抗ウイルス剤の開発

文献情報

文献番号
200001029A
報告書区分
総括
研究課題名
RNAヘリカーゼを標的とする抗ウイルス剤の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
清水 博之(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスRNAヘリカーゼは、近年、RNAおよびDNAウイルスに広く存在することが明らかとなってきたウイルス特異的酵素である。RNAヘリカーゼはATPを加水分解するエネルギーで二本鎖のRNAを解離させる活性を持ちウイルス核酸の複製過程で重要な役割を果たすと考えられている。多くのRNAヘリカーゼは、NTPase活性、RNA結合活性およびATP依存性RNAヘリカーゼ活性を同時に持つことを活性の特徴としている。これまでに、何種類かのウイルスRNAヘリカーゼが報告されており、アミノ酸モチーフの相同性の解析によりRNAヘリカーゼの存在が推測されているウイルスも多い。RNAヘリカーゼの存在が示されているウイルスには、臨床上重要なフラビウイルスおよびC型肝炎ウイルス(HCV)が含まれており、ヘリカーゼ活性は示されてはいないが類似のアミノ酸モチーフを持つウイルスとして、ピコルナウイルス等多くのプラス鎖RNAウイルスが含まれる。ウイルスRNAヘリカーゼは、ウイルス特異的酵素として酵素活性阻害剤の標的となりうると考えられ、現在治療薬の存在しない多くのRNAウイルスに対する抗ウイルス剤の標的酵素として期待できる。本研究では、有効な治療薬・ワクチンが存在しない重篤な感染症であるフラビウイルス(デングウイルス等)、HCVおよび非ポリオエンテロウイルス(エンテロウイルス71等)等の感染症に対する抗ウイルス剤の探索のため、NTPase/RNAヘリカーゼの酵素学的解析を試みる。
研究方法
ベンズイミダゾール誘導体であるMRL-1237は、ポリオウイルス等エンテロウイルスの強力な阻害剤である。MRL-1237のポリオウイルスに対する作用機作を検討するため、MRL-1237存在下でウイルスを培養することによりMRL-1237耐性ウイルスを作製した。すべての耐性ウイルスが2C蛋白質領域にアミノ酸変異を有していたため、感染性DNAクローンに人工変異を導入したポリオウイルスを作製して、MRL-1237耐性に関るアミノ酸を同定した。さらに、2C変異ウイルスを用いて、2C蛋白質機能を阻害することが既に知られているグアニジン塩酸とMRL-1237の作用点の異同について検討を行なった。また、ポリオウイルス2C蛋白質の酵素学的解析を行なうため、2C領域をクローニングして大腸菌での2C蛋白の発現を試みた。フラビウイルスNS3蛋白質の酵素活性阻害剤探索のため、代表的なフラビウイルスである日本脳炎ウイルス(JEV)、デングウイルスとC型肝炎ウイルス(HCV)のNS3のNTPase/RNAヘリカーゼ領域cDNAをpET-21bベクターにクローニングした。NS3蛋白質を大腸菌BL21(DE3)pLysSで発現させ、メタル・アフィニティークロマトグラフィーにより精製した。精製したNS3のATPase活性は、リン・モリブデン比色定量法により測定した。RI標識したRNAと非標識RNAとをアニールした二本鎖RNAを基質として、精製NS3のRNAヘリカーゼ活性を測定した。JEV及び HCV/NS3 のDExHモチーフ(モチーフII)に人工的変異を導入し、ATPase活性を比較検討した。DExHモチーフへの人工的変異を導入し、NTPase/RNAヘリカーゼ活性への影響を調べた。
結果と考察
1. ポリオウイルス2C蛋白質の特異的阻害剤の作用部位の解析
