門脈血行異常症(門脈圧亢進症)に対する適応外使用医薬品(塩酸プロプラノロール)の臨床研究に関する研究

文献情報

文献番号
200000990A
報告書区分
総括
研究課題名
門脈血行異常症(門脈圧亢進症)に対する適応外使用医薬品(塩酸プロプラノロール)の臨床研究に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
杉町 圭蔵(九州大学大学院医学研究院 消化器・総合外科(第二外科))
研究分担者(所属機関)
  • 二川 俊二(順天堂大学医学部附属病院第二外科)
  • 加藤 絋之(北海道大学医学部附属病院第二外科)
  • 兼松 隆之(長崎大学医学部附属病院第二外科)
  • 北野 正剛(大分医科大学附属病院第一外科)
  • 橋爪 誠(九州大学大学院医学系研究科災害救急医学)
  • 塩見 進(大坂市立大学医学部附属病院第三内科)
  • 岩瀬 弘明(国立名古屋病院消化器科)
  • 富川 盛雅
  • 田上 和夫(国立病院九州医療センター外科)
  • 加藤 益弘(アストラゼネカ株式会社)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では門脈血行異常症患者における食道・胃静脈瘤や門脈圧亢進症性胃症を改善するための有望な治療薬として、すでに欧米においてその有用性が確認され保険適応となっている塩酸プロプラノロールのわが国における保険適応拡大を最終目標として、わが国における本医薬品の容量設定を行い、上部消化管出血に対する予防効果、副作用および合併症の出現頻度などを臨床的に検討し、安全性と総合的有効性について調査研究する。
研究方法
企業(アストラ・ゼネカ株式会社)、国立病院(2施設)、大学(6施設)を含めた官民共同体制により研究を行う。内視鏡検査により、未処置・未出血の易出血性食道静脈瘤・胃静脈瘤(日本門脈圧亢進症研究会食道静脈瘤内視鏡所見記載基準により、大きさがF2ないしF3のもので、かつ発赤所見が+以上)を有する患者(20歳以上65歳未満)を対象とする。被験患者より文書によるインフォームドコンセントをとった上で、安静時の脈拍数を25%減少させる量を維持用量として決定し、維持用量に達してから1年間継続投与する。その間、上部消化管出血からの出血の有無により予防効果を検討する。また、副作用および合併症の種類と程度、出現頻度などを観察する目的で、薬剤投与後は1ヶ月ごとに血液検査を行い、3ヶ月ごとに有効性の判定基準となる内視鏡検査による客観的観察や心電図検査を行う。
結果と考察
3. 研究成果
平成10年度は、まず分担研究者と企業(ゼネカ薬品株式会社)の薬剤開発部との間で協議を行い、すでに臨床試験を終了している欧米のデータと、日本において適応となっている狭心症での塩酸プロプラノロールの副作用を検討し、対象となる門脈血行異常症患者において想定される副作用を明らかにした。また、それらの心拍数変化のデータをもとに投与量の基準、対象となる症例の選択基準を決定した。さらに副作用を含めたインフォームドコンセントの内容確認を行い、説明文書および同意書、臨床試験実施計画書、症例記録用紙などの文書化を終了した。
平成11年度は、平成11年5月31日臨床試験実施計画書の最終固定がなされた。臨床試験の実施に先立ち各病院において臨床研究審査委員会(IRB)に申請書を提出した。6月22日に九州大学医学部付属病院第二外科より提出された申請書に対する承認が得られ、その後、平成11年11月24日までに計8施設において承認が得られた(表1)。承認後臨床試験が開始となり、各病院で企業(ゼネカ)より塩酸プロプラノロールを受領した。平成10年度までに完成した臨床試験プロトコールの選択基準を満たす症例のうちインフォームドコンセントが得られた症例を登録することとし、その第1例目が7月21日に九州大学医学部付属病院において登録された。その後、各施設で症例の登録が得られ、表2に示すような実施医療機関において臨床試験が開始された。平成12年3月31日現在、総計25症例の登録がなされた。薬剤投与後、有効性の判定基準となる内視鏡的観察に基づく客観的観察項目、また、安全性の面から心電図、血液検査結果などの臨床データの検討を定期的に行った。
