ATP受容体を介した痛み情報伝達機序の解明と医療への応用

文献情報

文献番号
200001015A
報告書区分
総括
研究課題名
ATP受容体を介した痛み情報伝達機序の解明と医療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
小泉 修一(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
細胞内の高エネルギー物質“ATP"の受容体蛋白質がクローニングされ (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90, 10449-53, 1993),それが種々の組織に存在していることが明らかにされ,“神経伝達物質ATP"の役割が注目されるようになってきている。なかでも1995年に新たにクローニングされたイオン透過型ATP受容体P2X3が、一次求心性神経の中継点である後根神経節(DRG)及び三叉神経節にのみ限局していることが明らかとなり(Nature 377, 432-435, 1995)、“知覚とATP"の関係は急速に注目されるようになってきている。P2X3受容体はDRGのなかでも,侵害刺激を伝える中型細胞A__繊維及び小型細胞C繊維に限局されていることから,“P2X3受容体と痛み"は近年特に注目されている話題である。これに対し、触覚などの非侵害性の知覚情報を伝えているDRG大型細胞A_繊維にはP2X3受容体は存在せず,他のG蛋白共役型P2Y1受容体が局在している。また、他のDRG神経細胞群にも、P2Y受容体が存在していることを示唆する知見も報告されている。従って本研究は、ATP受容体、特に“P2Y受容体"に注目し、P2Y受容体を介するDRG細胞内シグナル伝達様式を明らかとし、P2Y受容体と痛覚情報伝達系の関連性を明らかとし,将来的に“疼痛治療・予防に直接つながる結果を得ること"を目的とするものである。
研究方法
(a) 神経細胞急性単離及び培養:6週齢のWistar系ラットを麻酔下で致死させ、L4-6から後根神経節細胞を取り出しパパイン/コラゲナーゼ混合酵素溶液で処理した後、機械的に単離して実験に使用した。DRG培養は、上述した神経細胞を、GDNF/NGFを含む培養液にて2日間培養した後、実験に使用した。
(b) In situ hybridization及び免疫組織学的検討: In situ hybridizationは、各種P2Y受容体cDNAに対するオリゴヌクレオチドを合成し、35Sラベル化しプローブとして用い、常法により行った。凍結DRG切片を35S標識プローブで処理、洗浄後、X線フィルムに露光し、乳剤をかけてオートラジオグラフィーを行い画像化した。C繊維及びA_繊維のマーカーであるanti-peripherin抗体及びanti-neurofilament 200kD抗体をそれぞれ用い、常法に従い培養DRG神経細胞を染色した。
(c) RT-PCR: 培養DRG細胞よりRNAを抽出し、oligo(dT)-Latexによりpoly(A)+RNAを回収した。Reverse transcriptaseによりcDNAを合成後、各種P2Y受容体プライマーを用いてPCRを行った。
(b) Ca2+イメージング
急性単離及び培養DRGを用い、fura-2法により、単一細胞の同時多点解析法及び共焦点レーザー顕微鏡による、時間及び空間分解能の高い詳細な検討も行った。
(2)丸ごとの動物を用いた検討
ATP及びそのアナログ刺激を後肢に投与した後、各種疼痛関連行動(熱刺激に対する痛覚過敏反応、機械刺激による異痛反応)を観察した。
結果と考察
(1)機能的P2Y受容体の発現:細胞外Ca2+を除去した場合、ATPによる細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)上昇は、①消失、②一部消失及び③不変の3つのパターンを呈した。①はP2X受容体のみが、②はP2X及びP2Y受容体の両者が、③はP2Y受容体が主に発現しているDRG神経であると考えられる。②及び③に属するDRG神経細胞が多くを占めた。RT-PCRにより各種P2Y受容体mRNAの発現を調べると、P2Y1及び P2Y2受容体mRNAが確認された。RT-PCRによりDRGにP2Yを発現しているDRG神経細胞のうち、60 %以上の細胞が、UTPに応答し、P2Y1受容体拮抗薬A3P5PSに非感受性であった。P2Y2受容体が主たるP2Y受容体サブクラスと考えられる。以下は、P2Y2受容体agonist UTPを用いて実験を進めた。
