疾患モデルマウスを用いたβ-ガラクトシドーシスの病態解析と治療への応用

文献情報

文献番号
200000944A
報告書区分
総括
研究課題名
疾患モデルマウスを用いたβ-ガラクトシドーシスの病態解析と治療への応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
松田 潤一郎(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木義之(国際医療福祉大学臨床医学研究センター)
  • 日柳政彦((株)日本医科学動物資材研究所)
  • 白岩和己(旭化成工業(株)ライフサイエンス総合研究所開発研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
12,057,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
複合糖質糖鎖の分解酵素の遺伝的欠損により,多くのリソソーム性蓄積症がヒトの難病として知られており、有効な治療法がなく致命的な経過をとるものが多い。典型的なリソソーム性蓄積症であるβ-ガラクトシドーシスは、新しく提唱された疾患概念であり、酸性β-ガラクトシダーゼ(β-Gal)遺伝子の異常に基づく2つの先天代謝異常症、すなわちGM1ガングリオシドーシスとモルキオB病を包含する。前者は主として中枢神経症状を呈し、発症の時期や臨床症状などから乳児型、幼児型、成人型に分類され、また後者は骨軟骨症状を主として示し神経症状は示さないなど、多様な臨床症状を呈する。私達は既に、β-Galノックアウト(KO)マウスを作成し、最も重篤なGM1ガングリオシドーシス乳児型のモデルになることを明らかにしており、本研究では、さらに多様な臨床症状に対応するモデルマウスを作出し、この難病の病態発現の解明と、新たな治療法の開発を行うことを目的とする。本研究により、多様な病態を示すモデル動物が作成されれば、病因解明が進み、それぞれに対応した有効な治療法が開発されることが期待される。本年度は、C57BL/6コンジェニック系β-GalKOマウスの蓄積物質の解明を進めるとともに、GM1ガングリオシドーシスの幼児型、成人型に対応した残存酵素活性の認められるヒト変異β-Galトランスジーンをβ-GalKOの遺伝的背景に導入し、多様な病型を示すヒト型モデルマウスの作製を行った。これらの残存活性を示す異常酵素の活性を上昇させることを期待し、低分子化合物による治療法開発を、モデル細胞、モデルマウスを用いて開始した。さらにトランスジーンによる遺伝子治療の試みとして、ヒト正常β-Gal高発現Tgマウスとβ-GalKOマウスの交配をすすめ、β-GalKOバックグラウンドへのトランスジーンの導入を行い、病態解析を行った。
研究方法
(1)β-GalKOコンジェニック系の系統維持と供給:C57BL/6コンジェニック系β-GalKOマウスの作製をN14世代まで続け、ヘテロ欠損マウス同士の交配からホモ欠損KOマウスを得、ホモヘテロ系(ホモとヘテロの交配系)、ホモ系(ホモ同士の交配系)を作製し、系統維持、供給を行った。なおホモ個体、ヘテロ個体の判定は、尾の生検材料のβ-Gal酵素活性を測定すること、およびPCRにてneo遺伝子の有無を判定することによって行った。なお、動物飼育はSPF条件下で行った。(2)β-GalKOコンジェニック系の脂質分析:N8世代由来のコンジェニックマウス6か月齢を用い、脳と肝臓のガングリオシドGM1およびアシアロGM1の定量を行った。(3)ヒト正常型β-Galトランスジーンによるβ-GalKOマウス治療実験:昨年度までに作製されたヒト正常β-Gal過剰発現Tgマウス(CG35)をβ-GalKOマウスと交配し、KO遺伝子ホモでトランスジーンを持つマウスの作出を行った。マウスβ-Gal KO遺伝子座(エクソン15にneo遺伝子が挿入されている)およびヒトβ-Galトランスジーンの判定は、それぞれ特異的なプローブを用いサザン解析によった。ヒトとマウスのβ-Galはセルロースアセテート電気泳動-活性染色により判別した。病理学的検索は、常法に従った。(4)多様なモデルマウスの作製:昨年度までにGM1ガングリオシドーシス成人型変異β-Gal Tgマウス(I51T、GalA)が3系統、同幼児型β-Gal Tgマウス(R201C、GalB)が2系統、モルキオB型β-GalTgマウス(W273L、GalF)が2系統得られ、遺伝子発現が確認されている。これらのTgマウスについてトランスジーンをホモ化するとともに、β-GalKOマウスと交配し、K