平成12年度は、新たに22症例の登録が行われ、合計47症例となった。それら全ての患者背景は、男性34例、女性13例、平均年齢58.3±8.0歳、基礎疾患は肝硬変症44例、バッドキアリ症候群1例、特発性門脈圧亢進症1例、A-Pシャント1例であった(表3)。塩酸プロプラノロールの平均投与量は48.2±20.6 mg/日、平均心拍数低下率は23.6±8.1%、平均維持用量投与期間は30.8±18.1週であった(表4)。
塩酸プロプラノロール投与前後に内視鏡検査を行い比較が可能であった38症例について検討を行ったところ、静脈瘤形態の改善20例(52.6%)、不変16例(42.1%)、悪化2例(5.2%)であった。静脈瘤発赤所見に関しては改善20例(52.6%)、不変18例(47.4%)、悪化0例(0%)、PHGに関しては改善6例(15.8%)、不変26例(68.4%)、悪化6例(15.8%)であった(表5)。
研究期間中に食道・胃静脈瘤より出血した症例は2例(5.3%)であり、対照試験の27.9%(Inokuchi et al, Hepatology 1990; 12: 1-6)に比べ有意に低率であった(表6)。また、研究期間中にPHGからの出血を1例に認めた(2.6%)。
本臨床試験期間中にいくつかの症例において臨床プロトコール通り行うことが患者の不利益になる可能性が考えられる事例を経験した。具体的には以下のような事例であり、これらに対しては慎重に協議を行った。(1)臨床プロトコールでは、塩酸プロプラノロールの投与を1日30mgより開始し、心拍数をおよそ25%減少するまで漸次30mgづつ、120mgまで増量することとしている。しかし、症例1-2、1-4、1-6に関しては、30mgづつ増量することが高度の徐脈やその他の副作用を惹起させる可能性があった為、協議の結果安全性を考慮し、10~20mgの増量にとどめた。(2)臨床プロトコールでは、塩酸プロプラノロールの1日最低投与量を30mgとしている。症例1-10は30mgで目標心拍数を達成し、それを維持量としたが、経過観察中に高度の徐脈、全身倦怠感を訴えた。その為、投与量を10mgへ減量し、引き続き厳重な経過観察を行ったところ、心拍数は目標値を維持し、患者自身の訴えも消失した。臨床試験プロトコールでは最低容量を30mgと設定されていたが、協議の上、目標心拍数を維持でき、安全性の面を十分考慮した上でその容量を下回った場合であれば、薬剤投与期間中は臨床試験症例として経過観察することとした。
研究期間中に投薬を中止した症例を8症例認めた。その内訳は、食道静脈瘤悪化1例、肝硬変悪化による肝不全死1例、急性心筋梗塞後の肝不全死1例、中枢神経系副作用1例、同意撤回1例、本人の都合による転院1例、服薬状況悪化1例、投薬前の肝不全死1例であった(表7)。これらのうち、肝硬変悪化による肝不全死の症例は、塩酸プロプラノロールとの因果関係は認めなかったが、臨床試験期間中の有害事象として事務局に報告した。また、急性心筋梗塞後に肝不全を来した症例の場合は、投与第2病日に心筋梗塞を生じ投与を中止したが、塩酸プロプラノロールとのはっきりとした因果関係は認めなかった。その後、急性肝不全の状態に陥り死亡したため事務局に報告した。中枢神経系副作用を認めた症例の場合は、塩酸プロプラノロールによると思われるgrade 2の有害事象を認め、平成12年3月1日に事務局に報告した。塩酸プロプラノロール投与を中止後、数日にて症状は改善した。さらに、本臨床試験登録後の投与前評価中に外出先で突然死(肝不全死)された症例を認めた。内服開始前であったため塩酸プロプラノロールの有効性は未確認となった(表8)。
4. 考察
1981年Lebrecらは塩酸プロプラノロールによる門脈圧低下作用に注目し塩酸プロプラノロールが食道静脈瘤患者の出血予防に有効であることを報告した。本邦においては1987年に森瀬らが代償性肝硬変に伴う食道胃静脈瘤患者60例に塩酸プロプラノロールを投与し50%以上の症例に静脈瘤の改善が得られたことを報告している。
