糖部立体配座を固定した人工核酸によるアンチセンス医薬品の開発

文献情報

文献番号
200001007A
報告書区分
総括
研究課題名
糖部立体配座を固定した人工核酸によるアンチセンス医薬品の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
小比賀 聡(大阪大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の分子生物学、遺伝子解析技術の発展に伴い、数多くの疾病に関与している遺伝子配列が明らかにされるようになってきた。また、当初の予定より早くヒトの全遺伝子の解読が完了するということを鑑みても、標的遺伝子の発現を特異的に抑制するアンチセンス医薬品の実用化が達成されることにより、多くの難治性疾患の治療は飛躍的に発展すると予想できる。タンパク質をターゲットとした従来の医薬品開発では個々の標的タンパク質ごとにリード化合物の探索、構造の最適化、活性試験、毒性評価等を行っていく必要があった。これに対してアンチセンス医薬品では、標的遺伝子の配列さえ明らかになれば、全く同じ基本原理に沿ってアンチセンス分子の設計・合成が可能となる。本法の実用化に伴い、これまで研究開発に長期間かつ莫大な費用を要していた医薬品開発は大きく様変わりするであろう。しかし、天然のオリゴヌクレオチドは生体内での安定性の低さや、標的となるmRNAとの結合親和性の問題からアンチセンス法への適用が困難であるとされている。これらの問題を解決するために、世界中で多くの化学修飾型オリゴヌクレオチドの開発研究が活発に展開されている。
我々は、従来の化学修飾型オリゴヌクレオチドとは全く異なる新たなコンセプトに基づき、新規な糖部立体配座固定型人工核酸(BNA)を設計した。一般に、核酸の糖部立体配座はN型とS型の平衡状態で存在することが知られており、RNAではN型を、DNAではS型を取りやすいとされている。この糖部立体配座の違いにより、形成される二重鎖らせん構造は大きく異なり、RNA(N型立体配座)ではA型らせん構造を、DNA(S型立体配座)ではB型らせんを形成する。そこで、オリゴヌクレオチド類の糖部立体配座を予めRNAと同じN型に固定化することができれば、mRNAとの二重鎖形成時にエントロピー的に有利となり、安定な二重らせんが形成できるのではないかと考えられる。このような観点から我々は、糖部立体配座をN型に固定化した新規なヌクレオシド類縁体(BNAモノマー)の開発研究を推進し、世界に先駆けその合成に成功するとともに、これを導入したオリゴヌクレオチド類(BNA)が相補鎖RNAと極めて強固に二重鎖を形成することを見い出してきた。
本研究では、細胞間接着因子ICAM-1遺伝子を標的とし設計・合成したBNAのアンチセンス特性について詳細に評価を行なった。さらに、培養細胞系等において標的遺伝子の発現抑制効果を検討することにより、実用的なアンチセンス医薬品の開発を目指した。
研究方法
本研究では、標的遺伝子として難治性疾患の一つであるクローン病の原因として知られている細胞間接着因子ICAM-1遺伝子を選択し、そのmRNAに相補的なBNAのアンチセンス分子としての機能評価を行なった。既に、ICAM-1遺伝子を標的としたアンチセンス分子については、アンチセンス研究開発ベンチャー最大手であるISIS社が、S-オリゴを用いて徹底的に検討を行なっており、ISIS2302と呼ばれるアンチセンス分子が極めて優れたアンチセンス効果を示すことを報告している。さらに、このISIS2302は、現在臨床段階での検討が進められており、近い将来、アンチセンス医薬品として市場に登場することも期待されている。そこで、このISIS2302と同じ領域を標的としたアンチセンスBNA分子を合成し、そのアンチセンス特性について評価検討を行なった。
