腹膜透析の重篤な合併症である硬化性被嚢性腹膜炎(Sclerosing Encapsulating Peritonitis)の診断と治療に関する研究

文献情報

文献番号
200001025A
報告書区分
総括
研究課題名
腹膜透析の重篤な合併症である硬化性被嚢性腹膜炎(Sclerosing Encapsulating Peritonitis)の診断と治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
平原 一郎
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人工透析は、腎機能が低下もしくは喪失した患者に対し、本来腎臓が果たしている血液浄化作用を腎臓に代わって行う血液浄化療法であり、生体内から水を除去することによって体液の組成を一定に保つとともに、体液中の尿素等の老廃物を除去することを主な目的としている。現在の人工透析には、主に血液透析療法と腹膜透析療法がある。現在透析患者のほとんどが血液透析であり、腹膜透析は全透析患者の10%にも満たない。腹膜透析は血液透析と比べて、自宅で透析が行え、通院の頻度が少ないといったQOL(クオリティーオブライフ)に優れているだけでなく、循環系への影響や生体内部環境の変動が少ないといった利点を持っている。腹膜透析がこのような利点を持つのにもかかわらず広く普及しない理由の一つとして、硬化性腹膜炎(SP)や硬化性被嚢性腹膜炎(SEP)といった合併症が挙げられる。腹膜透析は腹腔内に非生理的な浸透圧の高い透析溶液を貯留するため、腹膜がダメージを受けやすい。さらに様々な原因が重なることにより、SP/SEPを発症する。SP/SEP発症時には腹膜肥厚がおき、除水能の低下や溶質除去不全に陥る。このため透析効果が低下し、腹膜透析を中止せざる終えなくなる。特にSEPは重篤で、腸管が厚く肥厚した腹膜で覆われて一塊となり、食欲不振、悪心、嘔気、嘔吐、低栄養による痩せ、腹痛、下痢、便秘、腸管蠕動音低下など腸閉塞症状を示す。SEPの2年後の生存率は約50%しかなく、致死率が非常に高い。治療法としてはSEP発症初期ではステロイド剤の投与や被包した腹膜を剥離する外科的治療が有効であることもあるが、病状が進行した場合の効果的な治療法は無いため、早期診断による予防が重要である。現在、SP/SEPの診断法としてはイレウス症状等の臨床所見のほか腹部の触診がなされているが、客観的な基準ではない。さらにSP/SEPが進行した場合でも上述のような典型的症状を起こさない場合も多く、診断が遅れることが多い。一部ではX線やCT検査、超音波検査等の画像診断もなされているが、ある程度SP/SEPが進行した場合でないと判断できず、初期診断には向かない。また、生化学マーカーとしてC-reactive protein (CRP)がよく用いられているが、感染性腹膜炎でも増加するため、SP/SEPと感染性腹膜炎を区別して診断することはできないばかりか、SP/SEPでは弱陽性しか示さない。このように現在SP/SEPの発症初期における確実な診断方法がないため手遅れとなり、患者の半数以上が死に至る。しかしこれら合併症を早期に診断できれば、ステロイド剤が有効であることが報告されており、必ずしもSP/SEPを恐れる必要は無い。すなわちSP/SEP対策として最も重要なことは早期に診断することである。そこでSP/SEPを早期に簡便にかつ客観的に診断でき方法の探索を行った。
一方、SP/SEPの治療に関しては、前述のようにステロイド療法が期待されている。しかしステロイドは副作用が多いだけでなく、免疫力の低下から感染性腹膜炎の発症も危惧されるため、患部に特異的に効率よくデリバリーするシステムの検討を行った。
研究方法