O遺伝子ホモで各種ヒト変異型β-Galトランスジーンを持つマウスの作出を行った。(5)低分子化合物による新たな治療法開発の試み:β-GalKOマウスの皮膚線維芽細胞を培養、SV40による株化を行い、これにヒトβ-ガラクトシドーシスの各病型に特異的な遺伝子を導入し、それぞれの細胞モデルを作成した。1-deoxy-galactonojirimycin (DGJ), N-(n-butyl)-deoxy-galactonojirimycin (NB-DGJ)を0.5 mMの濃度でモデル細胞培養液に4日間添加し、β-Gal活性増大効果を検討した。動物実験として、成人型Tgマウス1ラインおよび幼児型Tgマウス1ライン(C57BL/6を遺伝的背景とし、ともに内在性のマウス正常β-Gal遺伝子を持つ)および、対照としてC57BL/6マウスに、0.5 mM DGJ水溶液を飲水として1週間、自由摂取させた。各臓器のβ-Gal活性は人工基質4MU-β-galactosideを用いて測定し、3種類のマウスで投与の有無によるβ-Gal活性に対する効果を比較した。
結果と考察
(1)β-GalKOマウスのC57BL/6コンジェニック化に成功し、実験モデル動物としてより有用な系統として確立した。本年度は、海外1件、国内1件につき、このコンジェニック系を分与することが出来、より有効な利用が期待される。(2)本コンジェニック系の発症時期や繁殖能力などについては、いままでの交雑系と大差ないものと思われるが、詳細な検討がさらに必要であろう。脂質解析によると、コンジェニック系の肝臓においてGM1の蓄積の低下が認められ、またアシアロGM1はコンジェニック系で脳、肝臓ともに低下していた。GM1およびアシアロGM1の合成系の系統差がこのような差異をもたらしたものと考えられた。(3)ヒトβ-GalトランスジーンをGM1ガングリオシドーシスモデルマウスに導入して回復実験を行ったところ、神経症状を示さなくなり、中枢神経系の病理学的な異常および脂質蓄積も消失した。ヒトβ-Galトランスジーンはモデルマウスで発現し、マウスβ-Galの代わりにヒトβ-Galが正常な酵素としてリソゾーム内で働き、基質を分解することにより酵素欠損を補い、治療効果を示したと考えられた。また、このマウスはヒトβ-Galのみを発現する「ヒト型マウス」として、ヒトβ-Galの生体での機能や動態の解明に役立つものと期待される。(4)マウスの内在性β-Galを持たず、GM1ガングリオシドーシスの幼児型、成人型に対応した残存酵素活性の認められるヒト変異β-Galのみを発現するマウスが3系統得られた。これら3系統のマウスは、ヒト変異酵素の発現の程度に違いがあり、発症時期、重症度の異なる多様な病態を示す新たな疾患モデルとなるものと思われる。今後、これらのマウスの病態解析が待たれる。(5)低分子化合物による新たな治療法開発の試みとして、今回、低分子ガラクトース類似化合物を用いたところ、いくつかの変異β-Galの活性化に効果があることが、変異遺伝子導入マウス細胞について確認できた。さらにヒト変異型酵素を発現するTgマウスを用いた検定系において、DGJが一部の組織において成人型変異β-Galの活性上昇をもたらしたものと考えられ、治療薬としての可能性が示唆された。しかしDGJの活性化効果はβ-ガラクトシダーゼに対する効果の10-50分の1であり、薬剤としてヒト患者に投与するためには、新しい化合物のスクリーニング・検索が必要であることがわかった。そこでさらに、遺伝性β-Gal欠損症の治療薬としてのガラクトース誘導体のスクリーニングを継続中である。今回のマウス検定系は、マウス正常β-Galとヒト変異酵素の両者を発現するTgマウスを用いたが、今後、すでに作出されたTg/KOマウスを用いることでより精細な検討が可能となるであろう。
結論
GM1ガングリオシドーシスの有用なモデルであるβ-GalKOマウスのコンジェニック系を生産供給することが出来た。コンジェニック系は、神経症状を呈し10か月齢までに死亡するなどの点は、交雑系と同様であるが、脳および肝臓においてアシアロGM1の蓄積の低下が認められ、脂質合成系の系統差が推測された。ヒトβ-GalトランスジーンをGM1ガングリオシドーシスモデルマウスに導入して回復実験を行ったところ、神経症状を示さなくなり、中枢神経系の
病理学的な異常および脂質蓄積も消失し、治療効果が得られた。多様な臨床型に対応するモデル動物となることを期待し、GM1ガングリオシドーシス成人型、幼児型に認められるヒト変異β-Galを発現するヒト型モデルであるTg/KOマウスを作製した。GM1ガングリオシドーシスの新たな治療法開発を開始し、モデル細胞/動物系において低分子化合物の有効性を示した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-