ヒト薬物代謝酵素遺伝子多型簡易迅速定量法の臨床応用の新展開-医薬品の適正使用と医療経済の効率化を目的として-

文献情報

文献番号
200001003A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト薬物代謝酵素遺伝子多型簡易迅速定量法の臨床応用の新展開-医薬品の適正使用と医療経済の効率化を目的として-
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
水柿 道直(東北大学医学部附属病院薬剤部)
研究分担者(所属機関)
  • 菱沼隆則(東北大学医学部附属病院薬剤部)
  • 大原秀一(東北大学医学部附属病院第3内科)
  • 田所慶一(国立仙台病院消化器科)
  • 平塚真弘(東北大学医学部附属病院薬剤部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ある種の薬物を服用すると、副作用が発現しやすい人たちが存在する。これは肝の主要な薬物代謝酵素の一塩基多型(SNP)によって、酵素活性が低下することによって生じることが報告されている。したがって、これら薬物代謝酵素遺伝子多型の診断は、医薬品の重篤な副作用の発生や患者のQOLの低下を臨床レベルで未然に防ぐためにも非常に重要である。また、適正に医薬品を評価する上では、薬物代謝酵素遺伝子多型に由来する代謝能力別に群を分けて評価することが望まれる。迅速、簡便で汎用性の高い遺伝子多型解析システムが構築されれば、必要最小限の薬物投与量の選択が可能となり、医薬品の適正使用による患者のQOLの改善がはかられ、経済的効果も大きい。しかし、これまでの遺伝子多型検出は、繁雑な操作を必要とするため多量の検体を短時間で処理することは非常に困難であるし、技術の標準化、精度管理や精度保証が必要であり、それらを可能とする遺伝子多型簡易検出システムの開発が強く望まれている。また、臨床の場で薬物代謝酵素の遺伝子情報を利用し、患者個々に適した投与薬物の選択や副作用回避を行っている施設は非常に少ない。そこで本研究は、我々が先に開発したリアルタイムSNP診断法、つまり対立遺伝子特異的増幅法と蛍光標識プローブ法を組み合わせることによって、DNA抽出後約1時間半以内にPCR産物を検出し、反応終了時点で遺伝子変異の有無を判定することができる方法をさらに進める。また、同検出法を臨床の場で応用することにより、患者個々に適した薬物の選択、投与量決定、副作用回避等に応用し、オーダーメイド医療の展開を図る。
研究方法
今回用いたリアルタイムSNP検出法をCYP2C19の遺伝子多型検出を例に説明する。健常日本人の末梢血あるいはだ液よりゲノムDNAを調製し、それを鋳型としてCYP2C19の日本人集団の既知遺伝子多型(*2および*3)を特異的に検出できる対立遺伝子特異的増幅プライマーセット(野生型(wt)プライマーおよび変異(mt)プライマー)を設計した。また、それらのPCR産物にハイブリダイズするような、5'端をFAMと呼ばれるレポーター蛍光色素、3'端をTAMRAと呼ばれるクエンチャー蛍光色素でラベルしたTaqManプローブを設計し、対立遺伝子特異的増幅法と組み合わせてPCR反応を行った。TaqManプローブ上の2種類の蛍光色素は、互いの物理的距離が近い時、FRETと呼ばれる現象によって蛍光強度が低下した状態におかれている。対立遺伝子特異的PCRプライマーと鋳型DNAが一致した場合はPCR反応が進行し、TaqDNAポリメラーゼによって蛍光標識プローブが分解され、遊離したレポーター色素が蛍光を発する。検出にはABI PRISM7700を用いて、各サイクルごとの蛍光強度を測定した。反応条件は50℃で2分、95℃で7分間の変性後、95℃で10秒、60℃で35秒の反応を35~40サイクル行った。野生型ホモ接合体、ヘテロ接合体および変異型ホモ接合体の判別は、蛍光強度が検出可能になってくるPCRサイクル数(Threshold cycle : Ct)を用いた。すなわち、反応終了後、得られたデータを解析し、正常プライマーで得られたCt値(Ctwt)から変異プライマーで得られたCt値(Ctmt)を差し引いた値により、変異の有無を確認した。その大きさが-3以下であれば野生型ホモ接合体(wt/wt) 、-3から3の間であればヘテロ接合体 (wt/mt) 、3以上であれば変異型ホモ接合体 (mt/mt) であると診断した。
この検出型を用い、以下の臨床応用を行った。
・消化性潰瘍患者におけるヘリコバクター・ピロリ除菌率とCYP2C19遺伝子型の関係