まず、BNAモノマー(アミダイト体)を化学合成し、次に、DNA合成機により目的の配列を有するアンチセンスBNA分子を調製した。次いで、これらアンチセンスBNA分子と相補鎖RNAとの二重鎖形成能を融解温度(Tm値)測定により詳細に検討した。一方、アンチセンス分子には生体内における安定性が必要とされる。そこで次に、合成したアンチセンスBNA分子の3'-エキソヌクレアーゼに対する耐性能を評価した。これは、アンチセンスBNAの末端をラベル化し蛇毒ホスホジエステラーゼと処理した後にPAGEにより解析することにより行なった。また、アンチセンス分子が細胞内で効率的に機能するにはDNA/RNAヘテロ二重鎖を認識しそのRNA鎖のみを分解するRNaseHに認識されることが重要である。この点を検討するために、ラベル化した標的RNAとアンチセンスBNAとの二重鎖に対し、RNaseHを作用させ、断片化されたRNAをPAGEにより解析した。次いで、細胞レベルでのBNAのアンチセンス効果を検討した。遺伝子導入試薬であるLipofectAMINEを用いて、種々のアンチセンスBNA分子をHUVEC細胞へ導入し、ICAM-1の発現を誘導するためにTNF-α処理をした後に、FACSにてそのICAM-1発現量を評価した。
結果と考察
BNAの相補鎖RNAに対する結合親和性をTm測定により評価したところ、BNAオリゴヌクレオチドはいずれも天然のDNAオリゴヌクレオチドに比べ大幅なTm値の上昇、すなわち標的RNAとの結合親和性向上が確認された。また、この結果は、ホスホロチオエート型オリゴヌクレオチド(S-オリゴ)であるISIS2302でTm値が大きく低下していることと全く対照的であった。
次に、BNAオリゴヌクレオチドの蛇毒ホスホジエステラーゼに対する酵素耐性能をD-オリゴ及び、S-オリゴ(ISIS2302)とともに検討した。その結果、天然のD-オリゴでは、数分間の酵素処理によりオリゴヌクレオチドの分解が観測されたが、BNAオリゴヌクレオチドの場合には、4時間後においてもほとんど分解は認められなかった。この結果から、BNAオリゴヌクレオチドはS-オリゴと同様に生体内で非常に安定であるということが確認できた。
一方、アンチセンス分子/RNA複合体は、細胞内においてRNaseHによる認識を受け、そのRNA鎖のみが分解されることにより、効果的なアンチセンス効果を発現するとされている。そこで、BNA/RNA複合体がRNaseHにより認識を受けるか否かという点について検討を行なった。その結果、BNAオリゴヌクレオチド中に天然のデオキシヌクレオチドを連続して9残基或いは4残基含む配列に関しては、非常に効果的にRNaseHにより認識を受け、RNA鎖の切断が起こることが示された。また、これらBNA/RNA複合体はS-オリゴ/RNAよりも効率良くRNaseHにより認識されていることが確認できた。
次に、HUVEC細胞へこれらアンチセンス分子を導入し、そのICAM-1発現抑制効果を検討したところ、BNAオリゴヌクレオチドが、これまで非常に優れたアンチセンス効果が知られているISIS2302(S-オリゴ)と同じく極めて強力な遺伝子発現効果を示すという非常に良好な結果を得た。一方、ミスマッチ配列を用いた場合、S-オリゴが若干の配列非特異的な発現抑制効果を示したのに対し、BNAオリゴヌクレオチドにおいてはそのような効果が見られなかったことから、BNAオリゴヌクレオチドのアンチセンス効果が配列特異的であることを確認することができた。このように、BNA修飾をオリゴヌクレオチド中の適切な位置に施すことにより、優れたアンチセンス効果が期待できることが実証された。
結論
以上、本研究によって糖部立体配座を固定した新規な人工核酸(BNA)の優れたアンチセンス特性を明らかにすることができた。今後、様々な標的遺伝子に対するアンチセンスBNA分子を設計・合成し、その遺伝子発現抑制効果を検討することにより本研究結果の一般化を図るとともに、モデル動物を用いた前臨床試験を推進していくことで、実用的なアンチセンス医薬品の開発が達成できるものと考えている。また本研究の成果は医薬品開発のみならず、幅広い生命科学分野における研究用ツールとして利用可能である。国内外の多くの先生方との共同研究により、このBNAの幅広い利活用を図っていきたいと考えている。

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