癌化とウイルス感染を制御する細胞内情報伝達分子を標的とする薬剤の探索

文献情報

文献番号
200000966A
報告書区分
総括
研究課題名
癌化とウイルス感染を制御する細胞内情報伝達分子を標的とする薬剤の探索
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
松田 道行(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 前川隆司(シオノギ製薬 (株)中央研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
7,339,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
RasファミリーG蛋白の活性を制御する薬剤開発のために、RasファミリーG蛋白活性化因子の網羅的解析を行っている。さまざまな活性化因子を解析し、これらの活性を調節する薬剤開発を進める。
研究方法
pBluescript-SKII-(+)-KIAA0846はかずさDNA研究所より供与いただいた。このcDNAを発現ベクターpCAGGSに導入し、pCXN2-Flag-CalDAG-GEFIIIを得た。CalDAG-GEFIおよびCalDAG-GEFIIのcDNAをマウスcDNAライブラリーよりPCRにて増幅し、同様に発現ベクターを作成した。CalDAG-GEF間のキメラcDNAもPCRを用い、定法に従って作成した。また、CalDAG-GEFの触媒領域をPCRにて増幅し、大腸菌発現ベクターpGEXに導入し、蛋白を精製した。293T細胞とrat1A細胞はダルベッコ変法イーグル培地(日水)に10%血清を加えたもので培養し、PC12細胞はさらに馬血清を5%加えたものを使用した。DNAはリン酸カルシウム法、FuGene6、あるいはLipofectamine2000を用いてトランスフェクトした。抗Rap1抗体、抗Ras抗体、抗Flag M2モノクローナル抗体はそれぞれSantaCruz、Calbiochem、Sigma社より購入した。pBluescript SKII (+)-CalDAG-GEFを鋳型にジゴキシゲニンRNA標識キットを用いて、標識プローブを作成した。B6マウスの脳を液体窒素で急速凍結し、6μmの厚さの切片を作成し、4%ホルムアルデヒドで固定した後、定法に従いプローブとハイブリダイズさせ、結合したプローブはアルカリホスファターゼ標識抗ジゴキシゲニン抗体を用いて検出した。ERKおよびJNKのアッセーは、GSTタグをつけたERKおよびJNKを、CalDAG-GEFIIIとともに293T細胞で発現させ、この蛋白をグルタチオンビーズにて回収する。ついで、32P-γATPとその基質であるMBPあるいはJunを加えることにより、それぞれのリン酸化キナーゼ活性を調べる。PC12細胞にCalDAG-GEFを発現するベクターをトランスフェクトし、48時間後に神経突起の伸長を調べた。Rat-1A細胞にCalDAG-GEFを発現するベクターとトランスフェクトし、G418で選択する。10日後にクローニングし、細胞株を樹立する。いっぽう、一部はそのまま、すべてのコロニーを回収した。これらの細胞の軟寒天中での増殖を調べた。R-Ras、TC21、およびM-Rasに結合するグアニンヌクレオチドは主任研究者らが報告した方法によった。 293T細胞にGSTタグのついたR-Ras、TC21、およびM-Rasをグアニンヌクレオチド交換因子の存在下および非存在下に発現させる。24時間後に、細胞を32P標識正リン酸でラベルする。細胞を可溶化したのちGSTタグをつけたG蛋白をグルタチオンビーズを用いて回収する。ビーズに結合したグアニンヌクレオチドはTLCにて分離し、BAS-1000イメージアナライザ(フジフィルム)を用いて定量した。GTP結合型G蛋白の検出はBosの方法によった。293T細胞に発現ベクターを導入する。ついで、細胞を溶解液(50 mM Tris、 pH 7.5、 150 mM NaCl、 5 mM MgCl2、 1% NP-40、 0.5% デオキシ胆汁酸、 0.1% SDS、 1 mM Na3VO4)で溶解し、遠心して上清をとり、ここにGST-RalGDS-RBDあるいはGST-Raf-RBD+CRDをグルタチオンビーズいれて4度で1時間反応させる。ビーズを洗浄した後、SDSサンプルバッファーに溶かす。これをSDS-PAGEの後、イムノブロッティングで解析する。抗原は抗Flag抗体でECL化学発光法キットと、LAS?1000イメージアナライザを用いて検出した。GDP蛍光アナログである 2',3'-bis(O)-(N-methylanthranolol)-guanosine-diphospate (mGDP)は同仁化学に依頼して作成してもらった。His-R-Ras、His-TC21、およびHis-M-RasにmGDPをロードする方法は昨年報告したRap1と同様である。mGDP標識効率はR-Rasが50から60%、T
