臓器移植患者におけるP-糖蛋白質及びCYP3A4の定量的解析を基盤とした免疫制御剤の適正使用法確立に関する研究

文献情報

文献番号
200001005A
報告書区分
総括
研究課題名
臓器移植患者におけるP-糖蛋白質及びCYP3A4の定量的解析を基盤とした免疫制御剤の適正使用法確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
乾 賢一(京都大学医学部附属病院薬剤部)
研究分担者(所属機関)
  • 齋藤秀之(京都大学医学部附属病院薬剤部)
  • 増田智先(京都大学医学部附属病院薬剤部)
  • 橋田 亨(京都大学医学部附属病院薬剤部)
  • 田中紘一(京都大学医学部附属病院臓器移植医療部)
  • 上本伸二(京都大学医学部附属病院臓器移植医療部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
23,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国における移植医療は、最近保険適用の認められた生体肝移植を含め高次医療として着実に成果を上げている。申請者らは京都大学医学部附属病院での生体肝移植治療において、免疫抑制剤タクロリムス(FK-506)の血中濃度モニタリングに携わり、これまで600例を越える術後管理に貢献してきた。しかし、タクロリムスの体内動態については、個体差の大きいこと、種々の併用薬物による相互作用を受けることなど多くの問題点が指摘されており、その適正使用法の確立が緊要とされている。
そこで本研究では、生体肝移植患者の小腸に発現する薬物吸収障壁P-糖蛋白質及びCYP3A4を定量的に解析し、患者個々におけるタクロリムス排除能を予測することによって、タクロリムスの有効かつ安全な使用法を確立することを目的として以下の研究計画を実施した。1)生体肝移植手術時の胆管再建の際に切除される小腸組織片を用い、患者個々の小腸P-糖蛋白質及びCYP3A4発現量を定量的に解析した、2)得られた結果とタクロリムス体内動態との比較解析を行った。3)また、前年度で報告した症例とは別の生体小腸移植症例を対象に、内視鏡検査の一環として移植片(小腸)生検中のこれら蛋白質の発現量を定量的に解析し、タクロリムス体内動態との比較解析を行った。
さらに、これら分子的・科学的根拠を基盤とした適正なタクロリムス使用法の確立を到達目標とした。
研究方法
生体肝移植手術における胆管再建の際に切除される小腸組織を試料として用いた。粘膜部分を剥離した後に粗膜画分とtotal RNA画分を同時抽出した。得られる粘膜部分が微量である場合や小腸移植患者由来の生検組織を使用する場合には、total RNA画分の抽出を優先した。なお、ヒト小腸組織に発現するP-糖蛋白質およびCYP3A4の蛋白レベルでの定量は、それぞれのタンパクに特異的な抗体と陽性対照を用い、ウエスタンブロッティング法により行った。また、mRNAレベルについては、それぞれに特異的な拮抗PCR法を用いて同時定量した。
結果と考察
先ず、生体肝移植対象症例由来の小腸組織片から同時に粗膜画分並びにtotalRNA画分を抽出し、蛋白レベルでの解析とmRNAレベルでの解析を行い比較検討した。その結果、mRNAレベルにおける定量解析法は、蛋白レベルにおける検出結果と良好な相関を示すこと、蛋白レベルでの解析に比べより高感度であること、P-糖蛋白質並びにCYP3A4の発現量を数値化できること、測定間におけるバラツキも極めて小さいことが明らかとなった。次に、生体肝移植症例における小腸P-糖蛋白質並びにCYP3A4発現量の定量解析を行った結果、日本人におけるこれらの発現量は、全mRNAのそれぞれ約0.004%、0.01%を占めることが明らかとなった。生体肝移植術直後の7日間における患者一人ひとりのタクロリムストラフ値/経口投与量比(C/D)とP-糖蛋白質またはCYP3A4の発現量との比較解析を行った。その結果、タクロリムスのC/D比はMDR1 mRNA発現量との間に良好な負の相関関係を示すが(r=-0.776)、CYP3A4 mRNA発現量との間には相関関係を示さないこと(r=-0.096)が判明した。また、患者群をMDR1 mRNAまたはCYP3A4 mRNAの平均値で2群に分け、High MDR1とLow MDR1として比較解析した結果、同程度のタクロリムス血中濃度を得るためにHigh MDR1の患者群はLow MDR1の患者群よりもタクロリムスの投与量を約2倍必要とすることが明らかとなった。従って、小腸P-糖蛋白質は、生体肝移植患者におけるタクロリムス体内動態の個人差(個体間変動)を理解するための重要な生体因子の一つであることが明らかとなった。
