中枢神経系におけるATP受容体の機能の解析と医療への応用

文献情報

文献番号
200000969A
報告書区分
総括
研究課題名
中枢神経系におけるATP受容体の機能の解析と医療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
井上 和秀(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山口時男(山之内製薬(株)・第一創薬研究所)
  • 劉世玉(日本グラクソ(株)筑波研究所)
  • 宮地宏昌(協和発酵工業・医薬総合研究所)
  • 岩永敏彦(北海道大学獣医学部解剖学教室)
  • 木村純子(福島県立医科大学薬理学講座)
  • 黒田洋一郎(東京都神経科学総合研究所)
  • 川村将弘(東京慈恵会医科大学薬理学教室)
  • 荒木博陽(岡山大学・医学部・薬剤部)
  • 赤池紀扶(九州大学医学部第2生理学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
26,737,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は,受容体の遺伝子解析に基づく多様なATP受容体機能解析ツールを開発し,それを遺伝子強制発現系,細胞レベル,組織切片,全身動物病態モデルに応用し,ATPによる脳保護作用と痛み伝達について明らかにするものである。その成果により,全く作用機序を新たにする脳保護薬と鎮痛薬の開発に寄与しうる。
痛みについては、我々が見いだしたATP受容体刺激により誘発される特徴的な疼痛反応メカニカル・アロディニアについてその発症メカニズムを検討した。さらに、炎症モデル動物(ラット)を作成し、炎症発現状態におけるDRGでのP2X3mRNAおよびP2Y2mRNAの発現を検討した。また、モルフィンが奏効しにくい、神経因性疼痛モデルラットをつくり、そのDRG内のP2Xn mRNA量を経日的に測定することで本病態形成におけるP2Xnの関与を調べた。
脳保護作用に関する研究では、脳内ATP受容体が虚血や低酸素、あるいは同期性アポトーシスなどの病態時、あるいは、てんかんなどの神経細胞の異常興奮時に上昇した細胞外ATPを検出して、それぞれの機能に応じた「緊急事態デテクター」としての役割を持っているのではないかと考え、自律機能制御に関与する求心性情報の中継・統合神経核である延髄孤束核および海馬に注目し、それぞれの神経ネットワークにおいてATP受容体がシナプス伝達をどのように修飾して、それぞれの機能を変化させるのかを検討した。
研究方法
ATP受容体遺伝子のクローニングと機能解析、in situ hybridization および免疫組織学的検討、ATP受容体cDNA強制発現系、whole cell patch recording、スライスパッチ法、全身動物病態モデル、疼痛モデル等は既報通りに行った.
結果と考察
ラット後肢足底部にATPあるいはabmeATPを投与することで誘発される疼痛関連行動は,現在まで三種類が報告されている.一つは,自発痛と思われる投与側後肢のliftngおよびlicking行動(nocifensive behavior),二つめは熱刺激に対する痛覚過敏反応(thermal hyperalgesia)である.これらはいずれも短時間に回復し,拮抗薬PPADSにより抑制され,幼仔期にcapsaicinを処置してcapsaicin感受性神経を破壊したラットで消失する.本年度は,三つめの疼痛関連行動として機械刺激に対する異痛反応(mechanical allodynia)が誘発されることを見出した.このallodynia反応はPPADSにより抑制されるが,前者二つの疼痛関連行動と大きく異なる点は,発現持続時間が比較的長く,capsaicin感受性神経破壊ラットにおいても対照ラットと同程度に出現することである.このallodynia反応の強度を既知の疼痛誘発物質であるBK,5-HTおよびPGE2と比較したところ, BKおよび5-HTよりはるかに強く,PGE2に匹敵するものであった.しかし,PGE2誘発allodynis反応はcapsaicin感受性神経破壊ラットにおいて消失することから,abmeATPのallodyniaとは作用機序が異なるものと考えられる.さらに,これらの疼痛関連行動を誘発するabmeATPの用量においては浮腫形成が認められなかった.abmeATP誘発疼痛行動は,交感神経節後神経破壊薬6-OHDAや肥満細胞脱顆粒薬compound48/80の処置によっていずれも影響を受けなかった.したがって,abmeATP誘発疼痛関連行動は投与部位に入力している一次求心性線維上のP2X受容体の活性化が起因していると思われる.また,capsaicin感受性神経破壊ラットのL4-L6 DRG神経細胞では,P2X3受容体を介する急速な不活性化を伴ったATP電流は消失するが,P2X2/3受容体を介すると思われる緩徐な不活性化を伴った電流は変化していなかった.以上のことから,abmeATP誘発nocifensive behaviorおよびthermal hyperalgesia発現にはP2X3受容体が,mechanical allodyniaにはP2X2/3受容体が関与していると考えられる.
