食細胞による感染防御機構の解明と医療への応用

文献情報

文献番号
200000954A
報告書区分
総括
研究課題名
食細胞による感染防御機構の解明と医療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
綱脇 祥子(国立小児医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 奥富隆文(明治製菓(株)薬品総合研究所)
  • 安部 茂(帝京大学医真菌センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
食細胞が生成する活性酸素は、感染防御の重要な担い手である。食細胞機能の低下した患者の増加は、重篤な真菌感染症が多発する原因となっており、有効な化学療法剤の開発が切望されている。特に、先天的に活性酸素生成能を欠く慢性肉芽腫症(CGD)患者では、Aspergillus症が問題となっている。本研究では、その病原因子として注目されているグリオトキシン(GT)が、活性酸素生成系に与える影響を解析し、発症病理にアプローチする。それと共に、食細胞機能増強活性を持つ化学療法剤の開発を目指す。この点に関しては、CGDマウス肺Aspergillus感染症モデルを作製し、その病態に基づいた予防・治療法を提示する。
研究方法
(1)好中球の調整
ヒト好中球は末梢血を、マウス好中球は、8 %カゼインを腹腔に注射して浸潤した細胞を、比重遠心法を用いて分離した。GT処理は、37℃ x 10分間行い、PBSG洗浄後、実験に供した。
(2)NADPH oxidase活性
NADPH oxidase(O2-生成)活性は、cytochrome c (cyt. c)還元法を用いて定量した。細胞レベルでのO2-生成活性は、PBSG中、PMAで刺激して測定した。細胞膜のO2-生成活性は、NADPHを添加して測定した。最大初速時に、SODを添加して正味のcyt. c還元量を求め、O2-生成活性とした。
(3)サイトゾル因子の細胞膜への移行
GT処理および未処理のヒト好中球を、PBSG中でPMA刺激した。PBSG洗浄後、緩衝液に縣濁し、超音波破砕して遠心分画を行って膜画分を得た。細胞膜のO2-生成活性はcyt. c法、サイトゾル因子の移行は、イムノブロット法で解析した。
(4)サイトゾル因子のリン酸化
リン酸不含緩衝液中で、ヒト好中球を32Pラベルした。GT処理後PMAで刺激し、phosphatase阻害剤存在下でNP-40処理を行い、遠心後、上清をサイトゾル画分とした。次に、抗サイトゾル因子抗体を用いて免疫沈降を行った。免疫沈降されたサイトゾル因子は、SDS-PAGE後PVDF膜に転写し、bio-image analyzerで32Pの取り込みを解析した。
(5)サイトゾル因子の細胞骨格系への移行
GT処理および未処理のヒト好中球をPMA刺激した後、PBSGで洗浄した。Triton X-100処理後、蔗糖密度勾配遠心にかけ、上清を非細胞骨格画分、沈殿を細胞骨格画分とした。サイトゾル因子の同定は、SDS-PAGE後PVDF膜に転写し、イムノブロット法で行った。
(6)真菌発育量
Aspergillus fumigatusは、ヒト臨床分離株を使用した。平底プレートにAspergillusの胞子浮遊液を加え、5% CO2存在下で37℃ x 6時間培養した後、GTおよび好中球を加えた。更に、16時間培養後、alamar blue-menadione法で定量した。Candida albicansは、臨床分離株を同様に培養した後、クリスタル紫染色法により求めた。
(7)CGDマウス肺Aspergillus感染症モデルの作製
肺Aspergillus感染症を好中球減少マウスとCGDマウスで作り比較した。前者は、ICRマウスにあらかじめシクロホスファミドを投与し好中球減少状態を誘導した。これらのマウスに、Aspergillus胞子を気管内接種した。治療実験として、菌接種後、Fungizoneを静脈内に1日1回4日間投与し、体重変化を測定しつつ、観察を14日間続けた。
結果と考察
(1)CGDマウス好中球の抗Aspergillus活性
E/T ratio を上げると、正常好中球はAspergillusの生育を抑制した。しかし、CGDマウス好中球は、100% 殺菌活性を示さなかった。これに反し、抗Candida活性は、正常好中球との間に大きな違いは認められなかった。真菌の生育は鉄要求性であり、鉄キレート剤ラクトフェリンを添加すると抗Candida活性は増強されたが、抗Aspergillus活性に対しては効果は認められなかった。
食細胞には、酸素依存(活性酸素)と非依存(殺菌蛋白質群)の殺菌能が備わっている。CGDマウス好中球は、活性酸素生成能を欠いているが、酸素非依存殺菌系が、抗Aspergillus活性の一部を担うのではと考えていたが、ゼロに近いことが初めて明らかになった。
(2)GTによる好中球NADPH oxidase阻害機序
