コレステロール代謝・動脈硬化関連遺伝子の発現調節因子の検索

文献情報

文献番号
200000960A
報告書区分
総括
研究課題名
コレステロール代謝・動脈硬化関連遺伝子の発現調節因子の検索
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
松本 明世(国立健康・栄養研究所臨床栄養部)
研究分担者(所属機関)
  • 古濱孝文(三共(株)第一生物研究所)
  • 成田寛(田辺製薬(株)創薬研究所)
  • 堀内正公(熊本大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,291,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国においても虚血性心疾患や脳卒中など動脈硬化性疾患は死因として高い位置を占め、罹患者においては質の高い生活を送るための大きな障害となるとともに、医療費において大きな社会負担となっている。高コレステロール血症に伴う酸化LDLの増加はスカベンジャー受容体経路を介して動脈壁でマクロファージの泡沫細胞化を促進し、動脈硬化を発症・進展させる。一方、生体は動脈硬化の防御機構としてHDLによる抗動脈硬化作用を獲得している。この作用は末梢細胞に蓄積した余剰のコレステロールをHDLが引き抜き肝臓へ戻す、いわゆるコレステロール逆転送系であると考えられている。本研究では、血中コレステロールレベルの適正化、あるいは抗動脈硬化剤など新たな薬剤開発の基礎となる知見探索を目的として、動脈硬化の発症に関わる酸化LDL受容体やacyl-coenzyme A: cholesterol acyltransferase (ACAT)、また、血清コレステロールレベルを規定するLDL受容体ならびにコレステロール合成系酵素群、加えてコレステロール逆転送系に関わるHDL binding protein 2 (HB2) 、cholesteryl ester transfer protein (CETP)等の発現調節因子について分子レベルから解析した。本年度は、脂質代謝・動脈硬化に調節作用が知られる物質の遺伝子発現調節作用を網羅的に解析するためDNAチップを解析に用いた1) 遺伝子発現調節に及ぼす多価不飽和脂肪酸の作用の検索(松本)、2) 遺伝子発現調節に及ぼすエストロゲンの作用の検索(古濱)、3) 血管内皮細胞における酸化LDL受容体LOX-1の発現調節(成田)、また4) ACAT活性調節因子の探索およびその機能の検討(堀内)をおこなった。

