新規抗酸化酵素ペルオキシレドキシンを標的とする抗マラリア薬の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200001027A
報告書区分
総括
研究課題名
新規抗酸化酵素ペルオキシレドキシンを標的とする抗マラリア薬の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
河津 信一郎(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • なし
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、熱帯熱マラリアの治療薬開発の研究対象として、赤内型原虫の抗酸化機構に係わる生化学が注目されている。熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)はヒトの肝細胞、赤血球内およびで媒介蚊の中腸内で発育・増殖し、その全発育環において、活性酸素などによる酸化ストレスに恒常的に曝されている。一方、ヒトの体内では、これら寄生環境に由来する酸化ストレスに加えて、宿主免疫系からの攻撃および原虫自身の代謝に由来する活性酸素が派生している。即ち、ヒト体内でのマラリア原虫は、生理的条件下において既に過剰の酸化ストレスを被っており、更なる酸化ストレスの負荷に対して極めて危弱であることが知られている。実際、クロロキンやアルテミシニン等、現在臨床の現場で繁用されている抗マラリア薬の効果も、その一部については、原虫細胞への酸化ストレスの負荷であることが知られている。これらのことから、マラリア原虫の抗酸化機構は新規抗マラリア薬開発の格好の標的と考えられている。Peroxiredoxin (Prx;ペルオキシレドキシン)は、新たに発見されたアンチオキシダントの一種で、活性部位のCys(システイン)の個数によって1-Cys型、2-Cys型の二種類に分類されている。現在までに原核生物から哺乳類までの幅広い生物層からPrxの遺伝子が単離されている。本研究では、原虫Prxを標的として、現行の抗マラリア薬に相加・相乗効果を示す新規治療補助薬を開発することを目的に、(1)熱帯熱マラリア原虫のPrx分子の単離と性状解析、ならびに(2)Prx過剰発現原虫株の作製とその抗マラリア薬感受性試験をおこなった。
研究方法
熱帯熱マラリア原虫1-Cys型Prxの全長を、ESTデータベースに登録されていた同遺伝子5'端配列を参考に、3'レース法で単離した。一方、同原虫の2-Cys型Prx遺伝子の全長は、縮重プライマーで増幅したPCR断片をプローブとして、栄養体のcDNAライブラリーから単離した。得られた塩基配列から、大腸菌で組換え体蛋白質を作製した。組換え体蛋白質をウサギに免疫して作成した抗体を用いて、ウエスタンブロット法でPrxの赤内型原虫各発育期における発現パターンを調べた。同抗体を用いた間接蛍光抗体法でPrxを染色し、その原虫細胞における局在を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。次に、組換え体Prxの過酸化水素に対する還元活性、ならびにチオレドキシンペルオキシダーゼ活性を、それぞれ、フェリチオシアネート反応および、大腸菌チオレドキシン系とのカップリング反応で解析した。マラリア原虫用遺伝子発現ベクター(pHC1)に同原虫1-Cys型Prx遺伝子をクローニングして、組換え体プラスミドを作成した。作成したプラスミドを電気穿孔法で、熱帯熱マラリア原虫(FCR-3 strain)の輪状体に導入した。エピゾームでプラスミドが増幅した原虫をピリメタミンを1-10_M添加した培養液で段階的に選択して、1-Cys型Prxを過剰発現するマラリア原虫株を確立した。同過剰発現株のクロロキン、メフロキンならびにアルテミシニンに対する感受性を親株のそれと比較した。培養熱帯熱マラリア原虫の発育ステージを5%-ソルビトール処理にて輪状体に揃えて、赤血球寄生率を2%前後とした。原虫感染赤血球浮遊液に各濃度の薬剤を添加してO25%/CO25%のガス条件で25-27.5時間培養した後、原虫の分裂体への発育阻止率を顕微鏡下で算定した。得られた結果から、50%増殖阻害率(IC50)をPlobit法で算定した。
