神経変性疾患における神経細胞死の分子機構の解析

文献情報

文献番号
200000956A
報告書区分
総括
研究課題名
神経変性疾患における神経細胞死の分子機構の解析
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
桃井 隆(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 石浦章一(東京大学総合文化研究所)
  • 妹尾春樹(秋田大学医学部)
  • 笠原忠(共立薬科大学生化学教室)
  • 桃井真里子(自治医科大学小児科)
  • 磯合敦(旭ガラス(株)中央研究所)
  • 八木勇三(雪印乳業(株)生物学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
13,630,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
神経細胞死には1)発生過程での増殖能をもつ時期でのプログラムされた細胞死と,2)最終分化し、増殖能をもたない成熟した神経細胞が疾患や虚血,ストレスなど外部要因により引き起こされる細胞死とがある。カスパーゼファミリーが、細胞死の実行過程を担うプロテアーゼカスケードを形成しており、その最後に位置するカスパーゼ3は、様々なアポトーシスの過程で活性化され、アポトーシスの実行過程に関与していることが強く示唆されている。また、このカスパーゼファミリーの活性化を制御する機構として種々の生存因子によるPI3K、AktによるBclー2ファミリーのリン酸化の重要性示唆されている。一方、アルツハイマー病、トリプレットリピート病などの脳神経細胞変性疾患は、βAPやポリグルタミンの蓄積により引き起こされるが,その機構は依然不明である。神経変性疾患における細胞死の分子機構の解明を目的とし、昨年度は活性化カスパーゼ3とカスパーゼ3の上位に位置するカスパーゼ9の活性化とその制御機構に注目し、活性型カスパーゼ9に特異的に認識する抗体を作製し、プログラム細胞死におけるカスパーゼ9の活性化とその制御機構を明らかにした。本年度はカスパーゼ8の活性型に対する特異抗体を作製し、これら抗体を用いて、神経変性疾患にみられる神経細胞死、プログラム細胞死、BMP-4, 酸化ストレス、免疫抑制剤(FTY720)、コルヒチンストレスによる細胞死、各種神経筋変性疾患における細胞死でのカスパーゼ活性化の分子機構の解析をおこなった。
研究方法
1)カスパーゼ3、8、9の切断点を認識する抗体の作成 カスパーゼ3、9、8の活性型に特異的な抗体は,切断部位に対してN末端に担体に結合させるためのシステイン(C)を付加した計6ペプチドを合成し、ペプチドをKLH(Keyhole limpet hemocyanin;シグマ)に結合させたものをウサギに免疫して作成し,アフィニティクロマトグラフィーにより精製した。pFlag-CMV-2 (コダック)を用いて、N端にFlagタグを付加したラットカスパーゼ2D394, マウスカスパーゼ6D162,マウスカスパーゼ8D387(DED領域欠損型)、マウスカスパーゼ9全長,D353およびD368はEcoR I 断片を、Flag 発現ベクターのEcoR Iサイトにサブクローニングした。DNA配列はシークエンスにより確認した。2)免疫染色 発達過程におけるマウス胎児をPBSを含む4%パラホルムアルデヒドで一昼夜4℃で固定した後、 OTCコンパウンドを用いて包埋し、クリオスタットで10μmの厚さに切り、組織切片を作製した。1次抗体に浸し、3日間4℃に放置した。ベクタステインABC-PO(ウサギIgGキット)peroxidase-conjugated avidin-biotin kit(ベクター製)を用いて染色した。3) ApoptagによるDNA断片化の検出法 Apoptag, an in situ apoptosis detection kit (オンコジーン製)を用いて、DNA断片化を検出した。発色としてPBSに3,3'-diaminobenzidine(DAB)を溶解しろ過した基質溶液400 mlに対して過酸化水素水26.8μlを加え反応させ、染色した後、蒸留水で洗浄し解析を行った。
結果と考察
1)カスパーゼ8の活性化に必須なプロセッシング部位の特異抗体を作成し、カスパーゼ8の活性型を特異的に認識することに成功した。この活性型カスパーゼ8に対する抗体を用いて、CAGトリプレットリピート病の原因であるポリグルタミンの凝集が活性型カスパーゼ8の活性化をもたらすことを明らかにできた。このことにより、ポリグルタミン凝集によるカスパーゼ8の活性化がポリグルタミンによる神経細胞死の原因と考
