スフィンゴ脂質の情報伝達の研究と抗血栓症薬開発に関する研究

文献情報

文献番号
200000968A
報告書区分
総括
研究課題名
スフィンゴ脂質の情報伝達の研究と抗血栓症薬開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
望月 直樹(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 安斎則夫(トーアエイヨー株式会社)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,242,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血管内皮細胞と血小板の関係は血栓形成とそれに引き続く内皮細胞側の防御機構を考える上で非常に重要な関係である。血小板から分泌されるSPP, LPAがどのように血管内皮細胞の増殖や遊走に関わるかを調べることはすなわちEDG受容体による内皮細胞の制御を調べることに他ならない。本研究ではEDG受容体の細胞内情報伝達系を詳細に調べることとEDG受容体関連薬(作働薬・拮抗薬)を創薬することを目的としている。予め生物学的作用を充分に検討する必要があると判断し本研究班では情報伝達系の解析と実際の薬物スクリーニングを並行に行っていく。昨年度までにLPA受容体のErk活性化機構を明らかにした。三量体GTP結合蛋白質Giのαサブユニットに結合するrap1GAPIIによりGTP-Rap1が減少しRap1が抑制していたRas/Erk系が亢進することを示した。本年度はさらに他のEDG受容体でのErk活性化機構を検討する。受容体EDG-3は三量体GTP結合蛋白質G13と共役し下流のp115RhoGEFを活性化することで細胞接着を制御すると考えられているが、これまで着目されていないアダプター分子Crkの関与を検討し接着における役割を明らかにする。実際にスクリーニングを開始するにあたりスクリーニング系の確立と合理的創薬設計ソフトウェアーを用いた薬物構造学的検討により候補薬剤を選択していく。
研究方法
(1) EDG-1,2,3,4,5cDNAの単離,発現ベクターの構築と同受容体発現細胞株の樹立:SPP受容体EDG-1,3と-5、リゾフォスファチジン酸 (LPA) 受容体EDG-2,4 cDNAをhuman heart cDNA library(Clontech 社)をtemplateにして増幅単離した。それぞれのcDNAをFLAGタグ付のmammalian発現プラスミドにサブクローニングしてその発現を確認した(pCXN2-FLAG-EDG-1,2,3,4,5)。Signal sequenceを持っているためsignal sequenceがはずれた場合、アミノ末端のFLAGが切れる可能性を考慮してVSVのsignal sequenceの下流にFLAGタグをつけてさらにsignal sequenceと考えられるそれぞれのアミノ酸を除いた全長アミノ酸をコードするcDNAをVSVsignal sequenceの下流に挿入するプラスミドも構築した(pVSV-FLAG-EDG-1,2,3,4,5)。EDG-1,2,3,4,と-5を発現するHela細胞株を樹立した。EDGcDNAの恒久的導入にはneomycin耐性遺伝子を有するベクターを用いたためneo選択を行い細胞株を樹立した。EDG-受容体の発現はM2 anti-FLAG モノクローナル抗体(Sigma社)でイムノブロットにて確認した。またそれぞれのcDNAが細胞に恒久的にintegrateされていることをそれぞれのcDNAをプローブにしたSouthern blotで確認した。(2) Erkの活性化ならびにCrk燐酸化の検討:内因性EDG受容体刺激による増殖刺激作用の検討は燐酸化Erkを指標として調べた。NIH3T3細胞、COS-1細胞、Hela細胞を12時間血清飢餓状態にした後、10mM SPP, 1mM LPAで刺激した。細胞溶解液(150mM NaCl, 20mMTris-HCl PH 7.5, 1% NP-40, 10mM MgCl2, 1mMPMSF, 3mg/mlLeupeptin)で懸濁し15,000rpm10分間の遠心後の上清をSDS-PAGE後、PVDF膜に転写し3%Ovalbumin(TBS-0.1% tween20)でブロッキングの後、抗燐酸化Erk抗体(New England Biolab社)を使用してイムノブロットを行った。EDG受容体下流の細胞接着・遊走機能を調べるため、アダプタ-蛋白質Crkの燐酸化を検討した。NIH3T3細胞、COS-1細胞、HUVECを血清飢餓の後SPPあるいはLPAで刺激した。細胞溶解液を10%SDS-PAGE後,抗Crk抗体(Transduction Laboratory社)でイムノブロットを行った。Crkの燐酸化はbandシフトの有無により判定した。(3) EDGアゴニスト及びアンタゴニストのスクリーニングのための評価系の構築:SPP及びLPAは、三量体GTP結合蛋白質GqまたはGiを介し細胞内Ca2+([Ca