・イソニアジド投与患者におけるNAT-2遺伝子型診断による副作用回避
・結核患者におけるアミノグリコシド系抗生物質による難聴発現回避のためのミトコンドリア遺伝子診断
・急性白血病患者におけるメルカプトプリン投与による副作用とTPMT遺伝子多型の解析
・糖尿病患者におけるCYP2C9遺伝子多型診断によるSU剤の適正な投与量の設定
結果と考察
CYP2C19遺伝子型の検出について、上記の系に従い反応を行うと、それぞれの対立遺伝子特異的プライマーと鋳型DNAがマッチしたときのみにPCR産物の顕著な増幅が認められ、野生型ホモ接合体、ヘテロ接合体および変異型ホモ接合体でそれぞれ特徴的なプロファイルが得られた。しかし、PCRサイクルの増加に伴い、ミスマッチを持つプライマーによっても非特異的な増加が認められた。これに対して、(Ctwt-Ctmt)値を計算すると、野生型ホモ接合体、ヘテロ接合体あるいは変異型ホモ接合体のそれぞれの値に有意な差が認められた。これによりCYP2C19の日本人種における既知遺伝子型のタイピングが可能であった。従来法であるPCR-RFLP法により再確認したCYP2C19の遺伝子型は、同方法で得られた結果とすべて一致した。また、このプロトコールはCYP2C19遺伝子多型の検出の他にも、CYP2C9、CYP2C18、CYP2D6、CYP2A6、TPMT、NAT-2、DPYD、ADH2、ALDH2、ACE、CETP、β2AR、5-HT2AR、INPP1およびミトコンドリア A1555Gの15遺伝子29SNPを同一温度条件で一斉に検出することができた。本遺伝子多型検出系は煩雑な操作を必要とせず、短時間(約1時間半)で多量の検体を処理できる特徴があり、しかも唾液由来のDNAで診断可能という特異性の高さも認められた。従来の対立遺伝子特異的増幅法では、最終的なPCR産物の量をゲル上で判定を下していたために反応条件の厳密な設定が不可欠で、反応条件のわずかな変動でも偽陽性が出る危険性があった。本法では、PCRの各サイクルで蛍光をモニターし、その増加を経時的に追いかけることで、より精度の高い遺伝子診断が可能である。また、電気泳動のようなPCR反応後の操作は一切不要なため、簡便であるのみならず、PCRにつきものの交叉汚染の心配もない。反応終了後はチューブの蓋を開けることなく廃棄することができる。しかも、プライマー及びプローブの配列を工夫することにより、同一の反応条件を構築することに成功し、一度に複数の薬物代謝酵素遺伝子多型が検出可能であった。この簡易迅速SNP診断法を用い、ヘリコバクター・ピロリ除菌患者の除菌率とCYP2C19遺伝子型の相関関係を求めた。CYP2C19変異型アレルを有しているすべての患者のヘリコバクター・ピロリ除菌効率は、オメプラゾールあるいはランソプラゾールをクラリスロマイシンおよびアモキシシリンを組み合わせた三剤療法で100%の除菌効率であった。また、ランソプラゾールを用いた逆流性食道炎の患者の治療成績は、CYP2C19変異型ホモ接合体の患者で100%治癒の成績を収めた。また、異なる臨床応用の一例として、当院において結核治療薬であるイソニアジドを投与されていた患者で嘔吐の出現が認められた。我々は、イソニアジドの代謝酵素であるNAT-2の遺伝子多型を疑い、ここで構築した遺伝子診断法を用いジェノタイピングしたところ酵素欠損者であることが明らかになった。その結果より、この患者の副作用がイソニアジドの血中濃度上昇に伴うものと推測し、この薬剤の投与を中止したところ嘔吐は消失した。このような症例は他にも数例見いだされた。イソニアジド投薬患者のNAT-2遺伝子ジェノタイピングを薬物投与前に行い、副作用発現を回避するシステムの構築は非常に重要であると考えられた。
現在、この他にも上記に掲げた臨床応用が進行中であり、患者個々に適した薬物投与量の決定や副作用回避を行うオーダーメイド医療を目指している。
結論
我々は、対立遺伝子特異的増幅法と蛍光プローブ法組み合わせた方法で、微量の血液、唾液などを試料として、約1時間半で多種の薬剤反応性遺伝子多型を検出することができる方法を確立した。これにより、数十種の薬剤反応性遺伝子SNPの有無を簡易に、しかもハイスループットに検出することができた。現在までに、15種の薬剤反応性遺伝子の29SNPを同一の反応条件で検出できる系を確立している。また、この技術をイソニアジド投与患者の副作用発現回避や各種プロトンポンプ阻害剤投与患者のヘリコバクター・ピロリ除菌効率に関する解析等に臨床応用している。

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