グリア細胞の機能調節による神経疾患治療法の開発

文献情報

文献番号
200000958A
報告書区分
総括
研究課題名
グリア細胞の機能調節による神経疾患治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高坂 新一(国立精神・神経センター代謝研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 小泉信一(ノバルティスファーマ(株) 研究本部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,485,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
神経細胞の生存維持には周囲のグリア細胞が重要な役割を担っていることが近年明らかにされつつある。本研究では、ニューロンーグリア相互作用を調節する物質的基盤を明らかにすることを目的としている。具体的には二つの課題を設定した。一つはレセプター型チロシンキナーゼ様分子RYKの機能解析、今一つはミクログリアーニューロン相互作用の検討である。
RYKに関しては、昨年度までにin situ hybridization、および免疫染色法によりRYKの発生過程のラット脳における発現パターンを解析した。その結果、RYKは主に神経幹細胞、ニューロン、また少数であるがその周辺のグリア様細胞で発現していることが示された。さらに胎児ラットの前脳より樹立された株化神経幹細胞MNS-70においてRYKは神経幹細胞およびニューロンで発現していることが明らかになった。しかしながら、vivoでの発現パターンを考慮するとRYKはニューロンーグリア間相互作用に寄与している可能性が高いと考えられる。そこで今年度は、RYKを発現するグリア細胞の系譜を明らかにすることがこの分子の役割を解明をする上で重要であると考え、初代培養を用い解析を行った。
さらに最近、他グループよりマウスRYKとEphレセプターファミリーが結合することを示す報告がなされた。Ephレセプターは神経系で軸策伸長や細胞移動などにおいて、多様な機能を持つことが明らかになっている分子群である。RYKのリガンドがこれまで同定されておらず、リン酸化も確認されていないことを考慮すると、RYKがEphレセプターと結合することにより、リガンドによる刺激を受けることができるという可能性も考えられた。そこで、これらの分子の結合およびそれによるRYKのリン酸化を確認する研究も行った。
ミクログリアーニューロン相互作用の検討に関しては、ミクログリア細胞株(MG5)と初代神経細胞との共培養系においてミクログリア細胞が神経細胞に及ぼす影響について、特に神経細胞の生存という点に着目して検討することを目的とした。さらに、培養条件によってMG5細胞が神経細胞に対して保護的に働くか、あるいは障害性を示すかを検証し、両培養条件下におけるMG5細胞の遺伝子発現の差異を検討した。
研究方法
(1)ラット初代培養細胞の調製
胎生21日目のラットより大脳を単離し、髄膜および海馬を除いて大脳皮質を回収した。これをピペッテイングにて細かくした後、10 ml 0.25 % トリプシンを加えて37 ℃、5分間処理し、さらに5 ml ウシ胎児血清を加えた後、300 _g/ml DNase I で処理した。細胞を遠心分離で回収し、D-MEM培地で懸濁後、100 _m 孔細胞濾過フィルターに通し、100 _g/ml ポリ-L-リジンでコートしたシャーレにおいて、10 % ウシ胎児血清を含むD-MEM培地で37℃、10 % CO2 存在下で培養を行った。
(2)免疫染色法
細胞をSonicseal Slides (Nulge Nunc) で培養後、4 %パラホルムアルデヒド / PBSで固定し、99.5 % エタノールで処理後、3 % BSA / 0.1 % Triton X-100 / PBS で希釈した1次抗体と4℃で16時間インキュベートし、PBSで5分間、3回洗浄した。その後、3 % BSA / 0.1 % Triton X-100 / PBS で希釈した2次抗体と室温で2時間インキュベートし、PBSで5分間、4回洗浄した後、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。抗体は以下のものを使用した。1次抗体:抗RYKウサギ抗血清 (1:100 (10 μg/ml))、抗GFAPマウスモノクローナル抗体 (Sigma, 1:400)、抗ガラクトセレブロシド (GalC) マウスモノクローナル抗体 (Roche, 1:50)、A2B5マウスハイブリドーマ培養上清 (ATCC, 1:5)。2次抗体:抗ウサギIgG-FITC (Jackson Lab, 1:200) 、抗マウスIgG-Cy3 (Amersham Pharmacia, 1:200) または抗マウスIgM-Cy3 (Jackson Lab, 1:200) 。
