加速試験で評価できない製剤機能の安定性評価に関する研究

文献情報

文献番号
200000979A
報告書区分
総括
研究課題名
加速試験で評価できない製剤機能の安定性評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 澄江(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿曽幸男(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 小倉敏弘(塩野義製薬株式会社製剤研究所)
  • 井田泰夫(塩野義製薬株式会社製剤研究所)
  • 江川広明(塩野義製薬株式会社製剤研究所)
  • 中村ひろ子(塩野義製薬株式会社製剤研究所)
  • 川上亘作(塩野義製薬株式会社製剤研究所)
  • 幸田繁孝(藤沢薬品工業株式会社物性研究所)
  • 北村 智(藤沢薬品工業株式会社物性研究所)
  • 田中和幸(藤沢薬品工業株式会社物性研究所)
  • 西垣智裕(藤沢薬品工業株式会社物性研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,097,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
製剤を構成する成分の物理的状態の経時的な変化は、重大な製剤機能の低下をもたらすが、その変化は、しばしば複雑なメカニズムによって引き起こされ、複雑な温度依存性を示すため、加速試験によっては適切に予測することができない。本研究は、製剤機能の変化を直接支配している製剤の物理的変化を、熱分析等の物理化学的手法を駆使して感度よく検出する方法を体系化するとともに、それらの方法を用いて製剤の物理的変化の温度依存性を、物性を指標として明らかにすることによって、通常の加速試験では評価できない製剤機能の安定性を評価する方法を確立することを目的とした。本年度は、①製剤機能に著しく影響を与えるにもかかわらず、加速試験による予測が一般的には困難と考えられている非晶質医薬品の結晶化の現象に関しては、前年度までに明らかにした非晶質ニフェジピンの結晶化速度に及ぼす分子運動性の影響について、ポリビニルピロリドン(PVP)との固体分散体に対象を広げて検討した。また、分子運動性の指標として、前年度までに測定したエンタルピー緩和時間およびNMR緩和時間に加えて、誘電緩和時間およびガラス転移温度(Tg)の昇温速度依存性に基づく構造緩和時間を測定し、結晶化速度を支配する分子の運動をより感度よく表せる指標としての有用性を比較検討した。②非晶質微粉末製剤の凝集現象については、分子運動性の指標として等温微量熱量計によってエンタルピー緩和時間を測定し、前年度にDSCによって測定したエンタルピー緩和時間およびレオロジー特性に基づく緩和時間と比較検討し、その温度依存性に基づいて経肺製剤の重要な製剤機能である肺への到達率の経時的安定性を予測する可能性を検討した。さらに、③加速試験による予測が困難であると考えられているタンパク質製剤の品質変化に関しては、インターロイキン2(IL2)の凍結乾燥製剤の失活速度および着色化速度の温度依存性について、NMR緩和時間およびTgを指標とした分子運動性との関連性を検討し、タンパク質製剤の安定性予測の可能性を考察した。
研究方法
①ニフェジピンとPVPの混合物を加熱融解してニフェジピン-PVP固体分散体を調製し、一定温度に保存後経時的に保存試料のDSCサーモグラムを測定した。結晶化熱の時間変化を2次元核成長モデルに当てはめ、結晶化速度を算出した。さらに、ニフェジピン-PVP固体分散体について、Tgの昇温速度依存性に基づく構造緩和時間をAdam-Gibbs-Vogel式(AGV式)に従って算出した。さらに、誘電緩和時間を測定した。
②非晶質FK888微粉末約を等温微量熱量計に入れ、一定温度で測定した熱量変化をJander式に当てはめ、エンタルピー緩和速度定数を求めた。比表面積はガス吸着法により測定した。肺への微粒子到達率はカスケードインパクターを用いて測定した。
③IL2の凍結乾燥製剤として、マルトースと人血清アルブミンを主な添加剤とする製剤を用いて、25℃~60℃に保存し、経時的に力価及び着色度を測定した。さらに、プロトンのスピン-スピン緩和時間を測定し、ロレンツ型緩和を示すプロトンの割合が急激に増大する温度(Tmc)を求めた。
結果と考察
①ニフェジピン-PVP固体分散体における非晶質ニフェジピンの結晶化速度と分子運動性