10μMおよび50μMのMRL-1237存在下で得られたMRL-1237耐性ポリオウイルスについて変異部位の同定を行なった。2C領域全体の塩基配列を解析したところ、10μM存在下で得られた1株を除き14株が2C領域の同じ部位に変異(Phe-164 → Tyr, F164Y) が起きることによりMRL-1237耐性となっていた。F164Yは、MRL-1237に対して強い耐性を示しグアニジン塩酸に対しても交叉耐性を示した。10μMのMRL-1237存在下で得られた変異株 (I120V) は、2C領域の異なるアミノ酸変異(Ile-120 → Val)によりMRL-1237に対して耐性化していた。 I120Vは、F164Yと比較すると弱いMRL-1237耐性を示し、グアニジン塩酸感受性であった。F164YおよびI120VがMRL-1237におよびグアニジン塩酸に対する感受性の低下に直接関与していることは、アミノ酸変異を導入した感染性クローン由来ウイルスを作製することにより確認された。また、すでに報告されているグアニジン塩酸耐性および依存性に関与するアミノ酸変異を導入した変異ウイルスは、 MRL-1237に対しても耐性あるいは依存性となっていた。 MRL-1237耐性ポリオウイルスが2CのRNAヘリカーゼ/NTPaseモチーフ近傍にアミノ酸変異を起こしていたことは、MRL-1237の主要な作用点が2Cにあることを強く示唆する。また、F164Yがグアニジン塩酸と交叉耐性を示したこともMRL-1237の作用点が2Cにあることを裏付けている。 MRL-1237が2C蛋白質のどのような機能を阻害することによりウイルス増殖を阻害しているか、また、MRL-1237およびグアニジン耐性変異が集中しているRNAヘリカーゼ/NTPaseモチーフの酵素活性における重要性の解析が必要である。
2. フラビウイルスNS3蛋白質のRNAヘリカーゼ/NTPase活性の証明と酵素学的性質の解析
日本脳炎ウイルスNS3は、RNA-stimulating NTPase 活性およびRNA結合活性を持つが、RNAヘリカーゼ活性の証明はなされていなかった。日本脳炎ウイルスNS3のC末端領域をpET-21bベクターにクローニングし、大腸菌で発現後、アフィニティーカラムによりC末端にHis-tagをつけたNS3を精製した。精製したNS3はATPase活性を示し、ATPase活性はpoly(U)添加により顕著に増加した。日本脳炎ウイルスNS3は、1~4 pmolの酵素濃度で、C型肝炎ウイルスNS3と同様RNAヘリカーゼ活性を示した。 RNAヘリカーゼ活性の発現には、ATPおよび二価のカチオン(Mg2+あるいはMn2+)が必須であり、高濃度の一価のカチオンおよびCa2+は酵素活性を阻害した。至適pHおよび至適反応温度は、それぞれ6.0と40℃であった。ATPase活性発現に必須とされている motif II のAspあるいはGluをAlaに置換した変異NS3は、ATPaseおよびRNAヘリカーゼ活性を完全に消失していた。AlaをGly, SerあるいはCysに置換した場合、活性の変化は認められたものの RNA stimulating ATPase 活性は維持されたが、RNAヘリカーゼ活性は消失した。
JEV/NS3のDEAHモチーフのHisを他の19種類のアミノ酸に置換した場合、RNAstimulating ATPase 活性の低下が認められ疎水性の強いアミノ酸への置換によりATPase活性は、ほぼ消失した。以上の結果より、DEAHモチーフのAspとGluはATPase活性発現に必須であるが、3番目のアミノ酸はATPase活性のうえでは置換可能であることが示唆された。DExHモチーフのHisの置換によるATPase活性への影響は、HCVとJEVで異なる効果をもたらした。DEAHモチーフのHis残基は、JEVのRNAヘリカーゼ活性発現には必須であった。
結論
ウイルスRNAヘリカーゼは、C型肝炎ウイルス等の非構造蛋白質NS3で活性が確認されている。特に、HCVのNS3に関しては結晶構造解析および人工変異の導入による構造活性相関の解析が進められており、抗ウイルス剤のあらたな標的として注目されている。ピコルナウイルス非構造蛋白質2Cでは、NTPase活性が示されているが、ヘリカーゼ活性は証明されていない。本研究では、日本脳炎ウイルスNS3のRNAヘリカーゼ活性を始めて証明し、酵素学的解析を行なった。また、変異導入酵素を作製することによりJEVのRNAヘリカーゼのアミノ酸モチーフの重要性について解析した。また、ピコルナウイルスの代表的ウイルスであるポリオウイルスと特異的阻害剤を用いて、阻害剤の作用がNTPase/RNAヘリカーゼ機能と関わる可能性を示唆する結果を得た。本研究で得られた以上の知見は、ウイルスRNAヘリカーゼ/ATPaseの阻害剤が抗ウイルス剤として有望であることを示している。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-