(3)COS-7細胞の培養およびトランスフェクション
COS-7細胞は10 % ウシ胎児血清を含むD-MEM培地で37℃、5 % CO2 存在下で100 mmシャーレにおいて培養した。トランスフェクションには Lipofectamine Plus Reagent (GIBCO) を用いた。ポリスチレンチューブ内で730 μl D-MEM培地、20 μl Plus Reagentおよび3 μg DNAを混合し、15分間静置した。別のポリスチレンチューブ内で720 μl D-MEM培地と30 μl Lipofectamineを混合し、上記のD-MEM/Plus Reagent/DNA混合液に添加してさらに15分間静置した。この間に細胞をD-MEM 培地で2回洗浄して5 ml D-MEM培地を加え、上記の混合液を添加した。3時間後に培地を10 % ウシ胎児血清を含むD-MEM培地に交換し、さらに24~48時間培養した。
(4)免疫沈降法
細胞をPBSで2回洗浄後、氷冷したPBS 1 mlを加えセルスクレイパーで回収した。1,000×g, 4℃で5分間遠心し、上清を除いて沈殿に500 μl lysis buffer (0.5 % Triton X-100, 10 % glycerol, 150 mM NaCl, 50 mM Tris-HCl pH 7.5, 1mM EDTA, 0.5 mM EGTA, 2 mM Na3VO4, 1XProtease inhibitor cocktail (Roche)) を加えて氷上で30分静置した。12,000Xg, 4℃で30分間遠心し、上清にProtein A SepharoseおよびProtein G Sepharose (共にAmersham Pharmacia)それぞれ10 μlを添加し、4℃で1時間ローテーターで回転させた。1,500Xg, 4℃で1分間遠心し、上清に2 μgの抗FLAGウサギポリクローナル抗体 (ZYMED) または0.5 μg抗HAラットモノクローナル抗体 (Roche) を加え、4℃で1時間ローテーターで回転させた。さらにProtein A SepharoseおよびProtein G Sepharoseそれぞれ10 _lを添加し、4℃で1時間ローテーターで回転させた。1,500Xg, 4℃で1分間遠心して結合したタンパク質を沈殿させ、1 ml lysis bufferで5回洗浄した後、20 μl 2XSDSサンプルバッファー (125 mM Tris-HCl pH6.8, 4 % SDS, 20 % glycerol, 0.01 % bromophenol blue, 10 % 2-メルカプトエタノール) を加え、100℃で5分間加熱し、SDS-PAGEを行った。
(5)SDS-PAGEおよびウエスタンブロット
サンプルをマルチゲル4/20(第一化学)にアプライし、泳動バッファーは25 mM Tris-HCl, 200 mM グリシン, 0.1 % SDSを使用して、30 mAで電気泳動を行った。泳動終了後、Transfer Membrane (MILLIPORE) にブロッテイングした。バッファーは100 mM Tris, 200 mM グリシン, 20 %メタノールを使用した。メンブランをブロックエース(大日本製薬)中でブロッキングし、TBS-T (150 mM NaCl, 20 mM Tris-HCl pH8.0, 0.05 % Tween20) で洗浄後、0.1 % BSA/TBS-Tで希釈した1次抗体中で室温で1時間インキュベートした。さらにTBS-Tで洗浄後、0.1 % BSA/TBS-Tで希釈した2次抗体中で室温で1時間インキュベートした。TBS-Tで洗浄後、ECL Western blotting detection reagents (Amarsham Pharmacia) を用いてシグナルを検出した。抗体は以下のものを使用した。1次抗体:抗リン酸化チロシンマウスモノクローナル抗体 (upstate biotechnology, 1:1,000)、抗FLAGマウスモノクローナル抗体 (STRATAGENE, 1:1,000) 、抗FLAGウサギポリクローナル抗体 (ZYMED, 1:1000)、抗HAラットモノクローナル抗体 (Roche, 1:1,000) 。2次抗体:抗ウサギIgG-HRP、抗マウスIgG-HRP、抗ラットIgG-HRP (すべてAmarsham Pharmacia, 1:2,000) 。
