ビタミンE欠乏性脊髄小脳失調症の病態解明と治療法の確立に関する研究

文献情報

文献番号
200000947A
報告書区分
総括
研究課題名
ビタミンE欠乏性脊髄小脳失調症の病態解明と治療法の確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
水澤 英洋(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経機能病態学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 横田隆徳(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経機能病態学教室)
  • 清澤源弘(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科視覚応答調節学教室)
  • 内原俊記(東京都神経科学総合研究所神経病理部門)
  • 新井洋由(東京大学大学院薬学系研究科衛生化学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ビタミンEの欠乏には、吸収障害等による二次的なものと原因不明の一次性のものが知られており、神経系では脊髄後索の障害をきたしFriedreich病類似の失調症状を呈する。後者について、近年我々は、分担研究者の新井らが発見したビタミンE転送蛋白であるα-tocopherol transfer protein (αTTP)の遺伝子変異によることを同定し、さらに網膜色素変性症をきたすことも明らかにするなど最先端の研究を進めている。本研究の目的は、αTTPの遺伝子変異が神経細胞や網膜の障害をきたすメカニズムをヒト剖検組織やトランスジェニック・マウスなどの動物モデルを作製して解析することと、そのシステムを用いてビタミンE補充療法の有効性を検討することである。本症の発症機序の解明と治療法の確立は類似の臨床・病理所見を呈するFriedreich病はもとより、他の多くの脊髄小脳失調症の病態解明と治療法の開発に大きく寄与するものと期待される。
研究方法
1)得られたヒト剖検組織を用いて詳細な神経病理学的検索を行い、臨床病理所見が類似しているFriedreich病との比較検討や、本研究で新しく見出された小脳病変につき、その発症機序を探るため酸化ストレスの指標であるadvanced glycation endproducts (AGE)と4-hydroxy-2-nonenal (4HNE)に対する特異抗体を用いた免疫組織化学的検索を行った。2)眼科学的研究として、本症にみられる網膜色素変性症について臨床的、病理学的にさらに詳細に検索を進めその発症機序を検討した。3)αTTP遺伝子ノックアウトマウスを作製し、経時的に行動観察を行い失調症状を含む臨床症状を詳細に検討した。また病理学的変化が出現する前の機能的変化を検索するため電気生理学的検索を行った。まず網膜電図を検索し、次いで深部感覚障害の分析のためにマウスで体性感覚誘発電位を測定するシステムを開発しその測定を行った。さらに血液ならびに神経系を含む各臓器の生化学的、神経病理学的解析を行った。ビタミンE補充による治療効果の検討には、ノックアウトマウスおよび野生型マウスをビタミンE欠乏食、正常食、過剰食にて飼育し、経時的に行動解析、電気生理学的検査、生化学的・神経病理学的検索を行った。
結果と考察
1) 我々の症例は、αTTP遺伝子にHis101Glnのミスセンス点変異を有する本邦初の症例であり、世界で初めての剖検例である。症例は、52才時四肢先端の知覚鈍麻と暗所での歩行時のふらつきで発症、進行性に増悪し、73才時膵臓癌および肺炎により死亡した。神経病理学的には、とくに脊髄後索に有髄線維の減少と髄鞘の淡明化がみられた。小脳では軽度から中等度のプルキンエ細胞の脱落を認め、ベルグマングリアの増生を伴うも、病変の程度は一様でなく、比較的よく保たれている部位と、障害の目立つ部位とが混在していた。AGEに対する抗体による免疫染色では残存プルキンエ細胞に陽性反応を認めた。一方、4HNEに対する抗体に対しては陽性反応がみられなかった。2) 本症の網膜病変は病理学的に眼底後極部を中心とする色素上皮の障害が主で、ビタミンE欠乏食ラットの網膜病変と類似していた。臨床的には失調症状が出現する前に発現する事もあり網膜色素変性症のみの時でも積極的にαTTP遺伝子に検索を行う意義が認められた。3) ウェスタンブロットではαTTPの発現量は野生型:ヘテロ:ホモ= 2:1:0でαTTP遺伝子量とよく比例していた。