2+]i)の上昇を誘起することが知られていることから、[Ca2+]iの測定は受容体活性化の評価法として有用であると考えた。使用可能な細胞系を選択する目的で、肺動脈内皮細胞 (PAEC)、肺静脈内皮細胞(PVEC)、HT1080、Swiss3T3、NIH3T3、CHO、HeLa、HEK293T及びCOS-1細胞をSPP及びLPA刺激した際の[Ca2+]i内因性のEDGの有無を確認した。使用細胞はSPPあるいはLPA刺激による[Ca2+]Iの増加の反応性が良い細胞を上記細胞群のなかから選択した。本評価系にはNIH3T3細胞を使用した。EDGアゴニストの評価は、試験化合物によりNIH3T3細胞刺激を行い(最大10-4M)、 その[Ca2+]iの上昇を測定することにより行った。EDGアンタゴニストの評価は、試験化合物をアッセイ5分前から室温でインキュベートし、SPP及びLPA 10-7M刺激により誘起される[Ca2+]i上昇の抑制作用を測定することにより行った(10-5M)。NIH3T3細胞は96穴マイクロプレートに播種し、DMEM(10%FBS)を用いて24時間培養し、MEM( FBS-)に交換して更に24時間培養後、アッセイに使用した。[Ca2+]I測定前に蛍光Ca2+指示薬Fluo3-AM(10-5M)を細胞内に導入し、(室温、60分)、DPBS(+)に交換後 、刺激により誘起される[Ca2+]iの上昇に伴う蛍光強度の変化を蛍光測定装置フルオロスキャンアセントFL(Labsystems社)を用いて測定した。(4) EDG受容体のサブタイプ選択性の評価:EDG-1または3を安定発現したHeLa細胞を用いて、アゴニストまたはアンタゴニスト活性が認められた化合物について、NIH3T3細胞の場合と同様の手法を用いることにより、サブタイプ選択性の有無についての評価を行った。EDG-1またはEDG-3を安定発現するHeLa細胞はG418含有(1μg/mL)DMEM(10%FBS)で培養した。なお、蛍光Ca2+指示薬はCalcium Gleen1-AM(Molecular Probes社)5×10-6Mを用いた(37℃、60分)。(5) 細胞培養と遺伝子導入:細胞培養はいずれの細胞も10%牛胎児血清添加DMEMを使用し、HUVECはさらに0.03mg/ml Endothelial Cell Grwoth Supplement (Sigma社)を加えた培養液を使用した。細胞への遺伝子導入にはNIH3T3,COS-1 にはSupefect(QIAGEN社)、HelaはLipofectamin2000 (GIBCO-BRL社)をそれぞれ用いた。(6) 合成的アプローチによる受容体刺激・拮抗作用の解明とコンピュータによる新規アンタゴニストの探索:SPPのアミノ基や2級水酸基及びその立体配置が活性に与える影響を把握すべく、種々関連誘導体の合成を行い、上記測定系でアゴニストまたはアンタゴニスト活性の測定を行った。アンタゴニスト活性を有する新規化合物を見出すべく、上記の関連誘導体から得られた構造活性相関データを基にして、合理的創薬設計ソフトウェアーCatalyst v.4.5(Molecular Simulation I社)を用いて、SPPの薬理活性モデルを作成し、3次元データベース検索による候補化合物の選択を行った。
結果と考察
研究成果=1)EDG-1,2,3,4,5cDNAのPCR法による単離とEDG-1,2,3,4,-5発現Hela細胞株の樹立:各EDG受容体特異的発現細胞は今後EDG受容体作働薬・拮抗薬をスクリーニングする際には最終的に必要になると考え1から5までのEDG cDNAをまずPCR法で単離し細胞発現ベクターに組み込み細胞株を樹立することを試みた。また、SPP受容体・LPA受容体に特異的な細胞内情報伝達系の存在もこれまでの報告から示唆されているため本研究には不可欠と判断した。M2抗FLAG抗体では充分にFLAG-タグ付のEDG受容体が確認できない細胞株もあったためSouthern Blot法でEDG cDNAが細胞株にintegrateされたことを確認した。