(2) UTPにより惹起される[Ca2+]i上昇応答の特徴:UTPは濃度依存的にDRG神経細胞の[Ca2+]i上昇応答を引き起こした。このとき、最小有効濃度は3 _M、ED50値は20 _M、用量依存曲線のHill系数は1.1であった。UTPによるこれらCa2+応答は、P2受容体非選択的拮抗薬suraminにより消失し、細胞外Ca2+除去の影響を受けず、phospholipase C (PLC)阻害剤U73122及び小胞体Ca2+ATPase阻害剤cyclopiazonic acid (CPA)によって消失した。従って、UTPはおそらくGq/11と共役したP2Y受容体を刺激することにより、PLCの活性化とそれに引き続きinositol 1,4,5-trisphosphate (InsP3)を産生し、小胞体上のInsP3受容体からCa2+放出を引き起こしているものと考えられる。
(3) UTP応答DRG神経細胞の性質:UTP応答細胞のcapsaicin感受性について検討した。UTP添加後、capsaicin刺激を行い、両者の応答性を調べた。UTP及びcapsaicinの両者に応答する細胞、capsaicinもしくはUTPの一方にのみ応答する細胞、さらに両者に応答しない細胞に分類され、観察した1,000以上のDRG神経細胞のうち、UTP及びcapsaicinの両者に応答する細胞が一番多かった(458/1,061)。UTPに応答した細胞の約75 %はcapsaicinにも応答し、capsaicinに応答した細胞の約70 %はUTPにも応答した。従って、P2Y2受容体とVR1受容体の多くは、同じDRG神経細胞に共存していることが明らかとなった。さらに、多くの細胞はC繊維のマーカーであるanti-peripherin抗体陽性であった。DRG神経細胞の大きさを調べると、UTP応答細胞のうちcapsaicinに感受性のある細胞の直径分布は20~30 _mに集中した分布を呈した。ところが、UTP応答細胞でも、capsaicin非感受性神経細胞の直径分布は、どの直径群にも比較的一様に観察された。UTP応答細胞は、小型~大型の細胞まで存在するが、capsaicinにも応答する細胞は20~30_m程度の小型細胞、おそらくC繊維であった。
(4) UTPにより惹起される痛み行動: UTPを投与することにより、各種疼痛関連行動(熱刺激に対する痛覚過敏反応、機械刺激による異痛反応)が観察された。
結論
DRG神経細胞には、機能的P2Y型受容体が存在していることが明らかとなった。最も多く発現しているP2Y受容体サブクラスはP2Y2受容体であった。P2Y2受容体agonistのUTPによる応答の多くは、anti-peripherin陽性で小型(20~30 _m)、さらにcapsaicin感受性のDRG神経細胞で認められたことから、これらUTP応答細胞の多くはおそらくC繊維であり、疼痛伝達と密接な関係にあることが強く示唆された。実際UTPによる疼痛行動も認められた。これまでの報告では、DRG神経細胞P2Y受容体の主たるサブクラスはA_細胞に存在しているP2Y1受容体で、触覚などの知覚情報の伝達にのみ関与し、痛み伝達への関与は全く考えられていなかった(Nakamura and Strittmatter, Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 93, 10465-10470, 1996)。従って、本実験結果は、同じP2Y受容体群でも、その受容体サブクラスにより分布するDRG神経細胞の種類が異なること、またP2Y2受容体は痛み伝達を直接的に制御し得ることを示唆する結果であり非常に興味深い。最近、capsaicinによる侵害受容器VR1受容体の応答が、protein kinase C (PKC)により強く増強されることが報告された(Premkumar and Ahern, Nature, 408, 985-990, 2000)。DRG神経細胞のP2Y2受容体はGq/11/PLCと共役していることから、UTP刺激により、InsP3と共に diacylglycerolが産生され、PKCが活性化される。したがって、P2Y2受容体とVR1受容体のDRG神経細胞での共存を示した本実験結果は、侵害受容体の制御、つまり痛み伝達にP2Y2型受容体を介したATP果たす役割の重要さを強く示唆するものである。これに対し、P2X受容体、特にP2X2/3受容体は、capsaicin非感受性のA_繊維を介し、機械刺激に対する異痛症発症に重要な役割を果たしている。したがって、ATPはP2X型及びP2Y型受容体のサブクラスに固有の、異なる知覚情報伝達に寄与している可能性が示唆された。一次求心性神経の知覚伝達にATPが深く関与していることを示すこれらの知見は、“痛み"の発生機序解明に新しい方向性を提示すると共に、神経因性疼痛など難治性疼痛治療のための新規薬物開発のブレークスルーとなり得るものである。

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