ニフェジピン-PVP固体分散体のDSCには50℃付近にガラス転移に基づくベースラインの断絶がみられ、試料が非晶質であることが示された。120℃付近における非晶質ニフェジピンの結晶化による発熱ピークは経時的に小さくなり、非晶質ニフェジピンの結晶化が進行していることが示された。結晶化熱から算出した非晶質ニフェジピンの残存量はS字型の減少パターンを示し、ニフェジピンは2次元核成長モデルに従って結晶化することが示された。PVP固体分散体中のニフェジピンの結晶化速度は保存温度に対して直線のアレニウスプロットを示さず、Tg以上と以下の温度領域で異なる温度依存性がみられた。ニフェジピン-PVP固体分散体の誘電緩和スペクトルは、2つの誘電損失ピークを示し、固体分散体には速度の異なる動きが少なくとも2種類以上存在することが示唆された。緩和時間はいずれも直線のアレニウスプロットを示したが、低周波側に見られた遅い動きに基づく緩和時間が結晶化速度と同様の温度依存性を示したことから、結晶化は遅い動きと密接に関連することが示唆された。ニフェジピン-PVP固体分散体のTgの昇温速度依存性に基づく構造緩和時間は温度の低下とともに増大し、分子運動性が低下することが分かったが、その温度依存性はTgで変化し、Tg以下では温度による変化が小さくなった。結晶化速度の実測値は同様の温度依存性を示した。これらの結果から、結晶化の律速過程が主に分子運動性に支配されており、Tg付近で測定した結晶化速度を分子運動性の温度依存性に従って外挿することによって、室温での結晶化速度を正確に予測できることが示唆された。
②非晶質FK888微粉末の凝集速度と分子運動性
40~65℃に保存した非晶質FK888微粉末について等温微量熱量計で測定した熱量変化は測定温度が高いほど大きいこと、また、あらかじめ加熱保存してエンタルピー緩和した試料においては大きな熱量変化は観測されなかったことから、観察された熱量変化はエンタルピー緩和現象に基づくことが示唆され、各測定温度における分子運動性を反映するものと考えられた。熱量の経時変化からJander式を用いて算出した速度定数の温度依存性は、直線的なArrheniusプロットを示した。40~70℃に保存すると、経時的に比表面積の減少を示し、保存によって微粉末の凝集が引き起こされることが分かった。ここで、保存温度が高くなり、エンタルピー緩和が速くなるほど凝集の度合いは増大し、凝集速度と分子運動性が相関することが示唆された。粉末吸入剤としての重要な機能である肺への微粒子到達率を測定した結果、70℃、2週間の保存では著しく低下し、製剤機能が凝集によって大きく影響されることが判明した。肺への微粒子到達率が凝集に依存すること、また凝集速度がエンタルピー緩和速度によって測定した分子運動性と相関することから、分子運動性の温度依存性及び加速試験の結果より、室温付近の物理的安定性を予測することが可能であることが明らかになった。
③タンパク質凍結乾燥製剤の失活および着色速度と分子運動性
IL2凍結乾燥製剤は粉末X線回折によって非晶質状態であることが確認され、Tgは65℃、NMR緩和においてロレンツ型緩和を示すプロトンの比率が急激に増大するTmcは55℃付近に見られた。IL2凍結乾燥製剤は25~60℃における保存によって経時的に着色および力価の低下を示し、失活および着色の一次速度定数の温度依存性は、Williams-Landel-Ferry式(WLF式)によくフィットした。ここで速度定数はArrhenius式にもフィットし、両式の適合性に有意な差はみとめられなかったが、低温領域では温度依存性が大きくなる傾向がみられることから、低温領域における安定性の予測には、WLF式がより有用であることが示唆された。水分含量の異なる製剤について測定したTgは、水分含量の増加とともにGordon-Taylor式に従って低下した。また、製剤のTmcはいずれの水分においてもTgより5~10℃低い値を示した。水分含量の異なる製剤の失活速度は、保存温度をTgで規格化することによって、いずれの水分含量の製剤もほぼ一致する温度依存性を示したことから、Tgで表される分子運動性が製剤の安定性を支配する主要な要因であることが示唆された。
結論
①ニフェジピン-PVP固体分散体について測定した誘電緩和時間およびTgの昇温速度依存性に基づく構造緩和時間は、非晶質ニフェジピンの結晶化速度と同様の温度依存性を示すことが明らかになり、Tg付近の高温の温度条件で得られた結晶化速度の観測値と緩和時間の温度依存性の情報を組み合わせることにより、室温における結晶化速度を予測できる可能性が示唆された。②非晶質FK888微粉末について、粉末吸入剤としての重要な機能である肺への微粒子到達率が凝集に依存すること、また凝集速度がエンタルピー緩和速度によって測定した分子運動性と相関することが明らかになり、分子運動性の温度依存性および加速試験の結果に基づいて室温付近の物理的安定性を予測することが可能であることが示唆された。③IL2凍結乾燥製剤の経時的な失活および着色の現象は、分子運動性によって大きく影響されることが明らかになった。その速度の温度依存性はそれぞれWLF式で表すことができ、WLF式に基づいて安定性を予測できる可能性が示唆された。

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