カルボシランデンドリマーを基本骨格としたベロ毒素中和剤の開発

文献情報

文献番号
200001026A
報告書区分
総括
研究課題名
カルボシランデンドリマーを基本骨格としたベロ毒素中和剤の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
西川 喜代孝(国立国際医療センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
O157:H7などの腸管出血性大腸菌の感染は出血性大腸炎をひき起こすばかりでなく、その3-10%に溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症を併発させ、むしろこれらの合併症が患者を死にいたらしめる大きな原因となっている。ベロ毒素は腸管出血性大腸菌の産生する主要な病原因子であり、血中に侵入した極微量のベロ毒素による腎や脳の微小血管内皮の障害が上記合併症の原因と考えられている。従って、血中でベロ毒素に非常に高い親和性をもって結合しその毒性を中和するような、全く新しいコンセプトにそった薬剤の開発がこれら合併症の発症抑制に必須であると考えられる。しかしながらこのような中和剤はこれまで全く開発されていない。ベロ毒素はA-B型の毒素で、Bサブユニットが細胞膜上の受容体、Gb3(globotriaosylceramide)に結合することにより細胞内に取り込まれる。取り込まれたAサブユニットはそのN-グリコシダーゼ活性によりリボゾームを失活させ、蛋白質合成を阻害することにより強い細胞毒性を示す。ベロ毒素による細胞障害活性を阻害するには、最初のステップであるBサブユニットとGb3との結合を阻害することが肝要と考えられる。本研究では、ケイ素原子を分岐核とする樹脂状高分子(カルボシランデンドリマー)を担持骨格として持ち、末端にGb3の糖鎖部分(グロボ3糖)を高度に集積させた新規化合物(SUPER TWIG)を用い、血中にごく微量存在するベロ毒素に対し高い特異性と親和性をもって結合し、かつその細胞障害活性、致死活性を有効に中和するベロ毒素中和剤を開発することを目的とする。
研究方法
1)SUPER TWIGは、ケイ素原子を分岐点とした世代拡張によって、末端官能基(グロボ3糖)の数、配置を厳密に制御した種々の誘導体を作成することができるという非常にすぐれた特徴を有する。これまでに、末端にグロボ3糖を3、6、12個結合させたSUPER TWIG(各々SUPER TWIG(0)3, (1)6, (1)12と称する)の合成を完了しいる。
2)血中に存在するベロ毒素に対する中和活性
致死量のStx2(0.25 ng/g of body weight)を、各SUPER TWIG の存在または非存在下でICRマウスの尾静脈より投与し、生存日数を比較した。
3)ベロ毒素の体内局在性の変化
放射標識したStx2(0.25 ng/g of body weight)を、各SUPER TWIG の存在または非存在下でICRマウスの尾静脈より投与し、1時間後の各臓器に存在している放射活性をγカウンターにより定量した。
4)培養細胞におけるベロ毒素の取り込みと分解
マクロファージはマウスの腹腔より調製した。マクロファージまたはVero細胞を、放射標識したStx2(1.0 mg/ml)と、SUPER TWIG(1)6 の存在または非存在下で4時間培養した。細胞を洗浄後、血清を含まない培地に交換し、各時間での培養液中、及び細胞内の標識Stx2のプロセシング、分解を、SDS-PAGEにより検討した。
結果と考察
これまでに、各SUPER TWIGのベロ毒素の標的細胞への結合に対する阻害活性、ベロ毒素による細胞障害活性に対する中和能を比較検討している。その結果、SUPER TWIG(1)6および (1)12はSUPER TWIG(0)3に比し、両活性について400-500倍の効果を有すること、一方SUPER TWIG(1)6および (1)12の間では数倍の違いしか認められないこと、が明らかとなった。また表面プラズモン共鳴を利用した分子間相互作用解析により、 SUPER TWIG(1)6および (1)12は、Kd=10-6~10-7 Mオーダーという高い親和性でベロ毒素に直接結合することを明らかにしている。本研究ではこれら化合物の血中でのベロ毒素中和活性について比較検討を行い、生体での機能発現に必要な最適構造を決定すること、さらにその作用機構を明らかにすることを試みた。
