ヒトヘルペスウイルス8による悪性腫瘍発症機構の解明と医療への応用

文献情報

文献番号
200001016A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトヘルペスウイルス8による悪性腫瘍発症機構の解明と医療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
片野 晴隆
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトヘルペスウイルス8 (HHV-8) は1994年にエイズに合併するカポジ肉腫から発見された新しいウイルスであり、カポジ肉腫や原発性体腔液性リンパ腫primary effusion lymphomaから検出され、これらの疾患の原因ウイルスと考えられている。日本人健常人では約1%程度の抗体陽性者がいることがわかっているが、その感染経路や感染機構については明らかにされていない。
(1)HHV-8の感染実験系の確立について
一般にウイルスが細胞内に進入する際には主に二つの機構が利用されていることが知られる。一つは裸のウイルスが細胞の表面に発現しているレセプターに結合し、侵入していく経路(ウイルス粒子感染、Cell-free transmission)と感染細胞と非感染細胞が直接接触し感染細胞から非感染細胞にウイルスが引き渡される経路(細胞接触感染、Cell-mediated transmission)の二つである。どちらの経路がよく利用されているかはウイルスや細胞により異なり、また、これまで、HHV-8でこれら2つを比較したデータはない。HHV-8のレセプターはまだ明らかになっていないが、HHV-8の感染においてもこのうちのどちらかの経路、あるいは両方の経路が使われているものと考えられる。宿主生体内におけるHHV-8の感染細胞はおもにB細胞であり、一方で、カポジ肉腫の起源は血管内皮細胞と考えられている。血清中のウイルス量はPCRで検出することが可能であるが、その量はPCRの検出限界以下であることが多い。これまで報告されているHHV-8を用いた感染実験ではその全てが濃縮したウイルス粒子を用いているが、血清中のウイルス量が多くない以上、これらの実験はきわめて人工的な系といわざるを得ない。そこで本研究では感染細胞との共培養により初代培養の血管内皮細胞がHHV-8に感染するかどうかを検索することにより細胞接触感染の機構がHHV-8にあるかを検討した。
(2)HHV-8蛋白と細胞側因子の関連について
HHV-8は他のヘルペスウイルスと異なり、感染後細胞内ですぐに潜伏感染に移行する。カポジ肉腫やHHV-8のリンパ腫にはHHV-8が常に潜伏感染していることを考えると潜伏感染が持続することはHHV-8関連悪性腫瘍の形成に必須と考えられる。他のヘルペスウイルスの場合、増殖感染になるか、潜伏感染に移行するかはウイルスの前初期蛋白、初期蛋白の役割が大きいことから、我々はHHV-8の前初期蛋白、初期蛋白と細胞側の因子の関係を調べた。
研究方法
HHV-8の血管内皮細胞に対する感染実験においてはウイルスの供給源としてHHV-8感染リンパ腫細胞BCBL-1を用いた。標的細胞としてヒトの初代培養の臍帯血管内皮細胞を用い、BCBL-1と共培養した。ウイルス蛋白の発現は免疫蛍光染色で確認した。またウイルス感染の確認にウイルスゲノムの断片を増幅するPCRを用いた。
HHV-8の初期蛋白K8蛋白と細胞側因子PMLの関連を調べるためにGST融合蛋白システムを用いてリコンビナントのK8蛋白を作製し、ウサギに免疫することにより、抗K8ウサギポリクローナル抗体を開発した。細胞内での局在を調べるため、抗PML抗体と上記抗K8抗体を用いて、蛍光免疫染色を施行した。細胞内での蛋白同士の相互関係はHHV-8感染細胞の溶解液で上記抗体を用い免疫沈降により検索した。また、in vitro transcriptionで合成したp53と大腸菌で作製したリコンビナントのK8を反応させ、反応液をウエスタンブロットで解析し、p53とK8蛋白の相互関係を調べた。
実験に用いた臍帯血管内皮細胞はインフォームドコンセントを得て採取されている。また、遺伝子組換え実験は当該施設(国立感染症研究所)の承認の後、遺伝子組換え実験ガイドラインに沿って行われた。