またHela細胞をSPPあるいはLPAで刺激した場合のErkの活性化程度とEDG受容体を恒久的に発現する細胞株でのSPP,LPA刺激による活性化の程度を比較することでEDG受容体が強発現していることが示された(図1)。2)内因性EDG受容体を介したErk活性化:NIH3T3細胞、COS-1細胞ではSPP、LPAいずれにも反応し刺激後10分をピークにして30分以内に消退するErkの活性化を認めた。このErkの活性化は百日咳毒素による12時間の前処置で抑制されることから、三量体GTP結合蛋白質Gi依存性であることが明らかになった。12時間飢餓の後SPP,LPAで刺激した場合には三量体GTP結合蛋白質の__サブユニットからの
シグナルを抑制する_ARK(_-adreneric receptor kinase)のカルボキシ末端の共発現によりErkの活性化が抑制されることから__サブユニットが関与していることが示された。HUVEC細胞はSPPに対するErkの活性化はLPAのそれよりも顕著であった。他の細胞と同様にこのErkの燐酸化は百日咳毒素で抑制された。3)Erk活性化機構の検討:HUVECをSPPで刺激した際のErkの活性化機構を調べた。前述のようにErk活性化はGi依存性であり__サブユニットからのカスケードが需要と考えられたのでこれまで他の7回膜貫通型受容体で調べられているEGF受容体のtransactivation機構を調べた。EGF受容体のチロシンキナーゼ阻害薬AG1478ではErkの活性化は阻害されなかった。また、Srcキナーゼの阻害薬であるPP2によっても阻害されなかった。またSrcのカルボキシ末端527Yの燐酸化によりSrcキナーゼを不活性化するCskのアデノウイルスによる強制発現でもErkの活性化は阻害されなかった。以上から、SPP受容体を介したErkの活性化には__サブユニットから未知のpathwayを通る可能性が示唆された。4)EDG受容体を介したCrkの燐酸化:EDG受容体による細胞接着への効果を調べるためにアダプター分子Crkの燐酸化を検討した。Crkは細胞接着斑で燐酸化Casに結合すると言われているためにSPP,LPA刺激後のCrkの燐酸化を調べた。COS-1細胞、NIH3T3細胞ではSPP,LPAともにCrkの燐酸化を認めたがHUVECではSPP刺激にのみCrkの燐酸化を認めた。HUVECはLPA刺激で弱いながらもErkの活性化は認めることからErkの活性化機構とは異なる三量体GTP結合蛋白質のサブユニットからのシグナルがCrkの燐酸化に重要であることが示された。5)細胞内Ca2+濃度の測定によるEDGアゴニスト及びアンタゴニスト評価系の構築及び評価:内因性のEDGを有する各種培養細胞の中から、蛍光Ca2+指示薬Fluo3-AMの細胞内への導入が容易であり、かつSPP及びLPA刺激により誘起される[Ca2+]iの上昇が顕著であるNIH3T3細胞を選択し、EDGアゴニスト及びアンタゴニストの評価系を構築した。Hela-EDG-1細胞株の[Ca2+]i測定を行ったところ親株Helaよりも優位にSPP刺激により[Ca2+]iが増加することから今後同細胞株を使用することが可能であることが判明した。本方法を用いて種々合成SPP関連誘導体のアゴニスト及びアンタゴニスト活性を測定した結果、文献上示唆されているSPPのリン酸基やアミノ基の重要性はもちろんのこと、脂肪鎖側鎖もアゴニスト活性を発現する上で不可欠であることが明らかとなった。一方で、2級水酸基や二重結合はアゴニスト活性を減弱させるものの、必須ではないことが明らかとなった。また、SPP受容体に対する親和性は極めてタイトな認識に基づいており、わずかな化学的修飾でもそのアゴニスト活性が消失するケースが多々見受けられたが、その中からアンタゴニスト活性発現に有効な置換基修飾を見出すことができた。6)コンピュータケミストリーを活用した新規アンタゴニストの探索:アンタゴニスト活性を有する新規化合物を見出すべく、上記の合成SPP関連誘導体から得られた構造活性相関データを基にして、合理的創薬設計ソフトウェアーCatalyst v.4.5を用いて、SPPの薬理活性モデルを作成し、3次元データベース検索によるアンタゴニスト候補化合物の探索を行った。さらに候補化合物のSPP受容体親和性評価からSPP受容体拮抗作用を有する非リン酸低分子化合物を見出した。