C21とM-Rasでは80から90%であった。グアニンヌクレオチド交換活性の測定には400 nMの標識したG蛋白を100 nMのグアニンヌクレオチド交換因子と反応バッファー (50 mM Tris-HCl、 pH 7.5、 5 mM MgCl2、 and 2 mM DTT) 中で反応させる。反応はGTPを200 μMの濃度に添加することで開始した。蛍光の変化はJASCO FP-750蛍光分光光度計にて、励起波長366 nmおよび蛍光波長450 nmにて測定した。
結果と考察
研究成果=われわれは、RasファミリーG蛋白のグアニンヌクレオチド交換因子の網羅的解析を行うために、データベースサーチを日常的に行っている。その過程でKIAA0846がわれわれの報告したCalDAG-GEFIと近縁の蛋白として発見された。そこで、これをCalDAG-GEFIIIと命名した。CalDAG-GEFIIIの分布:CalDAG-GEFIIIはNorthen blottingの結果では、脳にしか発現を検出できなかった。さらに細胞特異的発現を調べるために、In situ hybridizationを行った。その結果、脳では主に白質のGFAP陰性グリア細胞に発現しており、オリゴデンドログリアに特異的であることが示唆された。一方、CalDAG-GEFIが被殻の神経細胞に、CalDAG-GEFIIが小脳プルキンエ細胞と海馬錐体細胞に特異的であった。腎臓においても同様の結果が得られた。すなわち、CalDAG-GEFIIIは腎糸球体細胞に特異的に発現しているのに対し、CalDAG-GEFIは間質の細胞に、CalDAG-GEFIIは遠位尿細管に発現していた。これらの結果は、CalDAG-GEFの種類が細胞特異的であり、それが細胞のG蛋白の反応性を決定していることを示唆する。ERKおよびJNKの活性化:CalDAG-GEFIIIの細胞内での意義を探るために、MAPキナーゼ群のERKおよびJNKの活性を他のCalDAG-GEFと比較した。ERKはCalDAG-GEFIIIがもっとも強く活性化し、CalDAG-GEFIIはそれに次いだ。CalDAG-GEFIでは活性化は明らかではなかった。一方、JNKの活性化はCalDAG-GEFIIがもっとも強く、CalDAG-GEFIIIはその次であった。しかし、CalDAG-GEFIによる活性化は軽微であった。CalDAG-GEFIIIによるPC12細胞の分化誘導:PC12細胞の分化はRasファミリーG蛋白により制御されていることが知られている。そこでPC12細胞にCalDAG-GEFを導入した。ここで用いたCalDAG-GEFは活性化するためにCAAXボックスを付加したものである。CalDAG-GEFIIによるPC12細胞の分化は細く長い神経突起で、Rasによる典型的な分化に非常に類似していた。一方、CalDAG-GEFIIIもPC12細胞の分化を誘導したが、神経突起の幅が広く、Rasによる分化とは形態がやや異なっていた。CalDAG-GEFIではPC12細胞の分化は誘導できなかった。CalDAG-GEFIIIによる細胞の癌化:次に、Rat-1A細胞を用いて、試験管内での癌化誘導能を比較した。まず、CalDAG-GEFの発現ベクターをRat-1A細胞に導入し、これらを軟寒天にまき、足場非依存性の増殖能を調べた。その結果、CalDAG-GEFIIがもっとも強い癌化能を有し、CalDAG-GEFIIIがこれに次ぎ、CalDAG-GEFIには癌化能はないことがわかった。次に、これらを発現する細胞株を樹立し、ほぼ同等の発現レベルを有する細胞株を樹立した。これらの細胞株を用いて同様の実験を行ったところ、CalDAG-GEFIIIを発現する細胞株はCalDAG-GEFIIを発現する細胞株と比較すると癌化能がかなり低いことがわかった。