1)血中にごく微量存在するベロ毒素に対する中和活性の検討
1-1)血中でのベロ毒素中和活性発現に必要なSUPER TWIGの最適構造の決定
各SUPER TWIGを致死量のベロ毒素と共にマウスに静脈投与したところ、 SUPER TWIG(0)3では全く効果が見られないのに対し、SUPER TWIG(1)6は完全にベロ毒素の致死活性を抑制することを見い出した。興味深いことに、 SUPER TWIG (1)12はインビトロではSUPER TWIG(1)6よりも強いベロ毒素結合活性を示すにもかかわらず、ベロ毒素投与マウスに対してわずかな延命効果しか示さなかった。以上の結果は、インビトロでのベロ毒素に対する結合活性は必ずしも血中でのベロ毒素中和活性の強さと相関しないこと、血中でのベロ毒素中和活性の発現に要求される構造にはグロボ3糖数が重要であり、かつその数には最適値が存在すること、を示している。
1-2) SUPER TWIG(1)6前投与の効果
SUPER TWIG(1)6は少なくともベロ毒素投与6時間前の投与であれば、同時投与の場合と同様完全にベロ毒素の致死活性を抑制する能力を保持することが判った。
1-3) SUPER TWIG(1)6による脳血管障害の抑制
動物モデルでは、ベロ毒素は中枢神経系において多発性の血管障害をひき起こし、これが致死性に密接に関連していると考えられている。 SUPER TWIG(1)6はマウスへのベロ毒素投与によりひき起こされるベロ毒素の脳血管内皮への沈着、およびそれに伴う鬱血や出血を顕著に軽減することが明らかとなった。
2) SUPER TWIG(1)6の血中でのベロ毒素中和活性発現機構
2-1) SUPER TWIG(1)6によるベロ毒素の体内局在性の変化
標識ベロ毒素をマウスに静脈投与しその体内分布を調べると、速やかに胃などの消化管、肝臓、その他脳、腎臓などのベロ毒素の標的として良く知られている臓器、等に局在することがわかった。 SUPER TWIG(1)6の同時投与により、標識ベロ毒素の体内分布は劇的に変化し、肝臓、脾臓など網内系の発達した臓器への分布が著しく亢進した。さらにベロ毒素は SUPER TWIG(1)6依存的に肝臓、脾臓などで速やかに分解を受けていることが示唆された。
2-2)マクロファージによるSUPER TWIG(1)6依存的なベロ毒素の取り込みと分解
肝臓、脾臓など網内系の発達した臓器ではマクロファージが豊富に存在することが知られている。そこで培養マクロファージを用い、ベロ毒素の取り込みを検討したところ、マクロファージはSUPER TWIG(1)6非存在下ではベロ毒素を全く取り込まないのに対し、 SUPER TWIG(1)6存在下では非常に効率良くベロ毒素を取り込み、低分子量分解産物へと代謝し、培養液中に放出するようになることが明かとなった。
結論
SUPER TWIG(1)6は血中に存在する微量なベロ毒素に対して顕著な中和活性が示された初めての化合物であるばかりでなく、これまでに報告されているベロ毒素中和剤のなかでも最もコンパクトな構造を有する。 SUPER TWIG(1)6は血中に存在するベロ毒素を、以下の2つの作用機構によって非常に効率良く解毒していることが明らかとなった。1:ベロ毒素に直接強固に結合し、受容体を介した標的細胞、標的臓器へのベロ毒素の取り込みを強力に阻害する。2: SUPER TWIG(1)6とベロ毒素との複合体形成を介して、肝臓、脾臓など網内系のマクロファージによるベロ毒素の取り込みと分解を著しく促進する。今後は今回得られた情報を基に、さらに核構造、グロボ3糖数を至適化し、血中ベロ毒素に対して顕著な中和活性を発現するための最小最適構造を決定していく予定である。

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