トランスポーター遺伝子発現細胞を用いた薬物吸収・分布・排泄動態評価系の開発

文献情報

文献番号
200000976A
報告書区分
総括
研究課題名
トランスポーター遺伝子発現細胞を用いた薬物吸収・分布・排泄動態評価系の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
辻 彰(金沢大学薬学部)
研究分担者(所属機関)
  • 玉井郁巳(金沢大学薬学部)
  • 佐々木琢磨(金沢大学がん研究所)
  • 宮本賢一(徳島大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
組織細胞膜に発現するトランスポーター群は、輸送の多様性によって生体に「必要なもの」を細胞内に取り込み、「不要なもの」を細胞外に排出する選別輸送機能を持つ。この生体膜輸送機構の詳細を明らかにし制御することができれば、本来生体異物である薬物の薬効を最大限に発揮させ、毒性を最小限にする道が開かれる。本研究では主任研究者の従来の研究基盤に基づいて、薬物の体内動態特性において、細胞膜透過が単純拡散よりはむしろ特異的トランスポーターの関与によって説明できる場合について着目し、その過程に含まれるトランスポーターの重要性の評価を行うとともに、関与するトランスポーター分子の実体解明を目的とした。
研究方法
ヒトNPT1およびマウスOCTN遺伝子はそれぞれヒト成人腎臓およびマウス腎臓cDNAライブラリーからPCR法により単離した。ヒトOCTN1,2は昨年度既にクローニングしたものを用いた。cDNAクローンの機能解析は、HeLaあるいはHEK293細胞にトランスフェクションを行い放射性標識化合物の細胞内取り込みを測定した。転写調節領域の解析はヒトLAT1および4F2hc cDNAをプローブとして、ヒト胎盤由来のゲノムライブラリーをスクリーニングし、遺伝子構造を決定した。各遺伝子の第1エクソンを同定し、primer伸張法にて転写開始点の決定した。転写調節機構は、RBEC1細胞、ヒトT細胞、CHO細胞を用いたルシフェラーゼアッセイにより解析した。各トランスポーターの組織分布の解析はRT-PCR法ならびに特異抗体によるウェスタンブロットあるいは組織染色により行った。消化管吸収実験は、ヒト大腸癌由来Caco-2細胞膜透過、ラットまたはウサギ小腸切片をUssing chamberに装着した小腸透過、およびラット腸管内投与により行った。薬物の脳移行性は、脳毛細血管内皮初代培養および不死化細胞、脳灌流法を用いた。さらにmdr1a,1bダブルノックアウトマウスを用いた。hPEPT1の安定発現細胞株およびHT-1080細胞、ヒト胃がん細胞NUGC-3の薬剤耐性細胞を樹立した。樹立細胞の薬剤感受性はMTT法により検討した。Balb/c nu/nuマウスにhPEPT1発現HeLa細胞を移植した担がん動物を作製し、抗がん剤の移行性を評価した。
結果と考察
Caco-2細胞やラットおよびウサギの小腸組織を用いて、L-/D-乳酸、(S)/(R)-マンデル酸および(S)/(R)-2-フェニルプロピオン酸等の光学活性なモノカルボン酸を基質として消化管吸収における光学選択性について検討した結果、立体選択的な透過や阻害作用を示すためには、カルボン酸の2位に水酸基、あるいはアルコキシ基を有することが必須であること、(S)-体のほうが(R)-体よりもトランスポーターに対する親和性が高いことが示された。立体選択性や構造認識性見られたことから、in vivoでのモノカルボン酸吸収に恒常的にトランスポーターが寄与しているものと思われた。
ニューキノロン系抗菌薬のgrepafloxacin(GPFX)およびlevofloxacin (LVFX), ofloxacin (OFLX), sparfloxacin (SPFX)の脳移行制限機構については、ラット脳毛細血管内皮不死化培養細胞RBEC1のGPFX、SPFXおよびLVFXの取り込み量が非標識体存在下で増大したこと、放射性標識GPFXのラット脳灌流法で求めた見かけの血液脳関門透過速度が非標識体の共存により有意に増加したこと、P-gp遺伝子欠損マウスのGPFXおよびSPFXの非結合形脳/血漿間分配比(Kp,f)が正常マウスに比べて3および4倍増加したこと、RBEC1へのGPFXの定常状態取り込みがアニオンおよびカチオン性薬物やアニオン交換輸送阻害剤であるDIDSの共存や緩衝液中のHCO3- を除去することにより有意に増大したこと、MRP過剰発現細胞HL60/ADMへのニューキノロン系抗菌薬の取り込みがHL60と比較して小さいこと等の結果から、P-gpのみならずHCO3- 感受性の排出機構およびMRP1を含む複数の排出輸送系が関与していることが示唆された。
腎尿細管上皮細胞刷子縁膜における有機アニオントランスポーターの実体を明らかにする目的で、ヒトNPT1発現HEK293細胞を用いて検討したところ、PAH取り込みがナトリウム非依存性で、Km値 2.66 mMの飽和性がみられ、その取り込みが種々の有機アニオンによる阻害剤効果を受けたこと、放射性標識したuric acid、benzylpenicillin、faropenem、estradiol-17β-glucuronideおよびindomethacinもNPT1の基質となること、NPT1タンパク質が腎尿細管上皮細胞刷子縁膜に発現すること等の結果から、NPT1が刷子縁膜における有機アニオントランスポーターの一つとして位置づけられた。