えられ、今後、他の変性蛋白蓄積を原因とする神経細胞死にこうしたカスパーゼの活性化が関与しているか否かの検討が重要と思われる。2)昨年度、BMP-4はRAと協調してP19EC細胞のカスパーゼ9、3の活性化を促進することを明らかにした。本年度は、レチノイン酸受容体が転写因子である点に着目し、RAが発現誘導する細胞死関連遺伝子を検索したところ、カスパーゼ8の発現が特異的に増大することが明らかとなった。さらに興味深いことに、BMP-4の添加によりカスパーゼ8が活性化することが明らかとなった。カスパーゼ8の基質であるBidが切断されることから、切断されたBidがチトクロームcの流出を促し、カスパーゼ9を活性化し、その下流のカスパーゼ3が活性化される経路が明らかとなった。3)ヒトグリオーマ細胞は抗癌剤に対し耐性を示すことが知られていたが、今回の実験で抗癌剤によってFAK-PI3-kinase-Aktのサバイバル経路の活性化がおきているのが、その一因と考えられた。このサバイバル経路の最初の分子FAKの活性化制御は非常に重要である。今回使用した397FAKおよびFTY720によりこのサバイバル経路を遮断できることがわかった。4)コルヒチンがPyk 2のプロテインレベルに影響がなく、Pyk 2のtyrosineリン酸化レベルを特異的に増大させていることを明らかにした。今回の我々が得た実験結果は、コルヒチンによる神経細胞死のメカニズムにPyk 2のtyrosineリン酸化シグナル異常亢進が重要な役割を果たしている可能性を示唆しており、一般性のある現象かもしれない。今後、この点について詳細な検討をすることにより、神経細胞死の分子メカニズムの一端がさらに明らかとなるであろう。5)今回の検討では筋細胞をグルコース欠乏条件にすることで電子伝達系依存性の細胞死を誘導した。グルコースの欠乏により解糖系からのATP、中間産物が得られず、エネルギーは電子伝達系の残存機能に依存する。筋細胞におけるこの条件での細胞死は変異ミトコンドリアDNA含有率80%で誘導されることが確認された。この結果は生体での筋細胞の閾値効果と矛盾しないものであった。さらに、免疫組織学的検討により、この細胞死にはTUNEL陽性で、cytochrome cの放出とそれに続くcaspase-9,-3の活性化を介したapoptosisの経路が作動していることが確認された。このapoptosisはミトコンドリアからのcytochrome cの放出、Apaf-1、caspase-9,-3の活性化というミトコンドリアを介したapoptosisであった。apoptosisの過程にはdeath receptorを介し、caspase-8の活性化を伴う経路、ER stressによるcaspase-12の活性化を伴う経路などいくつか存在している。今回の細胞死にはこれらの系は作動せず、ミトコンドリアを介した経路のみが作動していた。このことによりミトコンドリア機能の低下した細胞でもミトコンドリアを介したapoptosisは作動していることが証明された。
結論
1)カスパーゼ8の活性型のみを認識する抗体を作成し、CAGトリプレットリピート病におけるポリグルタミン凝集がカスパーゼ8の活性化とその凝集をもたらすことが明らかとなった。 
2)レチノイン酸とBMP-4によるP19EC細胞のカスパーゼ3、9の活性化と細胞死を誘導する機構として、レチノイン酸によりカスパーゼ8の発現が増大すること、またBMP-4シグナルによりカスパーゼ8が活性化することが明らかとなった。
3)神経細胞死に関わるカスパーゼ3の基質として、脳に発現するCキナーゼイプシロンが同定された。また、Cキナーゼデルタもカスパーゼ3によって分解されることが明らかになった。
4)ヒトグリオーマ細胞は抗癌剤に対し耐性を示すことが知られていたが、今回の実験で抗癌剤によってFAK-PI3-kinase-Aktのサバイバル経路の活性化がおきているのが、その一因と考えられた。このサバイバル経路の最初の分子FAKの活性化制御は非常に重要である。397FAKおよびFTY720はFAK-PI3-kinase-Aktのサバイバル経路を不活性化することにより、その下流にある抗アポトーシス分子NFkBおよびXIAPの発現を抑制すると考えられた。 また、アポトーシス実行分子はカスパーゼ6であることを証明した。
5)MELAS培養筋細胞におけるグルコース欠乏条件という電子伝達系機能に依存した細胞死は変異ミトコンドリアDNAの割合が約80%で誘導された。誘導された細胞死はcytochrome cの放出とそれに続く、caspase-9,-3の活性化を伴うTUNEL陽性のapoptosisの経路が作動していることが確認された。DCAはapoptosisには直接関与しないが、残存電子伝達系機能の賦活によりその細胞死を抑制したと考えられた。このクローン化筋細胞を用いた実験系は均一な条件の細胞で様々な外的条件の検討が可能であり、疾患モデルの実験系として有用と思われた。

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