ラット(SPF/VAP ラット(Crj:CD (SD) IGS、6週齡、オス、n=6)の腹腔に0.1%グルクロン酸クロルヘキシジン(CHX)/エタノール/生理食塩水もしくはタルク/生理食塩水を投与し、SPを反映した動物モデルの作成を試みた。SP動物モデルの病態は腹膜組織像、透析排液中のCRP濃度、腹膜肥厚、腹膜機能(D/D0 Glucose値、限外濾過量)で評価した。該動物モデルを用いてSP/SEPの新規診断マーカーの探索を行った。即ち、SP動物モデルから透析排液を調製し、排液中のプロリン水酸化酵素(PH)の濃度をEIA法により測定した。実際にSP/SEP発症が危惧される患者でも透析排液中のPH濃度を測定した。一方、SP/SEPの発症が危惧される患者から腹膜組織を調製し、抗PHβ鎖抗体による組織免疫染色を行い、PHの産生場所の同定を試みた。またin vitroで腹膜由来細胞を培養し、RT-PCR法によりPH遺伝子の発現を解析し、産生細胞を検討した。さらに培養中皮細胞に0~33ng/ml TGF-β、0~10ng/ml IL-1β、0~10ng/ml TNF-α等の成長因子を加えて培養した後、RT-PCR法により該因子の遺伝子発現量の変化を調べた。また、中皮細胞を高糖濃度下もしくは低pH条件で培養を行い、PH遺伝子の発現量をRT-PCR法にて解析した。
マウス(Crj:CD-1(ICR)、6週齢、オス、n=6)の腹腔に0.1%CHX/OH/生理食塩水を投与し、SPモデルマウスを作成した。該SPマウスを用いてSP/SEPの治療剤として期待されるステロイドのドラッグデリバリーシステム(DDS)の検討を行った。CHX投与後2日目にローダミン標識したリポソームで包含したステロイドを腹腔に投与し、さらに2日後に壁側腹膜を採取して組織標本を作成し、該ステロイドリポソームの集積を蛍光顕微鏡で調べた。
結果と考察
ラット腹腔にタルクもしくはCHXを投与することにより、ヒトSPを反映した動物モデルを作成することができた。該SP動物モデルは炎症の進展とともに、排液中のCRP濃度の増加、腹膜の肥厚、腹膜機能(D/D0 Glucose値、限外濾過量)の低下がみられた。該SP動物モデルの透析排液を解析した結果、病態の進展に相関してPHの濃度も増加した。ヒトでSP/SEPの発症が危惧される患者でも、透析排液中の該酵素の濃度は有意に高いことが確認された。以上の結果からSP/SEPの新規診断マーカーとしてPHの可能性が示唆された。次にPHの産生場所の解析を行った。SP/SEPの発症が危惧される患者の腹膜病理を免疫染色して解析した結果、腹膜線維芽細胞で陽性シグナルが観察された。腹膜由来培養細胞を用いたin vitroの解析でも線維芽細胞と中皮細胞がPH遺伝子を発現していることがわかった。さらに培養中皮細胞にTGF-βを添加すると3.3ng/mlの濃度でPH遺伝子の発現誘導がみられ、逆にIL-1、TNF-αを添加すると濃度依存的にPH遺伝子の発現が抑制された。一方4%グルコース存在下で培養するとPH遺伝子の発現量が低下した。以上の結果からPHはTGF-β、IL-1、TNF-αを介して産生が制御されているだけでなく、糖を高濃度で含有する腹膜透析液自体がPHの産生を抑制させる可能性が示唆された。実際の腹膜透析においてこれらサイトカインのネットワークがどのように作用しているかは不明であるが、PHはSPモデル動物において病態の進展に相関して排液中の濃度が増加したり、SP/SEP発症が危惧される患者の透析排液中でも高濃度で検出されたことから、SP/SEPの早期診断マーカーとしての可能性が期待された。該診断法では、患者の透析排液を検体として用いれば、透析排液は透析の度に回収されるのでサンプリングの手間が省けるだけでなく、患者に対して非侵襲にかつ自宅でも容易に検体をサンプリングすることができる。また検査に必要な量は数十μlと極めて微量である。試験紙のような診断薬にすれば、自宅でも診断が可能であり、CAPD療法が在宅で可能な治療法であることと合わせて考えると、極めて高い医療経済性が期待される。一方、SP/SEPの治療に関して、ステロイドのDDSの検討を行った結果、ステロイドの腹膜患部の炎症細胞へのターゲティングにリポソームが有効であることがわかった。すなわちステロイドを効率よく特異的に標的細胞へ集積させることができ、副作用も最小限に抑えられることが期待される。
結論
SP/SEPの早期診断マーカーの探索を行った結果、PHの可能性が期待された。本成果のPHによる診断法は、SP/SEPを早期に非侵襲でかつ簡便に診断できる方法になりうる可能性がある。一方治療に関しては、今日ステロイドがSP/SEPに有効と期待されているものの副作用が懸念される。今回、ステロイドをリポソームで包含することにより腹膜炎症部位に特異的に集積させることに成功した。これらはSP/SEPの有効な対処法になりうると期待され、QOLに優れた腹膜透析の普及に貢献できるものと考えられる。

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