ヒトにおいては2種類(OCTN1およびOCTN2)見いだされていたOCTNファミリーの新たなメンバーとして、マウスより3種類(OCTN1,OCTN2、OCTN3)のホモログを見いだし、それぞれGenBankに、AB016257、AB015800、ならびにAB018436として登録した。一次配列から、それぞれ553、557および564アミノ酸残基をコードすると推定された。OCTN間の相同性は70%以上であった。RT-PCRおよびWestern解析の結果、いずれも腎臓および精巣に発現することがわかった。OCTN1ならびにOCTN2は他に肝臓や筋肉など多くの組織で検出された。一方、OCTN3の分布は腎臓と精巣に検出され、特に精巣には高い発現を示した。カルニチンならびにTEAについて、各OCTN発現細胞への取り込みを測定したところ、OCTN2はカルニチンならびに有機カチオン輸送の両活性を有するが、OCTN1およびOCTN3はそれぞれ有機カチオンおよびカルニチン取り込みに対して特異性を有するものと考えられた。OCTN3を介するカルニチン取り込みは全くナトリウムイオン依存性を示さず、OCTN2とは全く異なるメカニズムで生じるものと考えられた。
ペプチドトランスポーターが発現することにより、がん細胞へのペプチド性抗がん剤の移行性が上昇するかを、in vitroおよびin vivoで以下のように検討した。まずHeLa細胞を用いてhPEPT1を安定発現細胞を樹立し、放射性標識ベスタチン取り込み活性によりhPEPT1の強制発現を確認した。両細胞をヌードマウスの背部皮下に移植し腫瘍を形成させた担がんマウスに、ベスタチンあるいは放射性標識カルノシンを投与したところ、両ペプチドが腫瘍内に取り込まれていることが示された。両腫瘍細胞のベスタチン感受性はin vitroではMTT法により、in vivoでは担がんマウスにベスタチンを経口投与し腫瘍増殖抑制効果がを確認した。以上の結果からペプチドトランスポーターを介した腫瘍組織へのドラックデリバリーが可能であることが示された。
抗腫瘍性シトシンヌクレオシド耐性細胞を樹立し初期耐性化機構の解析をおこなった結果、HT-1080細胞の抗腫瘍性シトシンヌクレオシドに対する初期耐性化機序は、esNTの発現低下による細胞内移行量の低下であり、NUGC-3細胞では主にリン酸化酵素の活性減弱であることが示され、耐性機序の違いは親株に発現しているNTの相違によると考えられた。esNTは細胞の生育環境に応じてその発現量が変化し、細胞の防御機構を担う重要なNTであることが明かとなった。また、NTの発現様式が異なった細胞でもリン酸化酵素の活性減弱が高度耐性化にとって必須要因であることが示された。
血液脳関門細胞における中性アミノ酸トランスポーターであるLAT1遺伝子発現に必要な部位は、転写開始点上流-900bpから-720であり、この領域には様々な転写因子結合配列の存在が示唆された。とくに、アルコールにより誘導される転写因子ADRや様々なストレスにより誘導されるHSFの結合配列が多く見られた。このような結果は、いろいろな外的刺激によりLAT1遺伝子が誘導可能であることが考えられ、血液脳関門における中性アミノ酸輸送系を介する薬物の選択的な輸送能を高めることが可能であると考えられた。一方、4F2hcの発現は、調べたほとんどの組織で発現されていることから、血液脳関門における中性アミノ酸輸送を担うLAT1および4F2hc遺伝子における組織的発現特異性は、LAT1遺伝子によつて決定されると考えられた。
結論
薬物の消化管吸収、組織分布、ならびに体外への排泄過程に関与すると考えられる担体介在輸送の特性解析とその実体解明を試みた結果、従来単純拡散による膜透過で説明されてきた種々化合物の体内動態が、トランスポーターを介した細胞膜透過を含むことが示された。新たに見いだしたOCTNトランスポーターのマウスホモログOCTN3を含めて今回検討したトランスポーター群はいずれも、内因性物質のみならず、その基質認識性に応じて何らかの薬物も認識し、細胞内取り込みあるいは細胞外への排出に関与することが明らかとなった。OCTNトランスポーターには種差がみられた。相互に顕著に異なる機能を有するOCTNアイソフォームの発見は、ゲノム解析等によって得られる構造的情報のみからでは、その機能の推測が困難であり、今後、構造ム機能相関に関する検討により、トランスポーターの活性を予測する研究が必要であること考えられた。このような薬物動態に関与するトランスポーターの存在の実証研究は、今後の医薬品開発戦略に新しい考え方を付与すると同時に、臨床的な薬物間相互作用などによる体内動態変動要因の特定に結びつくものであり、さらなるトランスポーターの実態解明とその定量的意味付けの解析が必要とされる。

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