このアロディニア反応は神経因性疼痛の代表的な症状であるため、神経因性疼痛モデルラットを作成し、その動物のDRGでのP2X3の発現パターンを他のP2X類と比較した.その結果、設定した閾値に達するサイクル数(()内数値)の比較から、正常ラットDRG内mRNA発現量はG3PDH (26.1)>SNS (27.3)≧P2X3 (27.5)>>P2X5 (33.1), P2X4 (33.4), P2X6 (33.7), P2X7 (33.9)≧P2X2 (34.2)>P2X1 (37.6)の順で多かった。Chung modelにおいてそのmRNA量が減少することが知られているSensory Neuron Selective (SNS) Na+ channelは、本研究においても減少していることが確認された。一方、P2Xについては、P2X4には変動が認められなかった。しかしながら、P2X1は、1から7日目まで増加傾向が、P2X2、P2X5およびP2X6は1から7日目まで減少傾向が認められた。また、P2X3は1日目で減少傾向、P2X7では7日目で増加していた。
昨年度の報告に、フォルマリン試験での第2相は炎症性疼痛と関係があるとされていて、この炎症性疼痛はP2X3受容体刺激により増強される事を示した.そこで、本年度は炎症モデル動物のDRGでのP2X3受容体の発現パターンを検討した.その結果、コントロールラットの後根神経節では、既報の通り、小型のニューロン群のみがP2X3mRNAの強いシグナルを発現していた。一方、炎症モデルラットの後根神経節では、小型ニューロンに加えて、コントロールでは見られない大型のニューロンの一部がP2X3mRNAを発現していた。炎症モデルの後根神経節におけるP2Y2mRNAの発現は、コントロールに比べると、全体的にやや増加していた。ところが、発現細胞は神経節細胞ではなく、それらを取り囲むグリア細胞(外套細胞)および神経線維中のシュワン細胞であることが判明した。
次に、脳保護作用に関する研究結果を述べる.ラット孤束核P2X受容体活性化による孤束核興奮性ネットワークシナプス伝達の促進を検討するために、孤束核の小径(細胞体長径15μm以下)ニューロンを同定し、膜電流をホール・セル・パッチ・クランプ法で記録した。孤束の電気刺激によって単シナプス性に誘発興奮性シナプス後電流を示す2次求心性ニューロンを対象とした。これらのニューロンの多くは、共焦点顕微鏡による実験後の形態解析の結果、数本の短い樹状突起を有し軸索が孤束核内で終わる介在ニューロンであった。ATP(10-6 - 10-4 M)が、孤束刺激誘発の興奮性シナプス後電流の振幅を有意に抑制すると同時に、自発性の興奮性シナプス後電流頻度を有意に増加する事実を昨年度報告した。本年度はこの自発性興奮性シナプス後電流頻度の増加機構を解明した。この増加は、テトロドトキシンによって影響されず、細胞外液中のカルシウムイオン濃度に依存していた。したがって活動電位発生に依存しない細胞外からのカルシウム流入によって生じていることが分かった。そのカルシウムの流入起源を同定するため、電位依存性カルシウムチャネルの関与を検討した。孤束刺激誘発電流を完全に消失させる濃度のカドミウムイオン存在下にATPの影響を調べたところ、カドミウム非存在下と同程度のこの頻度増加が観察された。この事実は、孤束核2次求心性ニューロンに収斂する興奮性シナプスの終末にカルシウム透過性のP2X受容体が発現しており、そこからのカルシウム流入が、電位依存性カルシウムチャネルの活性化を介さずにグルタミン酸の放出を引き起こしていることを明示している。この事実をさらに確認するために、電子顕微鏡を用いて、post-embeddingの免疫組織化学を行なったところ、孤束核における興奮性シナプス前の細胞膜にP2Xサブユニットが発現していることが示された。このシナプス後電流頻度増加はATP(ED50 = 3.3×10-4 M)でも、α,β-methylene ATP(ED50 = 8.0×10-5 M)でも生じ、その効力はα,β-methylene ATP > ATPであった。いずれの作用もPPADS(20-40 μM)でほぼ完全に消失した。ATPによって発生した興奮性シナプス後電流は、振幅が大きく(平均20 pA)、時定数も小さく、膜電流固定記録下シナプス後細胞に活動電位を発生させるに十分であった。以上の成果は、孤束核2次ニューロンに投射する興奮性ニューロンのインパルス発生を伴わずに、細胞外ATP濃度の上昇のみによって、グルタミン酸作動性興奮性シナプス伝達が起こることを明示している。