結果と考察
熱帯熱マラリア原虫1-Cys型および2-Cys型Prx遺伝子の全長を単離し、データベースに登録した[acc. no. AB020595(1-Cys型)およびAB037568(2-Cys型)]。両Prxのアミノ酸配列はリーシュマニア等原虫類でのホモログよりも、高
等植物のそれらと高い相同性を示した。これは、「マラリア原虫の祖先が藻類の細胞内共生を経験した際に、共生微生物のゲノムから原虫のゲノムに遺伝子の移動が生じた」とする説を支持する所見と考察された。サザンハイブリダイゼーションでの解析の結果、両Prx遺伝子はともに単一コピー遺伝子であった。組換え体蛋白質をウサギに免疫して作成した抗体を用いて、Prxの赤内型原虫各発育期における発現パターンを調べた。その結果、両Prx蛋白質ともヘモグロビン代謝の時期に一致して、栄養体/分裂体で発現の亢進が認められた。同抗体を用いて間接蛍光抗体法をおこない、原虫細胞での1-Cys型および2-Cys型Prx蛋白質の局在を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。その結果、両Prxともに原虫の細胞質に局在していた。これらの成績から、熱帯熱マラリア原虫は原虫細胞内でヘモグロビンの消化等の代謝過程から派生する内因性過酸化物の還元にPrxを利用していることが推測された。クロロキン、アルテミシニン等多くの抗マラリア薬は原虫の栄養体/分裂体期で殺原虫作用を示すことから、同発育期で発現する原虫Prxを標的として、これら薬剤に相加・相乗効果を示す治療補助薬開発の可能性が再確認されたと考える。組換え体蛋白質を標品として、原虫Prxの過酸化水素に対する還元活性を調べた。その結果、両組換え体Prxに同活性が認められた。また、2-Cys型Prxにはチオレドキシンペルオキシダーゼ活性が確認された。一方、1-Cys型Prxはチオレドキシンペルオキシダーゼ活性を示さなかった。非還元SDS-PAGEで分離した原虫栄養体のライセートを抗Prx抗体とウエスタンブロット法で反応させたところ、2-Cys型Prxはホモダイマーとして検出された。一方、原虫栄養体ライセート内の1-Cys型Prxは、非還元下のSDS-PAGE/ウエスタンブロットにおいてもモノマーとして検出された。これらの成績から、2-Cys型Prxはマラリア原虫チオレドキシン系のターミナルペルオキシダーゼとして機能していると推測された。一方、1-Cys型Prxは、チオレドキシン系に拘束されずに独立して機能する酵素と考えられた。1-Cys型Prxをマラリア原虫で過剰発現させたところ、クロロキンに対するIC50値が親株のそれより有意に上昇し、原虫の1-Cys型Prxがクロロキンの殺原虫作用に拮抗することが示唆された。今後は、原虫1-Cys型Prxがクロロキンの殺原虫作用に拮抗する作用点を検討し、同薬剤に相加・相乗効果を示す新規治療補助薬の開発に繋げたいと考えている。このような補助薬は、クロロキンの抗原虫効果をより確実にするばかりでなく、同薬剤有効地域での耐性原虫株の出現をも遅延させる効果があると期待される。
結論
熱帯熱マラリア原虫の抗酸化機構を標的に、現行の抗マラリア薬と相加・相乗効果を示す治療補助薬を開発する基礎研究として、同原虫の新規抗酸化酵素ペルオキシレドキシン( Prx )の単離と性状解析をおこなった。同原虫の1-Cys型および2-Cys型Prxにはともに、過酸化水素に対する還元活性が確認され、このことから、同原虫においてもペルオキシレドキシンが抗酸化機構に係わる蛋白質として機能していることが示唆された。両Prx蛋白質の発現は原虫での代謝の活性化に一致して栄養体/分裂体期に亢進し、このことから、熱帯熱マラリア原虫は細胞内での代謝過程から派生する内因性過酸化物の還元にPrxを利用していることが推測された。1-Cys型Prxを過剰発現させたマラリア原虫ではクロロキンに対するIC50値が上昇し、同蛋白質がクロロキンの殺原虫作用に拮抗することが示唆された。以上の成績から、原虫Prxの発現あるいは機能を制御することで、クロロキンと相加・相乗効果を示す治療補助薬開発の可能性が示された。

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