新しい変異導入法の開発による神経疾患モデルマウスの樹立

文献情報

文献番号
200001010A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい変異導入法の開発による神経疾患モデルマウスの樹立
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
笹岡 俊邦
研究分担者(所属機関)
  • なし
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
興奮性神経伝達の代表分子であるNMDA受容体の機能異常は神経細胞死等、多くの神経疾患の病態に関わっていることが示唆されている。NMDA受容体のマグネシウム(Mg)イオンによるブロック (Mg ブロック)機能の解除による活性化は、Caイオン透過性調節の中心的性質であり、Mgブロック機能は膜貫通領域の一つのアミノ酸置換により減弱しNMDA受容体の異常活性化が起こることが培養細胞系で示されている。しかし、これまでのNMDA受容体遺伝子ノックアウトマウス、トランスジェニックマウスによる方法では、NMDA受容体のMgブロック機能を特定細胞で変化させ、解析を行うことは困難であった。本研究では、我々が独自に開発した変異導入法を用いて、組織特異的および時期特異的にNMDA受容体のMgブロック機能の解除を導入したマウスを作成することで、NMDA受容体の情報伝達機構を明らかにすること、ならびにNMDA受容体の異常活性化による神経細胞死の機構を解明することを目的とする。さらに、これまでNMDA受容体の阻害薬として臨床応用できる薬剤の開発が待たれる状況にあることから、我々の作成したNMDA受容体アミノ酸置換マウスはNMDA受容体の異常活性化に作用する治療薬開発の基礎研究への応用が期待される。さらに我々の開発した方法を「てんかん」と「パーキンソン病」の関連分子への変異導入に応用し、その病態の理解にふさわしいモデルマウスの樹立もおこなう。
研究方法
我々はこれまでに、マウス個体の特定場面でNMDA受容体に機能変異を導入するため、RNAスプライシング機構とCre-loxP組換え機構を応用し、「特定の組織や発生段階で、対象分子にアミノ酸の変異を導入する新たなシステム」の開発をおこなった。
(1)目的分子の特定アミノ酸置換を導入する方法の開発: NMDA受容体遺伝子の正常配列エクソンと変異配列エクソンを並列に配置し、正常エクソンの両側にはloxP配列を配置し、2つのエクソン間は特殊な工夫を加えた人工イントロンとした相同組換えベクターを構築し、マウス胚幹 (ES) 細胞を用いてマウス個体(NMDAR/loxPマウス)を作成した。この状態では人工イントロンの性質により、絶えず正常配列エクソンのみを選択させることが可能であるが、正常配列エクソンを欠失させると変異エクソンが利用され、転写産物にアミノ酸置換が導入される。正常配列エクソンを欠失させる方法としてP1ファージ由来のCre-loxP組換えシステムを利用した。
(2)特定細胞におけるアミノ酸置換の導入: Nestin遺伝子プロモーターおよびエンハンサーにより神経細胞特異的にCreを発現するトランスジェニックマウス(Creマウス)を用意し、NMDAR/loxPマウスと掛け合わせ、NMDAR/loxP-Creマウスを得ることにより、神経細胞特異的にNMDA受容体のアミノ酸置換を導入し、変異導入の様式を観察した。
(3)電気生理実験によるNMDA受容体の機能解析: 神戸大学医学部生理学講座 真鍋俊也教授の協力を得て、NMDAR/loxP-CreマウスのNMDA受容体機能の電気生理的解析を行った。
(4)アミノ酸置換導入後のNMDA受容体発現様式の解析: 本変異導入方法は内在のNMDA受容体遺伝子の発現様式を変えないことを目的としていることから、NMDAR/loxP-Creマウスと対照マウスのNMDA受容体の発現様式を、ノーザンブロット、ウエスタンブロットにより解析した。
(5)「てんかん」および「パーキンソン病」の理解に相応しいマウスの作成: 「てんかん」と「パーキンソン病」の病態関連分子であるGABA受容体と、ドーパミン受容体に着目し、それぞれの遺伝子の単離を行った。アミノ酸置換マウス作製の基礎データを得る目的で、当該受容体分子へのアミノ酸変異と受容体の機能の連関を解析する実験系を準備した。
(倫理面への配慮)本研究のすべての動物実験はマウス個体を対象とし、実験実施施設が定める「動物実験に関する倫理指針」にもとづきおこなった。