(6)MG5細胞の培養
国立精紳・神経センター神経研究所より、同研究所においてp53KO マウスのミクログリア細胞より樹立した培養細胞株 MG5 とアストロサイト由来の A-1 細胞の分与を受けた。
A-1 細胞の培養には10% FBS (Gibco BRL) を含むDMEM培地を用いた。細胞は週に2回、PBSで1回洗浄した後トリプシン処理により回収し、split ratio 1/20 ミ1/30 で 75cm2 フラスコを使用して継代した。 MG5 細胞の培養に必要な A-1 細胞の培養上清は次のようにして調製した。75cm2 フラスコにコンフルエントにまで増殖した A-1 細胞の継代時に、 1/10 を 175 cm2 フラスコに撒き込む。サブコンフルエントの状態にまで増殖したら、フラスコあたり60ml の培地を加え一晩培養する。翌日、培地を回収し、血清培地用のフィルター (Nalgen) でろ過し、A-1 細胞の培養上清とした。 MG5 細胞の培養には、DMEM / 10% FBS と A-1細胞の培養上清を3:7 の比率で混合してMG5 細胞用培地として用いた。MG5細胞の培養には径10cmペトリディッシュ(#1011, Falcon)を用いた。細胞は週に1回PBSで二回洗浄した後、パスツールピペットでピペッティングにより剥がし、遠心(500×g、5min)にて回収しsplit ration 1/3で継代した。
(7)マウス神経細胞調製
神経細胞の調製および培養方法は基本的に D. W. Choi らの方法に従った。
妊娠マウス(ICR, 日本チャールスリバー)より受精後15日の胎仔マウスを取り出し、氷冷したPBS中で胎児より脳を取り出した。氷冷したL15 培地中で顕微鏡下、大脳皮質を分離し、組織を約1ミリ角に刻んだ後に同培地で2回洗浄した。組織片の洗浄は氷中で組織片を含んだ 50 mL conical tube を2分間静置した後に培地を交換するか、500 rpm, 30 sec 遠心した後に培地を交換することによった。
洗浄後、組織片を Hanks's salt solution 中で37℃にて20 minトリプシン処理を行い、その後Plating medium で2回洗浄した。組織片に 4 mL の Plating medium を加えて、15 mL の conical tube に移した後に、先端をバーナーであぶって鈍化した Pasteur pipet を使って10回の trituation を行った。液量を 10 mL に増やした後、40 _m のメッシュで細胞を濾過した後に適当量の培地に縣濁した。細胞縣濁液調製後、生細胞の割合と細胞密度を数え、70-80%程度以上の生細胞率が得られていることを確認し、実験に用いた。調整後の細胞を5%牛胎児血清および5%馬血清を含むMEM培地に縣濁し 3.5x105 cells/cm2の細胞密度でPoly-D-Lysineでコートした48穴培養ディッシュにまきこんだ。翌日、培地を10%馬血清を含むMEM培地に全量交換し、さらに3日間培養後、再び培地交換を行った。培養開始後、5日目の神経細胞を実験に用いた。
(8)神経細胞とミクログリア細胞の共培養
神経細胞の培養開始後5日目に培地を全量交換し、その後、ミクログリア細胞をMEM培地に懸濁し、1×104cells/well加えた。一晩培養した後に、細胞を血清を含まない MEM培地に交換し、さらに48時間培養し、神経細胞の生存に与える影響を調べた。血清アルブミンは、ミクログリアを加えると同時に培地中に添加した。
(9)生細胞数の測定
生細胞数の測定にはCell Countin Kit-8(同仁化学)(WSTアッセイ)および培養上清中に放出されるLDH活性の測定により行った。
(10)mRMA発現のDNAアレイ法による比較
