精神疾患の分子メカニズムの解明と新しい診断・治療法の開発への応用

文献情報

文献番号
200000945A
報告書区分
総括
研究課題名
精神疾患の分子メカニズムの解明と新しい診断・治療法の開発への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
西川 徹(国立精神・神経センター神経研究所疾病研究第三部)
研究分担者(所属機関)
  • 朝倉 幹雄(聖マリアンナ医科大学神経精神科)
  • 加藤 忠史(東京大学医学部付属病院精神神経科)
  • 曽根原和彦(三井製薬工業(株)生物科学研究所)
  • 三國 雅彦(群馬大学医学部神経精神医学教室)
  • 望月 大介
  • 生垣 一郎(旭化成工業株式会社ライフサイエンス研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
精神分裂病(分裂病)、感情障害(躁うつ病)、不安障害をはじめとする精神疾患は、それぞれ原因の異なる多くの疾患から構成されていると考えられる。思春期から壮年期を中心とした25万人以上に上る入院患者数に象徴されるように、薬物療法が発展してきたとは言え、効果が不十分なため本来の能力を回復できない例が多い。したがって、生物学的な診断法の確立と新しい治療法・予防法の開発に直結する、原因または病態マーカーとなる分子異常の解明が急がれている。本研究では、分裂病と感情障害の原因と病態を分子レベルで明らかにし、非侵襲的脳画像診断などへの応用が可能なマーカー分子や、新しい治療薬の標的となる分子および候補物質を見出すことを目的としている。
研究方法
患者および健常ボランティアに関する研究ならびに実験動物を用いた研究は、各施設の倫理委員会の承認を得た上で行った。また、患者および健常ボランティアに対しては、研究の主旨を十分説明し文書による同意を得た。個々の研究方法は、以下に示す通りである。
(1)分裂病様症状発現薬に応答する遺伝子の解析では、RNA arbitrarily primed PCR法、RACE(rapid amplification of cDAN ends)-PCR法等を用いて、分裂病様症状発現薬に発達依存的応答を示す遺伝子のスクリーニングと構造解析を行い、competitive RT-PCR法や28s ribosomal RNAを基準とするco-amplification RT-PCR法、ノーザンブロット分析、ウェスタンブロット分析、アンチセンス法等によって検出された遺伝子の薬理学・生化学・行動学的意義の解析を行った。
(2)内在性D-セリンの代謝および機能の解析では、興奮毒キノリン酸による神経細胞体の選択的に破法を用いて内在性D-セリンの局在を調べた他、蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフィーを使ったD.Lおよび非キラルアミノ酸の一斉定量分析法、アフリカツメガエル卵母細胞の遺伝子発現クローニング、 RAP-PCR等を用いた。
(3)新規抗精神病薬MS-377の有効性および作用機序研究では、新規抗精神病薬[3H]-MS-377あるいは各種受容体特異的な放射性リガンドを用いた受容体結合実験や、MAP反復投与による逆耐性形成の行動学的実験を行った。
(4)分裂病の抗精神病薬抵抗性症状に対する治療法開発に関する研究においては、ラットの大脳皮質前頭前野におけるドパミン感受性神経の薬物による発火頻度の変化を、局所的に挿入した微小ガラス電極より導出し、オシロスコープで観察しつつコンピューターに取り込み解析した。
(5)感情障害におけるミトコンドリア機能障害に関する分子生物学的研究では、ミトコンドリアDNA(mtDNA)のSSCP(single strand conformation polymorphism)とheteroduplexの観察による多型解析と、Fura2を指示薬とした細胞内カルシウム動態の測定を進めた。
(6)脳画像・神経内分泌学的解析による感情障害の病態解明と治療法の開発においては、感情障害の神経内分泌学的機能を、 DEX(dexamethazone)/CRH(corticotropin releasing hormone)負荷試験(Holsboerらの方法を一部改変)により評価するとともに、18F-FDG(fluorodeoxy glucose)や18F -α-M-L-T(18F -α-メチル-L-チロシン)をリガンドとしたPET検査を実施し、脳内のエネルギー代謝やカテコールアミン代謝の変化を解析した。
(7)感情障害の神経科学的成因と治療に関する研究では、ラットに急性または慢性の拘束ストレスや慢性変動ストレス(chronic variable stress CVS)を負荷し、視床下部または青斑核(LC)を中心とする脳部位を含む5μmの連続脳切片における、 CRH(cortico tropin releasing hormone)とTH(tyrosine hydroxylase)のmRNAまたは蛋白質の発現をin situハイブリダイゼーションあるいはモノクロ-ナル抗体を用いた免疫組織学法により調べた。
結果と考察
