臨床試験の予見性を高めるためのヒト組織を用いた医薬品の安全性・有効性評価手法の確立に関する研究

文献情報

文献番号
200000997A
報告書区分
総括
研究課題名
臨床試験の予見性を高めるためのヒト組織を用いた医薬品の安全性・有効性評価手法の確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大野 泰雄(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 奥田秀毅(日本製薬工業協会)
  • 上川雄一郎(獨協大学医学部)
  • 唐木英明(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 土井邦雄(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
26,213,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒト組織利用体制の整っている欧米の状況を調査することにより、わが国においてもヒト組織を用いた研究開発が行えるよう環境を整備する。また、ヒト組織を利用して研究開発を行うための技術的課題について検討を行い、ヒト組織を使用する際の基本的な技術基盤を確立する。更に、ヒト肝組織を用いた薬物代謝研究および我が国で実際に手術等で得たヒト平滑筋組織を用いた研究を行うことにより、ヒト組織の特性や薬物感受性についての基礎データを得るとともに、実験動物と比較し種差の有無を明らかにする。
研究方法
イギリスにおけるヒト組織を用いた研究を審査する地域研究倫理委員会および多地域研究倫理委員会についての資料を収集し、整理した。米国およびフランスより入手した凍結あるいは非凍結ヒト肝細胞を用いて薬物代謝および酵素誘導の検討を行った。ヒト大腸ガン患者からの組織の入手は獨協医科大学生命倫理委員会の承認を得て行われ、文書による同意が得られた大腸癌患者24名から外科的に切除されたS状結腸より肉眼的に癌細胞浸潤のない平滑筋部分と粘膜部分を切り出し、輪状平滑筋標本と縦走粘膜筋板標本を作製した。子宮平滑筋は関西医科大学産婦人科の協力を得て、関西医科大学の倫理委員会の承認の基で文書で同意の得られた患者から手術で摘出したものの一部として得た。
結果と考察
今年度は英国の地域研究倫理委員会について更に詳しく調査した。英国では地域毎に研究倫理委員会(local research ethics committee)が存在し、その地域における臨床試験及びヒト組織を用いた研究の倫理的問題について審議していることが明らかになった。また、多地域にわたる試験については別に多地域研究倫理委員会Multi-centre Research Ethics Committee があり、審査を担当していた。この地域研究理委員会は公的な機関の関与により設立され、門外漢の者も含めた構成になっており、臨床試験やヒトに関する研究を行う機関からは独立して運営されていることが明らかになった。また、委員は公的基準よりもかなり多く指名されていた。このような倫理委員会は臨床試験やヒト組織を用いた研究に対する地域住民の理解と信頼を得るために極めて有効と思われた。
凍結ヒト遊離肝細胞を用いた代謝評価試験の簡易バリデーションでは初めて取り扱う施設においても容易に融解操作が実施可能であった。実施7施設における融解後のバイアビリティーは、H226が92.6%、H227が85.7%およびH231が91.6%と良好であった。7-エトキシクマリンの代謝物の生成量は、何れの施設でも3ロット共に、7HC/G>>7HC/S≧7HCの順となった。なお、それぞれの反応速度の変動は小さかった。
凍結ヒト遊離肝細胞による薬物代謝をすでに臨床試験データのあるものについて検討した。その結果Mofezolac、CS-045、Estriol、Enoxacin、およびYM992でin vivoの血中および尿中で認められた代謝物生成が認められ、定性的な評価に有効と思われた。代謝物の動態を定量的に予測することは困難としても、臨床試験に入る前に定性的な代謝パターンを知る上で、ヒト凍結保存肝細胞は大変に有用であると思われた。また、酸化反応と抱合反応などの複数の代謝経路を持つ化合物ではミクロソーム系より適しており、よりin vivoに近い評価系として今後の活用が期待される。
非凍結ヒト遊離肝細胞を用いる酵素誘導試験の簡易バリデーションではリファンピシンによるCYP3A酵素の誘導が7施設全てにおいて、Ts6β活性の強い誘導が観察された。施設間の活性データの偏差については、50%前後の値となった。リファンピシンおよびフェノバルビタールによるCYP3A酵素の誘導比率を7施設において、Ts6β活性の誘導を指標に評価した結果においても、施設間の活性データの偏差はやはり50%前後と小さかった。陽性対照化合物との誘導比率をもとに評価すれば、より安定した結果が得られた。3-メチルコラントレンによるCYP1A酵素の誘導は8施設において、EROD活性がコントロール活性に対して約5倍および約3倍と、明瞭な誘導が観察された。この活性の施設間の偏差は50%前後の値となった。