ミクログリア細胞1x106 cellsを径10cmの培養ディッシュにまき48時間培養した後、培地を血清不含DMEM培地に交換した。培地に0.5%の血清アルブミンを添加し、さらに24時間培養した。血清アルブミン存在下、非存在下にて培養したミクログリア細胞について、mRNAの発現パターンをDNAアレイ法により解析した。DNAアレイにはCLONTECH社のAtlas Mouse 1.2 Array I およびAtlas Mouse 1.2 Array IIを用い、2,352遺伝子の発現量を調べ比較検討を行った。
結果と考察
研究成果=(1)ラット初代培養細胞におけるRYK発現細胞系譜の解析
これまでの結果から、初代培養細胞においてRYKはMAP2陽性のニューロンで発現していること、またミクログリアのマーカーであるED1陽性細胞では発現していないことが明らかになっている。今回はマクログリア、すなわちtype-1およびtype-2アストロサイトとオリゴデンドロサイト、またtype-2アストロサイトとオリゴデンドロサイトの前駆細胞であるO-2A前駆細胞におけるRYKの発現をマーカータンパク質との二重免疫染色法により検討した。その結果、アストロサイトのマーカーであるGFAP陽性細胞のほとんどがRYKを発現していなかったが、少数はRYKを発現しており、それらは形態的にはtype-2アストロサイトに特徴的な多角形で複数の突起を持つ細胞であった。そこでtype-2アストロサイトおよびO-2A前駆細胞のマーカーであるA2B5抗体と抗RYK抗体を用いて免疫染色を行ったところ、A2B5陽性細胞のうち多くがRYKを発現していることが明らかになった。またオリゴデンドロサイトのマーカーであるGalCとの二重免疫染色から、RYKは全てではないが多くのオリゴデンドロサイトで発現していることが示された。以上の結果から、RYKはtype-1アストロサイトでは発現していないが、type-2アストロサイト、O-2A前駆細胞およびオリゴデンドロサイトの多くで発現していると考えられる。
(2)RYKとEphレセプターの結合
RYKのリガンドは何か、またどの細胞種がそれを発現しているのかという問題は、RYKの機能解明のために重要なテーマである。そこでRYKの細胞外ドメインと種々の細胞や組織との結合能を解析することにより、RYKのリガンドスクリーニング法の検討を試みた。しかし、RYKの細胞外ドメインの特異的結合能は観察されなかった。このことから、RYKの細胞外ドメイン単独ではリガンド結合能は持たない、または非常に低く、リガンドとの結合には細胞膜上でRYKと他のレセプターが結合する必要があるという可能性が考えられた。また最近、マウスRYKとEphレセプターファミリーが結合し、それによりRYKがリン酸化されることを示す報告がなされた。そこでまずCOS-7細胞においてRYK-FLAGおよびEphA4またはB3-HAを共発現させ、免疫沈降、ウエスタンブロットを行うことにより、これらの分子の結合を検討した。その結果、抗FLAG抗体による免疫沈降物にEph-A4またはB3-HAのバンドが確認されたことから、RYKとEphA4およびB3が結合していると考えられた。また抗HA抗体による免疫沈降物にRYK-FLAGのバンドが確認されたことからも、RYKとEphA4およびB3の結合が示された。
(3)Ephレセプターとの結合によるRYKのリン酸化
RYKはチロシンリン酸化活性を持たないと考えられており、最近までそれ自身がリン酸化されるという報告もなされていなかった。そこでRYKがEphレセプターと結合することによりリン酸化されるかどうかを確認するため、同様にCOS-7細胞においてRYK-FLAGおよびEphA4またはB3-HAを共発現させ、免疫沈降、ウエスタンブロットを行うことにより、これらの分子のチロシンリン酸化を検討した。抗FLAG抗体による免疫沈降物に対して、抗リン酸化チロシン抗体でウエスタンブロットを行ったところ、RYKおよびEphA4またはB3の分子量に相当するリン酸化チロシンのバンドが検出された。COS-7細胞においてRYKのみを発現させてもチロシンリン酸化はみられないことから、RYKはEphレセプターによりリン酸化されたと考えられる。
(4)血清非存在下で誘導される神経細胞死に対するミクログリア細胞の影響
マウス大脳皮質神経細胞を血清非存在下で培養すると、神経細胞死が誘導される。このときミクログリア細胞が神経細胞死におよぼす影響について検討した。
培養5~6日目の神経細胞にミクログリア細胞を加え一晩培養後、培地を血清を含まないMEM培地に交換し、さらに48時間培養した。その後、生細胞数の測定をWSTアッセイにより行った。神経細胞のみのときに比べ、ミクログリア細胞を共存させたときは生細胞数が増加していた。すなわち、ミクログリア細胞は血清非存在下において誘導される神経細胞死に対して抑制効果を示すことが分かった。