(1)分裂病に関連する新たな候補遺伝子の検索では、分裂病および薬物による分裂病様症状が思春期以降に発症することに着目し、ラット大脳新皮質から分裂病様症状発現薬のメトアンフェタミン(MAP)またはフェンサイクリジン(PCP)に対する応答性が生後発達に伴って変化する転写産物群を検索・同定した。このうち、 MAP応答性のmrt-1(MAP responsive transcript-1)は、 分裂病陽性症状の発症・再燃モデルの逆耐性現象に関係し、PCP応答性のprt-1(PCP responsive transcript-1)は、陰性症状モデルである抗精神病薬に非感受性のPCP誘発性異常行動に関与することが示唆された。したがって、これらの遺伝子は分裂病の病態に関与する可能性がある。
(2)内在性D- セリンの代謝・機能の分子機構解明と分裂病治療薬開発への応用においては、大脳新皮質から、脳内D-セリン濃度の上昇に応答して発現が増加する新規遺伝子dsr-1をクローニングし、脳に多く分布することを明らかにした。 dsr-1がコードする蛋白は、予測されるアミノ酸配列からD-セリンの取り込みや放出に関係すると考えられ、 D-セリンが難治性分裂病症状を改善するという報告があることから、新しい抗精神病薬の開発において標的分子となる可能性がある。
(3)分裂病の抗精神病薬抵抗性症状に対する治療方法開発に関する研究
抗精神病薬抵抗性症状の治療薬開発につながると考えられる抗PCP作用を有する薬物、ACN111、は、大脳皮質前頭前野のドパミン感受性神経の発火頻度を、 PCPとは反対に増加させることがわかった。σ結合能を有する薬物は神経活動性に影響を及ぼさないか低下させ、大脳皮質前頭前野の神経活性化作用を有するACN111の作用点としてσ結合部位は関与しないと考えられた。また、臨床において抗精神分裂病効果を示す rimcazole、remoxipride および clozapine は活性化方向の効果を示した。これらの結果から、抗精神病薬抵抗性症状の治療薬開発において前頭葉活性化を有する薬物の有用性が示唆された。
(4)新規抗精神病薬MS-377の有効性および作用機序に関する研究
開発中の新規抗精神病薬MS-377は脳ホモジネートへの結合特性がσ1リガンドの(+)-pentazocineに一致した。また、MS-377はラットにおいてMAPによって分裂病陽性症状の発症・再燃モデルの逆耐性が形成されるのを用量依存的に抑制した。したがって、MS-377は既存の精神分裂病治療薬とは異なり、σ1受容体に選択的に結合し、分裂病の再燃を予防する可能性が示唆された。
(5)感情障害におけるミトコンドリア機能障害に関する分子生物学的研究
躁うつ病では、健常者に比して、ミトコンドリア遺伝子の5178C/10398Aという2つの多型のハプロタイプを持つ者が有意に多く、培養リンパ芽球において、プロトンイオノフォアで前処置後の血小板刺激因子による細胞質Ca2+反応が有意に亢進していることがわかった。5178C型多型が安静時のCa2+の高値と関連したことを考えあわせると、以上の結果から、5178C/10398Aハプロタイプは躁うつ病の危険因子となり、それが細胞内Ca2+制御異常と関係する可能性が示唆される。
(6)脳画像・神経内分泌学的解析による感情障害の病態解明と治療法の開発
抗うつ薬未服薬で急性期うつ状態にある大うつ病患者で18F-FDG PET検査による脳局所糖代謝の検討を行ったところ、健常者に比し左前頭皮質で有意に糖代謝が低下していたことが確認された。ただし、少数例での検討であるので,さらに例数を増やす必要があるが,また各種抗うつ薬服薬により寛解するまでの糖代謝の変化を縦断的に観察することによって、抗うつ薬の効果発現に関連する脳部位を同定できる可能性がある。
(7)感情障害の神経科学的成因と治療に関する研究
うつ病モデルである慢性変動ストレス(CVS)では、急性のストレス反応とは異なり、THは低下するが新たなストレスによって無処置ラットのTH反応に比べ約4倍の過剰な増加を示すことがわかった。また、抗うつ薬 のSSRIをストレス負荷時に慢性併用投与しておくとこのようなLCのTHの異常な反応を抑制した。これらの結果は、うつ病においてストレス反応の異常がノルアドレナリンニューロンの調節障害によってもたらされるメカニズムと、うつ病患者のストレス脆弱性を抗うつ薬がノルアドレナリンニューロンの調節系への作用を介して防御する可能性を示唆している。今後は、 CRH系や神経の可塑性に関与する因子をはじめ、LCのノルアドレナリンニューロンの応答性調節の分子機構を明らかにすることにより、うつ病に対する新しい治療・予防薬の開発に結びつくことが期待される。
結論
分裂病に関して病態に関連する候補遺伝子群が新たに見いだされた。また、抗精神病薬に抵抗する症状に対する治療薬候補物質の作用機序の研究が進展した。感情障害の研究では、ミトコンドリア機能と躁うつ病との関連、うつ病患者の視床下部ー下垂体ー副腎皮質系の機能テスト法の改良、うつ病モデルである慢性変動ストレス負荷ラットに特異的な脳内物質の変化などに関する検討が進み、生物学的マーカーへの応用が期待される。

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