肝移植により摘出された患者肝細胞の保存方法の確立と病的細胞の分子生物学的解析

文献情報

文献番号
200000999A
報告書区分
総括
研究課題名
肝移植により摘出された患者肝細胞の保存方法の確立と病的細胞の分子生物学的解析
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
香坂 隆夫(国立小児病院 小児医療センター 免疫室)
研究分担者(所属機関)
  • 田中紘一(京都大学大学院医学研究科)
  • 河原崎秀雄(東京大学医学部 小児外科)
  • 川崎 誠治(信州大学医学部外科学第一教室)
  • 多々納俊雄(株式会社 ユーエムエー研究開発部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は二つあり、摘出された患者の肝細胞を保存するシステムを確立と検体を利用して肝炎の病態進展の機序を解明することである。前年度までの研究により、肝移植により摘出された肝細胞の輸送手段および保存方法は確立されたので、今年度はこれらの検体を利用して、それぞれのテーマにそった研究を行った。肝組織の病的細胞の検討では、1.薬物特に免疫抑制剤とEVウィルスとの関係、2.JAG1遺伝子と肝炎の検討を臨床基礎の両面にわたって解析し、さらに肝細胞の生存という点から3.endothelin-1 と肝のバイアビリティの関係、4. 劇症肝炎の再生結節における肝細胞死、増殖の機序を病理的な面からの解析を行った.これらの研究はいずれも結果的には、肝の薬物代謝に役立つ情報を提供することを目標とした。
研究方法
1). 肝移植後Epstein-Barr virus (EBV) 感染に対する治療戦略
対象は1999年4月から2000年9月まで、190例の生体肝移植レシピエントで、832検体についてreal time 定量PCR法を行った。そのうち、上記の研究期間以前に生体肝移植後EBウイルス感染症(EBVD)を発症し研究期間中に経過観察された長期経過例14例および研究期間中にEBVDを発症した急性期例17例の計31例を対象とした。
2). JAG 1の遺伝子と肝炎、炎症性サイトカインの関連 
乳児新生児肝炎、胆道閉鎖症、Alagille 症候群の遺伝子検索はSSCP および クローニーングによるシークエンス法およびダイレクトシークエンス法によって決定した。JAG1遺伝子と肝炎に関する臨床的研究では、遺伝子検索に対する同意を倫理委員会の承認を得た。
JAG 1の遺伝子と炎症性cytokineの関連の実験には、肝細胞、胆管細胞樹立であるHuh7、 HuCCT1を用い、TNFaの刺激下でIL-8、IL-6の産生量を比較した。この系にFreeのJAG 1蛋白を固相および液相で添加するか、JAG1遺伝子を細胞導入して、cytokineの産生、NFkBの活性化、IL-8のluciferase assayを調べた。繊維細胞(皮膚および肝、腎)および樹立された繊維芽細胞株(3T3, KMSTなど)を用いて研究をおこなった。
3). 移植肝のバイアビリティに関する研究
動物実験はイヌ、サルを用いたsplit liver transplantation(SLTX) を施行し、その際血清を採取しET-1の測定した。
4). 肝再生機序の解析の研究では、肝移植の際摘出された肝組織を用い、アポトーシス関連蛋白(Bad, Bax, Bclx,bcl2など)、増殖因子(HGF, TGF, etc)、増殖因子レセプター(c-Met, EGFR)などを免疫染色、ウエスタンブロッティング、RT-PCR等を用いてその発現を比較検討した。
結果と考察
1).感染症のよる肝不全と免疫学的異常
14例のEBVDによる長期経過例の結果ではタクロリムスを毎日投与継続例と中止例の期間中最高コピー数を比べると有意差をもって中止症例のコピー数が低かった。コピー数とタクロリムストラフ値との間には正の相関をみとめた。17例の急性期例では11症例は1ヶ月から11ヶ月後と早期に発症していた。5例が死亡したがEBVDによる死亡例はなかった。以上の結果からEBV DNAコピー数からみたEBVDに対する暫定的治療方針を示す。102コピー以下の場合はアシクロビル経口投与を開始する。102コピーを越えた場合、アシクロビルの投与量を増量し免疫抑制剤減量を開始する。103コピーを越えたときには肝機能に注意しながら免疫抑制剤を減量しアシクロビル静脈内投与を開始する。高熱やリンパ節腫脹をみとめる場合、タクロリムスは直ちに中止し、アシクロビルに加えてガンシクロビルまたはビダラビンの投与を開始し、EBV高力価免疫グロブリンも5 週間投与する。このプロトコールに沿って管理する事でPTLDの発症を見ていない。
2a). JAG1遺伝子と肝炎との関連