(5)ミクログリア細胞培養上清の神経細胞生存促進効果
ミクログリア細胞が神経細胞の生存を促進することから、ミクログリア細胞が神経保護因子を産生している可能性が考えられる。そこで、ミクログリア細胞の培養上清が神経生存促進作用を示すか検討した。サブコンフルエントのミクログリア細胞の培地を血清を含まないMEM培地に交換し、48時間培養した。その後、培養上清を回収しフィルター(0.22μm)でろ過したものをミクログリア培養上清として用いた。
神経細胞をミクログリア細胞の培養上清中で培養すると、ミクログリア細胞と共培養したときと同様に、生細胞数の増加が確認された。このことから、ミクログリア細胞の神経細胞保護作用は培養上清中に分泌される液性因子を介していることが分かった。
(6)活性化ミクログリア細胞の神経細胞損傷効果
ミクログリア細胞はリポポリサッカライド(Lipopolysaccharide;LPS)やザイモサン、また、血清アルブミンによって活性化され、細胞障害性をもつ活性酸素種などを産生することが知られている。特に、血清アルブミンは脳血管障害時に流出し、直接ミクログリアを活性化して神経炎症を引き起こしている可能性が考えられる。そこで、血清アルブミン存在下において、ミクログリア細胞が神経細胞に及ぼす影響について検討した。
ミクログリア細胞と神経細胞を共培養し、このとき血清アルブミンを添加した。LPSおよびIFNγを添加した。神経細胞のみのときには、血清アルブミンを添加しても細胞死の指標であるLDH活性に変化はみられなかった。しかしながら、ミクログリアと共培養させたときには、血清アルブミンを添加した場合、LDH活性の増加がみられた。すなわち、血清アルブミンによってミクログリア依存的に細胞死が引き起こされた。このとき、蛍光標識したミクログリアの形態を観察すると、無血清培地中では丸く萎縮しているが、血清アルブミン存在下では扁平になり突起を伸ばしている細胞が数多くみられた。そして、MAP2染色により48時間後にはほぼすべての神経細胞が死滅していることも確認された。
したがって、ミクログリア細胞は無血清培地では神経細胞の生存を促進するが、血清アルブミン存在下では非常に強い神経細胞障害作用を示すことがわかった。
(7)MG5細胞の神経細胞障害性条件下と神経細胞保護性条件下でのmRNA発現の比較
同一のクローンミクログリア株細胞MG5が培養条件によって全く異なる性質を神経細胞との共培養系で示した事から、特に細胞障害性の分子機構を理解するためにそれぞれの培養条件下でのMG5における遺伝子の発現を比較した。
解析の結果、神経保護作用を示す培養条件下で高発現を示す遺伝子群、神経障害性の培養条件下で高発現を示す遺伝子群がそれぞれ同定された。
神経細胞との共培養下では神経保護作用を示す培養条件でミクログリア株細胞を単独に培養するとミクログリア株細胞自身は細胞死を起こすことが判っている。 したがって、この条件下で誘導される遺伝子群にはミクログリア細胞株自身の細胞死に関与する一連の遺伝子が含まれることが予測され、実際にactivator of apoptosis harakiri (HRK)やfas-associated factor 1 (FAF1)の上昇が観察された。一方、神経保護作用を示す分子として、液性因子の存在が示唆されていることから、サイトカイン等液性因子の発現上昇が予想された。同定された遺伝子群の中ではそれに該当するものとして、文献上神経保護作用が報告されているインターロイキン11の発現上昇が観察された。
神経障害性培養条件で上昇している遺伝子群には、マクロファージなどの活性化に伴い上昇することが知られている遺伝子immunoresponsive gene 1やケモカイン類macrophage inflamatory protein 1 αおよびβ(MIP-1α, MIP-1β)、monocyte chemoattractant protein 3 (MCP-3) などが含まれていた。この事から、神経障害性培養条件下ではミクログリアは活性化されていることが示唆される。 しかし現時点では、上昇が観察された分子のうち、どの分子が直接神経障害に関与しているかの確認にはいたっていない。