表現型の検索ではαTTP遺伝子ノックアウトマウスは不妊となることが明らかとなり、それは雌において胎児の吸収が生じるためであることが判明した。行動解析では、生後1年頃より頭部のふるえや運動失調などの神経症状が出現し、進行性に増悪して1年6か月にはすべてのマウスに激しい頭部、体幹の振戦や歩行障害がみられた。振戦は安静時は明らかではないが、歩行時やストレスが加わるとより明らかとなった。歩行障害は小股歩行であることが足跡解析で明らかになり、加速度式回転車テストによりこの運動障害は定量的に記載され、このノックアウトマウスは臨床的にもヒトの疾患のモデルとなりうることが確認された。電気生理学的検索では、座骨神経における末梢神経伝導機能は正常であったが、1次感覚領野から得られる体性感覚誘発電位は前足刺激、後足刺激ともに明瞭に低下しており、網膜電図では視細胞を起源とするa波、Muller細胞を起源とするb波ともにいずれの刺激強度においても著明にその振幅が低下していた。眼球の病理学的検索ではノックアウトマウスの網膜の外顆粒層と視細胞外節に高度、内顆粒層に軽度の萎縮を認め、外顆粒層と視細胞外節にリポフスチンの沈着を認めた。神経病理学的には、まず脊髄後索に髄鞘の淡明化があり、後索核にはスフェロイド様の構造物がみられ、これらの病変はグリオーシスを伴っていた。また、脊髄前角細胞や後根神経節細胞には多量のリポフスチンの沈着がみられた。組織内ビタミンE濃度は、ノックアウトマウス群では血清、各脳組織いずれでも測定感度以下であった。ビタミンEの過剰投与群では血清およびα-TTPの発現していない心臓でビタミンEは正常範囲まで回復したが、各脳組織では正常の1/5から1/10程度にしか回復しないことが明らかとなった。同時に測定した組織内の過酸化脂質濃度は、各脳組織いずれでもノックアウトマウスは野生型の1.5-2.0倍程度に上昇していた。ビタミンEの過剰投与により、これらの歩行失調の出現が完全に抑制されるとともに、電気生理学的異常、神経病理学的異常、過酸化脂質の増加などはいずれも正常化しビタミンEの治療効果が証明された。また、不妊マウスではその生殖能力が完全に回復することが確認できた。本研究で判明したように酸化ストレスの亢進が本症一つのメカニズムであるが、類似の症候を呈するFriedreich病はもとよりアルツハイマー病、パーキンソン病あるいは筋萎縮性側索硬化症などヒトの神経変性疾患すなわち神経難病の多くはその病態として酸化ストレスの関与が想定されており、このマウスモデルは酸化ストレスが病態に関与している他の多くの疾患の発症機序の解明と治療法の開発にも大いに役立つものと期待される。
結論
本年度は、αTTP遺伝子点変異に起因するビタミンE欠乏性脊髄小脳失調症の神経病理学的検索をさらに進め、とくに従来の脊髄後索病変以外の小脳皮質の変性を見出しそこにおける酸化ストレスの関与の可能性を明らかにした。眼科的には網膜色素変性症患者における本症の重要性をさらに強調することができた。最も重要で特筆すべきことは、αTTP遺伝子のノックアウトマウスの作製に成功し、雌に於ける不妊症に加え、約1年後に失調症候や振戦を発現することを明らかにしたことである。このマウスは電気生理学的にも神経病理学的にもヒトの疾患にきわめてよく似ており、動物モデルとして適切であることが確認された。さらに重要なことはこれらの症候が充分量のビタミンEにより予防可能なことであり、ヒトの患者に於ける早期遺伝子診断と早期治療開始の重要性があらためて証明された。発症機序の完全な解明には今後も研究を続けなければいけないが、その一つとして酸化ストレスの亢進が証明されたことから、このノックアウトマウスモデルは他の神経難病の研究にも大いに役立つものと期待される。

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