RasおよびRap1の活性化の程度をこれらの細胞株で調べたところ、CalDAG-GEFIIIを発現する細胞では、RasもRap1も活性化されているのに対し、CalDAG-GEFIIを発現する細胞ではRasのみが活性化されていることがわかった。このことは、CalDAG-GEFIII発現細胞におけるRap1の活性化はRasによる癌化能を抑制していることを示唆している。CalDAG-GEFの293細胞内での基質特異性:まず、CalDAG-GEFが293T細胞でどのRasファミリーG蛋白を活性化するかを調べた。GSTタグをつけたG蛋白とグアニンヌクレオチド交換因子とを発現する293T細胞を32P標識正リン酸で標識した後、G蛋白に結合しているグアニンヌクレオチドを解析した。その結果、CalDAG-GEFIは、R-Ras、Rap1A、Rap2Aを活性化した。CalDAG-GEFIIは、H-Ras、R-Rasを活性化した。CalDAG-GEFIIIは、H-Ras、R-Ras、Rap1A、Rap2Aを活性化したがRalAは
活性化できなかった。これら基質特異性が、制御領域と触媒領域のどちらにより決定されているかを調べるために、CalDAG-GEFIとCalDAG-GEFIIのキメラ分子を作成し解析した。その結果、基質特異性は触媒領域にのみ依存していることが明らかとなった。試験管内でのグアニンヌクレオチド交換反応:CalDAG-GEFによるグアニンヌクレオチド交換反応を試験管内で解析した。CalDAG-GEFファミリーの触媒領域を大腸菌で精製した後に用いた。ここに蛍光標識GDPアナログであるmGDPをG蛋白を加え、GTPとの交換を調べた。H-RasはCalDAG-GEFIIIによりもっとも強く活性化され、ついでCalDAG-GEFIIにより活性化された。CalDAG-GEFIにはH-Ras活性化能はなかった。Rap1AはCalDAG-GEFIによりもっとも強く活性化され、ついでCalDAG-GEFIIIにより活性化された。CalDAG-GEFIIにはRap1A活性化能は無かった。R-RasはCalDAG-GEFIIIによりもっとも強く活性化され、ついで、CalDAG-GEFII、CalDAG-GEFIの順番に活性化された。
考察=CalDAG-GEFIIIは、カルシウムと脂質により制御されるグアニンヌクレオチド交換因子の3番目のものである。Northernブロッティングではいずれも脳組織に多く発現されていたが、in situ hybridizationの結果より、これらのCalDAG-GEFは重複することなく、特異的な細胞に発現していることがわかった。CalDAG-GEFIIIは、ほかのCalDAG-GEFIやIIとことなりオリゴデンドログリアでしか発現しておらず、この細胞での特異的な機能をになっていることが示唆された。また、腎臓においても同様で、このCalDAG-GEFIIIは腎糸球体に特異的に発現しており、この細胞での機能に関わっているらしい。一方、CalDAG-GEFIIIは、分担研究者の前川らの報告にあるように、Ras、Rap1、R-Rasの3つのサブファミリーのG蛋白を活性化することができるいわば汎Ras活性化因子である。これらのGEFは普遍的に存在するので、おそらく、CalDAG-GEFIIIが発現する細胞においても発現しているものと考えている。そこで、この広い基質特異性の意義を調べた。RasとRap1がRas-MAPK系において競合阻害することが知られているが、少なくとも293T細胞を用いた系では、MAPKの活性化はCalDAG-GEFIIIにおいて最も強く、このモデルは当てはまらないと思われる。しかし、PC12細胞の分化や、Rat1A細胞の癌化を検討したところ、CalDAG-GEFIIIはCalDAG-GEFIIよりも活性が弱く、CalDAG-GEFIIIによるRap1の活性化はRas依存性の分化や癌化には抑制的に働くことが示された。Rasと比較すると、Rap1やR-Rasの生理機能に関する研究は著しく遅れている。例えば本研究で示したように、Rap1がRasの活性を抑制することが本来の機能であるのかについてはこれからの研究を待つ状況である。
結論
CalDAG-GEFIIIという新しいRas癌遺伝子産物の活性化因子の解析を行い、この因子が汎Ras活性化因子としての性質を有していることを見出した。

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