考察=EDG受容体の細胞内情報伝達系についてErkの活性化機構と、細胞接着に関係すると予想されるCrkの燐酸化について検討した。Erk活性化はEDG-1からEDG-5までいずれも百日咳毒素に感受性があることからすべての受容体でGiが重要であることが判明した。さらに詳細にErk活性化経路を調べたところ__サブユニットが重要であるが、これまでの7回膜貫通型受容体で共通の__からのEGF受容体のtransactivation機構はEDGに関する限り認めなかった。Srcファミリー分子も__の下流に位置しないことが示唆されErk活性化に関して今後も更に検討する必要があると思われる。アダプター分子CrkはSrcホモロジー(SH2,SH3)を有する蛋白質でチロシンキナーゼ受容体のチロシン燐酸化部位にSH2を介して結合あるいはCas蛋白質の燐酸化部位にやはりSH2を介して結合する。この際CrkのSH3に結合しているC3GあるいはDOCK180がCrkと共に移動することでその下流にシグナルを伝えると考えられている。DOCK180は低分子量GTP結合蛋白質Racの活性化を引き起こし細胞の葉状突起形成に関わる。つまりCrkの活性化に伴い細胞遊走接着が関与すると考えられた。これまでの研究では7回膜貫通型受容体からCrkの活性化機構は不明であり、EDG受容体の下流でのCrkを調べるにはその活性化機構を検討する必要がある。本研究ではHUVECのSPP刺激によるCrk燐酸化は百日咳毒素感受性であり、Giからの情報伝達が不可欠であった。Giも__からの作用が主であり、しかもErkの活性化機構と同様にEGF受容体のtransactivationによるものではないことも明らかとなった。SrcによるCrkの燐酸化に関してはPP2,CskによりCrk燐酸化がやはり同様に減弱しないことからCrk燐酸化機構をさらに解析する必要があると考えられた。Crk燐酸化に関してはさらに興味深い点が明らかになった。HUVECではSPP刺激でErkの燐酸化・Crk燐酸化がGi依存性におきるのに対してLPA刺激ではErkの燐酸化のみしか生じない。これはHUVECのGiからの情報伝達系がリガンド依存性に変化することである。EDG受容体受容体の作働薬・拮抗薬を開発するにはまずスクリーニング系を構築することが必要であったが、刺激依存性(SPPあるいはLPAによる)細胞内Caの測定により作働薬のスクリーニングを、また、SPP, LPAによる細胞内Ca上昇の抑制効果を調べることで拮抗薬のスクリーニングをそれぞれ行うことが可能となった。またEDG受容体サブタイプの各種薬剤の選択性は今後の開発にとって非常に重要であり、Hela-EDG-1細胞株を用いた実験では親株Hela細胞よりもSPP刺激によるCa上昇が増加することから同細胞を用いたサブタイプ特異性も今後のスクリーニングに有効であると考えられた。SPPの構造解析に基づいてSPPのアミノ基や2級水酸基及びその立体配置が活性に与える影響を検討したところ同部位は受容体刺激には必須ではないものの様々な置換により活性を低下させることが明らかになったため今後の検討課題となった。しかし、数多くの置換体をスクリーニングしていった過程で有効活性を有する置換体を本研究で得ることができたため今後同薬剤に対してのさらなる修飾・置換を繰り返していくことを計画している。合理的創薬設計ソフトウェアーを用いて、SPPの薬理活性モデルを作成し、3次元データベース検索によるアンタゴニスト候補化合物の探索を行ったが、同データベースに登録されている薬剤のなかでSPPに構造類似の薬剤を選択でき、実際に同薬剤を用いて[Ca2+]i測定を行ったところSPP刺激にたいしての拮抗作用を有することが明らかになった。本研究でとったマススクリーニング系ではなくある程度構造類似に基づいた薬剤の選択を始めに行うことの有効性が証明された。マススクリーニング系では脂溶性物質は省かれていることが多くEDG受容体に関しては脂溶性であってもその受容体の特性から省くことは避けるべきであると考えた。今後も構造類似の薬剤を解析し同薬剤を用いた[Ca2+]i測定を繰り返すことでよりEDG受容体に選択性のある薬剤が合成可能であると考えられた。
結論
EDG-1からEDG-5までの細胞株を樹立し、薬剤前処理あるいは薬剤刺激により細胞内Caを測定
することにより拮抗薬・作働薬をスクリーニングする系を確立した。合理的創薬設計ソフトウェアーを用いてSPPの構造から薬理活性モデルを作成し、3次元データベース検索によるアンタゴニスト候補化合物の探索を行い実際にEDG受容体が反応する候補薬剤を選択できた。EDG受容体からの細胞内情報伝達系として増殖刺激の指標であるErkの活性化と接着・遊走に関わる分子Crkの燐酸化を認めた。

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