脊髄小脳変性症に対する適応外使用医薬品「ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液製剤(ノイロトロピン)」の開発研究

文献情報

文献番号
200000992A
報告書区分
総括
研究課題名
脊髄小脳変性症に対する適応外使用医薬品「ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液製剤(ノイロトロピン)」の開発研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
米田 良三(日本臓器製薬株式会社開発本部)
研究分担者(所属機関)
  • 織田銑一(名古屋大学大学院生命農学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
運動失調モデル動物あるいは培養神経細胞を用いた基礎研究により、ノイロトロピンの脊髄小脳変性症(SCD)への臨床応用の可能性を検索する。
研究方法
1)Rolling mouse Nagoya(RMN)の効率的生産:リッターサイズが大きく、かつ子育ての上手なSlc:ICRマウスの雌にRMNの維持系統であるPROD系ヘテロ雄を交配し、F1を生産した。さらに、このF1雌にPROD系ヘテロ雄を交配し、この交配から発症個体を出産した雌をヘテロと判定し、PROD系ヘテロ雄と交配することによって、発症個体の生産に用いた。
2)Caイオンチャネルα1Aサブユニットの遺伝子クローニング:マウスはPROD系統から正常、ヘテロ及びホモの遺伝子型を選び、RT-PCR法によりCaイオンチャネルα1AサブユニットをコードするcDNAを単離した。さらに、これからPCR primerを設計してgenomic DNAをクローニングし、塩基配列を決定した。
3)行動薬理学的検討:RMNの失調歩行の測定にはオープンフィールド法を用いた。すなわち、マウスをフィールド内に10分間自由歩行させ、移動量及び転倒回数を計測した。失調歩行の指標としては、転倒回数を移動量で除した転倒指数を用いた。被験物質としてノイロトロピン(100~400 NU/kg, po:日本臓器製薬)を、比較対照薬として酒石酸プロチレリン(TRH-T, 25 mg/kg, ip:武田薬品)を用い、1日1回、28日間連日投与した。なお、対照群には蒸留水を経口投与した。失調歩行に対する被験物質の効果判定は被験物質投与開始前ならびに投与1、7、14、21及び28日目に実施した。なお、被験物質投与前値は投与開始前3回の測定値の平均値とした。
4)アポトーシスの測定:14日齢前後のRMN及び正常マウスを用い、ノイロトロピンを100 NU/kgの用量で7日間連日腹腔内投与した。それぞれの対照群には生理食塩液を同様に投与した。投与終了翌日に、ネンブタール麻酔下にて左心室から4%パラホルムアルデヒド-0.1 mol/Lリン酸緩衝液(pH 7.4)を注入し、全身灌流固定した後、全脳を摘出した。アポトーシスは、TUNEL法により組織化学的に測定した。
5)初代培養小脳顆粒細胞を用いた低カリウム誘発細胞死に対する検討:7日齢のSlc:Wistar系ラット新生仔小脳から顆粒細胞を得た。細胞はDMEM/F12培地に再分散させ、poly-L-lysineでコートしたプレートにて1~5×10^6個/cm^2で培養し、培養開始24時間後に非付着性細胞を除去してから、10μmol/LのAra-C含有MEM培地に交換培養した。培養開始7日目に培地中のカリウム濃度を30から5 mmol/Lへと低下させ、さらに48時間後の細胞生存率をMTT変法及び細胞二重染色法(Calcein AM/Ethidium homodimer)にて求めた。また、死細胞に対してHoechst 33258染色を行った。被験物質としては、ノイロトロピン(10~250 mNU/mL)及び比較対照物質としてBDNF(50 ng/mL)を用いた。何れの実験においても、細胞死誘発48時間前から培地中に添加して効果を検討した。
結果と考察
1)RMNの効率的生産方式の確立:種々の試験に用いるRMNの効率的生産と供給体制を確立した。
2)Caイオンチャネルα1Aサブユニットの遺伝子変異:ノーザンブロット法によるCaイオンチャネルα1AサブユニットmRNAのレベルにおいて、正常とホモの遺伝子型の間で変異は発見できなかった。そこで、RT-PCR法によってクローニングを行った結果、ホモ型の塩基配列の3784番目の塩基がシトシンからグアニンに変異していた。すなわち、アミノ酸ではアルギニンがグリシンに変化していたが、その他の変異はみられなかった。また、ヘテロ型においてはシトシンまたはグアニンが見い出された。