さらにラット海馬多シナプス性シナプス伝達に及ぼすATPの影響を検討した.まず海馬CA1およびCA2領域の錐体細胞から全細胞膜電流を記録し、それぞれに投射する分子網状層の電気刺激によって生ずるシナプス後電流に及ぼすATPおよびアデノシンの作用を検討した。電気刺激は単シナプス性の興奮性内向き電流を誘発したが、picrotoxinの潅流によってさらに、多シナプス性バースト状内向き電流、および、遅延外向き電流が顕現した。いずれもCNQXで消失した。遅延外向き電流は、約-100 mVの反転電位を示し、phaclofenによって有意に減弱し、さらに、細胞内セシウムおよびQX-314潅流によって消失したことから、多シナプス性に放出されたGABAがシナプス後膜のGABAB受容体を活性化させて生じたK+電流と同定された。単シナプス性内向き電流は、ATPとアデノシンのいずれによってもほぼ同程度まで抑制され、いずれの効果も8-cyclopentyl-1,3-dipropylxanthine (DPCPX)によって有意に減弱した。多シナプス性内向き電流もATPとアデノシン両方によって有意に抑制されたが、アデノシンによる抑制作用がDPCPXによって有意に減弱したのに対し、ATPによる抑制はDPCPXでは減弱しなかった。ATPによる抑制は、PPADSでも減弱しなかった。ついで、ラット海馬自発性シナプス伝達に及ぼすATPの影響を検討するために、海馬CA3から自発性の抑制性および興奮性シナプス後電流を同時記録し、ATP(100 μM)およびアデノシン(100 μM)は抑制性および興奮性シナプス後電流の頻度を減少させた。ところが、ATP(1 mM)は、抑制性シナプス後電流頻度を増加し、興奮性シナプス後電流頻度を減少させるという相反的な作用を同時に示した。このうち、興奮性シナプス後電流頻度の減少は、DPCPXによって消失した。また、α,β-methylene ATPは、抑制性シナプス後電流頻度を増加したが、興奮性シナプス後電流頻度の減少は起こさなかった。これらの効果はtetrodotoxin存在下では観察されなかった。この結果は、昨年度報告した孤束核におけるATPとアデノシンによる「チームプレイ」と同じように、ATPとそれから代謝されて産生されるアデノシンが、CA3錐体細胞の興奮性を低下させるために協働的に機能することを示している。
結論
脊髄後根神経節における痛覚受容・伝達機構にATP受容体P2X3が関与していることは、本研究による結果から支持されるが、ATPが関与する痛覚の種類、痛みの強さとP2X3発現の関係についてはさらなる精査が必要である。
孤束核において、細胞外ATPはシナプス前構造の興奮を介さずに、受容体チャネルからの直接的カルシウム流入によって興奮性シナプス伝達を引き起こすことによって、孤束核ネットワークを興奮させることを証明した。これは、脳内のnativeなシナプスにおける世界初の証明であるとともに、孤束核P2X受容体の直接的活性化が、自律神経系を介した生体の「防御反応」を引き出す可能性を示す重要な実験事実である。また、その可塑性機構のために低酸素や虚血に対して極めて脆弱な神経構造である海馬では、孤束核と反対に、細胞外ATPが、多シナプス性興奮の抑制と、抑制性神経伝達の高進を引き起こした。これは、側頭性てんかんなどの病態時における海馬の多シナプス性異常興奮を抑えることによって、グルタミン酸細胞毒性を抑える保護的機構と考えられる。

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