これまで、生体肝移植患者の年齢や移植片の体重に対する比(graft-to-recipient weight ratio: GRWR)が患者の予後を評価する上で重要な因子であることが木内ら(Clin. Transpl., 18, 191-198, 1997)によって報告されている。本研究の対象とした48例についても同様の解析を行ったところ、移植術時のレシピエントの年齢とGRWRは何れも有意な予後予測因子であることが確認された。次に、小腸P-糖蛋白質およびCYP3A4の発現量と患者の予後との関係について解析を行ったところ、小腸P-糖蛋白質の発現量が低い患者群は高い患者群と比較して有意に生存率が高いことが判明した。一方、CYP3A4に基づいた患者群間での比較は、有意な結果を与えなかった。さらに、相対危険率の算出を行った結果、生体肝移植患者の小腸上皮細胞に発現するMDR1 mRNAの発現量は、予後の危険因子となり得ることが示された(相対危険率 12.99, P=0.015)。また、GRWRは逆危険因子であることが確認された(相対危険率 0.04, P=0.01)。現在、生体肝移植治療における術後1年間の患者生存率は80%を越えており、世界中から高い評価を得ているが、それを支えるのは術後のタクロリムスを中心とした十分な免疫抑制治療である。従って、患者一人ひとりに対する不適切な免疫抑制剤治療は、移植治療の成績向上を妨げる一因と考えられる。本研究において術時のP-糖蛋白質発現量は、タクロリムス体内動態との良好な逆相関を示した。すなわち、小腸P-糖蛋白質の発現が高い患者群においてはタクロリムスの血中濃度維持が困難となり、移植肝の生着に支障を来すと考えられる。これらの結果は、小腸P-糖蛋白質の発現が高い患者群では、術後早期におけるタクロリムスの血中濃度維持が困難であり、術後管理にさらなる注意を要することを示唆するものと考える。
小腸移植症例を対象に移植片の内視鏡検査の一環として採取された生検の一部を用い、P-糖蛋白質およびCYP3A4の発現量を定量した。その結果、P-糖蛋白質およびCYP3A4の発現量は大きく変動した。また、移植片小腸の手術時の虚血再灌流によって、障害を受けたと考えられる小腸組織の回復過程においてP-糖蛋白質の発現量は一過性に亢進することが認められた。従って、術後のタクロリムスの投与経路について小腸P-糖蛋白質の発現量が高い場合には静注を主に、P-糖蛋白質の発現量が術時レベルまで低下した後は経口を主にというように投与経路を決定した結果、本症例のタクロリムス血中濃度は良好に保たれた。従って、拒絶反応や虚血再灌流という組織障害からの回復過程、すなわち上皮細胞の増殖過程において小腸P-糖蛋白質は誘導を受けること、この誘導がタクロリムスの吸収率低下に関わることが推察された。今後、細胞増殖期におけるMDR1 mRNAの転写調節因子を明らかにすることによって小腸P-糖蛋白質発現量の制御が可能となり、より効果的なタクロリムス投与方法の確立が可能になると考えられる。
結論
我々は臓器移植患者由来の小腸組織における異物解毒蛋白P-糖蛋白質及びCYP3A4の発現量の定量数値化に成功し、タクロリムス体内動態との比較解析を行った。その結果、CYP3A4よりもむしろP-糖蛋白質の発現量が術後のタクロリムス治療を行う上で有用な生体因子であること、小腸P-糖蛋白質の発現量は生体肝移植患者の予後予測因子となり得ることを明らかとした。さらに、小腸P-糖蛋白質の発現量が小腸移植患者におけるタクロリムスの投与経路選択のための重要な指標になることを見出した。今後、タクロリムスに対する感受性の個体差に関わる生体因子群の探索・同定を新たに展開することによって、薬効発現の個体差に基づくタクロリムスの有効治療域設定の個別化とP-糖蛋白質などの体内動態支配因子の個体間・個体内変動に基づく投与設計の両立が可能となり、臓器移植医療の発展と一般医療化に貢献する事ができると考える。本研究成果は、臓器移植患者における有効かつ安全な免疫抑制剤の使用法確立のための貴重な基礎情報を提供するものと考える。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-