3)ノイロトロピン及びTRH-Tの4週間連日投与の失調歩行に及ぼす効果:ノイロトロピンの経口投与では、投与2週間後から投与30分後をピークとして、軽度な失調歩行改善作用がみられた。一方、TRH-Tの腹腔内投与では、投与前値あるいは対照群との比較において投与15分後をピークとする一過性の顕著な改善効果が何れの測定日においても認められた。一方、連投による効果の増強はみられなかった。
4)RMNの生後成長期における小脳顆粒細胞のアポトーシスとノイロトロピンの影響
:ノイロトロピンの効果については現在測定を積み上げ中であり、最終結果は得られていない。しかしながら、RMNでは正常マウスに較べて多くのアポトーシスが観察されている。
5)ノイロトロピンの低カリウム誘発初代培養小脳顆粒細胞死に対する効果:培養開始7日後の細胞は、約90%以上がMAP-2陽性であり、GFAP陽性アストロサイトおよび vimentin陽性グリア系細胞はいずれも5%前後であったことから、主に小脳顆粒細胞であると判断した。これらの細胞を低カリウム条件下で培養すると、培養1日目以降、カリウム濃度に依存した細胞障害が認められ、死細胞がHoechst 33258で染色されることから、この場合の細胞死機序はアポトーシスであることを確認した。これら低カリウム誘発細胞死に対して、ノイロトロピン及びBDNFは48時間前培養することによって細胞死保護作用を示し、同時にアポトーシスの抑制が認められた。
SCDモデルマウスであるRMNは繁殖能力が弱く、比較的大量の動物を使用する薬理実験を実施するためには、それに適した生産方式を開発する必要がある。今回我々が確立した方式は、大量の発症マウスを比較的短期間に用意することを可能にした。また、生後成長期のRMNの小脳顆粒細胞におけるアポトーシスが正常マウスに較べて多数みられ、さらに遺伝子クローニングの結果から判明した遺伝子変異はCaイオンチャネルα1Aサブユニット・ドメインⅢのS4に相当する部分にあった。後者についてはヒトにおけるepisodic ataxia type 2(EA2)や家族性片麻痺性片頭痛の遺伝子座と共通していることから、今後の一層の展開が期待される。従って、RMNは、今後薬効スクリーニングへの利用はもちろんのこと、種々の解析ツールとしてもますます重要な疾患モデル動物になるものと考えられた。
ノイロトロピンは、RMNにおける失調歩行を軽度に改善するとともに、培養小脳顆粒細胞の細胞死を抑制した。RMNに対する改善機序は、現段階では明確ではないが、今回の神経細胞死抑制作用がその作用機序の一つである可能性が示唆された。この細胞死制御機構はさらに詳細な検討が必要であるが、予備検討としてグルタミン酸誘発小脳細胞死にも保護作用を示す可能性もあることから、細胞死での共通経路であるアポトーシスを経由した、いずれかのステップに作用している可能性が考えられた。さらに、これまでの基礎実験において、ノイロトロピンはPC12細胞において神経突起伸展促進作用を示すことから、神経栄養因子を介した何らかの神経賦活化作用を有している可能性も考えられる。このようなin vitroでの一連の神経細胞を用いた検討により、ノイロトロピンはある種の細胞脆弱化反応に対して、生体防御能を亢進させうる効果が期待できる。
一方、TRH-TはRMNにおける失調歩行を一過性ではあるが、顕著に改善した。TRH-Tの失調歩行改善作用機序として、脳内ノルエピネフリン代謝亢進作用あるいは小脳及びVTAのlocal cerebral glucose utilization促進作用を介した機能の活性化が報告されている。ノイロトロピンのこれらの作用については今後の検討課題であるが、神経細胞死抑制作用がノイロトロピンのRMNにおける歩行障害改善作用に関与している可能性が示唆される。従って、ノイロトロピンとTRH-Tとは作用動態が異なるものと考えられる。
結論
種々の試験に用いるRMNの効率的生産と供給体制を確立した。また、RMNにおいてCaイオンチャネルα1Aサブユニットの遺伝子クローニングを実施した結果、遺伝性の脊髄小脳変性症の一つとして知られているEA2と共通の特有の塩基配列の変異を見出した。次に、RMNを用いてノイロトロピンの4週間連日経口投与による失調歩行に対する効果を検討し、軽度の改善効果を認めた。また、小脳顆粒細胞の初代培養系においてアポトーシスによる低カリウム誘発細胞死を抑制したことから、神経細胞死抑制作用がその作用機序の一つである可能性が示唆された。一方、比較対照薬として用いたTRH-Tは一過性ではあるが、RMNの失調歩行に対して顕著な改善作用を示した。
現在、生後成長期のRMNと正常マウスでの小脳顆粒細胞のアポトーシスに対する効果についても検討中である。
以上、RMNに対する効力検討及び作用機序解明を目的とした培養小脳顆粒細胞を用いた研究により、ノイロトロピンの脊髄小脳変性症への臨床応用の可能性が示唆された。今後も、神経変性疾患に注目して研究を継続したい。

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