NADPH oxidaseの構成因子は、タンパク質分子間の相互作用を制御するモチーフ:src homology (SH3)とその結合相手であるproline-rich領域に富んでいる。そして、これらのモチーフを介した会合様式が分子生物学的手法を用いて解析され、好中球に於ける活性酸素生成機構の大略は明らかにされた。しかし、病原因子との係わりに注目した研究はなされていない。そこで、Aspergillusの病原因子であるGTのNADPH oxidaseに対する影響を解析した。
(a)サイトゾル因子のcytochrome b558への移行阻害
好中球をPMA刺激すると、サイトゾル因子(p67,p47,p40)が細胞膜のcytochrome b558上で集合体を形成してNADPH oxidaseは活性化され、O2-を生成する。PMA刺激した未処理好中球の細胞膜は、高いO2-生成活性を示し、サイトゾル因子の移行が認められた。しかし、好中球をGT処理すると、O2-生成活性と共にサイトゾル因子の移行も用量依存的に阻害され、両者はきれいに相関した。
(b)サイトゾル因子p47のリン酸化阻害
p47のリン酸化は、NADPH oxidaseの活性化に於けるキーステップである。未刺激時、p47は、自身のSH3とproline-rich領域間で分子内結合を形成することにより、不活性型を保っている。細菌(あるいはPMA)を認知すると、proline-rich領域がリン酸化されて分子内結合が切れ、p67およびp22と新たに分子間結合を形成して活性化が進行すると考えられている。実際、32Pをloadした好中球をPMA刺激すると、他のサイトゾル因子に比べp47は強くリン酸化された。しかし、GT処理した好中球では阻害を受けた。
(c)サイトゾル因子p47の細胞骨格系への取り込み阻害
NADPH oxidaseと細胞骨格系は極めて密接な関係にあり、すべてのO2-生成活性は細胞骨格画分に回収される。好中球をTriton X-100処理後、細胞骨格と非細胞骨格に分画すると、p67は専ら細胞骨格に局在し、p47は 100%非細胞骨格に局在していた。しかし、好中球をPMA刺激すると、p47はリン酸化されて細胞骨格へ取り込まれた。GTは、このPMA刺激に伴うp47の細胞骨格系への取り込みを阻害した。
恒常的な活性酸素生成は生体に対して毒性があり、通常、NADPH oxidaseの構成因子は、細胞膜とサイトゾルに分配されて不活性型である。しかし、病原体を認識すると、直ちにサイトゾル因子が細胞膜のcytochrome b558上で集合体を形成して活性化され、O2-を生成する。つまり、サイトゾル因子p47は、リン酸化後、p67と会合して細胞骨格へ取り込まれ、その力を利用してcytochrome b558上へ移行すると考えられている。GTは、これら一連のステップを阻害した。
(3)GTによる好中球の抗Aspergillus活性阻害
好中球の抗Aspergillus活性に対するGTの影響を検討した。GTは、nMレベルの低濃度でもその活性を阻害し、Aspergillus胞子は発芽して菌糸状になった。前述したCGDマウス好中球の抗Aspergillus活性がゼロに近いことを考えると、これらの結果は、好中球の生成する活性酸素がその抗Aspergillus活性にとって極めて重要であること、逆に、Aspergillusが、病原因子GTを用いて防御側である好中球のNADPH oxidaseを阻害することにより、その攻撃から逃れ、侵襲性に寄与していることを示している。
(4)CGDマウス肺Aspergillus感染症モデルの作製
正常マウスをあらかじめシクロホスファミド処置して好中球減少症にした致死的肺Aspergillus症に対して、Fungizoneは僅かに延命効果を示すのみで、長期生存個体は得られなかった。それに対して、CGDマウスは、シクロホスファミド処理をしない状態でも、Aspergillusを気管内接種すると致死的感染を示した。このマウスでは、Aspergillusを2 x 105 CFU/kg接種すると、10日以内に全例死亡することから、この条件でFungizoneの治療効果を調べた。0.75 mg/kgのFungizone投与により、長期生存マウスが得られ、CGDマウスでは、Fungizoneが有効性を発揮しやすいことが分かった。この結果から、CGDマウスの個体レベルでは、僅かではあるが、宿主の活性酸素生成系以外の残された防御能がこの治療効果に関与することが推定される。
結論
(1)好中球の生成する活性酸素が、その抗Aspergillus活性にとって極めて重要であること、逆に、Aspergillusが、病原因子GTを用いて好中球のNADPH oxidaseを阻害することによりその攻撃から逃れ、侵襲性を発揮することが明らかになった。
(2)GTは、NADPH oxidase活性化の最初のステップであるp47のリン酸化を阻害した。そして、これが引き金となって、後続する一連のステップ(p47の細胞骨格系への取り込み → cytochrome b558上での集合体の形成 → O2-生成)を阻害した。
(3)CGDマウスAspergillus肺感染症実験モデルを作製した。この系を用いて、現在、本感染症に対する第一選択薬として用いられるアンフォテリシンB製剤(Fungizone)が延命効果を発揮する条件を得た。

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