アラジール症候群の臨床型と遺伝子異常型との関連:アラジール症候群の42例についての遺伝子検索の結果と臨床経過との関係をしらべた。遺伝子異常型とこの臨床型を比較すると、early aggressive type は、sporadic でDSL regionを欠いている例が有意に多いことを示した。
アラジール症候群の 異常mRNA の働き:7種類のmRNA を合成し、これを用いて co-transfection , co-culture 法により、HGF の発現との関連をしらべ、 JAG1遺伝子の異常の型により、HGFの mRNAの発現量に相違が認められ、wild type はもっとも強く抑制し、mutant では CR>TM>EGF>DSLの順に抑制の効果が弱くなる傾向が認められた。
新生児、乳児期発症の肝炎および胆道閉鎖症のJAG1遺伝子検索: 胆道閉鎖症患児92例のJAG1遺伝子検索を行い、9例の missense mutation によるJAG1遺伝子異常例を見出した。うち7例が移植に移行していた。また新生児期、乳児期発症の肝炎では、JAG1遺伝子のmutationは、45例中に8例(17.8%)にみられた。
2b).JAG1遺伝子の肝炎発症におよぼす機序に関する基礎的検討
JAG1蛋白は、Huh7でのTNFaの刺激によるIL-8, IL-6産生を抑制した。さらにluciferase assay、 p50/p65のgel shift assayによって、NFκB系を介してNotch-JAG1 pathwayが調節因子として働いている結果を得た。3T3細胞はTHP1の増殖とサイトカインの産生増強を促す因子を放出する。JAG1遺伝子を3T3細胞に transfection することによりこの因子の産生は消失する。この因子は肝炎の病態解明に役立つだけでなく、肝炎発症予防・薬物投与の際の重要な情報を提供し、テーラーメイド医療の情報源として役立つことが期待される。
3.イヌ、日本サルを用いた生体肝移植の動物実験で24時間以上生存群は24時間以内死亡群に比較して、移植後3時間目の血清ETー1が有意に低かった。血清ET-1は胆道閉鎖症患児の肝門空腸吻合術成功例は失敗例に比較して、胆道閉鎖症の肝移植後1週間目は移植直前に比較して有意に低かった。以上の結果より、血清ET-1は移植肝バイアビリティの指標となり得ると考えられた。
4). 摘出した肝臓を用いてTUNEL法でアポトーシス細胞、Ki67による免疫染色で増殖細胞を計測し、再生結節では両者とも正常肝に比し有意に高かった。HGFは、肝組織中、血清中とも高濃度に存在していた。c-Metは再生結節ではほとんど発現を認めなかったが、偽胆管様細胞では強く発現していた。TGFaとレセプターEGFRは再生結節中の肝細胞に高濃度に存在し強い発現を認めた。一方肝細胞の増殖抑制因子である、TGFbは非再生結節で強く発現を認めた。アポトーシス誘導因子のBAXもアポトーシス抑制因子であるbcl-2, bcl-xl,も再生結節肝細胞に正常肝に比し高い発現を認めた。劇症肝炎では必ずしも肝細胞は再生不全の状態にあるわけではく、劇症肝炎肝における再生結節はTGFa-EGFRの系により増殖刺激を受けていると考えられた。
結論
1). real time PCR法によるEBV DNAコピー数の定量は肝移植後EBVDのモニタリングおよび治療に有用であった。EBV DNA量をモニターし、免疫抑制療法や抗ウイルス療法を調節することで良好な結果を得た。EBV DNAコピー数からみたEBVDに対する暫定的な治療方針を確立した。
2a). JAG1遺伝子のmutant の変異部位により HGF発現量に相違が認められ、Notch との関連では Notch2と HGF の発現が関連していることが示された。
2b). JAG1遺伝子の変異が肝炎発症に関連している基礎医学的結果として① 肝細胞樹立株においてJAG1は NFκBの活性化を抑制すること。②繊維芽細胞の産生するマクロファージ活性化因子の産生はJAG1によって抑制されること。の二つの事実が確認された。肝炎の発症・進展にJAG1は胎生期にはHGFを介して、生後はNFκBおよびマクロファージ活性化因子の産生抑制を介して関与している。
3). 血清ET-1は移植肝バイアビリティの指標となる結果を動物実験および臨床データより得た。
4). 劇症肝炎肝のApoptosis関連蛋白の検索では抑制因子、促進因子とも再生結節中の肝細胞は正常肝に比し発現が高かった。劇症肝炎肝における再生結節はTGFa-EGFRの系により増殖刺激を受けていると考えられた。劇症肝炎肝ではHGFは肝細胞よりもむしろ偽胆管様細胞に作用していると推定された。

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