結果と考察
(1)特定アミノ酸の変異を導入する方法の開発: 上記の方法により作成したNMDAR/loxPマウスはホモ接合体であっても、成長・繁殖は野生型と変わらず、運動異常などは示さなかった。NMDAR/loxPマウス脳のNMDA受容体epsilon1サブユニットmRNAは正常配列エクソンを読み取っていた。Nestinプロモーターにより神経細胞にCre recombinaseが発現するトランスジェニックマウス(Creマウス)と掛け合わせ、NMDAR/loxP-Creマウスを作成した。このNMDAR/loxP-Creマウスは、発育不全と運動機能異常を示し、NMDA受容体にCaイオン透過性を上昇させるアミノ酸置換の導入による神経細胞活動性異常が示唆された。マウスの各臓器におけるCre-loxP組換えによる変異導入の様式を調べたところ、脳、脊髄、及び一部の生殖細胞で変異導入がされていた。脳の各部位での組換えを調べると効率の差はあるが、広く組換えが起っていた。さらに、NMDA受容体epsilon1遺伝子mRNAを調べたところ、Cre-loxPの作用により正常配列エクソンが欠失した個体(NMDAR/loxP-Creマウス)においてのみ、変異配列エクソンが利用され変異導入が行われていた。この結果から、本システムでは当初の計画通りに、Cre-loxP組換え前には正常型遺伝子が発現し、Cre-loxP組換え後に変異型遺伝子が発現することが明らかになった。
(2)電気生理実験によるNMDA受容体の機能解析: マウス脳スライスを用いたパッチクランプ実験により、海馬CA1領域錐体細胞のNMDA受容体のMgブロック機能の変化がみられた。これまで、NMDA受容体のMgブロック機能は培養細胞レベルで解析されてきたが、われわれの方法により作成したNMDAR/loxP-Creマウスによって、個体を用いた解析が可能となった。
(3)Cre-loxP組換えによる変異導入後のNMDA受容体の発現様式: NMDAR/loxP-CreマウスにおいてCre-loxP組換え後のNMDA受容体の発現様式を、ノーザンブロット、ウエスタンブロットにより解析したところ、発現量は対照マウスとほぼ同じであった。この結果から我々のアミノ酸変異導入方法は、内在のNMDA受容体遺伝子の発現様式に従うので、変異導入による効果のみを解析できる実験系であり、従来のトランスジェニックマウスを用いた実験系の問題点を克服できると考えられた。
(4)特定の神経細胞にCreを発現するマウスの作製: 特定の神経細胞群の一つであるドーパミン神経細胞を対象とし、遺伝子機能の変化を導入してパーキンソン病に類似する運動異常を示すマウスの作成をすすめている。既にドーパミン神経特異的に遺伝子を発現するプロモーターを用いて、ドーパミン神経特異的にCreが発現するトランスジェニックマウスを作成し、マーカー遺伝子の発現によりCre-loxP組換えの作用する細胞を見分けるためのマウスと掛け合わせ、作製されたトランスジェニックマウスのCreの発現様式を解析中である。また、大脳皮質の神経細胞特異的に変異導入をおこなうことを目的として、大脳皮質特異的にCreを発現するマウスも準備している。
(5)「てんかん」および「パーキンソン病」の病態モデルマウス作成への応用: 「てんかん」および「パーキンソン病」の病態に関連する遺伝子として、GABA受容体及びドーパミン受容体の機能変換マウスの作成の準備として、受容体分子の特定機能に重要なアミノ酸配列の決定をする実験を培養細胞を用いて進めている。
結論
個体を用いる遺伝子機能解析の方法として、遺伝子改変マウス作成法の従来の問題点にブレイクスルーをはかるため、本研究では「特定の細胞群や特定の発生段階で、対象遺伝子にアミノ酸の変異を導入する新たなシステム」の開発を進めてきた。本システムを用いて目的の細胞でNMDA受容体のマグネシウムブロック機能を解除するアミノ酸を置換したマウスが得られ、NMDA受容体の機能変化を詳細に解析することが可能となった。特にNMDA受容体のMgブロックの解除による異常活性化とCaの過剰な流入は、神経細胞死過程に関連すると考えられており、情報伝達過程の解析と神経細胞死の病態の解析に有用である。さらに、この変異導入システムは「てんかん」および「パーキンソン病」の関連分子に応用して新たなモデルマウスを作成し、病態の理解を進めたい。

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