研究方法
結果と考察
研究成果=1) 遺伝子発現調節に及ぼす多価不飽和脂肪酸の作用の検索:多価不飽和脂肪酸(PUFA)は脂質代謝調節に強く影響を及ぼしている。最近、脂質代謝関連酵素・受容体遺伝子の転写因子であるSREBP-1をPUFAが抑制することや、核受容体PPARsのリガンドとなることが報告され注目を集めている。我々もHDL代謝に関わるCETP発現にPUFAが抑制作用を持つことをみとめた。PUFAの遺伝子発現調節機能を網羅的に解析するため、HepG2細胞を0.25mMのオレイン酸(OA)、アラキドン酸(AA)、エイコサペンタエン酸(EPA)あるいはドコサヘキサエン酸(DHA)で24時間処理後、GeneChip (HuGene FL, Affymetrix)を用いて5,700種の遺伝子についてmRNAレベルの変動を検討した。
PUFA処理で、これまでの報告と同様にHMG-CoA reductase, LDL receptor、fatty acid synthaseなどコレステロールおよび脂肪酸代謝系遺伝子のmRNAレベルの抑制が示された。新たにmevalonate pyrophosphate decarboxylaseやlysosomal acid lipaseなどの減少が示された。さらに、糖代謝系、細胞分化・増殖因子および他の遺伝子のmRNAレベルに影響を及ぼすことが示された。特に、prostasinでは大きな減少が、metallothionein-1G (MT1G)、四肢分化に働くdeleted in split hand/split foot 1 (DSS1)、glycogen phosphorylase Bでは大きな増加を認めた。また、mRNAレベルに対し、強い抑制作用はおもにn-3系多価不飽和脂肪酸であるEPA、DHAが示すのに対して、強い誘導作用はOAを含め4種総ての脂肪酸で認められた。
2) 遺伝子発現調節に及ぼすエストロゲンの作用の検索:エストロゲンは血中LDLレベルなど脂質代謝に強く影響を及ぼすと考えられている。エストロゲンの脂質代謝遺伝子群の発現に対する作用を検索するため、C57 BL/6 雄性マウスにエストラジオールを0、3あるいは30 mg/kg/day、4日間皮下投与し、肝臓のmRNAレベルの変動をGeneChip (Mu 11k, Affymetrix)を用いて解析した。コントロール群(0mg/kg/day)ではGeneChip上にある13,180遺伝子のプローブ中、5,159遺伝子(39%)の発現が示された。脂質代謝関連遺伝子群のmRNAレベルは、エストラジオール投与でlipid-binding protein遺伝子群に2.6-48倍、ACAT-1に2.6倍の増加、またコントロールでは発現のないsqualene epoxydaseも3 mg/kg投与群から発現が認められ、これらの発現上昇は投与量依存的であった。SREBP-1は30 mg/kg投与群で1/8に減少し、apo AI、AIIや肝臓で胆汁酸の取り込みをおこなうNTCP遺伝子も約1/2に減少したが、胆汁酸をリガンドとするFXRの発現にはほとんど変化が認められなかった。脂質代謝に関わる主要遺伝子であるLDL-receptor、HMG-CoA reductase、cholesterol-7(-hydoxylase、squalene synthaseなどの発現には特に変化は認められなかった。一方、脂質代謝との関係は不明だが、インターフェロンによって誘導される多くの遺伝子がエストラジオール投与によって誘導された。
3) 血管内皮細胞における酸化LDL受容体LOX-1の発現調節:酸化LDL受容体を含めスカベンジャー受容体はおもにマクロファージに発現するが、lectin-like oxidized LDL receptor(LOX-1) は血管内皮細胞に発現する酸化LDL受容体として最近発見された。その発現調節を解析するため、細胞表面のLOX-1測定系を構築し、血管内皮細胞における発現調節機構について検討を加えた。ウシ大動脈血管内皮細胞(BAEC、継代数5-12)は10%FBS含有DMEM培地にて培養した。24時間serum free (0.3% BSA)で培養後、種々刺激物質を添加し処理した細胞におけるLOX-1発現量を測定した。
BAECにおいて、TNF-(、TGF-(ならびにPMAはいずれも濃度依存的にLOX-1の発現を誘導し、そのピークは8-24時間であった。いずれも動脈硬化病態の進展に重要な役割を果たしているシグナルであると考えられ、LOX-1発現亢進による酸化LDLシグナルの増幅とポジティブフィードバックが推察される。また、トロンビンにもLOX-1発現増強作用が認められた。血液凝固系の亢進と動脈硬化病態との関連を精査する上で興味深い知見であると考えられる。
4) ACAT活性調節因子の探索およびその機能の検討:動脈硬化病変のマクロファージはACAT-1を高度に発現しており、泡沫細胞の形成に強く関与する。ACAT-1は単球・マクロファージの分化に伴って発現が増加するが、その発現調節機構は明らかでない。一方、HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)にはコレステロール低下作用に依存しない抗動脈硬化作用があるといわれており、ACAT-1発現に対するスタチンの効果を検討した。ヒト末梢血の単球は、ヒト血清含有培地で7日間の培養するとマクロファージに分化し、ACAT-1を発現する。培養2-4日目に0.1-10(Mセリバスタチンを添加すると、ACAT-1蛋白の発現は80%抑制され、ACAT活性も同程度の抑制がみられたが、培養7日後に処理しても、ACAT-1蛋白の発現は影響を受けなかった。この抑制はメバロン酸およびゲラニルゲラニルピロリン酸の添加で解除された。従って、ACAT-1のスタチンによる発現抑制は、分化過程に選択的で、その発現にはゲラニルゲラニルピロリン酸が重要であると考えられ、ACAT-1はスタチンのあらたな治療標的とみなしうることが示唆された。
結論
新たな血清コレステロール低下剤、あるいは抗動脈硬化剤など、新規薬剤開発の基礎とすることを目的として、脂質代謝および動脈硬化発症と抑制に関わる因子の発現調節機構について分子レベルから解析をおこなった。
PUFAの遺伝子発現調節作用についてDNAチップを用いて解析した結果、コレステロール・脂肪酸代謝系酵素に対する広範な抑制効果、糖代謝系に対する誘導効果、さらにその他種々遺伝子にも発現調節作用が示された。
エストロゲンの遺伝子調節作用を解析した結果、脂質代謝関連遺伝子群に誘導が認められた。また、エストラジオールによりインターフェロンにより誘導される多くの遺伝子に発現の増加が示された。
LOX-1に対する種々刺激物質の作用を検討した。動脈硬化の進展に関与すると考えられるTNF-(やTGF-(により、LOX-1発現が誘導された。また、血液凝固系に関与するトロンビンでも発現増強作用が示された。これらの結果は、今後の抗動脈硬化薬創製に新たな知見を与えると考えられる。
動脈硬化発症に強く関わるACAT-1の単球・マクロファージにおける発現制御について検討した結果、分化過程に選択的なスタチンのACAT-1の発現抑制作用を認めた。これは、スタチンのあらたな治療標的と考えられるものである。

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