結果と考察
1. HHV-8の血管内皮細胞に対する効率的感染系の確立
カポジ肉腫の由来は血管内皮細胞と考えれらているが、これまでのところHHV-8が血管内皮細胞に感染するためには、不死化させた血管内皮細胞に精製した多量のウイルス粒子を加える必要があった。こうした実験系は生体内ではあり得ないことで、人工的な実験系と言わざるを得ない。我々は初代培養の臍帯血管内皮細胞とHHV-8感染リンパ腫細胞を共培養することにより、血管内皮細胞に効率よくHHV-8が感染することを発見した(図1)。培養上清にウイルスを加える方法と比較すると感染細胞と直接接触させたほうが感染効率はかなり高い。感染した血管内皮細胞はHHV-8関連蛋白であるLANA, ORF59, vIL-6を発現し、TPAの刺激でウイルスが増殖感染することも確かめた。
HHV-8の腫瘍化においてその感染機構と潜伏感染が維持される機構を解明することは極めて重要である。今回の我々の研究成果から、HHV-8は感染細胞と標的細胞が直接接触することにより効率よく感染が起こることを明らかにした。感染個体内の血清中のウイルス量はそれほど高くないことから、これまでの濃縮ウイルスを振りかけての感染実験は極めて人工的な実験系であったといわざるを得ない。今回の実験系の開発で、生体内ではむしろウイルス粒子単独で標的細胞に感染することよりも細胞接触による感染が主であることが予想される。今後、このHHV-8感染血管内皮細胞を検索することはカポジ肉腫の発症機構の解明に役立つであろう。
2. HHV-8の初期蛋白K8蛋白と細胞側因子PMLの関連の発見
HHV-8は他のヘルペスウイルスと異なり、感染後細胞内ですぐに潜伏感染に移行する。カポジ肉腫やHHV-8のリンパ腫にはHHV-8が常に潜伏感染していることを考えると潜伏感染が持続することはHHV-8関連悪性腫瘍の形成に必須と考えられる。他のヘルペスウイルスの場合、増殖感染になるか、潜伏感染に移行するかはウイルスの前初期蛋白、初期蛋白の役割が大きいことから、我々はHHV-8の前初期蛋白、初期蛋白と細胞側の因子の関係を調べた。免疫蛍光染色の結果、HHV-8の初期蛋白であるK8蛋白が核内の構造物であるnuclear domain 10 (ND10)とよばれる場所でpromyelocytic leukemia protein (PML)とともに存在していることを見出した(図2)。この局在はK8蛋白のC末のロイシンジッパードメインに依存しており、この部位を欠損させるとPMLへの偏在は起きない。他のヘルペスウイルスでもPMLと局在が一致する蛋白は知られており、これらはPMLをND10から解離させる働きをもっている。我々は遺伝子導入の実験よりK8蛋白はそれらと異なり、そうした働きを持っていないことを明らかにした。また、K8蛋白はND10でp53と結合しており、この結合もK8蛋白のC末のロイシンジッパードメインに依存していることを明らかにした。さらに、K8蛋白にはp53をND10に運び込む機能があることもわかった。
K8蛋白とPMLの関連はHHV-8の潜伏感染維持の機構を考える上で重要な所見である。K8はEBVの転写活性化因子Ztaとホモログがあり、当初、前初期蛋白と考えられていた。しかし、その後の解析により、K8は初期蛋白で転写活性がないことがわかった。このような蛋白がどのような機能を持っているか不明であったが、今回PMLとの関連が明らかになったことにより、HHV-8が複製する際の最初の部分に関わり、PML解離の機能を持っていないことから、むしろHHV-8の増殖感染に抑制的に働いていることが考えられる。K8によるこの機能はHHV-8の潜伏感染維持に本質的なものかも知れない。そうした意味で、K8蛋白とPMLの関連はHHV-8の潜伏感染と造腫瘍性を考える上で重要な示唆を与える知見であり、今後の研究の成果が期待される。
結論
HHV-8の血管内皮細胞に対する効率的な感染実験系を確立できた。また、HHV-8の初期蛋白であるK8蛋白とPMLの関連を明らかにした。これらの結果はHHV-8の潜伏感染と造腫瘍性を考える上で重要な示唆を与える知見である。

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