今回われわれが行った本研究では検討可能であった症例38例のうち半数以上の症例において塩酸プロプラノロールの投与により食道・胃静脈瘤の改善がみられ、PHGの悪化は15.8%に認められるのみであった。食道・胃静脈瘤の出血率は2/38 (5.3%)であり、自然経過による出血率14/52 (27.9%)(Inokuchi et al, Hepatology 1990; 12: 1-6)に比べ低値であった。本臨床試験期間中に出血を来した2例中1例は元来アルコール性肝硬変の症例で、出血時の事情聴取にて臨床試験期間中の禁酒が十分に守られていなかったことが判明し、アルコールの持続摂取が出血の一因と考えられた。
本臨床試験期間中に3例に食道・胃静脈瘤からの出血を認めたもののその他の症例の半数以上において静脈瘤の改善がみられたことから塩酸プロプラノロールは門脈圧亢進症による合併症を改善する有効な薬剤であると考えられた。
本臨床試験期間中にいくつかの症例において臨床プロトコール通り行うことが患者の不利益になる可能性が考えられる事例を経験したが、これらの症例に対しては主治医の判断のもとで事務局と慎重な協議が行われた。(1)臨床プロトコールでは、塩酸プロプラノロールの維持量を決定する際に、 1日30mgより開始し、心拍数を基準にして漸次30mgづつ、120mgまで増量することとしている。しかし、30mgづつの増量が、高度の徐脈やその他の副作用を惹起させる可能性があった場合、10~20mgの増量にとどめることは妥当であると判断された。(2)臨床プロトコールでは最低容量を1日30mgと設定されていたが、塩酸プロプラノロールの有効性の期待できる目標心拍数を維持できる場合は、1日10~20mgであっても本臨床試験の登録患者として何ら不都合はないと考えられた。
本臨床試験期間中に3例について有害事象を認めた。これら3症例に対しても事務局と慎重な協議が行われた。(1)肝硬変悪化による肝不全死の症例に関して協議したところ、本臨床試験の対象は、食道静脈瘤あるいは胃静脈瘤を有する門脈血行異常症(門脈圧亢進症)患者であり、その基礎疾患のほとんどは肝硬変症である。肝硬変症の場合、その自然経過として肝不全等で死亡することも十分に考えられるとの結論に達し、塩酸プロプラノロールとの因果関係は認めないと判断した。(2)急性心筋梗塞後に肝不全を来した症例に関して協議した。現在までに塩酸プロプラノロール投与による心筋梗塞例は、当試験の本症以外に関連が示唆される症例が国内において過去1例報告されているものの、海外における報告例は認めない。しかし、今回発症した急性心筋梗塞は添付文書に記載されていない重篤な有害事象に該当し、薬剤との関連が否定できない状況にあった為、本臨床試験継続の適否について慎重な協議が行われた。その結果、現在までの集積症例から検討した限りでは、本剤と心筋梗塞との関連は確立されたものではないこと、また、本試験の対象症例に特異的に認められるとの報告がないこと、さらに、海外において、添付文書に心筋梗塞の副作用の記載や報告例がない等の理由から、今後の試験継続に問題はないものと判断した。(3)中枢神経系副作用を認めた症例に関して協議した。本症例は、塩酸プロプラノロール投与後に不穏動作、舌がもつれるなどの神経症状がみられたため投薬を中止した。過去にこのような神経症状を伴う有害事象の報告は認められないが自験例は投薬開始に神経症状が発症し投薬中止にて消失したことから塩酸プロプラノロールによるgrade 2の有害事象とした。投与中止1週間後には症状は完全に消失し、その後も副作用と思われる症状を認めていない。
以上のように3例の有害事象が認められたが、塩酸プロプラノロールとの因果関係があると考えられた症例は2例であった。また、対象症例の基礎疾患は肝硬変症がほとんどであったが、長期投与を行っても肝機能障害を認めなかったため肝硬変症患者にも注意して使用すれば安全に投与できる薬物であると考えられた。
結論
本臨床試験において上部消化管出血に対する塩酸プロプラノロールの安全性と有効性について調査した。その結果、塩酸プロプラノロールは比較的副作用が少なく、門脈血行異常症による食道・胃静脈瘤や、門脈圧亢進性胃症を有意に改善し、上部消化管出血予防に対する有効な薬剤であることが分かった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-