ゴムの老化防止剤として多量に使用されているメルカプトベンズイミダゾール (MBI)の代謝をヒトとラット肝ミクロゾーム分画で検討したところ、benzimidazole(BI)の生成が認められた。ヒトではラットの約1/4の活性であった。また、各種のP450阻害剤では抑制されなかったが、FMO阻害剤であるMethimazoleで強く抑制された。また、遺伝子発現ヒトFMOに強いMBI代謝活性が認められた。即ち、MBIがヒト肝ミクロソームにおいてFlavin含有モノオキシゲナーゼにより代謝されることが明らかになった。
ヒト大腸輪状平滑筋は、acetylcholine、carbachol、neurokinin A、bradykininに対して強い収縮反応を示したが、histamineやsubstance Pではごく弱い収縮しか認められなかった。コリン作動性壁内神経の刺激に基づく収縮反応は新しく発見された内因性大麻様物質2-arachidonoylglycerol (2-AG)により抑制された。一方、モルモットから摘出した大腸平滑筋では2-AGは収縮反応を示し、これはatropineやtetrodotoxin により完全に抑制された。ヒト大腸縦走粘膜筋板は自動運動や自発的な筋緊張を持たないが、acetylcholine、carbachol、prostaglandin F2α、neurokinin Aにより収縮反応を示した。しかし、histamineや5-hydro-xytryptamine、bradykininでは有意な反応は認められなかった。一方、モルモットから摘出した大腸縦走粘膜筋板では自動運動が認められ、acetylcholine、carbachol、neurokinin Aに加えてhistamineにより強い収縮反応が見られたが、prostaglandin F2αや5-hydroxytryptamine、bradykininでは弱い収縮しか認められなかった。即ち、ヒト摘出大腸輪状平滑筋の薬物反応性はモルモットと大きな違いが認められ、病態時での炎症性メジエーターの役割もモルモットとは異なることが示唆された。一方、今回はじめてヒト大腸粘膜筋板の反応を検出し、その薬理学的特徴を明らかにした。
2年間に関西医科大学産婦人科よりヒト子宮標本を約70例提供された。ヒト子宮筋はCキナーゼの活性化薬であるホルボールエステル(PDBu)によって収縮した。収縮は妊娠筋で有意に大きかった。ラット子宮筋では収縮しなかった。また、高濃度Kで刺激した筋にPDBuを投与すると、ヒト子宮筋では収縮が増強されたが、ラット子宮筋では抑制された。この時、ヒト子宮筋ならびにラット子宮筋いずれにおいても細胞内Ca濃度は減少していた。ヒト子宮筋のPDBu収縮は、cPKC選択的阻害剤で強く抑制された。今回の成績から、ヒトとラット子宮筋収縮におけるCキナーゼの役割の違いが明らかとなった。すなわち、受容体刺激によってPI代謝回転が活性化されCキナーゼの内因性活性化因子であるジアシルグリセロールが産生されるが、ラットではこのジアシルグリセロールが細胞内Ca濃度を低下させて抑制的に働くが、ヒトでは逆に収縮蛋白系に働いて増強的に作用していることを示している。収縮蛋白系への作用はcPKCが関与することも阻害剤の効果の差から明らかになった。また、妊娠に伴いヒト子宮筋におけるCキナーゼに対する感受性が増大していることも明らかとなった。
結論
英国で広くかつスムースにヒト組織を用いた研究や臨床試験が行われている背景には地域に根ざした公的な研究倫理委員会が存在しており、地域住民の信頼を高めているものと思われた。今後、更に実地調査を行い、どのように活動しているか検討する必要がある。凍結及び非凍結肝細胞はそれぞれ代謝研究および酵素誘導能の研究に有用であると思われた。また、凍結ヒト肝ミクロソームを用いることにより代謝における種差の検討が可能で、ヒトでの薬効や毒性予測に有用な情報を提供すると思われた。ヒト大腸輪状筋はモルモットに比べてhistamineやsubstance Pの反応性が低かった。また2-arachidonoylglycerolはコリン作動性収縮を前シナプス性に抑制したが、モルモットでは促進した。ヒト大腸縦走粘膜筋板はモルモットに比べてprostaglandin F2αに対して強い収縮反応を示したが、自動運動や自発的筋緊張などは見られなかった。子宮筋収縮薬は分娩補助薬として、子宮筋弛緩薬は切迫流産防止薬として使用されるが、これらの薬剤開発に当たっては、ヒト臓器で検証することの重要性が再認識された。

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