考察およびまとめ=これまでの解析から、RYKの発現は神経幹細胞およびニューロンで特に強いこと、またin vivoではニューロン周辺のグリア細胞もRYKを発現しているものがあることが示されていた。今年度はこれらのRYKを発現しているグリア細胞の系譜を明らかにした。その結果、RYKはtype-1アストロサイトでは発現していないが、type-2アストロサイト、O-2A前駆細胞およびオリゴデンドロサイトの多くで発現していることがわかった。ニューロンとオリゴデンドロサイト両方で発現しているということから、RYKがホモフィリックに結合することにより、軸策伸長や再生に関与しているという可能性もある。またオリゴデンドロサイトの前駆細胞はin vivoにおいて非常高い移動能を持つことや、RYKの細胞外ドメインに含まれるleucine rich motifsが細胞間接着に関与するということから、RYKが細胞移動に関与している可能性も考えられる。type-2アストロサイトに関しては、その生理的意義が明らかにされておらず、RYKのこれらの細胞における役割についても考察は困難である。
Ephレセプターは神経系で軸策伸長や神経堤細胞の移動、分節構造の形成などにおいて、多様な機能を持つことが明らかになっている分子群である。他グループからの報告および本研究により、RYKがEphレセプターと結合し、それによりリン酸化されることが示された。これらのことは、RYKが神経系においてEphレセプターと共に重要な役割を担っていることを示唆している。これまでの結果は非神経系細胞を用いたものであり、今後は組織切片や神経系細胞などを用いた解析により、RYKが10種類以上の存在が確認されているEphレセプターファミリーのうちどのタイプと結合しているのかを明らかにする予定である。またRYK-Ephレセプターのリガンドおよび細胞内シグナル伝達分子の同定を行っていく。
Ephレセプターはニューロンで発現し、軸策伸長に関与していることが知られており、また発生初期の神経系でも発現がみられることから、神経幹細胞でも発現している可能性が高い。しかし、オリゴデンドロサイト、type-2アストロサイトおよびO-2A前駆細胞における発現に関しては報告されておらず、これらの細胞においてはその他のレセプターがRYKと結合している、またはRYK単独で機能している可能性も考えられる。あるいはこれらの細胞においてEphレセプターが発現してRYKと結合し、これまで知られていない機能をもつ可能性もあり、興味深い。
ミクログリア株細胞MG5と初代培養神経細胞の共培養系を利用して、MG5細胞の培養条件による神経細胞への影響を検討した。無血清培養条件下ではMG5細胞との共存によって神経細胞の生存は促進された。このとき、神経細胞のみならずアストロサイトの生存あるいは増殖も促進していた。したがって、神経細胞の生存促進効果は神経細胞に対して直接的なものである可能性とアストロサイトを介したものである可能性の両方が考えられる。ミクログリア細胞の培養上清にも神経細胞生存促進作用がみられた。このことから、ミクログリア細胞は液性神経保護因子を産生し、細胞外に分泌していると考えられる。そして、この神経保護作用をもつ液性因子の産生には、特に神経細胞あるいはアストログリアとの接触は必要としていないと考えられた。
一方、傷害時の炎症性神経傷害のin vitroモデルとして血清アルブミンによるミクログリアを介した神経傷害の評価系を共培養系を応用し確立した。この系では、ミクログリア依存の神経細胞死の誘導が観察され、血清アルブミンによって活性化されたミクログリアは、共培養系において非常に強い神経損傷作用を示すことが確認された。血清アルブミンが脳血管障害時にミクログリアを直接活性化する可能性が示されたことから、これは神経炎症モデルとして保護薬の評価に有効なin vitroの系であると考えられた。
さらに、ミクログリアによる神経障害に関する分子機構について検討を進めるため条件の最適化を進め、神経障害性および神経保護性の性質を示す条件下での遺伝子発現の差異をDNAアレイ法によって検討した結果、数十種の遺伝子発現に差異を発見した。この成果は今後、神経障害に対し保護作用を持つ薬剤の発見及び開発の過程において有用な情報ではある。しかし、同定された遺伝子群にはその機能が既知のものもまた未知のものも含まれており、それぞれの遺伝子についてのin vivoでの動態の検証と遺伝子機能解析がさらに必要である。本研究課題のフレームでは残念ながらこれ以上の解析を完遂することはできなかったが、今後の興味深い課題を提供できたと考える。

結論

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